高飛車フィルリーネ王女、職人を目指す。

MIRICO

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対戦

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 部屋中が精霊だらけになり、光の多さに目をしぱしぱさせていたのはミュライレンとコニアサスだけではない。サラディカやイアーナたちも驚きに周囲を見回していた。

 ルヴィアーレの騎士たちの魔導が高いことは分かっている。アシュタルもあれだけの精霊の瞬きを見たのは初めてだったのか、驚愕の表情をしてみせた。
 ルヴィアーレと自分の魔導の高さを競う場ではないのだが、ルヴィアーレとしては意図して行ってほしいわけである。




 そう言うわけで、なぜかこうなった。

「フィルリーネ様がイムレス様と魔導戦とは、本当なのか?」
「簡単な手合わせだろう? 魔導がほとんどないと言っていて、どうやって戦うんだ?」
「観客多いよな。みんなさぼってるんじゃ?」

 模擬戦を行う魔導専用の建物の中で、魔導院の職員や騎士たちが集まりぼそぼそと話をしている。

 ほんとだよ。何でこんなに観衆多いかな。

 騎士たちの訓練所の一角に魔導戦専用の建物がある。屋根のない競技場のような建物で魔導の戦いを行う時には魔導が扱える騎士や職員が結界を張り、攻撃で放出された魔導が建物から出ないようにする。

 いつもよりその人数が多いのはイムレスが戦うとあってだろうが、結界が張れるように中央の舞台から離れてぐるりと観客席があり、そこになぜか騎士や魔導院職員以外の者たちが集まっていた。

 誰だ。こんな大ごとにしたの。イムレス様か?

「随分人が集まっているんじゃないの。君の力が見たいのだろうね」
 イムレスが隣で柔らかに笑っているが、格好がいつもの黒のローブ姿ではない。やる気満々な格好と言って良いだろうか。マントは羽織らず珍しく身体にぴったりとした衣装を着ていた。

 いつもだらだらな服しか着ていないので気付きにくいが、魔導士とは思えないほど筋肉がしっかりした体躯をしている。魔導も長けているが剣も扱う人だ。魔導院で筋力など使わないくせに、鍛え続けた身体を持っている。
 イムレスと手合わせするのはとても久し振りだが、本気で戦われてどこまで相手ができるかこちらは緊張気味である。

 そんな心理状況など知りもしない、全く関係ない侍女や貴族の令嬢たちが黄色い声を上げた。
 イムレスの黒の上着は膝丈で襟元の刺繍が美しいが、装飾品の類は一切つけていない。普段も装飾品をつける人ではないが、簡素でも身体の線が分かる衣装はそう見ない。

 だからだろうか、観客に女性たちが多い気がする。いや、女子ばっかなのよ。
「女子人気がひどいですね」
「ひどいって、どう言う意味なの?」

 ひどいはひどいである。イムレスの女子人気がここまでとは。
 イムレスと会う時は周囲に人がいないか、フィルリーネを恐れる者たちしかいないので、イムレスに色目を使う女性たちは見たことない。
 それでも人気があるのは知っていたが、こんなに多いとは思わなかった。

「何で公開練習なんですかね」
「ルヴィアーレ様の提案ではないの?」
「それがなぜこんなに人が見に来てるかって話です」
「さあ。してやられたのではないの?」

 にこにこ言う辺り、ルヴィアーレの提案に色塗ったのこの人じゃなかろうか。ルヴィアーレからすれば、ああいうのを何度か行った方がいい。くらいの提案だったのに。

「噂をすれば、ルヴィアーレ様だよ」
 自分は全く戦う気がないと、長いマントと足元が隠れる衣装をまとった男がこちらに近付いて来る。少々面食らった顔をしているので、この観客のことは今知ったようだ。

「大ごとになっているな」
 ルヴィアーレが同じことを言って、少々呆れ顔をした。主に観客席にいる女性たちに目が向いている。

 そもそもルヴィアーレは、フィルリーネの能力についてもう少し宣伝した方がいいと提案してきただけだった。
 城の修復、騎士たちによる魔獣の討伐、オゼの研究、多くの政務。その関わりがある者たちに理解があればフィルリーネの能力に気付くだろう。しかし、他の者たちはどう理解させるのか。

 ルヴィアーレの言いたいことは分かっている。古老たちや領主たちに口頭だけでやり込めたわけではない。フィルリーネの周囲にいる者たちはフィルリーネが何をしているのか分かっても、彼らには届かない。この城にいない貴族たちにも、平民にもだ。

『存在価値を示せ』

 ルヴィアーレがフィルリーネを立てる気ならばラータニアとしてグングナルドを奪う気ではない。そしてフィルリーネの存在を確立させるには、フィルリーネにとっても必要なことだった。

 自分の能力を表に出すのはまだ早いと思っていたが。

 魔導量はあまりなく、精霊の声も聞こえない。クーデターもガルネーゼとイムレスの主導だと勘違いしている王派たちの襲撃は、隠れたところで一通り行われた。

 お飾りだと思われているフィルリーネを邪魔に思う者たちは、フィルリーネの周囲ががら空きだと思っていただろう。コニアサスを後継者とするには若すぎるため、念の為フィルリーネを代理に上げただけだと思っていれば、フィルリーネの周囲に多くの警備を割くと考えていないからだ。

 そして警備の目を掻い潜れば、フィルリーネは戦いに不向き。簡単に暗殺できると考える。
 その効果はあり、暗殺者たちは現れアシュタルたち王騎士団に一掃された。現在は首謀者を調べているところである。

 おかげで最近刺客が現れなくなった。警備が機能しフィルリーネを守っていることが知れたのだろう。そこを掻い潜ってフィルリーネに直接攻撃を行うような輩は出てきていない。
 そうであれば大っぴらに魔導や剣の訓練をしていいと思ったわけだが。

「想定外に人が多いのよ」
「私ではないぞ。君の部下だろう」
 ルヴィアーレのちらりと見た先がにこやか顔のイムレスだが、私も同じ意見だよ。

「良いのではないのか。まだ捕まっていない輩どもに牽制になる」
「ルヴィアーレ様の言う通りだと思うよ。これ以上接触して来る気がないなら、警備以上に君の力があると示しておいて損はない。暗殺者ばかりに感けてばかりで本来説得させる者たちを蔑ろにしすぎてもいけないからね」

 そろそろ暗殺者たちは、フィルリーネの周辺がガラ空きに見えながら厳しく取り締まられていることに気付いただろう。暗殺は難しく実行が不可能に近いと理解したはずだ。
 警備が緩いと思わせる必要も無くなってきた。

 そうであればフィルリーネが武に弱いと言う印象をここで覆しても問題ない。そして、フィルリーネが魔導量の高い王族だと知らしめる必要が出てくるのだ。

 精霊の声も聞こえない王族の一人と思われるのは、あの男だけで十分だった。

「君が心配しているのはあの三人のことだろう」
「まあね」

 ルヴィアーレの言葉にイムレスも眉をピクリと動かす。心配の種はまだ外にいて、それらが見付かるまでは自分を餌にしたかったわけだが。

「彼らを捕らえるまで君が無能だと思わせておくのは、周囲をまとめるつもりであれば難しいかな」
「私もそう思うぞ。全く足取りが掴めないのだろう?」

 残念ながら、行方の知れない三人は姿を消したまま。
 魔導院院長ニーガラッツ。それから警備騎士団第一部隊隊長サファウェイ。イニテュレ出身のイカラジャを罠に嵌めようとした魔導士モルダウン。その三人のことである。

 王派との戦いでサファウェイの姿は城になく、ビスブレッドの砦で死体を探したが、そこにサファウェイもモルダウンもいなかった。
 仲間の警備騎士たちは城かビスブレッドの砦に振り分けていたので、街中を探したのは戦いの後だ。その間に逃げられたのだろうが、王派と分かっておりかつ今回の戦いに関わっている中で逃げられたのはその三人だった。

 他の隠れた王派は理由なく捕らえられない。しかしその三人は捕らえる理由があって逃げられている。しかも城のことを良く分かっている三人だけあって、警戒はしておかなければならない。

 ニーガラッツはもちろんだが、魔導士のモルダウンが厄介だと、イムレスからため息混じりに話を聞いた。モルダウンはフィルリーネのように顔を変える魔導が使え、他人に成りすまして城の中にいてもおかしくないのだと。

 ニーガラッツもその方法は知っているだろうが、彼は歳をとっており歩き方が老人のそれだ。顔が変えられても歩き方までは変えられない。
 モルダウンがフィルリーネ暗殺を行うこともあり得るのだ。

 そしてニーガラッツは精霊を捕らえて加工する技術を持っている。それにモルダウンも関われれば、精霊を捕らえることも考えられた。

「長期戦になるだろうね。ニーガラッツが企めばサファウェイとモルダウンが君を狙ってもおかしくない。けれど、それが終えるまで君が精霊を扱えないほど魔導量が少ないと、誤解させたままでも良くない」

 だからこれだけの観客を集めたのだろう。騎士団の訓練所なのになぜか侍女や文官の貴族たちも集まっている。集まりすぎなんだが?

「君の無様な姿を見たがっている者たちもいるのだろう」

 無様とか、言い方よ。

 ルヴィアーレは真面目な顔をして言っているので、嫌味ではないのである。しかし、イアーナが嬉しそうな顔をするので、さすがに殴りたくなるわけだが、ここは我慢だ。

 無様にならない可能性は低いとは言えないが、嘲笑されるほど魔導力は低くない。イムレスと手合わせするのは子供の頃以来だが、それよりはずっと戦いに慣れてきたつもりだ。

「結界は魔導院の者が行うのか?」
「そのはずだけれど?」

 普段訓練の水準に合わせて結界を張る者たちの人数が決まる。魔導が強すぎて結界から飛びだした攻撃が建物を壊してはいけない。イムレスが戦うのだからそれなりの者たちが当たるだろう。

「いつもよりは強化させるよ。私とフィルリーネ様が戦えば、ただでは済まないからね」
「破壊し尽くしそうだな」
「人を凶暴みたいに言わないで」
「凶暴だろう?」

 ふっと笑うその笑顔が珍しい。そう思ったら周囲の女子たちの黄色い声が響いた。
 ルヴィアーレも人気があるのを忘れていた。ルヴィアーレはその声を無視し背を向けると舞台から離れていく。
 黄色い声にも何とも表情が変わらないのだから、全く可愛げがない。

「髪を結んだ姿が良いと言う話だよ。君が悪いのではないの?」
「悪いって何ですか」
「婚約者の人気を上げてどうするの」
「髪結んだくらいで、何で人気が上がるのか教えてください」

 本当に教えてほしいよ。何か変わりましたかね?

「他の女性の話を聞いてみたらどうなの」
「絶対やです」

 聞いても理解できないこと間違いない。顔が良く見えるようになっただけではないか。だからいいのか? 理解できない。

「その点を、君は学んだ方が良いと思うけれどもね」
 その点って何だろうか。イムレスは含んで笑ってくるが、学ぶ必要性はないと思われる。

「さあ、では始めようか」
 イムレスとの久しぶりの対戦である。
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