高飛車フィルリーネ王女、職人を目指す。

MIRICO

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 ヨシュアは容赦なく王の航空艇に炎を吐き出した。ゴオオオという音が空に響くが、結界の膜に阻まれる。

「いつの間にあんな結界を作ったの」
 ヨシュアは上昇しながら王の航空艇の側面へと回る。吐き出した火の玉が航空艇に飛ばされたが、やはり同じように結界に当たり爆発しただけで航空艇に痛手が見えない。

「随分強力な結界だな。あれほどの力を要するのにどれだけの魔鉱石を使っているのだ」
「魔鉱石を買い占めていたからね。相当な量であることは確かよ」

 あの魔鉱石の結界を何とかしなければ、航空艇を落とすことはできない。しかし、ヨシュアの攻撃ですら弾くようでは、どうにもできなかった。

「ヨシュア、お前はここで航空艇の邪魔をして。エレディナ、私を中へ移動させて」
「冗談でしょ! 中には魔導士がいるわよ。人数が多すぎてやられちゃうわ」
「やられる前に移動する。王の背後を取れればいいのよ。あの男の守りを消して、城へ連れられればいい」
「無理すぎないの?」
「無理でもやるしかない」

 王は魔導士を常に連れている。エレディナの転移に気付かれれば魔導士はすぐに反応するだろう。その攻撃を避けながら、王に掛かっている防御の魔導を滅し、王と共に城へ転移するしかない。

 ラータニアの航空艇からの攻撃は結界で弾かれるだけで、グングナルド王の航空艇は空中停止したまま動かない。魔鉱石を使用した攻撃のために力を蓄えているか、魔導が集まるのを感じた。

「エレディナ、移動する!」
「ああ、もうっ。知らないわよ!」

 王の航空艇から魔導が発せられる音を遠くで耳にした瞬間、目前にいた男の背に、持っていた剣を引き抜いた。
 手が痺れるほどの衝撃に怯むことはない。王に施された防御の魔導を壊す必要があるからだ。

「お前は!? 一体、何をしている!?」
 背中の衝撃に気付いた王が、引き攣った顔を見せ怒鳴り声を上げた。突如現れたフィルリーネに唖然としながら、それが襲撃だと気付く。

 王の航空艇内。司令官室か開けた部屋の周囲はガラスで三方の景色が見える。王の航空艇が発射した魔導はラータニアの航空艇に命中したか、煙を上げて斜めに傾いているのが見えた。

 時間を掛けてラータニアへ被害が出るのは避けなければならない。
 エレディナが周囲に氷の魔導を飛ばした。突然の攻撃に反応できない者もいたが、王直属の騎士団や魔導士だ。反応が早く咄嗟に防護壁を作り攻撃を避けた。

 まだ状況の理解できない者もいたが、すぐに反撃してきたのは魔導士だ。エレディナと、ちゃっかり付いてきたルヴィアーレ目掛けて風の魔導が飛ばされる。それを余裕で避けるルヴィアーレは逆に魔導士へ魔導を発した。

 飛ばされた魔導士が壁に激突した。それを見て騎士たちが急いで魔法陣を描く。
 ルヴィアーレの相手をしている暇がお前たちにあるだろうか。王に一番近いのはフィルリーネだ。雨すら弾く防御壁を得ている王に、容赦なく魔導を乗せた剣を振り抜く。

 魔導士から防御壁を身体全体に受けていても、余程の力があろうが継続するには力がいる。それを永遠と王へ施していれば、防御壁の力を強力にできないことは明白だった。

「ぐっっ!」
「王!」
「グングナルド王!」

 王派たちの呼び声に応えるはずの男は、防御壁が剥がれた勢いで情けなく地面に転がり、もんどり打った。
 その背中を、フィルリーネは容赦なく踏みつける。

「動くな! 王にとどめを刺してほしいか!?」
 フィルリーネの靴底が、王の黒のマントにきつく皺をつける。突きつける剣は王の首元にあり、周囲が息を呑むのが分かった。

「ぐ、な、何をしている…。お前は、誰の背に足を乗せているのだと思っているのだ!」
「あら、いやだわ、お父様。それはわたくしの台詞でしてよ? 婚姻式にいらっしゃるはずの方が、なぜ他国へ攻撃などなさっておりますの?」
「ふざけ、るなっ!」
「ふざけているのはどちらかしら。娘の婚姻式前に、他国への蹂躙、城での蛮行。じっくりお話することがありますわね。あらでも、このような場所ではお話もできませんわ。城に戻り、一度釈明をいただかないと。ああ、勿論、随分興奮されているようですから、冷静になっていただくまで、時間を与えて差し上げましてよ?」

