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第二章
70 拘束
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「あ、っの、おうじいぃっ!!」
ベッドに突っ伏して、玲那はバタバタと手足を打ちつけた。
柔らかいシーツに毛布。枕は羽でも入っているのかふっくらで、寝心地は最高。暖炉もあって火を入れてくれている。部屋の中は暖かく、調度品は質の良さそうな物で揃えられている。床はなにかの毛皮が絨毯がわりになっていて、裸足でも暖かそうだ。
しかし、そんなこと、どうでもいい。
「なにが、包丁ができあがるまで、部屋で待っていろ。だ! もう三日、三日ですうっ!!」
市販品でいいからさっさとくれよ。と言ってやりたい。いや、市販品なんてないか。
職人がなにかしらの金属を打って作るのだろうが、もう三日も城にある一部屋に閉じ込められていた。
「送ってくれるとかないの? 送料かかるから待ってろって? 鉄打って包丁打つとしたら、どれくらい待つもの? 一ヶ月くらい? じゃあ、あとで送るでよくない!?」
できあがるまで城で待ては詐欺である。いつできあがるかもわからない包丁のために、三日が永遠に続くような気がした。
「ああ、帰りたい。帰りたい!」
貴族の部屋がどれくらいのものか詳しく知らないが、それなりにしっかりとした客室を与えてくれたのだろうと思う。しかし、メイドたちの態度は最悪だった。
愛想笑いもできないメイドが、お世話しますと言ってドレスを放ってくる。風呂に入れと言って、夜はまだ寒いこの時期に、水風呂に入れと勧めてくる。体を洗うと言っては、垢すりのようにごしごし擦ってくる。ドレスを着せられれば、鼻で笑われ、髪の毛をとかされれば、頭が引っ張られるほど乱暴だった。むしろボサボサになった髪の毛に、装飾品が着けられないと宝石付きの髪飾りを見せてしまう始末。
「あの王子、わざとなの? なんなの? 嫌がらせしかできないの??」
ついでに言えば、ドレスの趣味がまったく玲那に合っていない。鮮やかなピンクの大きなリボン。広がったフレアスカート。花の形をしたレース付き。体育祭などで見るティッシュで作った花に似ている。それに合わせるような靴もなく、スカートの中は玲那の買った冬用のブーツだ。嫌がらせとしか思えない。
仕方なく、ショールをスカートに巻いて、ドレスのダサさを緩和させた。髪の毛は自分で編んで、ドレスから拝借した細い紐でくくり、耳の後ろに突っ込んでピンで止めた。髪の毛が汚らしいと、メイドがピンだけ置いていったのだ。髪飾りではなくピンだけで十分だという意味だろう。
「失礼なやつめ。シャンプーとコンディショナーはないけど、植物の種の油でクレンジングしてますから、汚くないんですーっ。しっとりつやつやなんですーっ」
誰に言うでもなく言い訳を口にして、枕に顔を埋めた。
暇すぎる。暇すぎて、叫びたくなる。
この部屋でいつまで待てば良いのか、メイドに聞いてみたら、知りません。とそっけなく返された。待っていろと言われたのだから、お待ちになれば良いのでは? とのことである。うわあ。腹立つわあ。
部屋から出ても良いようだが、待てと言われたからには、外に出るのは危険かもしれない。ついでに、あまりうろついてまた王子に会いたくない。しかし会わなければ文句も言えない。文句を言ったら、その場で攻撃されるかもしれない。
そんなことを考えてもう三日。我慢の限界が来ていた。
「魔法があるんだから、ちゃちゃって作れるんじゃないの? やっぱり嫌がらせ」
せめて外と連絡が取れればいいのだが。こっそり部屋を出て行って、そのまま城も出て行きたい衝動にかられる。怖すぎて実行できないが。
このままここに居続ければ、オクタヴィアンに置いていかれそうな気もした。そうすれば、玲那はあの家に帰れなくなってしまう。
