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第一章
32 肉
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「初めて食べたものばかりだったね。異国の人が料理をすると、あんなに味が豊かな料理になるのかねえ」
「森で取ったものでまかなえるなら、腕がいいんだろう」
オレードはガロガを走らせながら、食事の感想を一通り口にする。
食事に招かれたことを伝えれば、オレードはひどく驚いてみせ、何度も同じことを聞いてきた。そうして、君がねえ。食事をねえ。知り合って間もない女の子の、食事をねえ、食べたんだ? などとしつこく感想を言ってきたが、そのうち、自分も食べてみたいなと言い出すようになった。
今回、レナの手料理を食べられて、さぞ満足だろう。
オレードは見たことのない具材が一体何だったのか、いつまでも考察している。
「あの歯触りのものは、なんだったと思う? 柔らかくて、弾力があって。野菜ではなかったけれど、味が染みていて」
「知らない」
答えれば、一人考察を続ける。知るわけがない。こちらも初めて食べたのだから。野菜といってもどんな野菜かも知らない。普段の食事に出る野菜とは違うものが多く出ていたことくらいしか、わからない。
貴族の料理の野菜の位置付けは、彩りを与える程度で、飾りの扱いだ。ほとんど食べることはなく、あっても良く焼かれ、濃い味のついたものになっている。
それが好きでもないし、嫌いでもない。あえて食べる必要もなかった。討伐隊騎士の宿舎では、ほとんど出ないこともある。
主に肉があり、ビールかワイン。添え物はチーズか、時折果物。果物は味が良いとは言えず、食べる者は少ない。
砂糖に漬けた果物は、貴族の屋敷で出ることはあるが、宿舎ではなかった。砂糖が高価だからだ。
だから、野菜の名前もそこまで知らないし、レナが森から採ってきたものだとしても、知るわけがない。
「最後に出てきた飲み物は、何だったんだろうね」
「木の実を炒めたものを。湯で濾しただけと言っていた」
「それは聞いたよ。けれど、初めて飲んだ。村の人々は、ああいったものをいつも食べたり飲んだりしているのかねえ」
知ったことではないし、知ろうとも思わない。
オレードは興味深いと何度も言って、結局最後はレナの料理を褒めた。食事なんて興味のなさそうな男が、有意義な時間が取れたと喜んでいるのも、不思議な気がする。
驚いたのは自分も同じだが。
「だが、フェルナン。肉の種類だけはわかったぞ。レナちゃんが狩ったとは思わなかったけれどね」
「拾ったんじゃないのか。ラッカを倒すのは、弓では無理だ。彼女が持っている弓では、特に」
購入したわけではない、村人の作った弓でもない、彼女だけが持っている弓。最初に見た時は、身長と合っていない、変な弓を誰かからつかまされたのかと思った。
しかし、本人が弓矢を作り、それでリトリトを狩ったと言うのだから驚きだ。弓矢がどんなものかはっきりわからず、彼女の言う、適当に、で作られたのだけに違いないのに。そして、あの弓では、ラッカは倒せない。
毛並みは水を弾くため油っぽく、密度がある。皮は厚く、弓矢では近距離でも貫通しにくい。
たとえ倒しても、顎を砕き、顔を横に切断することは難しかった。ラッカの骨は硬く、特に顎の部分は発達していて、砕くには石斧や槌が必要だからだ。
魔法が使えないレナが、できることではない。そもそも、彼女は石斧や槌を持ち歩かない。
「どうだろうね。不思議なことを考える子だから。森を歩くのに、自前の槍のような棒を持ち歩く子だよ。勇ましいね」
「リトリトで腰を抜かしていたのに、あのラッカを倒せると思うのか? 考えがあっても、実行するのは難しいだろう」
それとも、魔法を持っているのだろうか。
そう考えて、それはないと頭の中で否定する。オレードが魔法を行うたびに、口を開けて、子供のように目を輝かせるのだから。
「狩ったかはわからないけれど、ラッカの肉が出てきたからね。やはり近くに見慣れぬ魔物がいるのか。なんとも言えないけれど」
「魔物がこちら側に来ているならば、もっと痕跡があっていいはずだ」
「そうなんだよね。これだけ探していても、なにもないということは」
妙な輩が動いているのか、それとも、本当に彼女の仕業なのか。オレードは沈黙する。
この辺りは掌握している。妙な輩が入ることはない。だから、杞憂だろうと言いたいのだろうが、はっきり言えないところがある。
「どちらにしても、邪魔なものだ。故意的ならば、なおさら」
「こちらに目を向けさせるほど、頭があるように思えないのだけれどね。とはいえ、稚拙な真似をしているわけではないから、また困る」
これからまた、注視するしかない。そう言いながら、オレードは貴族地区にある自宅へ足を向けた。
「レナちゃんが無事なら良かったよ。暗くなっても帰ってこないから、どうしようかと思った。まさか食事に誘ってくれるとは思わなかったけれどね。隣にいた男は、僕たちを見てさっさと逃げていったのに。
「この国の事情を、理解していないだけだろう」
「理解するつもりもなさそうだったよ。フェルナンだって聞いていただろう? あの子は、僕たちを個人として扱うんだ。討伐隊騎士ではなくね。そうでなければ、あんな風に僕たちを誘ったりしないよ」
