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どうか私とラストダンスを
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馴れ馴れしくて、苦手なタイプの女だった。
大胆なスリットからのぞく脚。デコルテの開いた真っ赤なドレス。そして、漂う甘ったるい匂い。
私は頭ひとつ高い位置にある顔を見上げた。
桜色のリップを引いた、形のいい唇が弧を描く。きらめくアイシャドウの奥で、千草色の瞳がやわらかく細められた。その大きな瞳に、私が映る。
桜色の唇と同色の髪が揺れる。ふわふわと巻かれた毛先が、シャンデリアの輝きを反射させた。私はその光に見惚れる。
「踊ってくださいませんか?」
会場に流れる音楽に合わせて身を動かす男女が、目の端を過ぎる。
どこを見ても、女同士で踊っている者はいない。
私は目の前に伸ばされた手をじっとりと睨む。
どうせ、好みの男がいないから、私を踊りに誘い揶揄おうという魂胆だ。
こんな端麗な容姿をしているのに男を避けるだなんて、本当につくづく苦手なタイプである。
無理やり連れてこられた舞踏会で私は“壁の花”と化していた。
“壁の花”とは、男たちに相手にされず、壁際で暇を持て余す哀れな令嬢のことだ。
何が“壁の花”だ。都合のいい言葉で飾りやがって。もういっそのこと“壁の苔”とでも蔑めばいいのに。
容姿が優れていたり、社交的な令嬢達は、様々な男性とダンスを共にし、楽しそうに笑みを浮かべている。
馬鹿みたいに着飾った女たちが、雄に媚を売っている。その様子を、ワインを煽りながらぼんやりと眺めた。
どうも、その欲に満ちた空気が動物のようで気色が悪い。
しかし、だ。やはり人間というものは愚かなもので、こういう風に陰湿な考えをしていても、声をかけられたい、という願望はある。
本当に、愚かなことだが。
負のオーラを纏った私に声をかけたのは、ショウィルーナ・ドロテ。
彼女はこの界隈では有名な女だ。私も何度か彼女を会場で見かけたことがある。
周りを惹きつける何かが彼女にはあった。容姿の美しさもそうだが、彼女の周りにはそれ相応のオーラが漂っていた。
私は豊満な胸元へ瞳を向け、徐々に彼女の顔へ目線を上げる。
不愉快さを与えるため、舐め回すように見たはずだが、彼女は気づいているのかいないのか、柔らかな笑みを浮かべる。
「ダメですか?」
顔色ひとつ変えずに、彼女は再度ダンスを申し込んだ。
私は片眉を上げ、如何にも不愉快だという表情を顔に貼り付ける。
「同情なんていりません。そんなに無様に見えますか?」
私は皮肉っぽく笑んでみる。彼女はポカンと口を開けた後、肩を揺らして笑った。
「えぇ、無様に見えます。なので、私と踊ってください」
その返しに、一瞬怯んだ。その隙をついて、彼女が手を掴む。あまりにもみずみずしい肌に目を向いた。同時に自分の手が汗で湿っていないか不安になる。
ぐいと引っ張られ、バランスを崩した私の腰に、彼女が手を回した。
回された手に、一気にカッと熱が込み上げる。
気がつけば私は彼女の頬を殴っていた。手のひらで弾くようなビンタではなく、グーで殴ったのだ。
床に転がった彼女は尻餅をつき、ポカンと私を見上げている。
「馬鹿にするなっ」
ざわつき始めた周囲の目を気にせず、私は声を張る。
床とヨロシクやっている彼女が何か言いたげに口を開いたが、私はそれを無視し、会場を飛び出した。
不意に、後ろを振り返る。煌びやかな光に包まれた会場内で、彼女は数名の男に囲まれていた。
誰が一番に彼女の体を起こすか、牽制し合っているのだ。
────馬鹿馬鹿しい。
私は全身に汗をかいていることに気がついた。
頭に血が上り、苛立ちが沸点を越えると汗をかくのだということを、その日初めて知った。
◇
「おや、不躾なお嬢さま。こんなところで会うなんて奇遇ですな」
「……」
照りつける太陽の中、私は屋敷内の厩舎で弟の愛馬を撫でていた。
馬は好きだ。だが、乗るのは不得意だった。
だから私は、彼らの毛並みを整えたり、撫でたり、ぼんやり眺めることしかできない。
その時間は優雅だが、しかし。あのしなやかな脚を活かし、自由に走らせてやりたいものだ。
私は息を漏らし、この世の何よりも美しい毛並みを撫でた。
そんな時、突然声をかけられた。
綺麗な声に、顔を後ろへ傾けた。
────こんなところで、遭遇するわけが無い。
体をこわばらせた私は、ゴクリと唾液を嚥下する。
私の瞳に映ったのは紛れもない、あの夜に殴ったショウィルーナ・ドロテだ。
彼女は真白いシャツの裾を草臥れた茶色のズボンへ押し込み、膝下ほどのブーツを履いていた。
