死体あっての脚本部

石嶺経

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第四章

休み明け(4)

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「ちょっと姫宮……」

 今のはまずい。
 神谷が足を庇いながら中腰になる。今にも飛び掛りそうだ。オレは仕込んでいた警棒をいつでも取り出せるようにする。

「だってそうだろう。野球をしない神谷瞬に何の価値がある? いや、価値どころじゃない。マイナスだ。唯一の友に手を掛けたんだからね」

「――良い加減に」

 しろ、まで言えなかった。背筋まで凍りそうな冷たい声で姫宮は吐き捨てる。

「この人殺し」

 成る程。これは前守には見せられないな。
 神谷もすっかり放心してしまい、顔を伏せてしゃがみこんで表情も分からない。しばらくはこのままだろう。襲ってくる心配も無い。

「……ああ」

 怖かったーと姫宮がいつものトーンになっている。相当に疲弊しているのだろう、へたりこんでしまった。
 こうして見る分にはあどけない少女なんだがな。

「もう終わったなら帰って良いか? 正直、居心地が悪い」

「うん。僕も帰りたいけど、腰が抜けた」

 おんぶ、と両手を差し出す。
 何で退行してるんだと思ったが、無理も無い。人見知りがあれだけの事を言ったのだから。喋っている間も手はずっと震えていた。
 オレはしゃがんで姫宮を背負う。軽い。

「……じゃあ」

 神谷に形ばかりの挨拶をして、扉に手を掛ける。そこまで力を入れたつもりも無かったけど、扉は勢い良く開いた。何で、と思っていたが、単に向こう側からも扉を開く人が居たからだった。二人分の力で扉を開けば、そりゃあ勢い良く開くに決まっている。そしてその人物にオレは心当たりがある。オレが呼んだんだから。

 藤代。

 オレと入れ違いに屋上に這入った藤代は、あの時と同じように金属バットを持っていた。これから何が起こるかは、オレの与り知らぬことだ。
 二人は屋上を後にする。
 姫宮を背負っているのだ、踏み外さないように一歩一歩ゆっくり降りていたら、背後で鈍い音がした。丁度、人をバットで殴ったらあんな音がするんだろうな、って感じの鈍い音が。

「これで二人の人殺しは裁かれたね」

 姫宮が笑う。
 遊佐を庇う様な事を言っていたが、そうでもないらしい。
 八木を殺したのは間違いないのだ、罪には罰をということだろう。
 全く、姫宮らしい。

「そういえば、話は戻すけどさ」

「……猿見亜紀か?」

 吹き出した。それはずるいって。
 姫宮もオレの背中をばしばし叩きながら笑っている。
 二人の笑い声が放課後の学校に響き渡る。

「ラブの話?」

 一頻り笑った後に姫宮が言う。ラブとかふざけた言い方をするのは照れ臭さからだろうか。まあ良いや。

「そう、ラブの話。実は前守にラブレター書いたんだ」

「ほう、青春っぽい」

 笑ってる間にもう玄関についている。姫宮の室内履きは脱がせて靴箱に仕舞う。代わりに外履きを取り出すが、履かせるのが面倒なので手に持って外に出る。
 奇異の目で見られては無いだろうか。言い訳が立つように、姫宮の足に包帯でも巻けば良かった。

「どう思う?」

「どう思うと言われてもね。内容は知らないけど、その場で破り捨てられると思うかな」

「やっぱりか」

 趣向を変えてみたけどオチは変わらないのか。
 ううむ。
 どうやって伝えたものか。

「因みに何回目?」

 それは良く覚えている。
 オレは間髪入れずに答える。

「三十二回目」

「懲りないねえ」

 大人しく僕とくっつけば良いのに、と耳元で囁く。

「お前こそ、オレに好きって何回言ったよ」

「さあ? 三桁は軽いんじゃないかな」

「懲りないのか」

 姫宮はころころと笑う。

「これは勝負なんだよ。ケンの告白が成功する前に振り向かせるっていうね」

「負けるつもりはないぞ」

 オレは、前守が好きだ。多分、小学生の頃からずっと。

「あはは、酷いなあ。だから好きなんだけどね。それに」

 姫宮の両手でオレの肩を掴む。

「今だけは僕のもの」

「あ、それで思い出した」

 制服の上着、胸ポケットに手を入れる。
 荻じいさんの贈り物だ。

「今から使う気かい。心の準備をさせてくれないかな。僕だって初めてなんだ」

 ふざけたことを言っている。

「いや、押し付けられたのを捨て忘れてたんだよ……なんでオレを初めてだと決め付ける?」

「経験があったなんて、驚きだ」

「無いけどな」

 良い雰囲気だったのに台無しだね、と姫宮。
 適当なゴミ箱にそれは放り込んでおいた。
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