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8、逃亡
「はは、あはは!」
暗くなって、彼らの顔が見られなかったのが残念だ。魔導具に頼っているから、灯りが消えただけで右往左往する。その滑稽な姿を見たかったのに。
大国に胡坐をかき、他国を侮り、魔導具に頼ったまま、魔法を忘れた末路だ。
エリアーヌは自分の部屋に戻り、クローゼットに隠してあったメイド服に着替えた。それから、母親の遺品である、自分の瞳と同じ色の宝石がついたネックレスを首にかけた。
手荷物は鞄一つ。中には着替えとお金。あとは自分だけ。ここは三階だが、目の前にある大木の枝に足を伸ばせば、簡単に降りることができる。登ることは難しくとも、降りることは可能だ。
どうでもいい第三王女の部屋の庭園が、どうでもいい状態になっていることに感謝したい。
森のようになっている庭園。それがエリアーヌの助けになる。
施設の皆に別れは言った。
旅立つためのお金も集めて渡した。
彼らも今頃、公国に向かっている。
今までなんのために、ボニーを自由にさせていたのか。エリアーヌが自由を得るためだ。
施設に行きながら、いつも逃亡の手立てを考えていた。
王は富の一極集中型を甘く見ている。地方を顧みず、僻地を領地とする者たちを軽んじすぎた。この国は大国だが、だだっ広い土地があるだけで、国としての機能は落ち始めている。賄賂が横行し、金ばかりを求める王に嫌気をさしている者たちは多い。
そして、王族が毎日のパーティや夜会に明け暮れている中、他国では魔法の研究が進んでいた。
古き時代は強大な牙を持つ大国だっただろう。だが今や、腑抜けた老犬にすぎない。
公国の公妃がなぜ第三王女などを公子の婚約相手に選んだのか。
エリアーヌが虐げられていると知っていたからだ。王国を恨むエリアーヌを手に入れて、公子の立場を揺るぎないものにするつもりだったからだ。
それはつまり、この国を奪うための布石として、必要なコマだと考えていた。使えなければ捨てればいいだけ。使えれば公国のためになる。
後ろ盾などと驕った考えを持っているから、穿った見方しかできないのだ。
侮られているとわかっているから、公妃は誓約を用いた。その理由を考えない王だと、逆に侮られていたのに。
「エリアーヌ!」
エリアーヌがテラスの柵に足を乗せた時、呼ぶ声が聞こえた。
金髪の男が、両手を伸ばして待っている。それを見て、エリアーヌは顔を歪ませた。
「飛び降りろ!」
男に言われるまま、エリアーヌはテラスから飛び降りた。
光がエリアーヌを包み、体重がなくなったようにふわりと浮いて降りていく。その体を男が受け止めて、エリアーヌは筋肉質な腕に抱かれた。
「元気だったか?」
「ええ、とても元気よ。あなたは、身長が伸びているわね」
「約束通り、子供ではなくなったからな」
見覚えのある顔でも、全然違う。十歳くらいの男の子が、一年でここまで大人になるだろうか。
目の前にいる男は、エリアーヌより年上に見える。その理由も、男が姿を消す前に聞いていた。
「遅くなった」
「丁度良かったわ」
手を繋いで、男とエリアーヌは走り出す。男は魔法で警備の魔導武器を封じた。あんなもの、場所がわかれば簡単に封じられると言って。
エリアーヌを抱き上げて柵を越えると、男は繋がれていた馬に跨った。二人を乗せた馬は裏道を走り、森へ入る。途中馬車が待っていて、それに乗り換えた。
あっという間のこと。馬車は検問を通り抜けて、何もないように走っていく。
名のある貴族の紋章でも入れておけば、何も調べられない。この国はそんな国だ。
「もう大丈夫だ」
男の言葉に、緊張していた体から力が抜けた。
それを対面で見つめられて、つい笑みが溢れる。
ただ格好がメイドの服で、それだけは後悔した。再開したときくらい、綺麗なドレスを着たかったのに。
「大丈夫か? 怪我でもしたか?」
「ううん。大きくなったな、って思って」
「元からこの大きさだよ」
「そう? 前はとても可愛かったわ。いつも不貞腐れていて」
エリアーヌがからかうと、男は肩を竦めた。実際不貞腐れていたので、言い返せないようだ。
「ずっと、イライラしていたからな。どうやって、元の姿に戻ればいいのかと」
「公国に公子が戻ってきたという話は、こちらには未だ届いていないわ」
「大国は公国の話なんて耳にしようとしないからな」
男はニヤリと笑う。
イニャス・リオール・レヴィーナ。公国の第一公子。
リオことイニャスは、第二妃の策略により襲撃に遭い、子供の姿になってしまった。公国から離れ大国に逃げたのは、子供の姿で狙われたら対抗できないと考えたからだ。
イニャスは姿を戻すために、大国へ留まった。婚約者であるエリアーヌを頼ったのだ。偶然出会ったエリアーヌに保護され、施設で暮らすことになったが、当初イニャスはエリアーヌを警戒していた。助けを求めたとはいえ、エリアーヌの境遇を知っていたからだ。
もしも王を恨むことのない、縋るしか脳のない王女であれば、逆に危険になる。王に知られることで、人質に取られることを心配していた。