髪を一つにまとめ、すっきりとした印象を与える。彼女は薄化粧なのか、あの夜のような高圧的な印象はなかった。
片手を上げ「ごきげんよう」と軽い声を上げた彼女は、私へ歩みを進める。
「……」
「なんちゅう顔をしてるんです、お嬢さま」
「なんでショウィルーナ・ドロテが屋敷内に?」
フルネームで名前を呼ばれた彼女は私に目もくれず、馬を見つめた。栗毛色の彼は顔を数回振り、小さな鳴き声を上げる。
彼を宥めるように撫でると、彼女は大きな瞳をこちらへ向けた。
「イリエ・マクシマス様、馬にご興味が?」
「なぜ私の名前を知ってるのです。なぜ屋敷内にいるのです。答えて」
私の言葉に対して、彼女はふふんと気高く鼻を鳴らした。その姿さえ様になっており、あの夜の苛立ちが沸々と沸いてくる。
「君は馬に乗れる?」
「質問に答えて」
「君の名はあの夜、近くにいた男に教えてもらった。今ここにいる理由は君に会いに来たからだ」
「満足かい?」と肩を竦めた彼女は、栗色の彼を細く優雅な指先で撫でた。
「あの夜のことを謝れと?」
「まさか。なぜあんなに激怒したか、理由を聞きたかったんだ」
「ところで君は馬に乗れる?」と、もう一度問うた。私はかぶりを数回振る。
「私は乗れない」
「苦手?」
「以前に振り落とされてから、怖くて乗れない。彼らは美しいから大好きだけれど、あの恐怖を思い出すと、足が竦む」
私の答えに彼女は、ふぅんと息を吐き出した。
「で、私の質問に答えてくれるかい」
「あの夜、なぜ怒ったかって? アンタが私を侮辱したからよ。いくらお目当ての男がいないからって、私なんかを揶揄って。どう? 楽しかった? 誰にも相手にされない捻くれ女に手を差し出して」
「お目当てはいたさ」
一拍置いて、彼女は言った。
「君だ」
「ハァ?」と、素っ頓狂な声が思わず漏れた。
我が家まで付き纏った挙句、皮肉で私を傷つけるつもりか、この女は。
彼女は苛立った空気を気にすることなく、柵の金具を外し、馬を外へ出そうとした。私は声を張り上げる。
「ちょ、ちょっと、何やってんのよアンタ」
「何って、この上等な牧場を彼と駆けたいのさ」
さも当然のようにそう言い放った彼女はあの日の夜みたいに、私に手を差し伸べた。
「一緒だったら、乗れるかな?」
────
加筆+既存の作品が修正されたバージョンがKindleにて電子書籍で出ています。
読み放題でしたら無料となりますので、もしよろしければお暇つぶし程度に読んでいただけますと嬉しいです。
プロフィールのリンクから、もしくはAmazonで「女と女2」で検索していただけますと幸いです。
大胆なスリットからのぞく脚。デコルテの開いた真っ赤なドレス。そして、漂う甘ったるい匂い。
私は頭ひとつ高い位置にある顔を見上げた。
桜色のリップを引いた、形のいい唇が弧を描く。きらめくアイシャドウの奥で、千草色の瞳がやわらかく細められた。その大きな瞳に、私が映る。
桜色の唇と同色の髪が揺れる。ふわふわと巻かれた毛先が、シャンデリアの輝きを反射させた。私はその光に見惚れる。
「踊ってくださいませんか?」
会場に流れる音楽に合わせて身を動かす男女が、目の端を過ぎる。
どこを見ても、女同士で踊っている者はいない。
私は目の前に伸ばされた手をじっとりと睨む。
どうせ、好みの男がいないから、私を踊りに誘い揶揄おうという魂胆だ。
こんな端麗な容姿をしているのに男を避けるだなんて、本当につくづく苦手なタイプである。
無理やり連れてこられた舞踏会で私は“壁の花”と化していた。
“壁の花”とは、男たちに相手にされず、壁際で暇を持て余す哀れな令嬢のことだ。
何が“壁の花”だ。都合のいい言葉で飾りやがって。もういっそのこと“壁の苔”とでも蔑めばいいのに。
容姿が優れていたり、社交的な令嬢達は、様々な男性とダンスを共にし、楽しそうに笑みを浮かべている。
馬鹿みたいに着飾った女たちが、雄に媚を売っている。その様子を、ワインを煽りながらぼんやりと眺めた。
どうも、その欲に満ちた空気が動物のようで気色が悪い。
しかし、だ。やはり人間というものは愚かなもので、こういう風に陰湿な考えをしていても、声をかけられたい、という願望はある。
本当に、愚かなことだが。
負のオーラを纏った私に声をかけたのは、ショウィルーナ・ドロテ。
彼女はこの界隈では有名な女だ。私も何度か彼女を会場で見かけたことがある。
周りを惹きつける何かが彼女にはあった。容姿の美しさもそうだが、彼女の周りにはそれ相応のオーラが漂っていた。
私は豊満な胸元へ瞳を向け、徐々に彼女の顔へ目線を上げる。
