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第二章
62−4 都
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「なんだよ。肉あるじゃねえか」
「まあ、食べてみてくださいよ」
オクタヴィアンが不満そうな顔をして食堂に来たが、豆ハンバーグを見て機嫌が良くなった。
料理長は肉云々言わず、皿を運ばせる。
この国にはコース料理などはないらしいので、どんどん料理が運ばれてくる。料理の種類が少ないからだろう。野菜が乗っても主品は肉だ。それが前菜のようなもので、その後も肉メイン。そんな食卓に出すのが、偽ハンバーグ。メインは豆ハンバーグだが、ポトフの他にじゃがいももどきとチーズを混ぜたラビオリ、トマトソースのピザ、シンプルなオムレツなど、腹に溜まりそうな物を作った。
オクタヴィアンは好きだと思う。他の側近たちの舌は知らないが。
食堂にはオクタヴィアンだけでなく、フェルナンの父親などの側近たちも集まっている。玲那が知らない顔もいた。彼らが玲那の食事を口にするのは初めてだ。
偉い人たちが集まって座る様を見ると、さすがに身分が違うなという感想を持った。オクタヴィアンが領地とは違い、正装のような衣装を着ている。いつも平民のような、ゆったりとした衣装を着ているのに、今日はきっちりかっちりな、厚手の高そうな衣装だ。
フェルナンの父親は城でもそんな衣装で、いかにも貴族な様相である。この屋敷に来ても同じなので、オクタヴィアンがいかに普段適当な衣装を着ているのかがわかった。他の者たちも以下同様、貴族な衣装だ。
それにしても、この食堂の部屋模様よ。玲那にあてがわれた部屋がいかに質素かわかる。
屋敷自体そこまで派手な意匠ではないが、木目の美しい太い柱に彫刻された草花はそれなりに凝っているし、飾られた絵画やシャンデリアは壁を豪華に見せた。玲那の知っている城の高級さではなくとも、荘厳な建物なのはわかる。領地の城に比べて気を遣われていると言うか、細かいところに装飾が施されている。
この食堂は特に気を遣われているようだった。人を呼んで食事をする場所なのだろう。領地の城の食堂はただの板張りの床と研磨されただけの石柱、面白みのないシンプルな単色の壁だったが、この食堂の壁は腰高までタイルのようなもので模様がなされ、その上の壁面は白色の光沢のある石が使われていた。派手でなくとも色合いや模様が美しい。
城よりも都の屋敷の方が豪華に見える。そこで行われる食事の席に、なぜか玲那まで呼び出された。一緒に食すのではなく、ただ壁際にひっついて食事の様を見つめるだけ。軽く会話を交わしているのを聞きながら、その場で待機だ。食事について質問されたら答えるためだ。静かなのでお腹が鳴ったらかなり響く気がする。我慢したい。
ラビオリを一口。オクタヴィアンの顔が喜びのそれになる。他の人たちも、味わうように食べていた。ラビオリは合格か。チーズだけは大量にあったので、遠慮なく使わせてもらった。乳製品はよく作られるのだろう。なんの乳か知らないが、臭みがなくて濃厚な味がした。イタリアンに合うと思う。
オムレツを口にする人は不思議そうな顔をした。食べたことのない食感だと料理長も言っていた。ふわふわのオムレツは作らないらしい。卵はゆで卵が主なので、柔らかい卵料理を食べたことがないそうだ。
こちらで半熟卵を食べるのは食品衛生的に不安なので、完全に火を通すために半熟にはせず、卵白と卵黄を分けてメレンゲでふわふわ感を出した。泡立て器がなかったので、急遽作った。一般的な泡立て器は作れなかったので、フォークを何本も使い花びらを重ねるように紐で固定して、茶せんのようにして泡立て器の代用とした。十分泡立って、スフレのような柔らかさになった。
「レナ・ホワイエ」
「はい。なんでしょ」
「これ作ったの、お前だろ。なんだ、これ?」
