死体あっての脚本部

石嶺経

文字の大きさ
上 下
20 / 39
第三章

事件二日後(2)

しおりを挟む
「うん、そうだけど」

 こう、足を一発、と振りかぶって下ろす真似をする。

「おかしいわね。死んだのは八木なんでしょう? 逆ならわかるけど」

 水野の話を信じるなら、バットで殴られた神谷が、そのあと背後に回りこみ後頭部に一撃……って無理があるだろう。

「取っ組み合いになって、頭から倒れたとかな」

 内田が助け舟を出すが、それだってどうかと思う。足に一撃食らった状態から、バットを持った相手に取っ組み合いに持ち込めるものだろうか。

「俺は死んだ人の悪口は言いたくないんだけどな。それでも八木は酷いもんだったぜ。雑用なんかも皆神谷にやらせていた。意味も無く部室に呼んで殴りつけてたしな。俺達も逆鱗に触れたくなくて神谷任せになっていたが、いや今思うと俺も加害者なのかもな」

 腕組をして目を閉じる内田に合わせて、水野、前守も腕を組む。
 いまこの場を俯瞰して見たなら、腕組をした坊主二人と茶髪、そして足に少女をくっつけてる男の奇妙な集まりになっている。
 真剣そうな話になってるのに笑いそうになった。
 いかんな、今ひとつシリアスになれない。

 その時、昼休み終わりのチャイムが鳴った。

「まあ、僕達が知ってるのはこれぐらいだね。参考になったかい?」

「そうね、ありがとう。今度お礼をさせて貰うわ」

「良いって、そんなの」

 じゃあね、と手を振って、五人はそれぞれの教室に帰っていった。と言っても水野と内田、オレと前守が同じクラスだったからそれほどバラバラになった訳ではない。姫宮を腰から剥がすのに苦労したぐらいだ。

 午後の授業は日本史だった。どっかの誰かが滅んだとか滅ぼしたとかそんな物騒な話ばっかりしていた。前守は珍しくノートを開き鉛筆を走らせていたが、多分物語でも書いているのだろう。後に語られることも無い男の死を。
 黒板から真っ白なノートに視線を落とし、黙考する。
 まず殺したのは神谷だろう。その場にいた水野が他に人はいないと言っていたのだから間違いない。動機もある。虐めに近いしごきに耐えられず、かっとなって殺した。さもありなん、と思う。取っ組み合いになったという内田の話も無理がある話ではない。しかし面白くは無い。

 前守は言った。犯人探しをする気はない、面白い人の勝ちとも。
 ならば真実である必要は無い。そうだな、例えば水野が嘘を吐いているとしたらどうだろう。実は殺したのは水野で、同級生の神谷に罪をなすりつけた。理由は一年エースの神谷が妬ましかったから……駄目だな。ありがちすぎる。

 では、これならどうだろう。実は水野も知らない第三者が居てそいつが飛び道具(昨日の空気銃みたいな)で後ろから一発。そいつは同じ地区で甲子園を目指す野球部の一人で……これは前守のやつか。

 その前守は依然、楽しそうに鉛筆を走らせている。今にも立ち上がり踊りだしそうだ。
 良かったな、願いが叶って。
 そう言えばアイツはオレを犯人に仕立て上げると言っていたな。今もその物語を作っているのだろうか。
 ならば。
 オレもアイツを犯人にしよう。
 授業は残り二十七分。それまでに前守未咲が八木一瀬を殺す物語を作るとしよう。オレはシャーペンを取り出す。
 そうだな、動機はこうだ。

『退屈で堪らなかった。何かが起こるきっかけになればと思った』
しおりを挟む

処理中です...