不愉快さを与えるため、舐め回すように見たはずだが、彼女は気づいているのかいないのか、柔らかな笑みを浮かべる。
「ダメですか?」
顔色ひとつ変えずに、彼女は再度ダンスを申し込んだ。
私は片眉を上げ、如何にも不愉快だという表情を顔に貼り付ける。
「同情なんていりません。そんなに無様に見えますか?」
私は皮肉っぽく笑んでみる。彼女はポカンと口を開けた後、肩を揺らして笑った。
「えぇ、無様に見えます。なので、私と踊ってください」
その返しに、一瞬怯んだ。その隙をついて、彼女が手を掴む。あまりにもみずみずしい肌に目を向いた。同時に自分の手が汗で湿っていないか不安になる。
ぐいと引っ張られ、バランスを崩した私の腰に、彼女が手を回した。
回された手に、一気にカッと熱が込み上げる。
気がつけば私は彼女の頬を殴っていた。手のひらで弾くようなビンタではなく、グーで殴ったのだ。
床に転がった彼女は尻餅をつき、ポカンと私を見上げている。
「馬鹿にするなっ」
ざわつき始めた周囲の目を気にせず、私は声を張る。
床とヨロシクやっている彼女が何か言いたげに口を開いたが、私はそれを無視し、会場を飛び出した。
不意に、後ろを振り返る。煌びやかな光に包まれた会場内で、彼女は数名の男に囲まれていた。
誰が一番に彼女の体を起こすか、牽制し合っているのだ。
────馬鹿馬鹿しい。
私は全身に汗をかいていることに気がついた。
頭に血が上り、苛立ちが沸点を越えると汗をかくのだということを、その日初めて知った。
◇
「おや、不躾なお嬢さま。こんなところで会うなんて奇遇ですな」
「……」
照りつける太陽の中、私は屋敷内の厩舎で弟の愛馬を撫でていた。
馬は好きだ。だが、乗るのは不得意だった。
だから私は、彼らの毛並みを整えたり、撫でたり、ぼんやり眺めることしかできない。
その時間は優雅だが、しかし。あのしなやかな脚を活かし、自由に走らせてやりたいものだ。
私は息を漏らし、この世の何よりも美しい毛並みを撫でた。
そんな時、突然声をかけられた。
綺麗な声に、顔を後ろへ傾けた。
────こんなところで、遭遇するわけが無い。
体をこわばらせた私は、ゴクリと唾液を嚥下する。
私の瞳に映ったのは紛れもない、あの夜に殴ったショウィルーナ・ドロテだ。
彼女は真白いシャツの裾を草臥れた茶色のズボンへ押し込み、膝下ほどのブーツを履いていた。
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「……」
「なんちゅう顔をしてるんです、お嬢さま」
「なんでショウィルーナ・ドロテが屋敷内に?」
フルネームで名前を呼ばれた彼女は私に目もくれず、馬を見つめた。栗毛色の彼は顔を数回振り、小さな鳴き声を上げる。
彼を宥めるように撫でると、彼女は大きな瞳をこちらへ向けた。
「イリエ・マクシマス様、馬にご興味が?」
「なぜ私の名前を知ってるのです。なぜ屋敷内にいるのです。答えて」
私の言葉に対して、彼女はふふんと気高く鼻を鳴らした。その姿さえ様になっており、あの夜の苛立ちが沸々と沸いてくる。
「君は馬に乗れる?」
「質問に答えて」
「君の名はあの夜、近くにいた男に教えてもらった。今ここにいる理由は君に会いに来たからだ」
「満足かい?」と肩を竦めた彼女は、栗色の彼を細く優雅な指先で撫でた。
「あの夜のことを謝れと?」
「まさか。なぜあんなに激怒したか、理由を聞きたかったんだ」
「ところで君は馬に乗れる?」と、もう一度問うた。私はかぶりを数回振る。
「私は乗れない」
「苦手?」
「以前に振り落とされてから、怖くて乗れない。彼らは美しいから大好きだけれど、あの恐怖を思い出すと、足が竦む」
私の答えに彼女は、ふぅんと息を吐き出した。
「で、私の質問に答えてくれるかい」
「あの夜、なぜ怒ったかって? アンタが私を侮辱したからよ。いくらお目当ての男がいないからって、私なんかを揶揄って。どう? 楽しかった? 誰にも相手にされない捻くれ女に手を差し出して」
「お目当てはいたさ」
一拍置いて、彼女は言った。
「君だ」
「ハァ?」と、素っ頓狂な声が思わず漏れた。
我が家まで付き纏った挙句、皮肉で私を傷つけるつもりか、この女は。
彼女は苛立った空気を気にすることなく、柵の金具を外し、馬を外へ出そうとした。私は声を張り上げる。
「ちょ、ちょっと、何やってんのよアンタ」
「何って、この上等な牧場を彼と駆けたいのさ」
さも当然のようにそう言い放った彼女はあの日の夜みたいに、私に手を差し伸べた。
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