「卵ですよ。ただの、卵」
「卵? だけか?」
「チーズも入ってます」
オクタヴィアンは一度食べて、オムレツを凝視する。そんなに見てもなにも出ないのだが、卵料理が不思議なようだ。自分の知っている卵とは味が違うと、疑ってくる。卵は卵である。疑っても卵だ。
「お前、貴族のお抱え料理人かなにかだったのか?」
「一般家庭料理です」
「嘘だろ?」
嘘じゃないよ。卵は特に大好きで、食べられる数少ない食材だった。固形でなければ食べやすい。大好き茶碗蒸し、プリン最高。そうだ。今度プリンを作ろう。
「これはなんの肉だ?」
「お豆です。マラル豆」
「肉じゃないのかよ!」
騙されてくれて嬉しい。蒸し方を短くしてもらったので、歯応えがある。味付けが濃いので、肉の味がしなくても騙せたようだ。前回ハンバーガーで味わったからだろう。狩りの時にハンバーガーを作って正解だったようだ。
「料理長の肉料理はうまいが、変な食い物に関してはお前も腕があるな」
変な食い物とは失礼な。他の人たちも満足そうに食べてくれたので、まあ良しとしよう。シンプルなオムレツは口に合ったようだ。お子様に合わせたので、大人たちはあまり好んでいないようだったのが残念だ。魚などあれば良かったのだが、魚も肉同様朝にしか売らないらしく、今日は野菜と卵でまかなった。
「それで、嫌がらせの類は食事関係だけか?」
食べ終えた途端、オクタヴィアンが口を開いた。給餌していたメイドや、別の執事らしき男たちに緊張が走った。若い執事風の男やメイド、料理人たちが屋敷から出されたのは知っているだろう。緊張した空気が流れる。料理長は気にせず頷いた。
「メイドの態度も大概ですね。妙な匂いがすると言って、鼻をつまむ者までいました。騎士たちに対しての態度もひどいものです」
「影響があるようならば、人員を入れ替える。舐め腐った奴らはすべて消し去ってやるからな」
オクタヴィアンの目が光った。がんばれ、オクタヴィアン。壁際に待機している屋敷の者たちが顔色を悪くする。心当たりがあるのだろう。食堂にいる者だけでも思い当たるのならば、他にも大勢いるはずだ。領主代理が屋敷に来たのに、報復を受けないと思うあたり、舐め切っている。料理長は澄ました顔をしているが、内心喜んでいるに違いない。
「お家騒動って感じだよねー」
オクタヴィアンはなにか不便を感じたら、すべて報告しろと忠告するように宣言した。今頃屋敷の者たちに周知されているだろう。いきなりクビにされたらたまったものではない。ある程度は静かになるはずだ。
食事に関しては料理長が中心になってオクタヴィアンたちに提供する。屋敷内の料理人は端から信じていないので、いとまを出す理由ができて良かったそうだ。ここで毒殺などあったら、その不安があるのだろう。父親のことがあるのだから、警戒は当然だ。
部屋に戻り周囲を確認し、なにもされていないことに安堵して、玲那は窓を開けた。さすがに夜は冷える。冷えた空気にぶるりと震えるが、月明かりが綺麗だ。遠目に明るい場所が見え、そこが王宮だとわかる。小高い山の上。城壁が明るく照らされて、幻想的だった。
「ん?」
斜め下の階下、三階のベランダにフェルナンがいる。こちらに気づいていて、なにか言いたげにした。とりあえず手を振っておくと、フェルナンがベランダの柵に足を乗せた。途端、ぴょんと軽く跳躍して、一気に屋上へ飛び上がってきた。
さすが、超人すぎる。
「フェルナンさんのお部屋、あそこなんですか?」
「あんたは、こんな屋根裏部屋なのか?」
フェルナンが顔をしかめた。眉間がきゅっと詰められて、眉尻が上がる。なぜ不機嫌そうな顔をするのだろう。窓枠に手をかけて、部屋を横目で見やると、目をすがめてきた。
「なんで、こんな狭い部屋」
「大丈夫ですよ。むしろ景色いーし、屋根裏部屋って憧れてたんですよね」
「憧れ?」