だが、イニャスはエリアーヌにすべてを打ち明けた。エリアーヌがただ虐げられているだけの王女ではないと気付いたからだ。
暗くなって、彼らの顔が見られなかったのが残念だ。魔導具に頼っているから、灯りが消えただけで右往左往する。その滑稽な姿を見たかったのに。
大国に胡坐をかき、他国を侮り、魔導具に頼ったまま、魔法を忘れた末路だ。
エリアーヌは自分の部屋に戻り、クローゼットに隠してあったメイド服に着替えた。それから、母親の遺品である、自分の瞳と同じ色の宝石がついたネックレスを首にかけた。
手荷物は鞄一つ。中には着替えとお金。あとは自分だけ。ここは三階だが、目の前にある大木の枝に足を伸ばせば、簡単に降りることができる。登ることは難しくとも、降りることは可能だ。
どうでもいい第三王女の部屋の庭園が、どうでもいい状態になっていることに感謝したい。
森のようになっている庭園。それがエリアーヌの助けになる。
施設の皆に別れは言った。
旅立つためのお金も集めて渡した。
彼らも今頃、公国に向かっている。
今までなんのために、ボニーを自由にさせていたのか。エリアーヌが自由を得るためだ。
施設に行きながら、いつも逃亡の手立てを考えていた。
王は富の一極集中型を甘く見ている。地方を顧みず、僻地を領地とする者たちを軽んじすぎた。この国は大国だが、だだっ広い土地があるだけで、国としての機能は落ち始めている。賄賂が横行し、金ばかりを求める王に嫌気をさしている者たちは多い。
そして、王族が毎日のパーティや夜会に明け暮れている中、他国では魔法の研究が進んでいた。
古き時代は強大な牙を持つ大国だっただろう。だが今や、腑抜けた老犬にすぎない。
公国の公妃がなぜ第三王女などを公子の婚約相手に選んだのか。
エリアーヌが虐げられていると知っていたからだ。王国を恨むエリアーヌを手に入れて、公子の立場を揺るぎないものにするつもりだったからだ。
それはつまり、この国を奪うための布石として、必要なコマだと考えていた。使えなければ捨てればいいだけ。使えれば公国のためになる。
後ろ盾などと驕った考えを持っているから、穿った見方しかできないのだ。
侮られているとわかっているから、公妃は誓約を用いた。その理由を考えない王だと、逆に侮られていたのに。
「エリアーヌ!」
エリアーヌがテラスの柵に足を乗せた時、呼ぶ声が聞こえた。
金髪の男が、両手を伸ばして待っている。それを見て、エリアーヌは顔を歪ませた。
「飛び降りろ!」
男に言われるまま、エリアーヌはテラスから飛び降りた。
光がエリアーヌを包み、体重がなくなったようにふわりと浮いて降りていく。その体を男が受け止めて、エリアーヌは筋肉質な腕に抱かれた。
「元気だったか?」
「ええ、とても元気よ。あなたは、身長が伸びているわね」
「約束通り、子供ではなくなったからな」
見覚えのある顔でも、全然違う。十歳くらいの男の子が、一年でここまで大人になるだろうか。
目の前にいる男は、エリアーヌより年上に見える。その理由も、男が姿を消す前に聞いていた。
「遅くなった」
「丁度良かったわ」
手を繋いで、男とエリアーヌは走り出す。男は魔法で警備の魔導武器を封じた。あんなもの、場所がわかれば簡単に封じられると言って。
エリアーヌを抱き上げて柵を越えると、男は繋がれていた馬に跨った。二人を乗せた馬は裏道を走り、森へ入る。途中馬車が待っていて、それに乗り換えた。
あっという間のこと。馬車は検問を通り抜けて、何もないように走っていく。
名のある貴族の紋章でも入れておけば、何も調べられない。この国はそんな国だ。
「もう大丈夫だ」
男の言葉に、緊張していた体から力が抜けた。
それを対面で見つめられて、つい笑みが溢れる。
ただ格好がメイドの服で、それだけは後悔した。再開したときくらい、綺麗なドレスを着たかったのに。
「大丈夫か? 怪我でもしたか?」
「ううん。大きくなったな、って思って」
「元からこの大きさだよ」
「そう? 前はとても可愛かったわ。いつも不貞腐れていて」
エリアーヌがからかうと、男は肩を竦めた。実際不貞腐れていたので、言い返せないようだ。
「ずっと、イライラしていたからな。どうやって、元の姿に戻ればいいのかと」
「公国に公子が戻ってきたという話は、こちらには未だ届いていないわ」
「大国は公国の話なんて耳にしようとしないからな」
男はニヤリと笑う。
イニャス・リオール・レヴィーナ。公国の第一公子。
リオことイニャスは、第二妃の策略により襲撃に遭い、子供の姿になってしまった。公国から離れ大国に逃げたのは、子供の姿で狙われたら対抗できないと考えたからだ。
イニャスは姿を戻すために、大国へ留まった。婚約者であるエリアーヌを頼ったのだ。偶然出会ったエリアーヌに保護され、施設で暮らすことになったが、当初イニャスはエリアーヌを警戒していた。助けを求めたとはいえ、エリアーヌの境遇を知っていたからだ。
もしも王を恨むことのない、縋るしか脳のない王女であれば、逆に危険になる。王に知られることで、人質に取られることを心配していた。
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