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4、婚約
「今日の午後、ジュリエッタの結婚パーティがある」
食事も半ばを過ぎた頃、やっと王が口を開いた。無言のまま終わるわけがないと、皆が顔を上げる。
王が視線を合わせたのは、エリアーヌだ。
「お前も出席しろ」
「なぜでしょうか」
「姉の結婚パーティだ」
「アンゲリカお姉様の結婚パーティには出席しませんでしたが」
反論すると、王は持っていたグラスを机に叩き付けた。入っていたワインが飛び出して、テーブルクロスを赤く染める。
「明日はお前の婚約も発表する。黙って出席しろ」
「私にはすでに婚約者がおりますが?」
「ぷはっ。いつの話してるのよ」
ジュリエッタが口を挟むと、王はギロリとジュリエッタを睨んだ。その睨みに震えるように、ジュリエッタは体を縮こませて口を閉じる。
「あんな婚約など、白紙に決まっているだろう。第一公子は行方不明。それから連絡などない。公妃が婚約を打診してきたのも、第一公子に後ろ盾が欲しかったからだ。公妃はよほど我が国の力が欲しかったのだろう。それも無駄に終わったが。とにかく、お前の婚約発表は今日の午後に行われる。いいな!」
返事も待たずに王は部屋を出ていく。気配が遠のいて、ジュリエッタがやっと言葉が発せると、大きく吹き出した。
「あんたが婚約者に思いを馳せていたとは知らなかったわ。顔は良かったわよね。ちょっと線が細すぎるのが気になったけれど」
「結婚パーティを行う者が、何を世迷言を」
「いやねえ。綺麗な男を愛でるくらいいいじゃない。お兄様は神経質なのよ。私が愛人にしてやっても良かったのよ? でも、公妃が直々に第三王女が良いと言うから、お父様がお前にやったのよ。それさえなければ、私がもらったのに」
人の婚約者に、何を言っているのだろうか。
ジュリエッタは下卑た笑いを見せる。ヘンリッキは気が合わないようで、嫌悪感をむき出しにした。
「まあ、婚約が決まってすぐ逃げ出した公子ですものね。あんたにはお似合いだったのでしょうけれど」
「イニャス殿下は襲撃に遭い、行方がわからないだけです。逃げ出したのではありません」
「同じでしょう? 後継者争いに負けたのだから」
「ジュリエッタの言う通りだ。婚約を打診してきて、こちらが受ければすぐに行方不明になった。断りを入れていなかったこちらも悪いが、……そこまで問題ではなかったからな」
ヘンリッキは目を逸らしながらそんなことを言う。
王女の婚約が放置されて問題ではなかったとは、よく言えたものだ。
レヴィーナ公国。魔法師を多く輩出する国で、乳母の生まれ故郷だ。
隣国とはいえ、遠い先にある小さな国で、高い山脈が連なる広大な土地に隔たれていた。行き来には大きく迂回しなければならないため、ほとんど交流がない。
だがそのおかげで、この国の襲撃を受けなかった。小さいながら生き延びた公国。
そんな国からの婚約打診。王は興味もなく、存在を忘れていた第三王女の婚約に、了解を示した。
公国との婚約は、本人たちの対面もなく書類のみで進められた。
婚約が締結し、さて、いつ会う日を決めるかなどの話し合いの場を設けようとする直前、それは起きた。
婚約相手のイニャス公子が、行方不明になったのである。
婚約した途端、相手が行方不明。これほど失笑を誘うものはない。
エリアーヌはイニャス公子に逃げられたのではと、国中の笑いものにされたのである。
イニャス公子は、馬車での移動中事故に遭い、行方がわからなくなった。そういう話だったが、それは建前で、実のところ、後継者争いによる襲撃に遭い、行方を絶ったのだ。
公国には公妃と第二妃がおり、イニャス公子を襲ったのは、第二妃によるものではないかということだった。
公妃はエリアーヌを手に入れて後ろ盾を得ようとしたが、それが逆に第二妃を焦らせたのではないか、そんな話が耳に入った。
とにもかくにも、イニャス公子は行方がわからない。しかし王はそれに興味がなく、結果、婚約者は行方不明のまま、長い年月が経過したわけである。
「だが、お前に婚約を申し込んだ男がいるのだから、そちらを優先すればいいだけのこと。公国の婚約など、時効だ」
「オルヴォ・メリカントは、王と年も変わらぬ方よ。良かったわね。親子のように接してくれるかもしれないわ」
「お前のような王女でも娶りたいと言ってくれているのだ。王の命令通り、婚約発表を静かに聞いていれば良い」
「四回目の結婚だけれど、とってもお金持ちよ。素敵なドレスを贈ってくれるわ。平民の格好をして、こそこそ出かける必要もなくなる。あ、三回離婚したのは女のせいよ。安心して。言う通りにしないからと、ちょっと暴力を振るったら、死んだり自殺したりしたらしいけど」
「ジュリエッタ!」
「王女に暴力なんて振るったりしないわよ。多分?」
「とにかく、お前は言う通りにすればいいだけだ。午後は必ず出席しろ」
ヘンリッキは言い切って部屋を出ていく。その後ろを、笑いながらジュリエッタがついていった。控えていたメイドたちも笑いが堪えきれないと、さえずるように笑う。
エリアーヌはドレスを握りしめながら立ち上がる。部屋を出ると、その笑い声が響き渡るのが聞こえた。