やはり外をうろついて、様子を見ようか。なにかしら言い訳を考えておいて、注意をされてもその言い訳を口にして戻ってくれば、いきなり切られたりしないだろうか。
大体、どうして玲那を拘束するのか。原因の顔を思い出して、後ろからスリッパで殴りたくなる。
「原因で思い出した。調べたいことあったんだ」
これなら言い訳にもできるか。玲那は扉の向こうに誰もいないことを確認して、部屋を飛び出した。
スカートを捲り上げて、廊下の窓から外に出て、建物を探した。前に王子と通った道がわかれば、ローディアが連れて行ってくれた、祈りの泉まで行ける。そこには用はない。行きたい場所は書庫だった。
「あった。えらい。ちゃんと道覚えてた」
ローブを着た者たちが扉を行ったり来たりする。扉の前には兵士がいて、誰かが来るたびその扉を開けた。
中にはドレス姿の女性がいる。ならば、玲那も通れるだろうか。
「書庫に来ていいって言ってたんだから、気にせず行くか」
玲那は堂々と正面から向かった。階段を登る玲那に兵士が眉を傾げたが、扉の前に来ると扉を開けてくれる。
案外、警備がちょろいのか? 泉のある部屋までは警備だらけだったが、この辺りは一般人も出入りできるのかもしれない。
通れたのだからどうでもいいか。玲那はローディアの使いが教えてくれた書庫へ向かった。書庫の扉の前には誰もおらず、玲那はそっと中に入り込む。
独特な匂いが鼻腔をくすぐった。慣れない匂いだ。
誰もいないのか、書庫はしんと静まり返っている。
まさかまたここに来るとは思わなかったが。しかし調べたいこともできたため、丁度よかった。
「さて、本がどこにあるかだよね」
ドレスの裾を持ち上げて、玲那は本棚を眺める。ここもインテラル領の書庫の本と同じで、背表紙に文字がないことが多かった。背表紙に文字があるのを見つけて、本がある場所の当たりを付ける。
「家系図とか、なんかそれ系の……」
相変わらずヴェーラーの本で埋め尽くされている。神官がいる書庫なのだから、ヴェーラーだらけで当然か。ヴェーラーついでに王族の歴史本などを置いておいてほしい。
「年表とかさ」
「歴史の本をお探しですか?」
「うわっ!」
また出た。不遜に笑む男、ローディアだ。いや、いてもおかしくないのだが、どうしてそうやって気配なく後ろから声を掛けてくるのだろう。つけてきたのだろうか?
「私が先にいましたよ。あなたが後からいらっしゃったので、声をかけました」
なにも言わないでも、ローディアは玲那をつけていたわけではないと説明してくる。
「まだ城に滞在されているとは思いませんでした」
嘘つけ。笑顔で言ってくるあたり、無性に腹立たしい。大変ですね。と思ってもいない同情の言葉も追加してくる。やはりスリッパが必要だ。
ローディアは本の一冊も手に持っていない。本当に最初からここにいたのか、疑問だ。
ついでに言えば、暇なのか? オクタヴィアンが王城に行ったり来たりしている間、ローディアはなにをしているのだろう。狩猟大会の時にはいたが、それ以外は見かけていない。
「ところで、なぜあなたが滞在することになったのですか? 晩餐会の料理を作ることになったのは聞きましたが。それより前に殿下に食事を振る舞う機会があったと聞いています」
あなたのせいだよ! 言ってやりたいのを喉元で我慢して、ごくりと飲み込む。わざと聞いているのか、念の為確認したいのか。ローディアの考えていることなど、玲那にはわからない。
玲那は怒りをため息を吐くことで我慢して、アシュトンが玲那に料理を作るよう命じたことについて、最初から説明をした。ことの発端はお前だよ。の意味を込めて。
「なるほど」
なるほど。じゃないよ。にっこり笑って、どんな感想を持ったのかさっぱりわからない。
「もう、早くおうちに帰りたいんですよ」
「そうですか」
そうですか。じゃないんだよおおお!