レナは帰ろうとした自分たちを招くのに、良いことを思いついたと言わんばかりに、笑顔で問うてきた。オレードが料理を食べたいと素直に頷いた途端、満面の笑顔を浮かべる。
「森で取ったものでまかなえるなら、腕がいいんだろう」
オレードはガロガを走らせながら、食事の感想を一通り口にする。
食事に招かれたことを伝えれば、オレードはひどく驚いてみせ、何度も同じことを聞いてきた。そうして、君がねえ。食事をねえ。知り合って間もない女の子の、食事をねえ、食べたんだ? などとしつこく感想を言ってきたが、そのうち、自分も食べてみたいなと言い出すようになった。
今回、レナの手料理を食べられて、さぞ満足だろう。
オレードは見たことのない具材が一体何だったのか、いつまでも考察している。
「あの歯触りのものは、なんだったと思う? 柔らかくて、弾力があって。野菜ではなかったけれど、味が染みていて」
「知らない」
答えれば、一人考察を続ける。知るわけがない。こちらも初めて食べたのだから。野菜といってもどんな野菜かも知らない。普段の食事に出る野菜とは違うものが多く出ていたことくらいしか、わからない。
貴族の料理の野菜の位置付けは、彩りを与える程度で、飾りの扱いだ。ほとんど食べることはなく、あっても良く焼かれ、濃い味のついたものになっている。
それが好きでもないし、嫌いでもない。あえて食べる必要もなかった。討伐隊騎士の宿舎では、ほとんど出ないこともある。
主に肉があり、ビールかワイン。添え物はチーズか、時折果物。果物は味が良いとは言えず、食べる者は少ない。
砂糖に漬けた果物は、貴族の屋敷で出ることはあるが、宿舎ではなかった。砂糖が高価だからだ。
だから、野菜の名前もそこまで知らないし、レナが森から採ってきたものだとしても、知るわけがない。
「最後に出てきた飲み物は、何だったんだろうね」
「木の実を炒めたものを。湯で濾しただけと言っていた」
「それは聞いたよ。けれど、初めて飲んだ。村の人々は、ああいったものをいつも食べたり飲んだりしているのかねえ」
知ったことではないし、知ろうとも思わない。
オレードは興味深いと何度も言って、結局最後はレナの料理を褒めた。食事なんて興味のなさそうな男が、有意義な時間が取れたと喜んでいるのも、不思議な気がする。
驚いたのは自分も同じだが。
「だが、フェルナン。肉の種類だけはわかったぞ。レナちゃんが狩ったとは思わなかったけれどね」
「拾ったんじゃないのか。ラッカを倒すのは、弓では無理だ。彼女が持っている弓では、特に」
購入したわけではない、村人の作った弓でもない、彼女だけが持っている弓。最初に見た時は、身長と合っていない、変な弓を誰かからつかまされたのかと思った。
しかし、本人が弓矢を作り、それでリトリトを狩ったと言うのだから驚きだ。弓矢がどんなものかはっきりわからず、彼女の言う、適当に、で作られたのだけに違いないのに。そして、あの弓では、ラッカは倒せない。
毛並みは水を弾くため油っぽく、密度がある。皮は厚く、弓矢では近距離でも貫通しにくい。
たとえ倒しても、顎を砕き、顔を横に切断することは難しかった。ラッカの骨は硬く、特に顎の部分は発達していて、砕くには石斧や槌が必要だからだ。
魔法が使えないレナが、できることではない。そもそも、彼女は石斧や槌を持ち歩かない。
「どうだろうね。不思議なことを考える子だから。森を歩くのに、自前の槍のような棒を持ち歩く子だよ。勇ましいね」
「リトリトで腰を抜かしていたのに、あのラッカを倒せると思うのか? 考えがあっても、実行するのは難しいだろう」
それとも、魔法を持っているのだろうか。
そう考えて、それはないと頭の中で否定する。オレードが魔法を行うたびに、口を開けて、子供のように目を輝かせるのだから。
「狩ったかはわからないけれど、ラッカの肉が出てきたからね。やはり近くに見慣れぬ魔物がいるのか。なんとも言えないけれど」
「魔物がこちら側に来ているならば、もっと痕跡があっていいはずだ」
「そうなんだよね。これだけ探していても、なにもないということは」
妙な輩が動いているのか、それとも、本当に彼女の仕業なのか。オレードは沈黙する。
この辺りは掌握している。妙な輩が入ることはない。だから、杞憂だろうと言いたいのだろうが、はっきり言えないところがある。
「どちらにしても、邪魔なものだ。故意的ならば、なおさら」
「こちらに目を向けさせるほど、頭があるように思えないのだけれどね。とはいえ、稚拙な真似をしているわけではないから、また困る」
これからまた、注視するしかない。そう言いながら、オレードは貴族地区にある自宅へ足を向けた。
「レナちゃんが無事なら良かったよ。暗くなっても帰ってこないから、どうしようかと思った。まさか食事に誘ってくれるとは思わなかったけれどね。隣にいた男は、僕たちを見てさっさと逃げていったのに。
「この国の事情を、理解していないだけだろう」
「理解するつもりもなさそうだったよ。フェルナンだって聞いていただろう? あの子は、僕たちを個人として扱うんだ。討伐隊騎士ではなくね。そうでなければ、あんな風に僕たちを誘ったりしないよ」
レナは帰ろうとした自分たちを招くのに、良いことを思いついたと言わんばかりに、笑顔で問うてきた。オレードが料理を食べたいと素直に頷いた途端、満面の笑顔を浮かべる。
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