食事も半ばを過ぎた頃、やっと王が口を開いた。無言のまま終わるわけがないと、皆が顔を上げる。
王が視線を合わせたのは、エリアーヌだ。
「お前も出席しろ」
「なぜでしょうか」
「姉の結婚パーティだ」
「アンゲリカお姉様の結婚パーティには出席しませんでしたが」
反論すると、王は持っていたグラスを机に叩き付けた。入っていたワインが飛び出して、テーブルクロスを赤く染める。
「明日はお前の婚約も発表する。黙って出席しろ」
「私にはすでに婚約者がおりますが?」
「ぷはっ。いつの話してるのよ」
ジュリエッタが口を挟むと、王はギロリとジュリエッタを睨んだ。その睨みに震えるように、ジュリエッタは体を縮こませて口を閉じる。
「あんな婚約など、白紙に決まっているだろう。第一公子は行方不明。それから連絡などない。公妃が婚約を打診してきたのも、第一公子に後ろ盾が欲しかったからだ。公妃はよほど我が国の力が欲しかったのだろう。それも無駄に終わったが。とにかく、お前の婚約発表は今日の午後に行われる。いいな!」
返事も待たずに王は部屋を出ていく。気配が遠のいて、ジュリエッタがやっと言葉が発せると、大きく吹き出した。
「あんたが婚約者に思いを馳せていたとは知らなかったわ。顔は良かったわよね。ちょっと線が細すぎるのが気になったけれど」
「結婚パーティを行う者が、何を世迷言を」
「いやねえ。綺麗な男を愛でるくらいいいじゃない。お兄様は神経質なのよ。私が愛人にしてやっても良かったのよ? でも、公妃が直々に第三王女が良いと言うから、お父様がお前にやったのよ。それさえなければ、私がもらったのに」
人の婚約者に、何を言っているのだろうか。
ジュリエッタは下卑た笑いを見せる。ヘンリッキは気が合わないようで、嫌悪感をむき出しにした。
「まあ、婚約が決まってすぐ逃げ出した公子ですものね。あんたにはお似合いだったのでしょうけれど」
「イニャス殿下は襲撃に遭い、行方がわからないだけです。逃げ出したのではありません」
「同じでしょう? 後継者争いに負けたのだから」
「ジュリエッタの言う通りだ。婚約を打診してきて、こちらが受ければすぐに行方不明になった。断りを入れていなかったこちらも悪いが、……そこまで問題ではなかったからな」
ヘンリッキは目を逸らしながらそんなことを言う。
王女の婚約が放置されて問題ではなかったとは、よく言えたものだ。
レヴィーナ公国。魔法師を多く輩出する国で、乳母の生まれ故郷だ。
隣国とはいえ、遠い先にある小さな国で、高い山脈が連なる広大な土地に隔たれていた。行き来には大きく迂回しなければならないため、ほとんど交流がない。
だがそのおかげで、この国の襲撃を受けなかった。小さいながら生き延びた公国。
そんな国からの婚約打診。王は興味もなく、存在を忘れていた第三王女の婚約に、了解を示した。
公国との婚約は、本人たちの対面もなく書類のみで進められた。
婚約が締結し、さて、いつ会う日を決めるかなどの話し合いの場を設けようとする直前、それは起きた。
婚約相手のイニャス公子が、行方不明になったのである。
婚約した途端、相手が行方不明。これほど失笑を誘うものはない。
エリアーヌはイニャス公子に逃げられたのではと、国中の笑いものにされたのである。
イニャス公子は、馬車での移動中事故に遭い、行方がわからなくなった。そういう話だったが、それは建前で、実のところ、後継者争いによる襲撃に遭い、行方を絶ったのだ。
公国には公妃と第二妃がおり、イニャス公子を襲ったのは、第二妃によるものではないかということだった。
公妃はエリアーヌを手に入れて後ろ盾を得ようとしたが、それが逆に第二妃を焦らせたのではないか、そんな話が耳に入った。
とにもかくにも、イニャス公子は行方がわからない。しかし王はそれに興味がなく、結果、婚約者は行方不明のまま、長い年月が経過したわけである。
「だが、お前に婚約を申し込んだ男がいるのだから、そちらを優先すればいいだけのこと。公国の婚約など、時効だ」
「オルヴォ・メリカントは、王と年も変わらぬ方よ。良かったわね。親子のように接してくれるかもしれないわ」
「お前のような王女でも娶りたいと言ってくれているのだ。王の命令通り、婚約発表を静かに聞いていれば良い」
「四回目の結婚だけれど、とってもお金持ちよ。素敵なドレスを贈ってくれるわ。平民の格好をして、こそこそ出かける必要もなくなる。あ、三回離婚したのは女のせいよ。安心して。言う通りにしないからと、ちょっと暴力を振るったら、死んだり自殺したりしたらしいけど」
「ジュリエッタ!」
「王女に暴力なんて振るったりしないわよ。多分?」
「とにかく、お前は言う通りにすればいいだけだ。午後は必ず出席しろ」
ヘンリッキは言い切って部屋を出ていく。その後ろを、笑いながらジュリエッタがついていった。控えていたメイドたちも笑いが堪えきれないと、さえずるように笑う。
エリアーヌはドレスを握りしめながら立ち上がる。部屋を出ると、その笑い声が響き渡るのが聞こえた。
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