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出発2
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「ラータニアの王都まで、どれくらいかかるの?」
「ダリュンベリから国境門に行くより、ずっと早いですよ」
ラータニアの王都、ローエ。小型艇であれば、国境門からはそんなに時間はかからない。
国境を跨ぎ、ラータニア内に入れば、すぐに離着陸場所に誘導されて、着陸した。そこで再度旅券や荷物などを確認した後、ラータニアでの小型艇の規則を教えられる。
ラータニアでは離着陸場所が決まっており、それ以外の場所での離着陸が許されておらず、その辺の荒野でも小型艇で停まれないのだ。
目的地は王都ローエだが、その手前で降りる必要があった。ダリュンベリのように、王都の中を飛ぶことはできない。
「結構、小型艇の規則が厳しいのね」
デリが少々辟易した顔をする。先ほどと同じ確認を、ラータニアでも行っているからだ。しかも、規則と罰則が多い。罰則は厳しく、真面目に聞いていないと、相当額を払うことになるかもしれない。
ラータニアは民間の小型艇が多くない国で、個人で小型艇を持つ者は特に少ない。商人なども馬車を使い、遠くても地上を行く。そこにはラータニア独特の理由があった。
「私たちが、他国の人間だからじゃないの? ラータニアの人たちにも厳しいわけ?」
「精霊が多いから厳しいそうですよ。間違って精霊の住む場所に小型艇で降り立っては、精霊が逃げてしまいますから。だから、小型艇が停まる場所は決められていて、それ以外に停めたら罰則があるんです」
「へえ、さすがに違うわねえ」
これは、その昔ルヴィアーレから聞いた。グングナルドでは考えられないが、ラータニアでは精霊の住処が多いので、野原に離着陸することが許されていない。それだけでなく、小型艇で飛ぶ場所も限られているため、利用者が少ないのだ。
小型艇の利便性よりも、精霊のために使わないことを選ぶ者が多いのかもしれないが、厳しい理由は他にもある。
「ラータニアには、精霊の住む浮島があるんです。そこに小型艇で飛ばれては困るから、王都の付近くらいしか民間の船は移動できないんですよ」
「なるほどねえ。そうよね。小型艇で行けるんなら、私だって行っちゃうわよ」
浮島に小型艇が勝手に乗り込めば、何が起きるか。精霊の王が怒る前に、アウラウラが激怒するだろう。
それだけでなく、精霊たちの機嫌も損ねてしまうかもしれない。
王族の航空艇が乗り込めるのは、その許可があるからだ。それ以外にあの場所に入れるのは、女王かその候補のみである。
女王を連れて行く時は、ラータニアの航空艇を使用した。行き来を許されるのは、それだけだ。
「フィリィは詳しいのね。ラータニアの貴族と親しかったりするの?」
「いやあ。そんな話をどこかで聞いただけですよ。やだなあ」
「そうなの? 貴族だからって他国の貴族と仲良いわけじゃないか」
余計なことを言った。後ろでアシュタルが笑っていそうだ。デリは気にしないか、やっと出発して見える景色に釘付けになる。
「木が多いわねえ」
「本当だな。こんなに違うのか? これが精霊の恩恵?」
ゆっくりと飛び始めた小型艇の窓の外。高度は高めだが、速度が遅いため、よく景色を眺められる。高度が高いのは、精霊の飛翔高度を考えているからだろう。速度が遅いのも、精霊に当たらないようにする配慮が見られる。
そのおかげで、観光地を見るように景色を見ることができた。
色褪せた大地が少なく、木々が多い。砂の精霊より、草木の精霊の方が多いからだ。一面黄色の花畑や、野菜などを植えた畑も目に入る。ポツポツと村のような家の集まりも見られるが、その周囲も木々に囲まれていた。
これだけ自然豊かであれば、魔獣も少ないだろう。山一つ枯れているなんて情景は、まったく見られない。
「精霊も多いな」
アシュタルがぽそりと呟く。目に見えるほどの塊になっているため、アシュタルでもよく見えるようだ。デリがどこどこ聞いているが、バルノルジにもかすかに見えるようで、その先を指差す。
ダリュンベリにも精霊は増えてきたが、母数が違いすぎる。
「うわ、なにこれ。精霊!? ね、ちょっと、あれが精霊なの!?」
デリが前方向に見える、光の塊を指差した。フィリィの目には、精霊が大挙して押し寄せてくるように見えた。
まさか、まさかの、お出迎え?
