81 / 196
第一章
38 宿舎
しおりを挟む
「ひどい雨だったね。びしょ濡れだよ」
もう少し早く帰っていれば、降られなかったのに。ぼやきながら、オレードは濡れた髪の毛をかき上げる。
町に着く頃には雨は止んでいた。通り雨だったようだ。急いでガロガを走らせたせいで、跳ねた泥が足元を汚している。ガロガも泥だらけだ。
急な雨だったせいで、町にはほとんど人がいない。暗くなっているので帰路に着く時間だろうが、町はがらんとしていた。だから、気にせず貴族地区の門の手前まで軽快に走らせた。
貴族地区の門兵は、ガロガに乗る討伐隊騎士には声をかけない。討伐隊騎士だとわかる格好をしているため、平民だとは思わないからだ。あの門では不審な者がいないかの確認が行われ、歩きで入る者や荷車などが身分や行き先を確認される。本来ならば人を乗せる車も確認されるべきなのだが、貴族相手に面倒がしたくないため、そのまま通り抜けることができた。
城門ではないので、かなり緩い。
それなのに、門兵が入り口を塞ぐように立っていた。
「邪魔だな」
「珍しいね。なにかあったのかな?」
「なにかあっても、俺たちの前に出てくることなどないだろう」
「そうだけれどね」
自嘲気味に笑いながら、かなり近付いてもどこうとしていない門兵に、オレードが怪訝な顔をした。この速さで近付いているのに、退く気配がない。こちらが速さを緩めなければ、門兵を引いてしまうだろう。
オレードは速さを緩めて、通り抜けを邪魔する兵士に目を向けた。邪魔をした門兵は震えている。こちらをちらりと見遣って、オレードに向き直った。
「も、申し訳ありません。討伐隊騎士宿舎に、どうしてもお会いしたいと言う者がおりまして」
「僕に? それとも、フェルナンに?」
「お、お会いできれば、お二人のどちらでも良いと」
一体誰が。眉をひそめただけで、門兵が悲鳴を上げるように顔を引き攣らせる。かろうじて悲鳴は上げなかったが、カタカタと震えて、槍を持つ手を両手に変えた。震えて離してしまいそうになったからだ。
「それで、誰が、俺たちに会いたいと?」
さっさと要件を言えと急かすと、門兵は掠れた声で、相手を口にする。したようだが、掠れすぎていて、よく聞こえなかった。
「声が出せないのか?」
「ひ、も、申し訳、」
申し訳の後が聞こえない。震えてばかりで、どうにもならない。オレードが代わりにもう一度問うた。
「む、村人です! レナと名乗っておりました!」
「レナちゃん? フェルナン。行こう」
名前を聞いて、オレードは手綱を引いた。震えた門兵の前を通り過ぎ、普段は行かない討伐隊騎士の宿舎へ駆け抜ける。
あっという間に城壁門へ着けば、そこでも門兵に声を掛けられた。
「オレード様、フェルナン様! レナと名乗る少女が、お二人を名指しで会いたいと。銀聖を持っておりましたので、討伐隊騎士の宿舎に案内してあります」
銀聖とは、一定の身分を担保できる許可証のようなものだ。それを持っていれば、記された家紋の家人と同じ扱いがされる。
銀聖を持つことができるのは、高位貴族だけ。オレードはグロージャン家という、高位貴族の出だ。本来ならば、他人の領土で騎士をするような身分ではない。領地を持つグロージャン家の次男で、家を継ぐことはできないが、こんな領土にいるのではなく、王宮の騎士であるべき身分だった。
今は父親の妹が嫁いだ家に厄介になっている。養子になっているわけではないので、この領土の者たちからすれば、扱いに困る身分を持っているのだ。
その、グロージャン家の紋章が入った銀聖を持った少女が現れたとなれば、門兵が慌てふためくのも同然だろう。盗んだと思われても仕方がない印だ。
それでも疑われなかったのは、銀聖の家紋がグロージャン家で、本当に少女がグロージャン家の銀聖を得ていた場合、蔑ろにしたら首が飛ぶことを理解しているからである。
討伐隊騎士の宿舎へ向い、馬を降りると、宿舎の見習い騎士が扉の前をうろついていた。こちらに気付くなり、すぐに駆け寄ってくる。
「オレード様、フェルナン様。銀聖を持った少女が、宿舎においでになっています。客室にご案内しておりますが」
「今行くよ。悪いけれど、ガロガを繋いでおいてくれる?」
「承知しました」
「大騒ぎだな」
銀聖を持った者が現れた。騎士たちも扱いに困ったに違いない。平民から嫌われている討伐隊騎士の元に、村人がやってきた。しかも、少女だ。
「面倒な噂が流れるだろう」
「気にすることじゃないよ。きっとなにかあったんだ。余程のことがなきゃ、あの子は僕たちを頼るようなことはしないだろう」
「さあな」
案内された客室へ急ぎ、オレードはノックをして返事を待ってから部屋に入る。
「レナちゃん、どうし……」
オレードは言葉を止めた。
部屋にいたのはレナに間違いなかったが、頭から白い布をかぶり、びしょ濡れになったまま、ぽたぽたと水を垂らしていた。ただ立ち尽くしていた少女は、ひどく青ざめて、見たことがないほど不安げな、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
もう少し早く帰っていれば、降られなかったのに。ぼやきながら、オレードは濡れた髪の毛をかき上げる。
町に着く頃には雨は止んでいた。通り雨だったようだ。急いでガロガを走らせたせいで、跳ねた泥が足元を汚している。ガロガも泥だらけだ。
急な雨だったせいで、町にはほとんど人がいない。暗くなっているので帰路に着く時間だろうが、町はがらんとしていた。だから、気にせず貴族地区の門の手前まで軽快に走らせた。
貴族地区の門兵は、ガロガに乗る討伐隊騎士には声をかけない。討伐隊騎士だとわかる格好をしているため、平民だとは思わないからだ。あの門では不審な者がいないかの確認が行われ、歩きで入る者や荷車などが身分や行き先を確認される。本来ならば人を乗せる車も確認されるべきなのだが、貴族相手に面倒がしたくないため、そのまま通り抜けることができた。