スリッパ。今すぐスリッパが必要だ。殴り倒したいが怖いので再び唾を飲み込んで我慢する。
今はもう、ただ家に帰りたい。ごちゃごちゃ混乱の中、顔を合わせづらいと思いつつも、けれど話さなければならないと思い直して、さっさと帰る方向でいるのに。
そう、話すためには、調べることがある。
「それで、なにを調べたいんですか?」
ローディアはタイミングがいい。しかし、この男に頼るのも後で面倒になる気もする。
とはいえ、玲那一人ではこの書庫を探すのは時間がかかる。
ローディアは口端で笑うだけ。いつも通り目が笑っていない。なにを考えて玲那に声をかけてくるのか、まだわかっていないが、次にまたここに来られる機会があるとは限らない。
「王族の家系図ってありませんか?」
ベッドに突っ伏して、玲那はバタバタと手足を打ちつけた。
柔らかいシーツに毛布。枕は羽でも入っているのかふっくらで、寝心地は最高。暖炉もあって火を入れてくれている。部屋の中は暖かく、調度品は質の良さそうな物で揃えられている。床はなにかの毛皮が絨毯がわりになっていて、裸足でも暖かそうだ。
しかし、そんなこと、どうでもいい。
「なにが、包丁ができあがるまで、部屋で待っていろ。だ! もう三日、三日ですうっ!!」
市販品でいいからさっさとくれよ。と言ってやりたい。いや、市販品なんてないか。
職人がなにかしらの金属を打って作るのだろうが、もう三日も城にある一部屋に閉じ込められていた。
「送ってくれるとかないの? 送料かかるから待ってろって? 鉄打って包丁打つとしたら、どれくらい待つもの? 一ヶ月くらい? じゃあ、あとで送るでよくない!?」
できあがるまで城で待ては詐欺である。いつできあがるかもわからない包丁のために、三日が永遠に続くような気がした。
「ああ、帰りたい。帰りたい!」
貴族の部屋がどれくらいのものか詳しく知らないが、それなりにしっかりとした客室を与えてくれたのだろうと思う。しかし、メイドたちの態度は最悪だった。
愛想笑いもできないメイドが、お世話しますと言ってドレスを放ってくる。風呂に入れと言って、夜はまだ寒いこの時期に、水風呂に入れと勧めてくる。体を洗うと言っては、垢すりのようにごしごし擦ってくる。ドレスを着せられれば、鼻で笑われ、髪の毛をとかされれば、頭が引っ張られるほど乱暴だった。むしろボサボサになった髪の毛に、装飾品が着けられないと宝石付きの髪飾りを見せてしまう始末。
「あの王子、わざとなの? なんなの? 嫌がらせしかできないの??」
ついでに言えば、ドレスの趣味がまったく玲那に合っていない。鮮やかなピンクの大きなリボン。広がったフレアスカート。花の形をしたレース付き。体育祭などで見るティッシュで作った花に似ている。それに合わせるような靴もなく、スカートの中は玲那の買った冬用のブーツだ。嫌がらせとしか思えない。
仕方なく、ショールをスカートに巻いて、ドレスのダサさを緩和させた。髪の毛は自分で編んで、ドレスから拝借した細い紐でくくり、耳の後ろに突っ込んでピンで止めた。髪の毛が汚らしいと、メイドがピンだけ置いていったのだ。髪飾りではなくピンだけで十分だという意味だろう。
「失礼なやつめ。シャンプーとコンディショナーはないけど、植物の種の油でクレンジングしてますから、汚くないんですーっ。しっとりつやつやなんですーっ」
誰に言うでもなく言い訳を口にして、枕に顔を埋めた。
暇すぎる。暇すぎて、叫びたくなる。
この部屋でいつまで待てば良いのか、メイドに聞いてみたら、知りません。とそっけなく返された。待っていろと言われたのだから、お待ちになれば良いのでは? とのことである。うわあ。腹立つわあ。
部屋から出ても良いようだが、待てと言われたからには、外に出るのは危険かもしれない。ついでに、あまりうろついてまた王子に会いたくない。しかし会わなければ文句も言えない。文句を言ったら、その場で攻撃されるかもしれない。
そんなことを考えてもう三日。我慢の限界が来ていた。
「魔法があるんだから、ちゃちゃって作れるんじゃないの? やっぱり嫌がらせ」
せめて外と連絡が取れればいいのだが。こっそり部屋を出て行って、そのまま城も出て行きたい衝動にかられる。怖すぎて実行できないが。
このままここに居続ければ、オクタヴィアンに置いていかれそうな気もした。そうすれば、玲那はあの家に帰れなくなってしまう。
やはり外をうろついて、様子を見ようか。なにかしら言い訳を考えておいて、注意をされてもその言い訳を口にして戻ってくれば、いきなり切られたりしないだろうか。
