ハッピーエンドを知っている

サハラジオ

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ハッピーエンドを知っている

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 予定の無い休日、あまりの暇さに耐えかねてコンビニで雑誌でも買って来ようと出かけた先、閑散とした小さな公園のフェンス越しに見つけたその男の横顔に黎人りひとはとても見覚えがあったので、近付いて「よ!」と声をかけた。

 ベンチに座り文庫本を捲っていた男、しょうは目を上げ、黎人を認めると一呼吸置いて「久しぶり」と曖昧に笑い文庫を閉じる。外で読書をするには寒すぎる気温だったが、昔から多少変な奴だったので気にせず、相変わらずの不健康そうな顔色と小振りな体型に少し笑みがこぼれた。 黎人が宵と会うのは高1の夏休み、中学のクラスメイト達で地元の夏祭りに行って以来だっただろうか。もう8年は経っている。ひどく懐かしい。

 幼稚園から常に一緒だった友人達も中学卒業と同時に別々の高校へそれぞれ進学した。黎人は比較的家から近い高校を選んで合格したが、高校も卒業する頃には新しい友人や環境から彼らとは自然と疎遠になっていた。宵もその中の一人だった。幼なじみとは言え親同士の方が仲が良いくらいで、母親から小言まじりに聞き齧る情報では宵は県外の有名私立を卒業した後、国立大学へストレートで入学してそのまま一人暮らしをしていると聞いていた。

 いつこっちへ帰って来たのかと聞けば書類作成に必要になったものがあったので実家に取りに帰って来ただけで、明日また向こうに戻ると言う。コートのポケットに手を入れ、寒さにそわそわと立ったまま黎人は白い息を吐き出した。

「お前今なにやってんの?」
「今は大学院」
「すげーじゃん」
「そうかな?普通だよ」
「いーや、なかなかできねぇぜー」

 それから数分、近況報告と世間話。大して報告することもなくなれば、どうしても共通の友人のネタになってしまうのは仕方ないだろう。関係が希薄になったとはいえ各々それなりに交流は続いていて、つるんで馬鹿ばかりしていたクラスメイトの誰々が結婚して子供ができたとか、有名人になったとか、店を開いたとか。いつも賑やかだった後輩が自転車で世界一周旅行に出たと聞いた時にはさすがに噴き出した。あいつもいい加減突拍子ないよな、と笑うと、ハローとサンキューで乗り切るつもりだって、と宵も笑った。
 
 少しの沈黙。

「黎人は?彼女とか」
「 っ、いる、けど、」

 脈絡なく振られた話に一瞬停止する。

「写真見せてよ」

 事も無げに言った宵に、少しの躊躇いを感じながらもポケットからスマホを取り出し、データフォルダから一番盛れている彼女の写真を呼び出すと宵の顔の前に翳す。2秒。バックライトが消える間もなくすぐにポケットに戻す。

「……」
「……何か言えよ」
「似てるね」

 特に表情も変えず言った言葉に嫌味や皮肉といった類のものは感じられないが、誰に、とは 聞かなくても解る。黎人が中学の時好きだった女子のことを指しているのだろう。そんなことない、と返したけれど、そうかもしれない、と思った。 でも、ただそれは好みのタイプに忠実なだけで、引き摺っているようなものでは決してない、と頭の中で言い訳をする。

 夢中で恋をしていたあの頃は、今思えば傲慢な程、自分に自信があったし、ただ想うことが幸せで理想ばかりを語っていた気がする。絶対に叶えるから見てろよ!とまで宣言して。まあ、玉砕したが。
 あの時は宵と、同じく幼なじみの晴輝はるきに一晩中カラオケに付き合ってもらったんだった。朝陽が眩しくて少し泣いた黎人の背中を二人の手が撫でてくれた。あの時の感じは今思い出してもちょっとすっぱい。そうだ、あの時自分は『諦めない』と言ったのだ。実際、中学を卒業してもしばらくはしつこく想っていた。「皆で行こう」と地元の夏祭りに誘うくらいには。そんな過去を知られているのは多少照れくさく、気まずくもある。良い思い出でもあるが、早く忘れて欲しいとも思う。


