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◇
私は疲弊していた。校舎裏まで逃げ果せた体を休めるため、冷たい無機質な壁に寄りかかる。息を吐き出し、その場に崩れ落ちた。
「……これ、本格的にヤバくない?」。ひとりごちた言葉は誰の耳に届くことなく、風に飛ばされてしまった。
時間を巻き戻すこと、約数分前。
私は学校について早々、友人へ質問した。「あまゆゥっておかしくないか」と。家族がおかしいだけで、学校の友人たちはまともかもしれない。そんな淡い期待を抱き、そう問うた。
数名いた全員が、ほぼ同じような動きで私へ振り返る。まるで、そうプログラミングされた機械みたいに。
やがて、全員が一斉に口角を上げた。
「何がおかしいの? あんなに完璧なアイドル、他にいないでしょう」
「や、でもさ。なんていうか、ちょっと……変じゃない? だってさ、歌もそこまで上手くないし。よく見たら顔だって。さやぴの方が可愛くない?」
大橋さやはあまゆゥに匹敵するほどの人気を誇る、アイドルグループ「ウサギのみみ」の一人だ。
歌もダンスも、演技も上手い。実力は、あまゆゥを遥かに越している。
アイドルとして完璧な彼女がいまいちパッとしないのは、ライバルであるあまゆゥが居るからだ。
「そんなことない」
「ユキ、どうしてそんなことをいうの?」
「変だよ」
「変だよ」
「変だよ」
口々に友人たちが言葉を漏らす。投げかける言葉は、まるで洗脳するための呪文に聞こえた。私は鋭い視線と浴びせられる言葉に、唾液を嚥下する。
「あはは、変なこと言ったよね。私が間違ってた」。その言葉を引き出そうとしている。ドクドクと心臓が高鳴った。手に汗が滲む。
まるであまゆゥを拒絶することはこの国にとって大罪であり、言語道断とでも言いたげだ。
「だ、だよね。ごめん。変だ、よね」
空気に耐えきれず、言葉を漏らした。後頭部を乱暴に掻きながらヘラヘラする私に向かって、友人たちは一気に破顔した。頬を緩ませ口角を上げる。その不気味さに、鳥肌と吐き気が止まらなかった。
「ごめん、ちょっとトイレ」。私は友人たちの返事も待たずに駆け出す。
教室を出て、廊下を走り、校舎裏まできた私は額に滲んだ汗を拭いながら、呼吸を整えた。壁に背中を寄せ、蹲る。
「どうなってんのよ……」
耳鳴りがおさまらない。先ほどの光景を思い出し、私は頭を抱えた。
──明らかにおかしい。何かが、変だ。
家族も友人も、ネットも。あまゆゥがおかしいと気がついていない。あの女が完璧な存在であると思い込んでいる。
私は大きく息を吸い込み、肺を酸素で満たした。まるで高熱の時に見る夢のようだ。もし夢であるのなら、すぐさま覚めて欲しい。
途方に暮れた私は、制服のポケットに入っていたスマホを手に取る。いつも使っているSNSを開き、既存のアカウントをログアウトし、新規作成のボタンを押した。
「掲示板がダメなら、こっちで抵抗する」
使っていないメールアドレスと適当なパスワードを入力する。
──所謂、捨てアカウント。
匿名性が高いSNSで、さらに匿名性を強くするための秘奥義。初期アイコンもそのままにユーザーネームを入力する。
「天崎まゆの真相を暴く会」という、いかにもなアカウントを作る。
個人攻撃されてもいい。誹謗中傷を受け、私が傷ついてもいい。ただ、このアカウントを見て誰か一人でも違和感に気がついてくれたらそれで──。
私は思いつく限りの罵詈雑言を投稿した。今どき小学生でも言わないのではないかというほど、低レベルな言葉の羅列を乗せる。彼女の年齢から、スタイル。そして、ダンスや歌への指摘。演技や髪型、メイクへの罵倒。抱いている違和感を投稿し続けた。
当然、反応はあった。しかし、異様である。
──早い。あまりにも早すぎる。作ったばかりの、まだ誰の目にも留まっていないようなアカウントなのに、まるで大手のアカウントに噛み付くが如く、反応が秒ごとに増えていく。
その内容のどれもが、あまゆゥの擁護ばかりだった。
「まぁ、予想はできてたけど……」
深々と息を吐き出し、目頭を抑える。
どうせこのアカウントもすぐ消されるだろう。そう耽っていると、一通のダイレクトメッセージが届いていた。初期アイコンのそれは「ああああ」と適当につけたユーザーネームだった。訝しげに眉を顰め、内容を確認する。
「……え?」
「私は全てを知っています。今日の放課後、駅前のカフェに来てください」。簡潔なメッセージだ。私は首を傾げ、その文面を何回も見る。
全て、知っている。つまり、あまゆゥの存在に違和感を抱いている人物が、私以外にもいると言うことだ。
だが、どうも腑に落ちない。駅前で会うと言うことは、このメッセージを送った主は私の住まいを知っていると言うことになるし、放課後という単語も使っているから──私が学生だと知っている。
百パーセント冷やかしだろう。でも、今の私にはこのメッセージに縋る他ない。この世で信じられるのは、顔の見えないこのメッセージ主だけなのだ。
グッと唇を噛み締める。ドキドキと高鳴る胸を抑え、教室に戻るため立ち上がった。