大体、どうして玲那を拘束するのか。原因の顔を思い出して、後ろからスリッパで殴りたくなる。
「原因で思い出した。調べたいことあったんだ」
これなら言い訳にもできるか。玲那は扉の向こうに誰もいないことを確認して、部屋を飛び出した。
スカートを捲り上げて、廊下の窓から外に出て、建物を探した。前に王子と通った道がわかれば、ローディアが連れて行ってくれた、祈りの泉まで行ける。そこには用はない。行きたい場所は書庫だった。
「あった。えらい。ちゃんと道覚えてた」
ローブを着た者たちが扉を行ったり来たりする。扉の前には兵士がいて、誰かが来るたびその扉を開けた。
中にはドレス姿の女性がいる。ならば、玲那も通れるだろうか。
「書庫に来ていいって言ってたんだから、気にせず行くか」
玲那は堂々と正面から向かった。階段を登る玲那に兵士が眉を傾げたが、扉の前に来ると扉を開けてくれる。
案外、警備がちょろいのか? 泉のある部屋までは警備だらけだったが、この辺りは一般人も出入りできるのかもしれない。
通れたのだからどうでもいいか。玲那はローディアの使いが教えてくれた書庫へ向かった。書庫の扉の前には誰もおらず、玲那はそっと中に入り込む。
独特な匂いが鼻腔をくすぐった。慣れない匂いだ。
誰もいないのか、書庫はしんと静まり返っている。
まさかまたここに来るとは思わなかったが。しかし調べたいこともできたため、丁度よかった。
「さて、本がどこにあるかだよね」
ドレスの裾を持ち上げて、玲那は本棚を眺める。ここもインテラル領の書庫の本と同じで、背表紙に文字がないことが多かった。背表紙に文字があるのを見つけて、本がある場所の当たりを付ける。
「家系図とか、なんかそれ系の……」
相変わらずヴェーラーの本で埋め尽くされている。神官がいる書庫なのだから、ヴェーラーだらけで当然か。ヴェーラーついでに王族の歴史本などを置いておいてほしい。
「年表とかさ」
「歴史の本をお探しですか?」
「うわっ!」
また出た。不遜に笑む男、ローディアだ。いや、いてもおかしくないのだが、どうしてそうやって気配なく後ろから声を掛けてくるのだろう。つけてきたのだろうか?
「私が先にいましたよ。あなたが後からいらっしゃったので、声をかけました」
なにも言わないでも、ローディアは玲那をつけていたわけではないと説明してくる。
「まだ城に滞在されているとは思いませんでした」
嘘つけ。笑顔で言ってくるあたり、無性に腹立たしい。大変ですね。と思ってもいない同情の言葉も追加してくる。やはりスリッパが必要だ。
ローディアは本の一冊も手に持っていない。本当に最初からここにいたのか、疑問だ。
ついでに言えば、暇なのか? オクタヴィアンが王城に行ったり来たりしている間、ローディアはなにをしているのだろう。狩猟大会の時にはいたが、それ以外は見かけていない。
「ところで、なぜあなたが滞在することになったのですか? 晩餐会の料理を作ることになったのは聞きましたが。それより前に殿下に食事を振る舞う機会があったと聞いています」
あなたのせいだよ! 言ってやりたいのを喉元で我慢して、ごくりと飲み込む。わざと聞いているのか、念の為確認したいのか。ローディアの考えていることなど、玲那にはわからない。
玲那は怒りをため息を吐くことで我慢して、アシュトンが玲那に料理を作るよう命じたことについて、最初から説明をした。ことの発端はお前だよ。の意味を込めて。
「なるほど」
なるほど。じゃないよ。にっこり笑って、どんな感想を持ったのかさっぱりわからない。
「もう、早くおうちに帰りたいんですよ」
「そうですか」
そうですか。じゃないんだよおおお!
スリッパ。今すぐスリッパが必要だ。殴り倒したいが怖いので再び唾を飲み込んで我慢する。
今はもう、ただ家に帰りたい。ごちゃごちゃ混乱の中、顔を合わせづらいと思いつつも、けれど話さなければならないと思い直して、さっさと帰る方向でいるのに。
そう、話すためには、調べることがある。
「それで、なにを調べたいんですか?」
ローディアはタイミングがいい。しかし、この男に頼るのも後で面倒になる気もする。
とはいえ、玲那一人ではこの書庫を探すのは時間がかかる。
ローディアは口端で笑うだけ。いつも通り目が笑っていない。なにを考えて玲那に声をかけてくるのか、まだわかっていないが、次にまたここに来られる機会があるとは限らない。
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