フェルナンがひどく怪訝な顔をした。あのメイドの鼻で笑った姿を見て、よくない部屋なのだと思うのだが、玲那にとっては最高の部屋である。食堂のような豪華な部屋より、こぢんまりとした屋根裏部屋の方が好みだ。お湯を五階まで運ぶのはきついが、この狭さが快適。隠れ家っぽくてテンション上がる。
「ちょっと埃っぽかったので、お掃除しましたけど。お布団も外出前に干しといたしー。空気の入れ替えもしておいたし、なので、快適です。出窓あるし、屋根上れそうだし、景色最高」
日本で屋根裏の出窓有り部屋なんて言ったら、酷暑で熱射病になるのが早いか、干からびるのが早いか。それとも日焼けで真っ黒焦げか。あとはゲリラ豪雨で雨漏りもしそうで非現実的だが、この世界の季節感ならば快適な気がする。日中日が当たるおかげか、この部屋は外より暖かかった。夜は冷えるが、今のところそこまでではない。あとはトイレ風呂完備であれば文句なしなのだが。古城ホテルのようにはいかない。
フェルナンは理解できないとでも言うように、鼻の頭にまで皺を寄せた。
「あんた、やっぱり豪商の娘なのか?」
「ええっ!? 違いますよ。全然違います」
フェルナンいわく、好き好んで屋根裏部屋に泊まりたがるのは、金持ちの子供のたわむれという見解だ。大きな屋敷に住んでいたと思われている。
「違いますよ。うちはマンショ、共同住宅でしたから。階が上の方だったので、景色は良かったですけどね」
自分の部屋から見える景色は良かった。最後に自分の部屋から見たのはいつだったか、思い出せないけれど。
「あんたがいいならいい。この屋敷の人間がなにをしてくるかわからないから、鍵だけはかけておけよ」
「了解です。気をつけます!」
「窓もだ」
フェルナンはそれだけ言って、自分の部屋に戻っていってしまった。たしかにあれだけの跳躍をされたら、屋根裏から簡単に入り込める。窓を閉めたら紐で固定でもしておこうか。
それにしても、案外心配性で、面倒見がいい。
だからこそ、オレードの頼みを聞きたいのだが。
「オレードさんにいつ会えるかなあ」
フェルナンの戻ったベランダを見つめて、明日になったらオクタヴィアンに聞いてみようと、算段した。
「まあ、食べてみてくださいよ」
オクタヴィアンが不満そうな顔をして食堂に来たが、豆ハンバーグを見て機嫌が良くなった。
料理長は肉云々言わず、皿を運ばせる。
この国にはコース料理などはないらしいので、どんどん料理が運ばれてくる。料理の種類が少ないからだろう。野菜が乗っても主品は肉だ。それが前菜のようなもので、その後も肉メイン。そんな食卓に出すのが、偽ハンバーグ。メインは豆ハンバーグだが、ポトフの他にじゃがいももどきとチーズを混ぜたラビオリ、トマトソースのピザ、シンプルなオムレツなど、腹に溜まりそうな物を作った。
オクタヴィアンは好きだと思う。他の側近たちの舌は知らないが。
食堂にはオクタヴィアンだけでなく、フェルナンの父親などの側近たちも集まっている。玲那が知らない顔もいた。彼らが玲那の食事を口にするのは初めてだ。
偉い人たちが集まって座る様を見ると、さすがに身分が違うなという感想を持った。オクタヴィアンが領地とは違い、正装のような衣装を着ている。いつも平民のような、ゆったりとした衣装を着ているのに、今日はきっちりかっちりな、厚手の高そうな衣装だ。
フェルナンの父親は城でもそんな衣装で、いかにも貴族な様相である。この屋敷に来ても同じなので、オクタヴィアンがいかに普段適当な衣装を着ているのかがわかった。他の者たちも以下同様、貴族な衣装だ。
それにしても、この食堂の部屋模様よ。玲那にあてがわれた部屋がいかに質素かわかる。
屋敷自体そこまで派手な意匠ではないが、木目の美しい太い柱に彫刻された草花はそれなりに凝っているし、飾られた絵画やシャンデリアは壁を豪華に見せた。玲那の知っている城の高級さではなくとも、荘厳な建物なのはわかる。領地の城に比べて気を遣われていると言うか、細かいところに装飾が施されている。
