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第一章
52−3 後日
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「あれ、フェルナンさん?」
声が届いて、フェルナンはびくりと肩を上げた。いつの間にか森に入っていた。考え事をしていて、いつも通りに森の道に入り込んでいたようだ。しかも、レナが訪れる川のほとりまで。
「珍しいですねー。ガロガちゃんで森の中入るんです?」
生き物にちゃんをつけるのが趣味なのか? レナが近寄ってくると、まじまじとガロガを見つめた。なでていいですかと問うてくるので頷けば、途端笑顔になって、そっとガロガをなではじめる。
「お忙しいの終わったんですか? ガロガちゃん、前より足元汚れ気味。これからお城に帰るんですか?」
「……いや、これから、ああ、もう帰る」
なにを言っているのか。自分でもわからなくなって、顔を背けた。ハロウズ家の帰りに騎士寮に戻らず森に向かってはいたが、考え事をしていたからといって、森の中を走って気づかぬなど、どうかしている。
奇妙だが居心地の悪さを感じた。あれ以降会っていなくとも、レナは納得して帰っていったはずだ。気にもしていないだろう。
その通りとレナは大きな目をこちらに向けて、口を開けたまま不思議そうな顔をしていた。
その顔に安堵すると同時、やはりなぜか苛つきを感じた。
「オクタヴィアン様に聞いたかもしれないですけど、」
「なんだ?」
「謝ってもらってなんか色々もらいました。なので、八つ当たりしたこと謝ります」
「八つ当たり?」
「八つ当たり」
「八つ当たりで、危険だとわかって付いてきたのか?」
「あのまま帰れって言われても、お断りですし!」
レナが開き直って声を上げた。八つ当たりで危険な目に遭うかもしれないのに付いてきたのか? どういう神経をしているのか。
けれど、あとで邪魔をして迷惑をかけたな。と反省はしたらしい。えへへ、と意味もなく笑いながら、オクタヴィアン様に偉そうに謝られました。と口を尖らせて付け足した。その後なにかと土産をもらったため、むしろ恐縮で困っていると。
「認可局の話か? 城で認可を受けたと聞いた」
「あんなの認可できちゃうのか、っていう。ありがたいというか、なんというか。他にも十分いただいたから、もう十分なんですけど」
金を持っているため稼ぐ必要はないからか、レナは言葉を濁らせた。森の糧だけで生きていきたい。金は使いたくない。働かなくともあの金額を手にしているならば、村で暮らすには十分だ。レナが貴族のような贅沢をするわけがないのだし、これ以上稼ぐ必要はないだろう。だが、金を使わないように生きていきたいというのも不思議だ。認可局で認可してもらえたならば、自動で金が手に入る。わざわざ森に入らずとも、金を使えばいいだけの話なのに。
会った時からずっと、そのこだわりは同じ。苦労して何かを作り、慣れない狩りをする。それこそ危険があるのに。
「そういうわけで、八つ当たりしてすみませんでした」
レナはいきなり頭を下げる。なんのための動作なのかわからなかったが、レナが謝っているのはわかった。
「あ、いや。俺も、深く考えることはしていない、から」
ガロガの上から、頭を下げて小さくなるレナを見て、さらに居心地が悪くなった。今すぐここから立ち去りたい気持ちが膨れ上がるのに、そうしたくない気持ちがぶつかり合って、心の中の矛盾に困惑する。それが顔に出ている気がして、顔を腕で隠した。自分がどんな顔をしているのかわからないが、見られたくなかったからだ。
「それで、リリちゃんなんですけど。お借りしてたから、お返ししなきゃって」
がばりと頭を上げる。動作がいちいち大きいのは、レナの癖なのか、頭の上にいるリリックを指差すのに、腕を上げ下げした。変な踊りをしているみたいで、吹き出しそうになる。挙動が人より大げさだから、小動物でも見ているようだった。
「フェルナンさん?」
「ああ、リリックは、やると言っただろう。森に入って危険もあるから、持っていればいい」