 移動して宵の横に座る。道路にも人通りはなくとても静かで、見上げると空は白く曇っている。雪が降るのかもしれない。話題を変える為に、そういえば、と黎人は口を開く。

 お前、晴に会った? 会ったよ、去年の夏に。 正月は? 実家帰ってないから。 おばちゃん悲しむぜー。 色々と言われるからめんどくさくて。


「晴さあ……彼女いただろ?」

 そこまで会話をすると宵は急に沈黙した。


「まさか、まだ好きとか無いよな?」と冗談で言ったセリフに、「いけない?」と宵が返したので、黎人は思わず言葉に詰まった。

 
 晴輝からもたまにメールが来る。去年の夏の初め頃に、彼女が出来たから今度紹介すると言った趣旨のメールが来て、実際秋頃に偶然街で会えばそれはもう盛大に自慢されながら紹介された。結婚式には呼ぶからな!と並んで歩いて行った二人は幸せそうで、素直にお似合いだと思った。晴輝に彼女がいたのはこれが初めてではなかったし、宵にも紹介したと言っていたから、そうか、もうあいつ大丈夫なんだな、そりゃそうか、と勝手に納得していたのに。それが。
 いつものように「おめでとう、よかったね」と、薄く笑って言う宵が容易に想像できて無性に腹が立って来る。

「お前それで、幸せなわけ?」
「もちろん」

 それは嘘だ、とか、馬鹿じゃねえの、とか、思いつく限りの非難が黎人の口を吐いて出そうになったが、無理に微笑もうとした宵の顔を見て喉の奥で噛み殺す。

( だったら何で、そんな顔してんだよ )

 泣きたくなった。
 こんなことで憤りを覚えるのは何故だろう。


 自分は叶わなくてもいいと、想っているだけで幸せなのだと、黎人にだけ密かに打ち明けたあの言葉が 今でも揺るぎないことへの嫉妬だろうか。あの時の宵がこうなることまで予測して言っていたのだとしたら頭はいいくせに本物の馬鹿だ。

 あんなの理想だろ?
 だからこそ笑い合えたんだろ?

 言えない代わりに宵の白い手首を掴む。随分と冷たい。宵は一瞬震えたが握られた手首を振払おうとはせず硬く拳を握りしめて目を伏せる。その様子にますます苛立って、簡単に折れそうな細い手首に力を込める。
 眉を寄せ、痛い、と顔を上げた宵の口を自分の口で塞いだ。驚いて逃れようとする頭を反対の手で押さえ付け、大きく見開いた目を見つめながら、懐かしい唇の形に舌を這わせると、やがて宵は戸惑うように目を泳がせた後、諦めたようにゆっくりと瞼を閉じた。

 あの頃もよくこんなことやってたな、と黎人は目を細める。

 まだ恋という文字すら覚えたての遠い昔に。

 目を閉じた方が負けの単純なルールで、負けた方がジュースを奢るとかそんなどうでもいい勝負だったけれど、どこからか湧いて来る青い好奇心を消化するのに丁度いいゲー ムには違いなく、人目を盗んでは唇を重ねていた。大人の真似をしたかった、ただの子供の遊びだ。それ以外の意味は、もう思い出せない。思い出さないほうがいい。どうして俺の方から、そんなゲームを持ちかけたのかも。


 思い出せるのは、


 下校のチャイム

 日焼けした廊下

 春の日の、さくらいろのくちびる


 短く白い息をはいて顔を離すと濡れた唇はすぐに風で冷たくなる。宵の目がゆっくりと開くのを見ながら、コイツこんな顔だったっけ、とぼんやり思った。


「……俺の勝ち。ジュース奢れよ」

「 そんなことも、あった、ね ……」


 疲れた様子で言いながら項垂れた宵を見て、黎人も俯く。

(ああ、くそ……)

 
 大丈夫、この程度ならすぐに忘れる。忘れたい。
 
 近い未来、あいつの結婚式で友人代表スピーチをする宵の姿を指差して笑えるくらいには。


 宵の震える手首を掴んだままの黎人の手に落ちて溶けた一粒も、雪が降って来たことにして。


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