この食堂は特に気を遣われているようだった。人を呼んで食事をする場所なのだろう。領地の城の食堂はただの板張りの床と研磨されただけの石柱、面白みのないシンプルな単色の壁だったが、この食堂の壁は腰高までタイルのようなもので模様がなされ、その上の壁面は白色の光沢のある石が使われていた。派手でなくとも色合いや模様が美しい。
城よりも都の屋敷の方が豪華に見える。そこで行われる食事の席に、なぜか玲那まで呼び出された。一緒に食すのではなく、ただ壁際にひっついて食事の様を見つめるだけ。軽く会話を交わしているのを聞きながら、その場で待機だ。食事について質問されたら答えるためだ。静かなのでお腹が鳴ったらかなり響く気がする。我慢したい。
ラビオリを一口。オクタヴィアンの顔が喜びのそれになる。他の人たちも、味わうように食べていた。ラビオリは合格か。チーズだけは大量にあったので、遠慮なく使わせてもらった。乳製品はよく作られるのだろう。なんの乳か知らないが、臭みがなくて濃厚な味がした。イタリアンに合うと思う。
オムレツを口にする人は不思議そうな顔をした。食べたことのない食感だと料理長も言っていた。ふわふわのオムレツは作らないらしい。卵はゆで卵が主なので、柔らかい卵料理を食べたことがないそうだ。
こちらで半熟卵を食べるのは食品衛生的に不安なので、完全に火を通すために半熟にはせず、卵白と卵黄を分けてメレンゲでふわふわ感を出した。泡立て器がなかったので、急遽作った。一般的な泡立て器は作れなかったので、フォークを何本も使い花びらを重ねるように紐で固定して、茶せんのようにして泡立て器の代用とした。十分泡立って、スフレのような柔らかさになった。
「レナ・ホワイエ」
「はい。なんでしょ」
「これ作ったの、お前だろ。なんだ、これ?」
「卵ですよ。ただの、卵」
「卵? だけか?」
「チーズも入ってます」
オクタヴィアンは一度食べて、オムレツを凝視する。そんなに見てもなにも出ないのだが、卵料理が不思議なようだ。自分の知っている卵とは味が違うと、疑ってくる。卵は卵である。疑っても卵だ。
「お前、貴族のお抱え料理人かなにかだったのか?」
「一般家庭料理です」
「嘘だろ?」
嘘じゃないよ。卵は特に大好きで、食べられる数少ない食材だった。固形でなければ食べやすい。大好き茶碗蒸し、プリン最高。そうだ。今度プリンを作ろう。
「これはなんの肉だ?」
「お豆です。マラル豆」
「肉じゃないのかよ!」
騙されてくれて嬉しい。蒸し方を短くしてもらったので、歯応えがある。味付けが濃いので、肉の味がしなくても騙せたようだ。前回ハンバーガーで味わったからだろう。狩りの時にハンバーガーを作って正解だったようだ。
「料理長の肉料理はうまいが、変な食い物に関してはお前も腕があるな」
変な食い物とは失礼な。他の人たちも満足そうに食べてくれたので、まあ良しとしよう。シンプルなオムレツは口に合ったようだ。お子様に合わせたので、大人たちはあまり好んでいないようだったのが残念だ。魚などあれば良かったのだが、魚も肉同様朝にしか売らないらしく、今日は野菜と卵でまかなった。
「それで、嫌がらせの類は食事関係だけか?」
食べ終えた途端、オクタヴィアンが口を開いた。給餌していたメイドや、別の執事らしき男たちに緊張が走った。若い執事風の男やメイド、料理人たちが屋敷から出されたのは知っているだろう。緊張した空気が流れる。料理長は気にせず頷いた。
「メイドの態度も大概ですね。妙な匂いがすると言って、鼻をつまむ者までいました。騎士たちに対しての態度もひどいものです」
「影響があるようならば、人員を入れ替える。舐め腐った奴らはすべて消し去ってやるからな」
オクタヴィアンの目が光った。がんばれ、オクタヴィアン。壁際に待機している屋敷の者たちが顔色を悪くする。心当たりがあるのだろう。食堂にいる者だけでも思い当たるのならば、他にも大勢いるはずだ。領主代理が屋敷に来たのに、報復を受けないと思うあたり、舐め切っている。料理長は澄ました顔をしているが、内心喜んでいるに違いない。
