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ナッスハルト2
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「ここで、何をしていらっしゃるのかしら?」
聞いたことのない、少し甲高い少女の声が耳に届いて、目を覚ました。いつもの昼寝を邪魔されるのは初めてた。どこぞのご令嬢ならば、ちょっと言葉をかければ恥ずかしがって逃げていくだろう。
そう思って起き上がり、君を待っていたとでも言おうかと思ったら、見慣れない美しい少女が自分を見下ろしていた。これは誰だっただろうか。一瞬惚けて、まじまじと顔を見遣った。
「ここで何をしているのかと聞いているのよ。もう昼の時間は終わっていなくて? 働く気のない者を雇う必要はなくてよ? お父様にお伝えするわ。名をおっしゃい」
言われて飛び起きた。国王の娘、フィルリーネだ。
急いで地面に跪き、頭を垂れる。ここまで間近で見たことがなかったせいで、一瞬誰だか分からなかった。近くで見ると、遠目で見るより幼い。だが子供でもなく、けれど大人でもない。
どんな言葉ならば誤魔化せられるか、頭の中で駆け巡る。もう少し大人であれば、優しく微笑みでもして甘い言葉を囁けば許しを得られそうだが、しかし、思ったよりも幼いのだ。そんな言葉でふらつくかが分からなかった。
「申し訳ございません。 体調が悪く、休んでいたところにございます。フィルリーネ様のお目汚しとなっていたとは気付かず、すぐに失礼させていただきます」
「わたくしは、あなたに名を名乗れと言っているのよ」
フィルリーネは不機嫌にして、存外に言った。自分の言う通りにしなければ、機嫌を損ねるという噂は聞いていた。我が儘で性格の悪い、フィルリーネ姫。機嫌を損ねれば罵られ、悪ければ罷免される。
ごくりと喉が鳴った。警備騎士を辞めさせられれば、子供たちに会えなくなる。彼らを守ろうと思うだけで、何もしていなかったことを思い知らされた直後に、会えなくなるわけにはいかないのだ。
しかし、
「警備騎士団第五部隊、ナッスハルトと申します」
「体調が悪いのならば、騎士団の医務所へ行きなさい。ここで眠っていても、治るものでもないのではなくて?」
フィルリーネの声音が穏やかになった。どうやら信じたらしい。馬鹿だと聞いていたが、本当に馬鹿なようだ。安堵して、承知いたしました。と口にして前を辞すと、フィルリーネは横目で、くすり、と笑った。
何だ、あの目は。
あの目は、分かっていた目だ。
自分がサボっていたことを分かっているのに、注意をして逃したような。気のせい? いや、騙されて納得した顔ではなかった。
何だ、あの王女は。
「お前、フィルリーネ様にしかられたって本当か? どうせサボってたんだろう」
同僚はどこで聞いたか、そうやってからかってくる。庭園には誰もいなかった。外廊下に戻る時に誰かいたかもしれないが、どこから聞いたのか問うと、同僚は笑いながら言った。
「王騎士団長と騎士団が丁度移動してる時だったんだろ? 騎士団のやつが言ってたぜ。フィルリーネ様に怒られている警備騎士がいるって。王騎士団長に怒られるのとフィルリーネ様に怒られるのなら、フィルリーネ様の方がいいよな」
「王騎士団長? 何であんなところに」
自分が寝転がっていた庭園は、王騎士団が通るような場所ではない。いや、そもそも王女のフィルリーネがうろつく場所でもなかった。
「王の命令で、下見だって言ってたぞ。魔導院研究所の魔獣を移動させるんだと。王騎士の演習用だとさ」
「そんな、話あったか?」
「知らん。王騎士がやってることを、俺たちが知るわけないだろ」
「フィルリーネ姫はご存知だろうか」
自分の言葉に、同僚は顔をしかめた。知るわけないんじゃないか。と言いながら。
フィルリーネはまだ学生で、城にいることも少ない。その人がたまたま散歩でもして、フィルリーネの住む棟から離れた、騎士たちが多くいる演習所の近くの庭園にいるのだろうか。