「すごいな。ラータニアでは、魔力が少なくとも、こんなにはっきり精霊が見れるのか?」
「うわ。うわ、うわあああ!!」
歓喜の声はデリからだけではない。小型艇を操縦している男が、あわあわ言いながら更に速さを落とす。光の塊が散らばって、小型艇を囲み始めたからだ。
まさかではなく、出迎えである。
「わあ。すごいですねええ」
ついわざとらしく口にしてしまった。どうしてそんなたくさん来ちゃうかな。
「すごすぎない!? こんなにいるの!? なに、これ! 大丈夫なの!!??」
大丈夫だと思いたい。精霊たちは一定の距離を空けているが、小型機を囲むようにして、行く方向へついてくる。遠目にも集まってきているか、まばらに淡い光が近付いてきていた。
浮島にいる時ならばともかく、小型機で飛んでいる時にここまで精霊が集まってくれば、さすがに驚く。
気のせいかな、地上にいる人々が足を止めているようにも見えた。
「ダリュンベリでも精霊を目にすることは増えたが、これは規模が違いすぎるな。普段からこんなに見えるなのか?」
「すごいよ! すごすぎない? すごいわあ!」
信じられない景色だと、デリが窓にぴったりくっついて発狂している。
「ついてきますね」
さすがにアシュタルも口を開けた。闇の精霊ばりに集まった精霊たちが移動している。
他の人たちにはどうやって見えているのだろうか。光だけで見えているのか、精霊自体が見えているのか。
フィリィからすると、鳥の群れのようにも見える。
精霊たちは距離をあけてついてきていた。おそらく、ヨシュアがいるため、接近はできないのだろう。浮島にいるように、近いけれどすぐ側にはやってこない。
ラータニアに入ってすぐにフィリィの気配に気付いたか、反応は早く、女王の印の偉大さを感じる。精霊たちの探知は思ったより早いのだ。
これは、まずいよね。ラータニアに何者かが入ったと、言わんばかりの集まり方だよ。
アシュタルが横目で見てくる。そんな目で見てきても、止められるわけないので、見ないでほしい。
マリオンネで女王候補の男の子と共に女王の仕事を行っているが、まだ、男の子に女王の印は渡されていない。魔導量が少ないため、荷が勝ち過ぎているからだ。それもあり、当分先まで女王の印は持ち続けることになる。
ラータニアであればまだごまかしは効くが、別の国に訪れるのは避けた方が良さそうだ。他の国でこんなに集まっては、おかしく思われる。
いつも行く場所は浮島だから、気にしたことなかったよ。ラータニアの王宮に精霊が多いのは普通であるし、女王の力を思い知るね。
ダリュンベリも精霊を見る機会は多くなったが、さすがにここまでではない。
この光景を口を開きっぱなしで眺めていれば、あっという間に目的地に到着した。
ラータニアの王都ローエへ行く手前の町、小型艇離着陸が許される場所。ここから馬車になる。
案内に促されて着陸すると、兵士ですらぽっかり口を開けていた。
「精霊の、集まる何かでも持ってきたんですか?」
「そんなものあるんですか?」
「知りません」
操縦士との話は聞かないフリをして、フィリィも小型艇から降りる。
離着陸専用の場所は町とは違うようで、小型艇が何機か止められる場所があり、周囲に建物が数件建てられていた。ここで一泊することもできるらしく、航空艇離着陸のために作られた場所のようだった。
ここでも旅券やらの確認をする。そして、ここからは馬車を借りて、王都ローエに向かうのだ。
開けた平原に作られた停車駅のようで、食べ物なども購入できる。馬車の用意がなされるまで、軽く食事などができるようになっていた。
早速デリが何かを購入している。
「精霊が、待機してますよ」
「だねえ」