城門ではないので、かなり緩い。
それなのに、門兵が入り口を塞ぐように立っていた。
「邪魔だな」
「珍しいね。なにかあったのかな?」
「なにかあっても、俺たちの前に出てくることなどないだろう」
「そうだけれどね」
自嘲気味に笑いながら、かなり近付いてもどこうとしていない門兵に、オレードが怪訝な顔をした。この速さで近付いているのに、退く気配がない。こちらが速さを緩めなければ、門兵を引いてしまうだろう。
オレードは速さを緩めて、通り抜けを邪魔する兵士に目を向けた。邪魔をした門兵は震えている。こちらをちらりと見遣って、オレードに向き直った。
「も、申し訳ありません。討伐隊騎士宿舎に、どうしてもお会いしたいと言う者がおりまして」
「僕に? それとも、フェルナンに?」
「お、お会いできれば、お二人のどちらでも良いと」
一体誰が。眉をひそめただけで、門兵が悲鳴を上げるように顔を引き攣らせる。かろうじて悲鳴は上げなかったが、カタカタと震えて、槍を持つ手を両手に変えた。震えて離してしまいそうになったからだ。
「それで、誰が、俺たちに会いたいと?」
さっさと要件を言えと急かすと、門兵は掠れた声で、相手を口にする。したようだが、掠れすぎていて、よく聞こえなかった。
「声が出せないのか?」
「ひ、も、申し訳、」
申し訳の後が聞こえない。震えてばかりで、どうにもならない。オレードが代わりにもう一度問うた。
「む、村人です! レナと名乗っておりました!」
「レナちゃん? フェルナン。行こう」
名前を聞いて、オレードは手綱を引いた。震えた門兵の前を通り過ぎ、普段は行かない討伐隊騎士の宿舎へ駆け抜ける。
あっという間に城壁門へ着けば、そこでも門兵に声を掛けられた。
「オレード様、フェルナン様! レナと名乗る少女が、お二人を名指しで会いたいと。銀聖を持っておりましたので、討伐隊騎士の宿舎に案内してあります」
銀聖とは、一定の身分を担保できる許可証のようなものだ。それを持っていれば、記された家紋の家人と同じ扱いがされる。
銀聖を持つことができるのは、高位貴族だけ。オレードはグロージャン家という、高位貴族の出だ。本来ならば、他人の領土で騎士をするような身分ではない。領地を持つグロージャン家の次男で、家を継ぐことはできないが、こんな領土にいるのではなく、王宮の騎士であるべき身分だった。
今は父親の妹が嫁いだ家に厄介になっている。養子になっているわけではないので、この領土の者たちからすれば、扱いに困る身分を持っているのだ。
その、グロージャン家の紋章が入った銀聖を持った少女が現れたとなれば、門兵が慌てふためくのも同然だろう。盗んだと思われても仕方がない印だ。
それでも疑われなかったのは、銀聖の家紋がグロージャン家で、本当に少女がグロージャン家の銀聖を得ていた場合、蔑ろにしたら首が飛ぶことを理解しているからである。
討伐隊騎士の宿舎へ向い、馬を降りると、宿舎の見習い騎士が扉の前をうろついていた。こちらに気付くなり、すぐに駆け寄ってくる。
「オレード様、フェルナン様。銀聖を持った少女が、宿舎においでになっています。客室にご案内しておりますが」
「今行くよ。悪いけれど、ガロガを繋いでおいてくれる?」
「承知しました」
「大騒ぎだな」
銀聖を持った者が現れた。騎士たちも扱いに困ったに違いない。平民から嫌われている討伐隊騎士の元に、村人がやってきた。しかも、少女だ。
「面倒な噂が流れるだろう」
「気にすることじゃないよ。きっとなにかあったんだ。余程のことがなきゃ、あの子は僕たちを頼るようなことはしないだろう」
「さあな」
案内された客室へ急ぎ、オレードはノックをして返事を待ってから部屋に入る。
「レナちゃん、どうし……」
オレードは言葉を止めた。
部屋にいたのはレナに間違いなかったが、頭から白い布をかぶり、びしょ濡れになったまま、ぽたぽたと水を垂らしていた。ただ立ち尽くしていた少女は、ひどく青ざめて、見たことがないほど不安げな、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
154
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
喪女だった私が異世界転生した途端に地味枠を脱却して逆転恋愛
タマ マコト
ファンタジー
喪女として誰にも選ばれない人生を終えた佐倉真凛は、異世界の伯爵家三女リーナとして転生する。
しかしそこでも彼女は、美しい姉妹に埋もれた「地味枠」の令嬢だった。
前世の経験から派手さを捨て、魔法地雷や罠といったトラップ魔法を選んだリーナは、目立たず確実に力を磨いていく。
魔法学園で騎士カイにその才能を見抜かれたことで、彼女の止まっていた人生は静かに動き出す。
転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流
犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。
しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。
遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。
彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。
転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。
そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。
人は、娯楽で癒されます。
動物や従魔たちには、何もありません。
私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる