高飛車フィルリーネ王女、職人を目指す。

MIRICO

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「あなた方には苦労をさせました。多くの苦渋を舐め、日々を過ごしてきたことでしょう。今日ここに集まってくれたことを、嬉しく思います」
「もったいないお言葉でございます。先程イムレス様よりワックボリヌを捕らえたとの伝言を承りました。ニーガラッツは未だ行方が分からず、捜索を続けているとのこと。しかし、ベルロッヒを抑えられれば次の段階へ進められるとのことです」
 ワックボリヌはイムレスが何とかしてくれたようだ。

「イカラジャたちはここでニュアオーマと協力し、周囲の鎮圧に努めてちょうだい。イムレス様はどちらにいらっしゃったの?」
「魔導院に近い大広間のある棟にいらっしゃいました」
「ありがとう。ニュアオーマ、イカラジャたちと制圧を続け、残党を追いなさい。私たちはイムレス様のところへ行くわ」
「分かった。歩いて行くなら数人連れて行ってくれ。気を付けてくれよ!」

 イムレスのいる場所はここから近い。イカラジャが来てくれたおかげで人数に余裕ができたか、ニュアオーマがつけてくれた警護の騎士たちを連れてイムレスのいる大広間のある棟に移動する。
 そこには勿論ルヴィアーレたちがついてきたが、まだレブロンとイアーナの姿が見えない。移動してしまっているので追い付くのは難しいだろう。イムレスのところに置いて見張っておいてもらった方がいいと判断して、ルヴィアーレの同行を黙認した。

 大広間にいたイムレスは戦いの疲れは見えたものの、こちらを迎える笑顔に逆に不安になった。とても良い笑顔。つまり毒を含んだお怒りの笑顔だったのである。

「だ、大丈夫でしたか?」
「勿論。問題ないよ。ヘライーヌが少しやらかしたくらいで」
 語尾に怒りが混じっている。毒のある顔はヘライーヌへの怒りらしい。

 大広間では敵に混じり幾人か大怪我をしている者たちがいたが、イムレスに大きな怪我は見られなかった。
 イムレスは魔導院の黒のマントを羽織っており、中は厚手の白の上着を纏っていた。刺繍のように見えた模様は魔法陣に使う文字で、服に防御の魔法陣を描いている。

 だから怪我がほとんどないのだ。魔導の高い者にしかできない技である。魔法陣は前々から用意していたのだろう。手順が面倒なのでやりたいと思わない技だ。

 ヘライーヌはここでもやらかしたらしく、一時は騎士や魔導士たちが痺れで動かなくなったらしい。イムレスが戦いの後薬を与え、今は皆無事に動いていたが、イムレスが気付かなければ入って来た魔獣に皆が食われていたかもしれなかった。

 ヘライーヌに作戦は知らせていない。早めに逃げろと伝えていただけだ。あわよくば無関係の者たちの避難を誘導してほしいとは言ったが、敵も仲間も構わず戦闘不能にさせろとは言っていない。
 しかし、ヘライーヌからすれば関係ないので、一緒くたに倒すわけである。

 イムレスは大息を吐いて、怒りを鎮めようとしていた。
「全くあの子は、何かをすると大きな犠牲が伴うと言うのに躊躇がない」
「作戦を知らせていないのが裏目に出ましたね」
「知らせたら知らせたで心配の種だよ。君に怪我はないね。ルヴィアーレ様も無事そうだ」

 後ろにいたルヴィアーレに目をやって、大きな怪我がないことを確認する。大広間には怪我人が集まり手当をしていた。フィルリーネたちに治療の必要はないと、もう一度ほっと息を吐く。

「ワックボリヌは捕らえてある。他の王派も生きている者は捕縛した。犠牲は少ないよ。そちらはどうだったの?」
「ベルロッヒが死亡しました。ガルネーゼが結構な怪我を。仲間の損失は多くはないですが、多少は…。制圧は進んでいます。じきに終わるかと」
「そう。それなら良かった。こちらも周囲の制圧を進めているよ。逃げた者の追跡も始めた」

 既に逃亡者たちの追跡に動いていると言われて安堵する。ワックボリヌと戦うため大きな犠牲があるのではないかと危惧していたが、イムレスが何とかしてくれたのだろう。

 絢爛豪華な大広間の壁ががっつり壊れて外に貫通していたり、天井にあったシャンデリアが半分ほど地面に落ちて粉々になっていたりしたが、本人たちが無事なので言うまい。こちらもテラスを壊してきたのでどこも同じだ。修理費のことは後々考えることにしたい。

 ベルロッヒの使用した魔導具の話を伝えると、イムレスは神妙な顔をした。ワックボリヌはそんな魔導具は使わなかったようだ。

「対ガルネーゼ用に作ったのであればいいんですけれど」
「こちらが石のかけらになります」

 アシュタルがハンカチで包んだ石をイムレスに渡す。慎重にイムレスは触れるが、触れて特に何か起きたりはしなかった。

「残念なことに、ニーガラッツの姿が見えない。君が出発した後姿を消したきり、誰も姿を見ていないんだよ。ホービレアスはこの状況で実験に勤しんでいたから、何も知らないようだし」

 さすがヘライーヌの父親。王派と反王派の戦いが起きても気にもしないか。むしろ邪魔されることなく自分の時間を使っていたようだ。しかし、ニーガラッツが行方不明なのは楽観視できない。

 沈む船に同乗することなくさっさと逃亡を図ったのか、それとも分かっていてその船に乗らなかったのか、何とも言えない。ニーガラッツは高齢だが魔導は強く、油断のならない者だ。老年の悪知恵も働いて何をしてくるか分からない。半端な者では見付けても殺されるか操られるかのどちらかである。

「引き続きニーガラッツを捜させる。後の問題は王だけだね」
「先程、航空艇が上空を通過していきました」
「では砦に逃げたかな。マリオンネから戻るのは思ったより早かったね」
「あの航空艇の速さを舐めていたかもしれません」

 ラータニアへの襲撃は行われている。王騎士団団長のボルバルトが指揮を取り国境の結界を破壊したことだろう。カサダリアからの航空艇で運ばれた魔獣が放たれて、ラータニアではその対応を強いられている。
 ただ浮島への航空艇は城から飛んでいない。城の屋上にある王族専用の航空艇発着所は既に掌握してあり、騎士団が使用する航空艇もガルネーゼの罠が仕掛けてある。浮島を狙う戦闘用の航空艇は飛ぶことが出来なくなっていた。

 ガルネーゼが元航空艇整備技師のベクトに頼んで作ってもらったと言う、航空艇のエンジン部分の魔鉱石が発動しなくなる魔具のお陰だ。カサダリアへ訪れた時に預かっていた物を渡したが、それがそんな魔具など思いもしない。
 その仕組みは後で詳しく聞きたいところである。

『こっち終わった。そっち連れてける』
 頭に届く、説明不足な声に、フィルリーネは顔をにやりとさせた。悪役面にイムレスが珍しく目を丸くさせたがすぐに察する。

「王女らしい顔をしなさいよ。これからはまともな君を見せないとならないからね」
「勿論です。つい顔に出さないようにしますわ。ヨシュア、こっちはいいわよ!」
「フィルリーネ様、お気を付けて! エレディナ、頼んだぞ!」
「分かってるわよ。任せて」

 理解しているアシュタルとエレディナが声を掛け合う。ルヴィアーレが何をする気だと怪訝な顔を見せたが、それに答えるつもりはない。

 ふいに大広間に黒い渦が現れた。そこからにゅっと出た足に周囲が呆気に取られる間、どすんと降りてきたヨシュアにフィルリーネは手を伸ばした。

「行くわよ、ヨシュア。イムレス様、後はお願いします!」
「無理するのではないよ。ヨシュア、エレディナ、その子を任せるよ」
「分かってる」
「分かってるわ」



 ヨシュアと共に黒い渦にのまれ一度瞬きをすれば、目を開いた時にはどこまでも続く青天井の中だった。下に見えるのはビスブレッド国境門で、結界が破られたか門からグングナルドの兵士がラータニアに入り込み戦闘になっている。
 しかしグングナルド兵の方が押されており、戻ろうとしているところを反王派の騎士たちに挟み込まれて攻撃を受けていた。

 先頭にいるのは警備騎士たちだ。そこにロジェーニもいるだろう。彼女にはヨシュアとビスブレッドの砦を掌握する任務を与えた。それを終えれば国境門へと移動、敵をラータニア兵とで挟み撃ちにする予定だったのだ。

 フィルリーネは魔法陣を描いた。敵を選別し、攻撃する魔導を放つ。
 青色に描かれた魔法陣がぼやけたように光りを灯すと、水が四方へ飛んだ。それは地面に辿り着く前に凍り、鋭い刃となって降り注ぐ。

 空からの攻撃に不意を突かれた者たちは倒れ、隙を突かれた間に反王派とラータニア兵に最後の一撃を喰らった。

「フィルリーネ様! フィルリーネ様のお力添えだ! 皆、最後の時だ。怯まず戦え!」
 ロジェーニの声が戦場に響く。先頭を切っている彼女の後ろ姿を目にして、フィルリーネが次の攻撃を行おうとした時、誰かが癒しの力を与えた。それはラータニア兵だけでなく、反王派にも及び、戦いを一層有利にさせた。

「ルヴィアーレ様がいらっしゃる!」
「ルヴィアーレ様!」

 ラータニア兵の歓喜の声は空に届いた。なぜかついてきたルヴィアーレは当然のように魔法陣を広げている。
 王派たちが驚愕に怯んだ目線を送ってきた。彼らは有り得ないものを見たかのような顔をしていたが、それを続ける余裕はないだろう。

 戦いはそろそろ終盤を迎えている。先程の癒しと攻撃で決まっていた戦いに終止符を打った。降参する者たちも現れ、この場での戦いは終息に近付いていく。

 国境門も押さえられた。ビスブレットの砦も掌握したため、王は逃げ場がなくなった。しかし空の上に王の航空艇を見付けることはできない。代わりに幾つかの航空艇が飛んでいるのが遠目で見えた。
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