「お家騒動って感じだよねー」
オクタヴィアンはなにか不便を感じたら、すべて報告しろと忠告するように宣言した。今頃屋敷の者たちに周知されているだろう。いきなりクビにされたらたまったものではない。ある程度は静かになるはずだ。
食事に関しては料理長が中心になってオクタヴィアンたちに提供する。屋敷内の料理人は端から信じていないので、いとまを出す理由ができて良かったそうだ。ここで毒殺などあったら、その不安があるのだろう。父親のことがあるのだから、警戒は当然だ。
部屋に戻り周囲を確認し、なにもされていないことに安堵して、玲那は窓を開けた。さすがに夜は冷える。冷えた空気にぶるりと震えるが、月明かりが綺麗だ。遠目に明るい場所が見え、そこが王宮だとわかる。小高い山の上。城壁が明るく照らされて、幻想的だった。
「ん?」
斜め下の階下、三階のベランダにフェルナンがいる。こちらに気づいていて、なにか言いたげにした。とりあえず手を振っておくと、フェルナンがベランダの柵に足を乗せた。途端、ぴょんと軽く跳躍して、一気に屋上へ飛び上がってきた。
さすが、超人すぎる。
「フェルナンさんのお部屋、あそこなんですか?」
「あんたは、こんな屋根裏部屋なのか?」
フェルナンが顔をしかめた。眉間がきゅっと詰められて、眉尻が上がる。なぜ不機嫌そうな顔をするのだろう。窓枠に手をかけて、部屋を横目で見やると、目をすがめてきた。
「なんで、こんな狭い部屋」
「大丈夫ですよ。むしろ景色いーし、屋根裏部屋って憧れてたんですよね」
「憧れ?」
フェルナンがひどく怪訝な顔をした。あのメイドの鼻で笑った姿を見て、よくない部屋なのだと思うのだが、玲那にとっては最高の部屋である。食堂のような豪華な部屋より、こぢんまりとした屋根裏部屋の方が好みだ。お湯を五階まで運ぶのはきついが、この狭さが快適。隠れ家っぽくてテンション上がる。
「ちょっと埃っぽかったので、お掃除しましたけど。お布団も外出前に干しといたしー。空気の入れ替えもしておいたし、なので、快適です。出窓あるし、屋根上れそうだし、景色最高」
日本で屋根裏の出窓有り部屋なんて言ったら、酷暑で熱射病になるのが早いか、干からびるのが早いか。それとも日焼けで真っ黒焦げか。あとはゲリラ豪雨で雨漏りもしそうで非現実的だが、この世界の季節感ならば快適な気がする。日中日が当たるおかげか、この部屋は外より暖かかった。夜は冷えるが、今のところそこまでではない。あとはトイレ風呂完備であれば文句なしなのだが。古城ホテルのようにはいかない。
フェルナンは理解できないとでも言うように、鼻の頭にまで皺を寄せた。
「あんた、やっぱり豪商の娘なのか?」
「ええっ!? 違いますよ。全然違います」
フェルナンいわく、好き好んで屋根裏部屋に泊まりたがるのは、金持ちの子供のたわむれという見解だ。大きな屋敷に住んでいたと思われている。
「違いますよ。うちはマンショ、共同住宅でしたから。階が上の方だったので、景色は良かったですけどね」
自分の部屋から見える景色は良かった。最後に自分の部屋から見たのはいつだったか、思い出せないけれど。
「あんたがいいならいい。この屋敷の人間がなにをしてくるかわからないから、鍵だけはかけておけよ」
「了解です。気をつけます!」
「窓もだ」
フェルナンはそれだけ言って、自分の部屋に戻っていってしまった。たしかにあれだけの跳躍をされたら、屋根裏から簡単に入り込める。窓を閉めたら紐で固定でもしておこうか。
それにしても、案外心配性で、面倒見がいい。
だからこそ、オレードの頼みを聞きたいのだが。
「オレードさんにいつ会えるかなあ」
フェルナンの戻ったベランダを見つめて、明日になったらオクタヴィアンに聞いてみようと、算段した。
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