「ほんとにいいんですか? リリちゃん、何度も助けてくれたし、ありがたいですけど」
「構わない」
「わあ。ありがとうございます! リリちゃん、これからもよろしくね」
リリックは精霊とは違い、魔法使いが魔物の卵を自分の魔力で染めて育てたもので、魔物ともまた違う生物になっている。主人の言うことを聞く、忠実な生き物だ。リリック自体、魔物の中で監視の力が強く、遠くの仲間と意識を繋ぐことができる種類で、魔法使いが間諜として使うことが多い。
攻撃力はさほどでもないが、魔法を使う人間にも対抗はできる。森に入るレナには必要だろう。
レナは頭の上にいるリリックをなでて喜んだ。レナは釣りでもしていたのか、糸のついた棒とかごを手にしていた。また妙な形のかごを持っている。
「それは、なんだ?」
「これですか? お魚用の仕掛けです。釣りより効率よく捕れるから、朝来て設置しておいたんです」
見て見て、と言わんばかりにレナはかごを差し出してきた。折り返した先端が内側に入っており、中に入った魚が出られないようになっている。魚が数匹入っていて、入った魚を選別し終えたところだと笑った。入り口が小さいので、凶暴な魚が入っても襲われるような大きさにはならないだろう。どこでこんな知識を得るのか。
「家の商品も認可すると聞いたが、これも認可したのか?」
「してないですよ。こんなのも認可できるんですか?」
「できるだろう。川魚は、ここでは森の中で難しいが、村の子供が小遣い稼ぎに獲るからな。それがあれば、簡単に捕れる」
レナならば、貧しい子供のために使えるのは良い。と言いそうだが、なぜか気の進まなそうな顔をした。
「うーん、漁獲量守れるならいいんですけど。だったら穴を大きめにして、小魚は逃げられるようにしないと駄目かな。お小遣い稼ぎで乱獲したら、お魚少なくなっちゃうし。あ、私はちゃんと選んで逃してますよ?」
そんなことを考えるのは、レナだけだろう。漁獲量という言葉を聞いたことがなかった。そんな心配をするか?
貧しいのならば捕れるだけ捕るのは当然だ。なくなればそれで終わり。次の獲物を探しに行くだろう。そんな簡単に絶滅などしないだろうに。しかし、レナは最初からそんなことを考える。
「ある程度は節度を持たないといけないから、やめときます。こっちの倫理あやしいし」とぼやいた。
他国ではそこまで考えるのか? それはつまり、豊かな国の発想だ。生きるか死ぬかの間にいて、そんなことを考えるわけがないのだから。
「乱獲しちゃ駄目だよなーって思い始めて、これから数考えて獲らなきゃなって、思ったばっかりだったんです。動物の数、把握しといた方がいいですもんねえ」
背中のカゴにはリトリトの肉が入っているのだろう。木に弓が立てかけてある。側にはさばき終えた皮が広げられていた。森の生活に慣れてきているのがわかる。獲物の数を考えるとなると、本格的な狩人のようだった。あれらは獲った魔物の数を数えているだけだが。
「これからお帰りなら、ご飯どうですか。お詫びと言ってはあれですけど。リリちゃんのお礼兼ねて」
「リリの礼?」
またわけのわからないことを言い出した。危険があるとわかって渡したリリックなのに、もらった礼をしなければならないという、その思考能力。どうしてそう思うのか。
理解できないでいると、遠くで雷の音が聞こえた。レナがびくりと体を震わせる。雷が苦手なようだ。
「なんか、近くありません? 雷雲ないし、暑くもないのに、雷?」
「ピングレンだな」
「ぴんぐー?」
レナがとぼけた顔をした時、バリバリ、と遠くで雷が落ちた音がした。レナが、ぎゃあっ、と悲鳴を上げる。
「は、早く帰りましょう。森の中で雷落ちたら大変。避雷針。木に落ちる。感電する!」
ところどころ聞いたことのない言葉が発せられた。レナは気づいていないと、すべての荷物を手にして走るふりをする。こちらの用意を待っているようだが、ガロガに乗っているのだからレナがさっさと走るべきだろう。
どうして自分よがりではなく、周囲を気にするのか。気にせず走り出せばいいのに。弱きはそちらで、自分ではない。
レナの襟元を引っ張ってガロガの背に乗せると、レナの腕を自分の腰に絡めた。