アシュタルがこそっと耳打ちする。空の上には精霊が集まり、停められていた航空艇に降りてきたりしていた。それでも距離があいている。やはりヨシュアの気配を感じているのだろう。
「これは、ばれるな」
「ばれますね」
エレディナがいれば、離れるように言えるのだが、ヨシュアに頼んだら嫌がらせである。
『追っ払う?』
いや、追っ払うはまずいのでやめてください。
ヨシュアがすぐに飛ぼうとする。頭の中でその気配を感じて、行かないようにとお願いする。精霊たちに悪い印象を持たれては困る。
「あきらめよう。どうせ知ってるだろうから、いいよ」
「開き直りすぎじゃないですか」
アシュタルは呆れ顔をするが、仕方ないではないか。事業に問い合わせてきたのは、サラディカからの紹介だったというのだから、どうせルヴィアーレも知っているだろう。居場所がわかって良いではないか。
旅券を偽装したことについて、怒られないと思いたい。
あとは、他の貴族たちに何が起きたのか説明するのは大変だろうな。という他人事の心配だけである。
荷物も積み終わり、馬車が出発すると、やはり精霊たちは付いてきた。集まりすぎて目に見えるのだから、このことは噂になるだろう。気が重い。
「なんていうか、平和ーって感じが続くわねえ」
「そうだな。魔獣がいそうな雰囲気がない。森が見えるが、ダリュンベリの近くの森に比べて、美しいと言うか」
「うっそうとしてないわよね。何が違うんだかわからないんだけど」
「村も、平和そうだな」
一本道をカラコロと進む中、周囲はいくつもの種類の花が咲いた草原で、遠くには森が見える。それは薄暗く魔獣が住むような森ではない。地面が低い草と花に覆われているからなのか、森の入り口は爽やかな雰囲気さえあった。
時折、小さな村が見られ、農耕具を持った民が畑を耕す姿がある。
建物は一階建てばかりで、高くても二階建て。その作りはグングナルドに比べて、広めの一軒家だ。土地が小さい割に、土地の使い方が広い。
「魔獣がいないからでしょうね。土地が狭くても、グングナルドに比べて住む場所が広く取れる」
「それ、思ったわ。家と庭が広くない? 村でも壁がないし」
デリの言う通り、グングナルドでは、村は魔獣が入ってこられないように、壁がある。夜になれば近くまで寄ってくるからだ。しかし、ラータニアでは低めの柵があるだけ。魔獣が飛び越えられる高さで作られている。
ダリュンベリの街などは、完全に高い壁に囲われていた。住む土地を広げると魔獣の住む森が近くなるため、壁は広げず、高層の建物になっている。高ければ魔獣は入ってこないし、安全だからだ。時折空を飛ぶ魔獣はいても、相当な高さまでは飛んでこない。フィルリーネが住む部屋などはその高さだ。
ラータニアの王宮は、そこまで高い建物はなかった。魔獣が襲ってこないからである。
肌で感じるほど、平和だ。
「しかも、この時期なのに、あったかいわよねー。ダリュンベリなんて、あっつ。って感じなのに。上着が丁度いいわよ」
デリは袖の短い服を着ていた。ダリュンベリは気温が高く、日光の鋭さもあるので、暑くても上着を着ていないと日に焼ける。それ用の羽織を羽織っていたが、温かくとも幌のある馬車の中では、少々涼しい。日よけの上着が丁度良かった。
万年このような気温なのだろうか。隣国なのに、季節があまりないという、その違い。マリオンネでも気温は一定だ。そこはやはり、精霊の影響なのだろう。春を司るような精霊が多めなのだ。
そう考えると、グングナルドは不思議な土地だ。広大な土地があるため、精霊の集まりが偏っている。
精霊のいない大地は、命のない砂となり、そこだけ極端に雨などが少なくなる。その場所だけ、日光の照りも減り、命が育たない大地へと変化する。しかし、そこにも元々の気候はあるはずだ。
精霊が戻ると、その精霊の種類によって気候に影響が出る。
いや、その土地の気候に近い精霊が集まりやすくなる。
ラータニアが偏りすぎなのかもしれない。精霊が多いため、その影響が強いのだ。
「面白いな」
「なにがです?」
「精霊の影響が、面白いなって」
アシュタルが不思議そうな顔をする。これはここで話す話ではないので、軽く笑って話を止めた。アシュタルも理解して、それ以上問うことはしない。
北部にある冬の館はほとんどが冬だ。しかし、そこに近いマリオンネは気温が一定。季節があまりない。
数少なくとも同じ種類の精霊が集まれば、季節が偏るのかもしれない。冬の館に春を司るような精霊が増えれば、寒さも緩和するのだろう。しかし、すでに寒い土地なので、あまり増えたりしない。
精霊の王が地上にいた頃は、どうなっていたのだろう。
「精霊の影響か」
女王の代理を行っている間に、余計なことをしたら怒られるだろうか。
職権濫用って言われちゃうかなあ。
だがこれは、研究としては面白いと思う。
生産を増やすための、改革として、できないだろうか。精霊に手伝ってもらい、その場所の気候を変化させる。など、完全に職権濫用か。
マリオンネが中立である理由がわかるね。その力を自分の国にと思う者は出るだろう。
だが、マリオンネは人が減っている。子供ができにくい者たちが増えている。
そうなった時、やはり女王は必要で、では、誰が女王候補となるのか。
改革はすでに始まりにきているだろう。フィルリーネが女王代理になった時点で。
「ダリュンベリから国境門に行くより、ずっと早いですよ」
ラータニアの王都、ローエ。小型艇であれば、国境門からはそんなに時間はかからない。
国境を跨ぎ、ラータニア内に入れば、すぐに離着陸場所に誘導されて、着陸した。そこで再度旅券や荷物などを確認した後、ラータニアでの小型艇の規則を教えられる。
ラータニアでは離着陸場所が決まっており、それ以外の場所での離着陸が許されておらず、その辺の荒野でも小型艇で停まれないのだ。
目的地は王都ローエだが、その手前で降りる必要があった。ダリュンベリのように、王都の中を飛ぶことはできない。
「結構、小型艇の規則が厳しいのね」
デリが少々辟易した顔をする。先ほどと同じ確認を、ラータニアでも行っているからだ。しかも、規則と罰則が多い。罰則は厳しく、真面目に聞いていないと、相当額を払うことになるかもしれない。
ラータニアは民間の小型艇が多くない国で、個人で小型艇を持つ者は特に少ない。商人なども馬車を使い、遠くても地上を行く。そこにはラータニア独特の理由があった。
「私たちが、他国の人間だからじゃないの? ラータニアの人たちにも厳しいわけ?」
「精霊が多いから厳しいそうですよ。間違って精霊の住む場所に小型艇で降り立っては、精霊が逃げてしまいますから。だから、小型艇が停まる場所は決められていて、それ以外に停めたら罰則があるんです」
「へえ、さすがに違うわねえ」
これは、その昔ルヴィアーレから聞いた。グングナルドでは考えられないが、ラータニアでは精霊の住処が多いので、野原に離着陸することが許されていない。それだけでなく、小型艇で飛ぶ場所も限られているため、利用者が少ないのだ。
小型艇の利便性よりも、精霊のために使わないことを選ぶ者が多いのかもしれないが、厳しい理由は他にもある。
「ラータニアには、精霊の住む浮島があるんです。そこに小型艇で飛ばれては困るから、王都の付近くらいしか民間の船は移動できないんですよ」
「なるほどねえ。そうよね。小型艇で行けるんなら、私だって行っちゃうわよ」
浮島に小型艇が勝手に乗り込めば、何が起きるか。精霊の王が怒る前に、アウラウラが激怒するだろう。
それだけでなく、精霊たちの機嫌も損ねてしまうかもしれない。
王族の航空艇が乗り込めるのは、その許可があるからだ。それ以外にあの場所に入れるのは、女王かその候補のみである。
女王を連れて行く時は、ラータニアの航空艇を使用した。行き来を許されるのは、それだけだ。
「フィリィは詳しいのね。ラータニアの貴族と親しかったりするの?」
「いやあ。そんな話をどこかで聞いただけですよ。やだなあ」
「そうなの? 貴族だからって他国の貴族と仲良いわけじゃないか」
余計なことを言った。後ろでアシュタルが笑っていそうだ。デリは気にしないか、やっと出発して見える景色に釘付けになる。
「木が多いわねえ」
「本当だな。こんなに違うのか? これが精霊の恩恵?」
ゆっくりと飛び始めた小型艇の窓の外。高度は高めだが、速度が遅いため、よく景色を眺められる。高度が高いのは、精霊の飛翔高度を考えているからだろう。速度が遅いのも、精霊に当たらないようにする配慮が見られる。
そのおかげで、観光地を見るように景色を見ることができた。
色褪せた大地が少なく、木々が多い。砂の精霊より、草木の精霊の方が多いからだ。一面黄色の花畑や、野菜などを植えた畑も目に入る。ポツポツと村のような家の集まりも見られるが、その周囲も木々に囲まれていた。
これだけ自然豊かであれば、魔獣も少ないだろう。山一つ枯れているなんて情景は、まったく見られない。
「精霊も多いな」
アシュタルがぽそりと呟く。目に見えるほどの塊になっているため、アシュタルでもよく見えるようだ。デリがどこどこ聞いているが、バルノルジにもかすかに見えるようで、その先を指差す。
ダリュンベリにも精霊は増えてきたが、母数が違いすぎる。
「うわ、なにこれ。精霊!? ね、ちょっと、あれが精霊なの!?」
デリが前方向に見える、光の塊を指差した。フィリィの目には、精霊が大挙して押し寄せてくるように見えた。
まさか、まさかの、お出迎え?
「すごいな。ラータニアでは、魔力が少なくとも、こんなにはっきり精霊が見れるのか?」
「うわ。うわ、うわあああ!!」
歓喜の声はデリからだけではない。小型艇を操縦している男が、あわあわ言いながら更に速さを落とす。光の塊が散らばって、小型艇を囲み始めたからだ。
まさかではなく、出迎えである。
「わあ。すごいですねええ」
ついわざとらしく口にしてしまった。どうしてそんなたくさん来ちゃうかな。
「すごすぎない!? こんなにいるの!? なに、これ! 大丈夫なの!!??」
大丈夫だと思いたい。精霊たちは一定の距離を空けているが、小型機を囲むようにして、行く方向へついてくる。遠目にも集まってきているか、まばらに淡い光が近付いてきていた。
浮島にいる時ならばともかく、小型機で飛んでいる時にここまで精霊が集まってくれば、さすがに驚く。
気のせいかな、地上にいる人々が足を止めているようにも見えた。
「ダリュンベリでも精霊を目にすることは増えたが、これは規模が違いすぎるな。普段からこんなに見えるなのか?」
「すごいよ! すごすぎない? すごいわあ!」
信じられない景色だと、デリが窓にぴったりくっついて発狂している。
「ついてきますね」
さすがにアシュタルも口を開けた。闇の精霊ばりに集まった精霊たちが移動している。
他の人たちにはどうやって見えているのだろうか。光だけで見えているのか、精霊自体が見えているのか。
フィリィからすると、鳥の群れのようにも見える。
精霊たちは距離をあけてついてきていた。おそらく、ヨシュアがいるため、接近はできないのだろう。浮島にいるように、近いけれどすぐ側にはやってこない。
ラータニアに入ってすぐにフィリィの気配に気付いたか、反応は早く、女王の印の偉大さを感じる。精霊たちの探知は思ったより早いのだ。
これは、まずいよね。ラータニアに何者かが入ったと、言わんばかりの集まり方だよ。
アシュタルが横目で見てくる。そんな目で見てきても、止められるわけないので、見ないでほしい。
マリオンネで女王候補の男の子と共に女王の仕事を行っているが、まだ、男の子に女王の印は渡されていない。魔導量が少ないため、荷が勝ち過ぎているからだ。それもあり、当分先まで女王の印は持ち続けることになる。
ラータニアであればまだごまかしは効くが、別の国に訪れるのは避けた方が良さそうだ。他の国でこんなに集まっては、おかしく思われる。
いつも行く場所は浮島だから、気にしたことなかったよ。ラータニアの王宮に精霊が多いのは普通であるし、女王の力を思い知るね。
ダリュンベリも精霊を見る機会は多くなったが、さすがにここまでではない。
この光景を口を開きっぱなしで眺めていれば、あっという間に目的地に到着した。
ラータニアの王都ローエへ行く手前の町、小型艇離着陸が許される場所。ここから馬車になる。
案内に促されて着陸すると、兵士ですらぽっかり口を開けていた。
「精霊の、集まる何かでも持ってきたんですか?」
「そんなものあるんですか?」
「知りません」
操縦士との話は聞かないフリをして、フィリィも小型艇から降りる。
離着陸専用の場所は町とは違うようで、小型艇が何機か止められる場所があり、周囲に建物が数件建てられていた。ここで一泊することもできるらしく、航空艇離着陸のために作られた場所のようだった。
ここでも旅券やらの確認をする。そして、ここからは馬車を借りて、王都ローエに向かうのだ。
開けた平原に作られた停車駅のようで、食べ物なども購入できる。馬車の用意がなされるまで、軽く食事などができるようになっていた。
早速デリが何かを購入している。
「精霊が、待機してますよ」
「だねえ」
アシュタルがこそっと耳打ちする。空の上には精霊が集まり、停められていた航空艇に降りてきたりしていた。それでも距離があいている。やはりヨシュアの気配を感じているのだろう。
「これは、ばれるな」
「ばれますね」
エレディナがいれば、離れるように言えるのだが、ヨシュアに頼んだら嫌がらせである。
『追っ払う?』
いや、追っ払うはまずいのでやめてください。
ヨシュアがすぐに飛ぼうとする。頭の中でその気配を感じて、行かないようにとお願いする。精霊たちに悪い印象を持たれては困る。
「あきらめよう。どうせ知ってるだろうから、いいよ」
「開き直りすぎじゃないですか」
アシュタルは呆れ顔をするが、仕方ないではないか。事業に問い合わせてきたのは、サラディカからの紹介だったというのだから、どうせルヴィアーレも知っているだろう。居場所がわかって良いではないか。
旅券を偽装したことについて、怒られないと思いたい。
あとは、他の貴族たちに何が起きたのか説明するのは大変だろうな。という他人事の心配だけである。
荷物も積み終わり、馬車が出発すると、やはり精霊たちは付いてきた。集まりすぎて目に見えるのだから、このことは噂になるだろう。気が重い。
「なんていうか、平和ーって感じが続くわねえ」
「そうだな。魔獣がいそうな雰囲気がない。森が見えるが、ダリュンベリの近くの森に比べて、美しいと言うか」
「うっそうとしてないわよね。何が違うんだかわからないんだけど」
「村も、平和そうだな」
一本道をカラコロと進む中、周囲はいくつもの種類の花が咲いた草原で、遠くには森が見える。それは薄暗く魔獣が住むような森ではない。地面が低い草と花に覆われているからなのか、森の入り口は爽やかな雰囲気さえあった。
時折、小さな村が見られ、農耕具を持った民が畑を耕す姿がある。
建物は一階建てばかりで、高くても二階建て。その作りはグングナルドに比べて、広めの一軒家だ。土地が小さい割に、土地の使い方が広い。
