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終わり世界
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目が覚めた。内部の機械が甲高い音を奏でる。眼球がぐるぐると動き、やがて焦点が合う位置でピタリと止まった。
ゆっくりと体を起こす。節々を動かすたびに、自分の体からパラパラと砂埃が落ちた。
耳鳴りがするほどの静けさに、辺りを見渡す。窓から入り込む日差しが、ズタズタに切り裂かれたカーテンの隙間から漏れている。
六畳ほどの自室は散らかっていて、目を見張った。泥棒が入り込んだのかと一瞬焦ったが、しかし。この荒れようは、そういうものとは違うと察する。
まるで数十年も使われないまま放置された屋敷のように、全ての物が散乱し、その上に土や埃が被っている。着ている服も汚れていて、愛用しているラベンダー色のエプロンは色褪せていた。
────なにが、あったんだ。
私は足に力を込め、立ち上がる。部屋のドアまで向かい外へ出た。(ドアもほとんど破壊されていた。かろうじて、ドアノブが動く程度である)
廊下は汚れていて、自室と同様であった。
「奥さま、旦那さま」。震える声を絞り出しながらゆっくりと歩む。その度に足の裏と砂利が擦れた。一階へ降り、廊下を抜け、リビングへ向かう。物音一つしない不気味さに、私は唇を噛み締めた。
リビングは、やはり散らかっていた。ガラス張りだった壁は破られ、そこから吹き込む風が頬を掠める。高さ三十五階から見える絶景を見て驚愕した。
「うそ……」
周囲に立っていたタワーマンションやビルに、蔦が張っていた。ガラス窓は破られ、内部は廃墟のように朽ちている。相反して空は晴れており、皮肉なほど清々しい。
口元に手を当て、はっと我に返る。もう一度「奥さま、旦那さま」と叫んだ。設置されていたソファへ走る。いつも旦那さまが特等席として使っていた場所だ。そこでテレビを見ながらグラスを片手に映画を鑑賞するのが日課だった。
駆け寄り、ソファを覗き込む。
そこにはくたびれた服と、頭蓋骨があった。私は悲鳴をあげて尻餅をつく。カラカラに乾き切ったそれは、死後数年経つものだろう。
ガラステーブルの上にはウイスキーボトルとグラスが置かれていた。それらもやはり埃が被っている。
「奥さま……」。今度は寝室へ向かった。一階の一番奥にある部屋へ向かい、ドアを開けた。
「ひっ」
キングサイズのベッドの上に、ワンピースが一着置いてあった。周りには骨らしき残骸と、奥さまがいつも身につけていたアクセサリーが転がっていて、彼女の姿形はない。
「どうして、こんな……」
踵を返し、子供部屋へ向かう。ドアを勢いよく開け、真正面に見えるベッドへ視線を投げた。一部だけ盛り上がったそこを覗き込みたくなくて、手を握りしめる。
坊っちゃまは、周りの子供より弱々しかった。だからこそ、この状況下で生きているとは到底思えなかった。
「坊っちゃま……」
見ないでおくべきか、と悩んだ私は、数秒間悩んだのちブランケットを剥がす。
「えっ……」
そこには、坊っちゃまがいた。まるで猫のように縮こまった彼は「人」の形をしている。艶やかな金髪と、ほっそりとした手足、まろい頬。薄水色のパジャマを着た彼は、熟睡しているかのようにそこに居た。
「ぼ、坊っちゃま、坊っちゃま」
私は急いで体を揺らした。彼の体は鉄の塊の如く硬直している。
────鉄の塊?