「捕まってろ。走るぞ」
「ひえ!」
途端、雨粒が落ちてきた。
「ふえ、すごい降ってきた!」
「黙ってろ。舌を噛むぞ」
声が届いて、フェルナンはびくりと肩を上げた。いつの間にか森に入っていた。考え事をしていて、いつも通りに森の道に入り込んでいたようだ。しかも、レナが訪れる川のほとりまで。
「珍しいですねー。ガロガちゃんで森の中入るんです?」
生き物にちゃんをつけるのが趣味なのか? レナが近寄ってくると、まじまじとガロガを見つめた。なでていいですかと問うてくるので頷けば、途端笑顔になって、そっとガロガをなではじめる。
「お忙しいの終わったんですか? ガロガちゃん、前より足元汚れ気味。これからお城に帰るんですか?」
「……いや、これから、ああ、もう帰る」
なにを言っているのか。自分でもわからなくなって、顔を背けた。ハロウズ家の帰りに騎士寮に戻らず森に向かってはいたが、考え事をしていたからといって、森の中を走って気づかぬなど、どうかしている。
奇妙だが居心地の悪さを感じた。あれ以降会っていなくとも、レナは納得して帰っていったはずだ。気にもしていないだろう。
その通りとレナは大きな目をこちらに向けて、口を開けたまま不思議そうな顔をしていた。
その顔に安堵すると同時、やはりなぜか苛つきを感じた。
「オクタヴィアン様に聞いたかもしれないですけど、」
「なんだ?」
「謝ってもらってなんか色々もらいました。なので、八つ当たりしたこと謝ります」
「八つ当たり?」
「八つ当たり」
「八つ当たりで、危険だとわかって付いてきたのか?」
「あのまま帰れって言われても、お断りですし!」
レナが開き直って声を上げた。八つ当たりで危険な目に遭うかもしれないのに付いてきたのか? どういう神経をしているのか。
けれど、あとで邪魔をして迷惑をかけたな。と反省はしたらしい。えへへ、と意味もなく笑いながら、オクタヴィアン様に偉そうに謝られました。と口を尖らせて付け足した。その後なにかと土産をもらったため、むしろ恐縮で困っていると。
「認可局の話か? 城で認可を受けたと聞いた」
「あんなの認可できちゃうのか、っていう。ありがたいというか、なんというか。他にも十分いただいたから、もう十分なんですけど」
金を持っているため稼ぐ必要はないからか、レナは言葉を濁らせた。森の糧だけで生きていきたい。金は使いたくない。働かなくともあの金額を手にしているならば、村で暮らすには十分だ。レナが貴族のような贅沢をするわけがないのだし、これ以上稼ぐ必要はないだろう。だが、金を使わないように生きていきたいというのも不思議だ。認可局で認可してもらえたならば、自動で金が手に入る。わざわざ森に入らずとも、金を使えばいいだけの話なのに。
会った時からずっと、そのこだわりは同じ。苦労して何かを作り、慣れない狩りをする。それこそ危険があるのに。
「そういうわけで、八つ当たりしてすみませんでした」
レナはいきなり頭を下げる。なんのための動作なのかわからなかったが、レナが謝っているのはわかった。
「あ、いや。俺も、深く考えることはしていない、から」
ガロガの上から、頭を下げて小さくなるレナを見て、さらに居心地が悪くなった。今すぐここから立ち去りたい気持ちが膨れ上がるのに、そうしたくない気持ちがぶつかり合って、心の中の矛盾に困惑する。それが顔に出ている気がして、顔を腕で隠した。自分がどんな顔をしているのかわからないが、見られたくなかったからだ。
「それで、リリちゃんなんですけど。お借りしてたから、お返ししなきゃって」
がばりと頭を上げる。動作がいちいち大きいのは、レナの癖なのか、頭の上にいるリリックを指差すのに、腕を上げ下げした。変な踊りをしているみたいで、吹き出しそうになる。挙動が人より大げさだから、小動物でも見ているようだった。
「フェルナンさん?」
「ああ、リリックは、やると言っただろう。森に入って危険もあるから、持っていればいい」
「ほんとにいいんですか? リリちゃん、何度も助けてくれたし、ありがたいですけど」
「構わない」
「わあ。ありがとうございます! リリちゃん、これからもよろしくね」
