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5、贈り物
「エリアーヌ様が公国の公子との婚約をお望みとは知りませんでしたー。あんな小国の公子。あ、いえ、山奥の田舎の国。ま、どっちも同じですね。逃げた男と、そんなに結婚したかったんですか? でも良かったじゃないですか。メリカント様はすっごくお金持ちですから」
「ボニー、ドレスを出してちょうだい」
「はあい。……なーんだ、乗り気なんじゃないの」
小声で言ったつもりだろうが、ボニーの声はエリアーヌの耳にしっかり届く。ボニーは鼻歌を歌いながら、衣装部屋に入っていった。
「本当に婚約に興味がないのね」
エリアーヌはぽそりと呟く。むしろ、興味などあるわけがないと言わんばかりだった。
イニャス公子との婚約は破棄されていない。王は小国との婚約など契約にもならないと思っているのだろう。婚約契約書は、魔法のかけられた誓約書でもあったというのに。
魔導武器に長けた国となってから、この国で魔法を学ぶ機会は減った。魔導武器の前身である魔導具があれば、魔法を覚える必要がないからだ。魔導具を作る者が魔法を覚えればいい。そんな考えも、魔導具による自己製作が可能になって、さらに加速した。
だからと言って、誓約の重みも考えぬようになったのかと思うと、呆れしかない。
契約書の誓約によっては、エリアーヌの命が危うくなったかもしれないのに。
あの契約書にそのような誓約はないが、公妃の脅しのような誓約が課されていた。王はエリアーヌを片付けられると思って、頓着していなかったようだが。
「さあ、さっさと着替えてください。午後のパーティと言っても、すぐに始まりますからね」
ボニーがやっとドレスを運んできて、着るように催促してきた。
「ドレスをいただいたからって、美しく着飾れるとは限らないですよね。いくら私の腕が良くても、飾りなどは何もないし。適当にリボンでも結べばいいかしら?」
ボニーが持ってきたのはドレスと靴だけだ。髪飾りも宝石も何もない。
姉のアンゲリカはエリアーヌがドレスを買えないとわかっていて、古いドレス一式を送ってきていた。ドレスを送ってきたのは一度や二度ではない。そこには彼女の嫌味が存分に入っていて、古くても良いだろうという嘲りと、その一式を売れば新しいドレスが買えるだろうという、施しの意味があった。
本人から聞いたのだから間違いない。
お前がかわいそうだから、それらを送ってやるのだと。
慈悲を与えてエリアーヌが泣いて喜ぶのを見たいのか、それに酔っているだけなのか、アンゲリカは酔狂な真似をするのが好きなのだ。ドレスはかなり古いため、王女が着れば恥でしかない。アンゲリカからすれば屈辱的な贈り物だ。
あんなもので喜ぶ、愚かなエリアーヌ。その構図がたまらないのだろう。
しかし、嫁いだとはいえ、第一王女の持ち物だ。型落ちでも十分な金額になる。金銭感覚の狂った王女のなすことは、メイドには理解できないだろう。エリアーヌにも理解できない。
だから、ドレスと靴だけという揃わない一式は、アンゲリカの主義に反するのだ。
「聞いてます? いくら私でも、リボンだけでは美しく飾れないですよ」
「なら、やらなくていいわ」
「じゃあ、もういっそ、髪など結わずにするってことですね」
「やらなくていいと言っているのよ。ボニー、お前はクビよ」
「は? 何言ってるんですか?」
「無能なメイドはいらないと言っているのよ」
「な、何を言って、」
「用無しは出て行けと言っているの」
エリアーヌが立ち上がり、扉を指差すと、ボニーの顔はみるみるうちに真っ赤になった。
本気で出て行けと言われたことに、やっと気付いたのだ。
「エリアーヌ様にそんな権限はありませんよ。私がいなければ、何もできないくせに。このことは王に知らせます!」
「知らせるといいわ。アンゲリカお姉様からいただいた品を盗んだとして、クビになったとね」
「え、何を……?」
「気付かないと思っていたの? 今もポケットに入っているのでしょう。宝石を売っている場所も知っているわ。何のために、私が一人になる時間を得ていたと思っているの?」
その言葉に、ボニーは一瞬で血の気の引いた顔になった。
一人になる時間。それは子供たちのための施設に滞在する時間だ。
エリアーヌが施設にいる間は自由にしていい。それを鵜呑みにしたボニーは、エリアーヌのいない間、好き勝手をしていた。結果、ボニーが多額の金を手にしていたことがわかった。
「店の者はお前をよく覚えているでしょう。王女の持ち物など、調べればすぐにわかるのよ。アンゲリカお姉様はどう思うかしら。妹に送っていた宝石を、メイドがくすねて売っていた。ああ、ヘンリッキお兄様にも伝えておかないと。ヘンリッキお兄様は、意外と不正が嫌いなタチだから」
「お、お許しください! 私は、エリアーヌ様にお返しするつもりで!」
「お返しするつもりで? アンゲリカお姉様の髪飾りを売って、私にリボンでも買ってくれたの? 優しい子なのかしら? それを判断するのは、ヘンリッキお兄様にお願いしておくわね」
「エリアーヌ様、お許しください! お許しください!!」
「いいから、部屋を出ていってちょうだい。お前の声を聞いていると頭が痛くなるわ」
「エリアーヌ様!」
「出て行けと言っているのよ!」
エリアーヌの怒鳴り声に、ボニーは涙を流しながら、ふらついたまま部屋を出ていった。扉を開けっぱなしにしていくあたり、ボニーである。
出て行けと言っているのだから、さっさと出て行けばいいものを。
エリアーヌは窓を開けた。窓の外は森のように木々が茂っており、王女の部屋から見る眺めではなかった。それでもこの景色が気に入っている。
それを眺めてからドレスを着て、慣れた手つきで髪を結うと、後頭部にまとめてリボンで結んだ。適当な化粧でもそれなりに見えるものだ。顔が良いというのも、得かもしれない。
邪魔なボニーは出て行った。だがまだやることは残っている。
「ボニー、ドレスを出してちょうだい」
「はあい。……なーんだ、乗り気なんじゃないの」
小声で言ったつもりだろうが、ボニーの声はエリアーヌの耳にしっかり届く。ボニーは鼻歌を歌いながら、衣装部屋に入っていった。
「本当に婚約に興味がないのね」
エリアーヌはぽそりと呟く。むしろ、興味などあるわけがないと言わんばかりだった。
イニャス公子との婚約は破棄されていない。王は小国との婚約など契約にもならないと思っているのだろう。婚約契約書は、魔法のかけられた誓約書でもあったというのに。
魔導武器に長けた国となってから、この国で魔法を学ぶ機会は減った。魔導武器の前身である魔導具があれば、魔法を覚える必要がないからだ。魔導具を作る者が魔法を覚えればいい。そんな考えも、魔導具による自己製作が可能になって、さらに加速した。
だからと言って、誓約の重みも考えぬようになったのかと思うと、呆れしかない。
契約書の誓約によっては、エリアーヌの命が危うくなったかもしれないのに。
あの契約書にそのような誓約はないが、公妃の脅しのような誓約が課されていた。王はエリアーヌを片付けられると思って、頓着していなかったようだが。
「さあ、さっさと着替えてください。午後のパーティと言っても、すぐに始まりますからね」
ボニーがやっとドレスを運んできて、着るように催促してきた。
「ドレスをいただいたからって、美しく着飾れるとは限らないですよね。いくら私の腕が良くても、飾りなどは何もないし。適当にリボンでも結べばいいかしら?」
ボニーが持ってきたのはドレスと靴だけだ。髪飾りも宝石も何もない。
姉のアンゲリカはエリアーヌがドレスを買えないとわかっていて、古いドレス一式を送ってきていた。ドレスを送ってきたのは一度や二度ではない。そこには彼女の嫌味が存分に入っていて、古くても良いだろうという嘲りと、その一式を売れば新しいドレスが買えるだろうという、施しの意味があった。
本人から聞いたのだから間違いない。
お前がかわいそうだから、それらを送ってやるのだと。
慈悲を与えてエリアーヌが泣いて喜ぶのを見たいのか、それに酔っているだけなのか、アンゲリカは酔狂な真似をするのが好きなのだ。ドレスはかなり古いため、王女が着れば恥でしかない。アンゲリカからすれば屈辱的な贈り物だ。
あんなもので喜ぶ、愚かなエリアーヌ。その構図がたまらないのだろう。
しかし、嫁いだとはいえ、第一王女の持ち物だ。型落ちでも十分な金額になる。金銭感覚の狂った王女のなすことは、メイドには理解できないだろう。エリアーヌにも理解できない。
だから、ドレスと靴だけという揃わない一式は、アンゲリカの主義に反するのだ。
「聞いてます? いくら私でも、リボンだけでは美しく飾れないですよ」
「なら、やらなくていいわ」
「じゃあ、もういっそ、髪など結わずにするってことですね」
「やらなくていいと言っているのよ。ボニー、お前はクビよ」
「は? 何言ってるんですか?」
「無能なメイドはいらないと言っているのよ」
「な、何を言って、」
「用無しは出て行けと言っているの」
エリアーヌが立ち上がり、扉を指差すと、ボニーの顔はみるみるうちに真っ赤になった。
本気で出て行けと言われたことに、やっと気付いたのだ。
「エリアーヌ様にそんな権限はありませんよ。私がいなければ、何もできないくせに。このことは王に知らせます!」
「知らせるといいわ。アンゲリカお姉様からいただいた品を盗んだとして、クビになったとね」
「え、何を……?」
「気付かないと思っていたの? 今もポケットに入っているのでしょう。宝石を売っている場所も知っているわ。何のために、私が一人になる時間を得ていたと思っているの?」
その言葉に、ボニーは一瞬で血の気の引いた顔になった。
一人になる時間。それは子供たちのための施設に滞在する時間だ。
エリアーヌが施設にいる間は自由にしていい。それを鵜呑みにしたボニーは、エリアーヌのいない間、好き勝手をしていた。結果、ボニーが多額の金を手にしていたことがわかった。
「店の者はお前をよく覚えているでしょう。王女の持ち物など、調べればすぐにわかるのよ。アンゲリカお姉様はどう思うかしら。妹に送っていた宝石を、メイドがくすねて売っていた。ああ、ヘンリッキお兄様にも伝えておかないと。ヘンリッキお兄様は、意外と不正が嫌いなタチだから」
「お、お許しください! 私は、エリアーヌ様にお返しするつもりで!」
「お返しするつもりで? アンゲリカお姉様の髪飾りを売って、私にリボンでも買ってくれたの? 優しい子なのかしら? それを判断するのは、ヘンリッキお兄様にお願いしておくわね」
「エリアーヌ様、お許しください! お許しください!!」
「いいから、部屋を出ていってちょうだい。お前の声を聞いていると頭が痛くなるわ」
「エリアーヌ様!」
「出て行けと言っているのよ!」
エリアーヌの怒鳴り声に、ボニーは涙を流しながら、ふらついたまま部屋を出ていった。扉を開けっぱなしにしていくあたり、ボニーである。
出て行けと言っているのだから、さっさと出て行けばいいものを。
エリアーヌは窓を開けた。窓の外は森のように木々が茂っており、王女の部屋から見る眺めではなかった。それでもこの景色が気に入っている。
それを眺めてからドレスを着て、慣れた手つきで髪を結うと、後頭部にまとめてリボンで結んだ。適当な化粧でもそれなりに見えるものだ。顔が良いというのも、得かもしれない。
邪魔なボニーは出て行った。だがまだやることは残っている。
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