「ただですんで良かったな。どうやって逃げたんだ?」
「体調が悪いから、休んでいたと言ったんだ」
「それで逃げられたのか? フィルリーネ様もまだ子供だな」
「……そうだな」
子供なのか? 本当に? ただ笑っただけだろうか。だが、王騎士団団長に注意をされないで良かったのは確かだった。それだけは安堵して、子供たちを思い出した。
商人の娘のフィリィを探して、自分も何か手伝えないか話がしたい。援助だけでもできれば、少しは子供たちの助けになるだろうか。
フィリィお姉ちゃんは、子供たちに大きな影響を与えていた。
「自分の名前が書けるのか? マットル」
「書けるよ。フィリィ姉ちゃんが教えてくれた」
マットルが持っていた知育玩具は進化をしている。いや、これは知育玩具とは言わないか。マットルが手首にしていたのは、マットルの名前が連なった木片を紐で繋げたものだった。これならば毎日見られるし、練習もできた。
「全員に作ってるのか?」
「違うよ。小さい子は口に入れちゃうから、食べたりしない年の子だけ。もらえなかった子もいるよ」
確かに木片は小さく、幼い子どもは口に入れてしまうだろう。それも考えて、マットルくらいの子供から渡しているようだった。
子供たちに玩具を作る労力。それを考えれば、簡単にできることではない。しかし、定期的に短い日数で来られるわけでもなさそうなので、商人の娘とはいえ、働いて忙しい女性なのだろう。ならば、商人を良く知っている人間に聞けばいい。
昔ロジェーニの下にいて、年の割に老けているが可愛いお嬢さんをもらった、第三部隊の兵士を思い出して、そいつが良く行く店を訪ねた。
「バルノルジ」
声を掛けると、バルノルジはでかい図体で勢いよく立ち上がる。
「ナッスハルト様!」
「人探しだ。ちょっといいか?」
バルノルジは昔門兵をしており、その腕をロジェーニに買われて、警備騎士団の兵士として働いていた男だ。豪商の娘を魔獣から助けた折に肩をやって、ロジェーニに引き立てられながらも長く働けなくなり、首を宣告された。
その後、民間の狩人になるつもりだったらしいが、助けた娘に縁談を迫られて、娘と婚姻し商人になった。肩は今はいいらしいが、それでも警備騎士を続けられるほどではないらしい。商人の才があったので何とかやっているようだが、昔の杵柄で民間の警備も行なっていた。
ロジェーニは何かと気にしていたが、嫁をもらった時点で気にしなくていいだろう。
「旧市街地で、子供たちに玩具を与えている女性を知っているか? 商人の娘と聞いたんだけれど」
「旧市街、ですか」
バルノルジは微かに目を眇めた。あまり聞いてほしくないことのようだ。
「何かありましたか?」
「仕事とは関係ない。子供に文字も教えているみたいだから、話をしたいだけだよ。俺も子供たちには何かできないかと思っていたから」
神妙に話すと、バルノルジは小さく唸る。その女性については知っているのだろうが、話せない何かがあるようだった。
「ここでは何ですから、歩きながら話しましょう」
周囲を気にしたか、バルノルジは道に出て旧市街の方へ歩く。
バルノルジが秘密にしたい女性ならば、良家のお嬢様なのかもしれない。秘密裏に旧市街に通い、子供たちに援助するのならば、来る日数も少なくて当然だと思った。街の人間でも、旧市街に足を向けることはない。あそこは貧民街だ。道も汚いし、臭いもある。好き好んで行くような場所ではない。
「正直な話、私も詳しくはありません。ただ、子供たちに玩具を与えながら、子供向けの玩具を作っている職人、のような商人です。玩具自体も彼女が作っていて、それをカサダリアで売っています。本人はカサダリアの商人と言っていますが、おそらく貴族の娘だろうと」
「カサダリアの貴族が、わざわざ王都の旧市街に来ているのか?」
カサダリアから王都まで、小型艇で来るか列車を使うかだが、それでも距離はある。だが、あまり来る日数が少ないと聞けば、それも納得する場所だった。
聞いたことのない、少し甲高い少女の声が耳に届いて、目を覚ました。いつもの昼寝を邪魔されるのは初めてた。どこぞのご令嬢ならば、ちょっと言葉をかければ恥ずかしがって逃げていくだろう。
そう思って起き上がり、君を待っていたとでも言おうかと思ったら、見慣れない美しい少女が自分を見下ろしていた。これは誰だっただろうか。一瞬惚けて、まじまじと顔を見遣った。
「ここで何をしているのかと聞いているのよ。もう昼の時間は終わっていなくて? 働く気のない者を雇う必要はなくてよ? お父様にお伝えするわ。名をおっしゃい」
言われて飛び起きた。国王の娘、フィルリーネだ。
急いで地面に跪き、頭を垂れる。ここまで間近で見たことがなかったせいで、一瞬誰だか分からなかった。近くで見ると、遠目で見るより幼い。だが子供でもなく、けれど大人でもない。
どんな言葉ならば誤魔化せられるか、頭の中で駆け巡る。もう少し大人であれば、優しく微笑みでもして甘い言葉を囁けば許しを得られそうだが、しかし、思ったよりも幼いのだ。そんな言葉でふらつくかが分からなかった。
「申し訳ございません。 体調が悪く、休んでいたところにございます。フィルリーネ様のお目汚しとなっていたとは気付かず、すぐに失礼させていただきます」
「わたくしは、あなたに名を名乗れと言っているのよ」
フィルリーネは不機嫌にして、存外に言った。自分の言う通りにしなければ、機嫌を損ねるという噂は聞いていた。我が儘で性格の悪い、フィルリーネ姫。機嫌を損ねれば罵られ、悪ければ罷免される。
ごくりと喉が鳴った。警備騎士を辞めさせられれば、子供たちに会えなくなる。彼らを守ろうと思うだけで、何もしていなかったことを思い知らされた直後に、会えなくなるわけにはいかないのだ。
しかし、
「警備騎士団第五部隊、ナッスハルトと申します」
「体調が悪いのならば、騎士団の医務所へ行きなさい。ここで眠っていても、治るものでもないのではなくて?」
フィルリーネの声音が穏やかになった。どうやら信じたらしい。馬鹿だと聞いていたが、本当に馬鹿なようだ。安堵して、承知いたしました。と口にして前を辞すと、フィルリーネは横目で、くすり、と笑った。
何だ、あの目は。
あの目は、分かっていた目だ。
自分がサボっていたことを分かっているのに、注意をして逃したような。気のせい? いや、騙されて納得した顔ではなかった。
何だ、あの王女は。
「お前、フィルリーネ様にしかられたって本当か? どうせサボってたんだろう」
同僚はどこで聞いたか、そうやってからかってくる。庭園には誰もいなかった。外廊下に戻る時に誰かいたかもしれないが、どこから聞いたのか問うと、同僚は笑いながら言った。
「王騎士団長と騎士団が丁度移動してる時だったんだろ? 騎士団のやつが言ってたぜ。フィルリーネ様に怒られている警備騎士がいるって。王騎士団長に怒られるのとフィルリーネ様に怒られるのなら、フィルリーネ様の方がいいよな」
「王騎士団長? 何であんなところに」
自分が寝転がっていた庭園は、王騎士団が通るような場所ではない。いや、そもそも王女のフィルリーネがうろつく場所でもなかった。
「王の命令で、下見だって言ってたぞ。魔導院研究所の魔獣を移動させるんだと。王騎士の演習用だとさ」
「そんな、話あったか?」
「知らん。王騎士がやってることを、俺たちが知るわけないだろ」
「フィルリーネ姫はご存知だろうか」
自分の言葉に、同僚は顔をしかめた。知るわけないんじゃないか。と言いながら。
フィルリーネはまだ学生で、城にいることも少ない。その人がたまたま散歩でもして、フィルリーネの住む棟から離れた、騎士たちが多くいる演習所の近くの庭園にいるのだろうか。
「ただですんで良かったな。どうやって逃げたんだ?」
「体調が悪いから、休んでいたと言ったんだ」
「それで逃げられたのか? フィルリーネ様もまだ子供だな」
「……そうだな」
子供なのか? 本当に? ただ笑っただけだろうか。だが、王騎士団団長に注意をされないで良かったのは確かだった。それだけは安堵して、子供たちを思い出した。
商人の娘のフィリィを探して、自分も何か手伝えないか話がしたい。援助だけでもできれば、少しは子供たちの助けになるだろうか。
フィリィお姉ちゃんは、子供たちに大きな影響を与えていた。
「自分の名前が書けるのか? マットル」
「書けるよ。フィリィ姉ちゃんが教えてくれた」
マットルが持っていた知育玩具は進化をしている。いや、これは知育玩具とは言わないか。マットルが手首にしていたのは、マットルの名前が連なった木片を紐で繋げたものだった。これならば毎日見られるし、練習もできた。
「全員に作ってるのか?」
「違うよ。小さい子は口に入れちゃうから、食べたりしない年の子だけ。もらえなかった子もいるよ」
確かに木片は小さく、幼い子どもは口に入れてしまうだろう。それも考えて、マットルくらいの子供から渡しているようだった。
子供たちに玩具を作る労力。それを考えれば、簡単にできることではない。しかし、定期的に短い日数で来られるわけでもなさそうなので、商人の娘とはいえ、働いて忙しい女性なのだろう。ならば、商人を良く知っている人間に聞けばいい。
昔ロジェーニの下にいて、年の割に老けているが可愛いお嬢さんをもらった、第三部隊の兵士を思い出して、そいつが良く行く店を訪ねた。
「バルノルジ」
声を掛けると、バルノルジはでかい図体で勢いよく立ち上がる。
「ナッスハルト様!」
「人探しだ。ちょっといいか?」
バルノルジは昔門兵をしており、その腕をロジェーニに買われて、警備騎士団の兵士として働いていた男だ。豪商の娘を魔獣から助けた折に肩をやって、ロジェーニに引き立てられながらも長く働けなくなり、首を宣告された。
その後、民間の狩人になるつもりだったらしいが、助けた娘に縁談を迫られて、娘と婚姻し商人になった。肩は今はいいらしいが、それでも警備騎士を続けられるほどではないらしい。商人の才があったので何とかやっているようだが、昔の杵柄で民間の警備も行なっていた。
ロジェーニは何かと気にしていたが、嫁をもらった時点で気にしなくていいだろう。
「旧市街地で、子供たちに玩具を与えている女性を知っているか? 商人の娘と聞いたんだけれど」
「旧市街、ですか」
バルノルジは微かに目を眇めた。あまり聞いてほしくないことのようだ。
「何かありましたか?」
「仕事とは関係ない。子供に文字も教えているみたいだから、話をしたいだけだよ。俺も子供たちには何かできないかと思っていたから」
神妙に話すと、バルノルジは小さく唸る。その女性については知っているのだろうが、話せない何かがあるようだった。
「ここでは何ですから、歩きながら話しましょう」
周囲を気にしたか、バルノルジは道に出て旧市街の方へ歩く。
バルノルジが秘密にしたい女性ならば、良家のお嬢様なのかもしれない。秘密裏に旧市街に通い、子供たちに援助するのならば、来る日数も少なくて当然だと思った。街の人間でも、旧市街に足を向けることはない。あそこは貧民街だ。道も汚いし、臭いもある。好き好んで行くような場所ではない。
「正直な話、私も詳しくはありません。ただ、子供たちに玩具を与えながら、子供向けの玩具を作っている職人、のような商人です。玩具自体も彼女が作っていて、それをカサダリアで売っています。本人はカサダリアの商人と言っていますが、おそらく貴族の娘だろうと」
「カサダリアの貴族が、わざわざ王都の旧市街に来ているのか?」
カサダリアから王都まで、小型艇で来るか列車を使うかだが、それでも距離はある。だが、あまり来る日数が少ないと聞けば、それも納得する場所だった。
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