リリックは精霊とは違い、魔法使いが魔物の卵を自分の魔力で染めて育てたもので、魔物ともまた違う生物になっている。主人の言うことを聞く、忠実な生き物だ。リリック自体、魔物の中で監視の力が強く、遠くの仲間と意識を繋ぐことができる種類で、魔法使いが間諜として使うことが多い。
攻撃力はさほどでもないが、魔法を使う人間にも対抗はできる。森に入るレナには必要だろう。
レナは頭の上にいるリリックをなでて喜んだ。レナは釣りでもしていたのか、糸のついた棒とかごを手にしていた。また妙な形のかごを持っている。
「それは、なんだ?」
「これですか? お魚用の仕掛けです。釣りより効率よく捕れるから、朝来て設置しておいたんです」
見て見て、と言わんばかりにレナはかごを差し出してきた。折り返した先端が内側に入っており、中に入った魚が出られないようになっている。魚が数匹入っていて、入った魚を選別し終えたところだと笑った。入り口が小さいので、凶暴な魚が入っても襲われるような大きさにはならないだろう。どこでこんな知識を得るのか。
「家の商品も認可すると聞いたが、これも認可したのか?」
「してないですよ。こんなのも認可できるんですか?」
「できるだろう。川魚は、ここでは森の中で難しいが、村の子供が小遣い稼ぎに獲るからな。それがあれば、簡単に捕れる」
レナならば、貧しい子供のために使えるのは良い。と言いそうだが、なぜか気の進まなそうな顔をした。
「うーん、漁獲量守れるならいいんですけど。だったら穴を大きめにして、小魚は逃げられるようにしないと駄目かな。お小遣い稼ぎで乱獲したら、お魚少なくなっちゃうし。あ、私はちゃんと選んで逃してますよ?」
そんなことを考えるのは、レナだけだろう。漁獲量という言葉を聞いたことがなかった。そんな心配をするか?
貧しいのならば捕れるだけ捕るのは当然だ。なくなればそれで終わり。次の獲物を探しに行くだろう。そんな簡単に絶滅などしないだろうに。しかし、レナは最初からそんなことを考える。
「ある程度は節度を持たないといけないから、やめときます。こっちの倫理あやしいし」とぼやいた。
他国ではそこまで考えるのか? それはつまり、豊かな国の発想だ。生きるか死ぬかの間にいて、そんなことを考えるわけがないのだから。
「乱獲しちゃ駄目だよなーって思い始めて、これから数考えて獲らなきゃなって、思ったばっかりだったんです。動物の数、把握しといた方がいいですもんねえ」
背中のカゴにはリトリトの肉が入っているのだろう。木に弓が立てかけてある。側にはさばき終えた皮が広げられていた。森の生活に慣れてきているのがわかる。獲物の数を考えるとなると、本格的な狩人のようだった。あれらは獲った魔物の数を数えているだけだが。
「これからお帰りなら、ご飯どうですか。お詫びと言ってはあれですけど。リリちゃんのお礼兼ねて」
「リリの礼?」
またわけのわからないことを言い出した。危険があるとわかって渡したリリックなのに、もらった礼をしなければならないという、その思考能力。どうしてそう思うのか。
理解できないでいると、遠くで雷の音が聞こえた。レナがびくりと体を震わせる。雷が苦手なようだ。
「なんか、近くありません? 雷雲ないし、暑くもないのに、雷?」
「ピングレンだな」
「ぴんぐー?」
レナがとぼけた顔をした時、バリバリ、と遠くで雷が落ちた音がした。レナが、ぎゃあっ、と悲鳴を上げる。
「は、早く帰りましょう。森の中で雷落ちたら大変。避雷針。木に落ちる。感電する!」
ところどころ聞いたことのない言葉が発せられた。レナは気づいていないと、すべての荷物を手にして走るふりをする。こちらの用意を待っているようだが、ガロガに乗っているのだからレナがさっさと走るべきだろう。
どうして自分よがりではなく、周囲を気にするのか。気にせず走り出せばいいのに。弱きはそちらで、自分ではない。
レナの襟元を引っ張ってガロガの背に乗せると、レナの腕を自分の腰に絡めた。
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