「魔獣がいないからでしょうね。土地が狭くても、グングナルドに比べて住む場所が広く取れる」
「それ、思ったわ。家と庭が広くない? 村でも壁がないし」
デリの言う通り、グングナルドでは、村は魔獣が入ってこられないように、壁がある。夜になれば近くまで寄ってくるからだ。しかし、ラータニアでは低めの柵があるだけ。魔獣が飛び越えられる高さで作られている。
ダリュンベリの街などは、完全に高い壁に囲われていた。住む土地を広げると魔獣の住む森が近くなるため、壁は広げず、高層の建物になっている。高ければ魔獣は入ってこないし、安全だからだ。時折空を飛ぶ魔獣はいても、相当な高さまでは飛んでこない。フィルリーネが住む部屋などはその高さだ。
ラータニアの王宮は、そこまで高い建物はなかった。魔獣が襲ってこないからである。
肌で感じるほど、平和だ。
「しかも、この時期なのに、あったかいわよねー。ダリュンベリなんて、あっつ。って感じなのに。上着が丁度いいわよ」
デリは袖の短い服を着ていた。ダリュンベリは気温が高く、日光の鋭さもあるので、暑くても上着を着ていないと日に焼ける。それ用の羽織を羽織っていたが、温かくとも幌のある馬車の中では、少々涼しい。日よけの上着が丁度良かった。
万年このような気温なのだろうか。隣国なのに、季節があまりないという、その違い。マリオンネでも気温は一定だ。そこはやはり、精霊の影響なのだろう。春を司るような精霊が多めなのだ。
そう考えると、グングナルドは不思議な土地だ。広大な土地があるため、精霊の集まりが偏っている。
精霊のいない大地は、命のない砂となり、そこだけ極端に雨などが少なくなる。その場所だけ、日光の照りも減り、命が育たない大地へと変化する。しかし、そこにも元々の気候はあるはずだ。
精霊が戻ると、その精霊の種類によって気候に影響が出る。
いや、その土地の気候に近い精霊が集まりやすくなる。
ラータニアが偏りすぎなのかもしれない。精霊が多いため、その影響が強いのだ。
「面白いな」
「なにがです?」
「精霊の影響が、面白いなって」
アシュタルが不思議そうな顔をする。これはここで話す話ではないので、軽く笑って話を止めた。アシュタルも理解して、それ以上問うことはしない。
北部にある冬の館はほとんどが冬だ。しかし、そこに近いマリオンネは気温が一定。季節があまりない。
数少なくとも同じ種類の精霊が集まれば、季節が偏るのかもしれない。冬の館に春を司るような精霊が増えれば、寒さも緩和するのだろう。しかし、すでに寒い土地なので、あまり増えたりしない。
精霊の王が地上にいた頃は、どうなっていたのだろう。
「精霊の影響か」
女王の代理を行っている間に、余計なことをしたら怒られるだろうか。
職権濫用って言われちゃうかなあ。
だがこれは、研究としては面白いと思う。
生産を増やすための、改革として、できないだろうか。精霊に手伝ってもらい、その場所の気候を変化させる。など、完全に職権濫用か。
マリオンネが中立である理由がわかるね。その力を自分の国にと思う者は出るだろう。
だが、マリオンネは人が減っている。子供ができにくい者たちが増えている。
そうなった時、やはり女王は必要で、では、誰が女王候補となるのか。
改革はすでに始まりにきているだろう。フィルリーネが女王代理になった時点で。
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ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
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