そこで私は全てを理解し、彼から手を離した。同時に、坊っちゃまから機械音が聞こえる。キィンと響いた鳴き声のような音に、あんぐりと口を開いた。
やがて、坊っちゃまがゆっくりと目を開ける。ぐるぐると動いた眼球は、ピタリと止まった。スカイブルーの瞳が、私を捉える。形のいい唇が、しなやかに形を変えた。
「マリア、どうしてそんなにボロボロなの?」
そう問われ、私は頬を引き攣らせることしか出来なかった。
ゆっくりと体を起こす。節々を動かすたびに、自分の体からパラパラと砂埃が落ちた。
耳鳴りがするほどの静けさに、辺りを見渡す。窓から入り込む日差しが、ズタズタに切り裂かれたカーテンの隙間から漏れている。
六畳ほどの自室は散らかっていて、目を見張った。泥棒が入り込んだのかと一瞬焦ったが、しかし。この荒れようは、そういうものとは違うと察する。
まるで数十年も使われないまま放置された屋敷のように、全ての物が散乱し、その上に土や埃が被っている。着ている服も汚れていて、愛用しているラベンダー色のエプロンは色褪せていた。
────なにが、あったんだ。
私は足に力を込め、立ち上がる。部屋のドアまで向かい外へ出た。(ドアもほとんど破壊されていた。かろうじて、ドアノブが動く程度である)
廊下は汚れていて、自室と同様であった。
「奥さま、旦那さま」。震える声を絞り出しながらゆっくりと歩む。その度に足の裏と砂利が擦れた。一階へ降り、廊下を抜け、リビングへ向かう。物音一つしない不気味さに、私は唇を噛み締めた。
リビングは、やはり散らかっていた。ガラス張りだった壁は破られ、そこから吹き込む風が頬を掠める。高さ三十五階から見える絶景を見て驚愕した。
「うそ……」
周囲に立っていたタワーマンションやビルに、蔦が張っていた。ガラス窓は破られ、内部は廃墟のように朽ちている。相反して空は晴れており、皮肉なほど清々しい。
口元に手を当て、はっと我に返る。もう一度「奥さま、旦那さま」と叫んだ。設置されていたソファへ走る。いつも旦那さまが特等席として使っていた場所だ。そこでテレビを見ながらグラスを片手に映画を鑑賞するのが日課だった。
駆け寄り、ソファを覗き込む。
そこにはくたびれた服と、頭蓋骨があった。私は悲鳴をあげて尻餅をつく。カラカラに乾き切ったそれは、死後数年経つものだろう。
ガラステーブルの上にはウイスキーボトルとグラスが置かれていた。それらもやはり埃が被っている。
「奥さま……」。今度は寝室へ向かった。一階の一番奥にある部屋へ向かい、ドアを開けた。
「ひっ」
キングサイズのベッドの上に、ワンピースが一着置いてあった。周りには骨らしき残骸と、奥さまがいつも身につけていたアクセサリーが転がっていて、彼女の姿形はない。
「どうして、こんな……」
踵を返し、子供部屋へ向かう。ドアを勢いよく開け、真正面に見えるベッドへ視線を投げた。一部だけ盛り上がったそこを覗き込みたくなくて、手を握りしめる。
坊っちゃまは、周りの子供より弱々しかった。だからこそ、この状況下で生きているとは到底思えなかった。
「坊っちゃま……」
見ないでおくべきか、と悩んだ私は、数秒間悩んだのちブランケットを剥がす。
「えっ……」
そこには、坊っちゃまがいた。まるで猫のように縮こまった彼は「人」の形をしている。艶やかな金髪と、ほっそりとした手足、まろい頬。薄水色のパジャマを着た彼は、熟睡しているかのようにそこに居た。
「ぼ、坊っちゃま、坊っちゃま」
私は急いで体を揺らした。彼の体は鉄の塊の如く硬直している。
────鉄の塊?
そこで私は全てを理解し、彼から手を離した。同時に、坊っちゃまから機械音が聞こえる。キィンと響いた鳴き声のような音に、あんぐりと口を開いた。
やがて、坊っちゃまがゆっくりと目を開ける。ぐるぐると動いた眼球は、ピタリと止まった。スカイブルーの瞳が、私を捉える。形のいい唇が、しなやかに形を変えた。
「マリア、どうしてそんなにボロボロなの?」
そう問われ、私は頬を引き攣らせることしか出来なかった。
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