 フィルリーネの毒を孕んだ笑顔に、王は泡を食うように目を見開いた。それが滑稽すぎて笑いどころか反吐が出そうになる。額に汗を滲ませて、青白く血の気の引いた顔、理解が追いつかず、慌てふためくような表情が、久しぶりにまともに見た父親の顔だった。

 こんな顔をしていただろうか。まともに顔を向けることもなかったせいで、何だか朧げだ。
 こんな小虫のために、長年多くが苦しんできたのかと思うと、ここでさっさと終わらしたくなる。このまま剣を背中から突くだけでいい。たったそれだけで、叔父ハルディオラの仇が討てるのだ。

 剣を両手で持ち替えて、切っ先を王の身体へ向けた。魔導の乗った剣は青白く光を纏い、フィルリーネの表情も青白く染める。力を入れた両手が頭の上に掲げられ、フィルリーネはそれを躊躇なく下ろそうとした。

「やめろ!フィルリーネ!」

 ルヴィアーレの声にはっとして、フィルリーネは剣を王の身体を突き刺す寸前に止めた。殺すなとルヴィアーレの目が訴えている。ここで殺せば王を弑逆した者としかならず、王の所業を断罪しにくくなるからだ。

「我慢しろ」
 ルヴィアーレは静かに言って、周囲に警戒しながらフィルリーネに近付いた。

 両手で突き刺すはずの剣にそっと手を添えて、ルヴィアーレは王の首元を踏みつけるとエレディナを呼ぶ。
 震えている両手から、息をのみながらゆっくりと力を抜いた。ルヴィアーレは無言で、その手を握る。ルヴィアーレは静かにフィルリーネの蜂蜜色の瞳を見つめて頷いた。

「移動する」
 ここでゆっくりはしていられない。城から王たちを追う航空艇も出ているだろう。指揮官を奪えば反撃する力もなくなる。

 フィルリーネはその手に触れたルヴィアーレの手の温もりを感じたまま、エレディナが城へと転移したのだ。



「フィルリーネ様!」
「フィルリーネ様がお戻りだ!」
「ご無事で!」

 戻った先、イムレスのいた大広間に、多くの人々が集まっていた。イムレスだけでなく、ガルネーゼもおり、フィルリーネの帰還を皆が待っていた。

 喜びに声を上げ歓喜に震えている者たちが集まる中で一人、蒼白なまま四つん這いで地面に座り込んでいる男は、状況の理解ができないのか目を見開き、ぎょろりと周囲を確認するだけだ。

 その男に集まる視線が喜びから途端に怨恨の呪いを含んだものに変わったことに、本人は気付かぬのだろうか。

「貴様ら、一体。お前は、何を考えているのだ、フィルリーネ!」
「何を?」

 地面に平伏すしかできない現状で、吠えることしかできぬとも、もう少しまともな問いはできないことか。フィルリーネはうっすらと笑むと、静かに胸元に片手をつけ恭しく礼をした。

「勿論、国を憂慮しての王派粛清ですわ」
「ばかな。何を、誰に唆された! お前か、ルヴィアーレ!」

 王は陳腐な問いをルヴィアーレに向ける。ルヴィアーレは哀れな男を蔑むようにして眇めた視線を送った。

「娘の存在を甘く見たお前の敗因だ。私は何もしていない。全てはお前の娘が行ったことだ」
「ふざけたことを! この娘が、そのような真似を…」
「そうですわね。馬鹿で扱いやすいフィルリーネ。何もかも言う通りにして反抗などしたこともない。ふふ。嫌ですわ、お父様。全てが思い通りになるほど、世の中甘くなくてよ。叔父殺しの犯行も、隣国への侵略も同族への襲撃も、全て、往年行ってきた罪の償いはしてもらいます。連れて行け!」

 王の絶望した顔を嘲笑ってやりたい。
 アシュタルたちに引き摺るように連れられた王は、今後人の入れない地下へと封じられる。光もない場所でまずは頭を冷やしてもらおう。

 これから自分にやることは山ほどある。王一人に構っている暇はなかった。
 多くの犠牲を出した積年の恨みを今ここで晴らしてやりたいのは皆も同じだ。だがそれだけに固執してはならない。まだ隠れた王派もおり、ニーガラッツも見付かっていない。

 全てを終えたと思うには早い。これからが正念場だ。

 王派たちを追跡し、王に加担した者たちを捕らえて、ひとまずを落ち着かせるにはその後数日が掛かった。
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