私は疲弊していた。校舎裏まで逃げ果せた体を休めるため、冷たい無機質な壁に寄りかかる。息を吐き出し、その場に崩れ落ちた。
「……これ、本格的にヤバくない?」。ひとりごちた言葉は誰の耳に届くことなく、風に飛ばされてしまった。
時間を巻き戻すこと、約数分前。
私は学校について早々、友人へ質問した。「あまゆゥっておかしくないか」と。家族がおかしいだけで、学校の友人たちはまともかもしれない。そんな淡い期待を抱き、そう問うた。
数名いた全員が、ほぼ同じような動きで私へ振り返る。まるで、そうプログラミングされた機械みたいに。
やがて、全員が一斉に口角を上げた。
「何がおかしいの? あんなに完璧なアイドル、他にいないでしょう」
「や、でもさ。なんていうか、ちょっと……変じゃない? だってさ、歌もそこまで上手くないし。よく見たら顔だって。さやぴの方が可愛くない?」
大橋さやはあまゆゥに匹敵するほどの人気を誇る、アイドルグループ「ウサギのみみ」の一人だ。
歌もダンスも、演技も上手い。実力は、あまゆゥを遥かに越している。
アイドルとして完璧な彼女がいまいちパッとしないのは、ライバルであるあまゆゥが居るからだ。
「そんなことない」
「ユキ、どうしてそんなことをいうの?」
「変だよ」
「変だよ」
「変だよ」
口々に友人たちが言葉を漏らす。投げかける言葉は、まるで洗脳するための呪文に聞こえた。私は鋭い視線と浴びせられる言葉に、唾液を嚥下する。
「あはは、変なこと言ったよね。私が間違ってた」。その言葉を引き出そうとしている。ドクドクと心臓が高鳴った。手に汗が滲む。
まるであまゆゥを拒絶することはこの国にとって大罪であり、言語道断とでも言いたげだ。
「だ、だよね。ごめん。変だ、よね」
空気に耐えきれず、言葉を漏らした。後頭部を乱暴に掻きながらヘラヘラする私に向かって、友人たちは一気に破顔した。頬を緩ませ口角を上げる。その不気味さに、鳥肌と吐き気が止まらなかった。
「ごめん、ちょっとトイレ」。私は友人たちの返事も待たずに駆け出す。
教室を出て、廊下を走り、校舎裏まできた私は額に滲んだ汗を拭いながら、呼吸を整えた。壁に背中を寄せ、蹲る。
「どうなってんのよ……」
耳鳴りがおさまらない。先ほどの光景を思い出し、私は頭を抱えた。
──明らかにおかしい。何かが、変だ。
家族も友人も、ネットも。あまゆゥがおかしいと気がついていない。あの女が完璧な存在であると思い込んでいる。
私は大きく息を吸い込み、肺を酸素で満たした。まるで高熱の時に見る夢のようだ。もし夢であるのなら、すぐさま覚めて欲しい。
途方に暮れた私は、制服のポケットに入っていたスマホを手に取る。いつも使っているSNSを開き、既存のアカウントをログアウトし、新規作成のボタンを押した。
「掲示板がダメなら、こっちで抵抗する」
使っていないメールアドレスと適当なパスワードを入力する。
──所謂、捨てアカウント。
匿名性が高いSNSで、さらに匿名性を強くするための秘奥義。初期アイコンもそのままにユーザーネームを入力する。
「天崎まゆの真相を暴く会」という、いかにもなアカウントを作る。
個人攻撃されてもいい。誹謗中傷を受け、私が傷ついてもいい。ただ、このアカウントを見て誰か一人でも違和感に気がついてくれたらそれで──。
私は思いつく限りの罵詈雑言を投稿した。今どき小学生でも言わないのではないかというほど、低レベルな言葉の羅列を乗せる。彼女の年齢から、スタイル。そして、ダンスや歌への指摘。演技や髪型、メイクへの罵倒。抱いている違和感を投稿し続けた。
当然、反応はあった。しかし、異様である。
──早い。あまりにも早すぎる。作ったばかりの、まだ誰の目にも留まっていないようなアカウントなのに、まるで大手のアカウントに噛み付くが如く、反応が秒ごとに増えていく。
その内容のどれもが、あまゆゥの擁護ばかりだった。
「まぁ、予想はできてたけど……」
深々と息を吐き出し、目頭を抑える。
どうせこのアカウントもすぐ消されるだろう。そう耽っていると、一通のダイレクトメッセージが届いていた。初期アイコンのそれは「ああああ」と適当につけたユーザーネームだった。訝しげに眉を顰め、内容を確認する。
「……え?」
「私は全てを知っています。今日の放課後、駅前のカフェに来てください」。簡潔なメッセージだ。私は首を傾げ、その文面を何回も見る。
全て、知っている。つまり、あまゆゥの存在に違和感を抱いている人物が、私以外にもいると言うことだ。
だが、どうも腑に落ちない。駅前で会うと言うことは、このメッセージを送った主は私の住まいを知っていると言うことになるし、放課後という単語も使っているから──私が学生だと知っている。
百パーセント冷やかしだろう。でも、今の私にはこのメッセージに縋る他ない。この世で信じられるのは、顔の見えないこのメッセージ主だけなのだ。
グッと唇を噛み締める。ドキドキと高鳴る胸を抑え、教室に戻るため立ち上がった。
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