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第11章
【第3話】永遠の鍵と、主従の誓い
カチャリ、と。
重厚で、どこか甘美な金属音が、静寂に包まれたホテルの特別個室に響き渡った。
私の首にぴったりと巻き付いた、黒い本革のチョーカー。
その中央で鈍く光る南京錠の小さな鍵穴から、湊先生がゆっくりと銀色の鍵を引き抜いた。
「これで、君は永遠に僕のものだ」
湊先生は愛おしそうにその小さな鍵を見つめると、自身の胸元から細いプラチナのチェーンを引き出し、そこに鍵を通した。
チャリッ、と音を立てて、私の「自由」と「人権」を奪ったその鍵は、先生の心臓のすぐ上、シャツの奥深くへと仕舞い込まれた。
もう、私が自分の意志でこの首輪を外すことは、一生できない。
私が社会に戻るための扉は、今、彼の手によって完全に、そして永遠に施錠されたのだ。
「……あ、あぁ……っ」
私の口から、安堵と歓喜が入り混じった、甘い吐息が漏れた。
冷たい革の感触が、首の皮膚を通して、私の脳髄に「お前は飼われている」という圧倒的な事実を絶え間なく語りかけてくる。
怖い、という感情はもう一ミリもなかった。
あるのは、重たい荷物をすべて下ろしたような、凄まじい解放感だけ。
明日からの仕事のこと。将来の貯金のこと。親や友人からの目。社会人としての責任。
人間として生きていくための、そういう面倒で息苦しいすべてを、今、この首輪が断ち切ってくれたのだ。
私はもう何も考えなくていい。ただ目の前にいるご主人様を愛し、彼に命令され、彼の欲求を満たすためだけに呼吸をすればいい。
こんなに楽で、こんなに幸せな生き方が、他にあるだろうか。
「先生……っ、私、うれしい……っ。私、先生の犬になれて、本当に幸せですぅ……っ」
私は美しいイブニングドレスを着たまま、床にひざまずき、湊先生の長くて綺麗な脚にすがりついて泣きじゃくった。
最高級のシルクのドレスが床に擦れてシワになっても、今の私にはどうでもよかった。だって私はもう人間ではなく、ただの「着飾ったペット」なのだから。
「先生じゃないだろう、詩織。……これからは、僕のことを何と呼ぶか、分かっているね?」
頭上から降ってくる、甘く、そして絶対的な支配者の声。
私は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、彼の狂気を孕んだ優しい瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「はいっ……。ご主人様……っ、私の、たった一人のご主人様……っ」
「いい子だ」
湊先生――いや、ご主人様は、私の両脇に手を入れて抱き起こすと、夜景を背にしたまま、私の腰を強く抱き寄せた。
「世間の退屈な夫婦が、神の前で愛を誓うように。……僕たちも、この永遠の主従契約に誓いのキスをしよう」
ご主人様の大きな手が私の後頭部をしっかりと掴み、逃げ場をなくす。
そして、重なり合う唇。
それは、恋人同士の甘くロマンチックなキスなどではなかった。私の魂の奥底まで貪り食い、すべてを支配し尽くすような、激しく、深く、残酷なキスだった。
「んんっ……! ふぁっ、ちゅっ……れろっ……」
口の中を蹂躙され、息が完全に奪われる。
首に巻かれたチョーカーが、彼の腕の力で引っ張られるたびに喉に食い込み、心地よい苦しさと「所有されている」という圧倒的な実感を私に与える。
頭の芯が痺れ、視界がチカチカと白く明滅する。
私は全身の力を抜き、ただご主人様の腕の中に崩れ落ちるようにして、彼から与えられるすべてを貪欲に飲み込んだ。
「はぁっ……はぁっ……ごしゅじん、さま……っ」
「可愛いよ、詩織。君のその、僕にすべてを委ねて溶けきった顔……本当に、たまらない」
ご主人様は私の唇から離れると、熱を持った瞳で私を見下ろした。
そして、私の着ている高価なドレスの背中のファスナーに手をかけ、一気に下まで引き下ろした。
バサリ、と。美しいシルクの布地が、足元へと滑り落ちる。
「犬に、こんな人間の服は必要ない。……君が身につけていいのは、僕が与えたこの首輪だけだ」
夜景の煌めく、冷暖房の効いたホテルの最上階。
私は下着姿のまま、首に黒い革のチョーカーだけを巻きつけられ、ご主人様の前に立たされていた。
窓の外には、何百万という人間たちが、それぞれの人生の悩みや責任を背負いながら生きる社会の光が広がっている。
けれど、この部屋の中にいる私は、そのすべてから切り離された、ただ一匹の幸せな雌犬だった。
「さあ、お祝いをしよう。……君がどれほど僕のおもちゃになりたかったか、その身体で証明してごらん」
ご主人様に抱き上げられ、私は寝室の広大なキングサイズのベッドへと投げ出された。
シーツに沈み込むと同時に、彼が獣のように私の上に覆い被さってくる。
「あ゛ッ……! ご主人様っ、はげしっ……ああっ!」
普通の恋人のような優しい前戯など、そこにはなかった。
あるのは、ご主人様から所有物へと与えられる、圧倒的な支配と快楽の刻印だけ。
痛みと歓喜が混ざり合い、私の身体はこれまでにないほどの激しい絶頂へと何度も、何度も突き落とされた。
「ひぎぃっ! ああっ! ご主人様っ、私っ、私っ……!」
「君は僕の犬だ。僕だけのおもちゃだ。永遠に、僕の足元から逃がさない……っ!」
首輪を掴まれ、喉を締め付けられながら、私は最も深い場所でご主人様の熱をすべて受け入れた。
もう、恥ずかしさも、ためらいもない。
自分が完全に壊れて、ただの肉の塊になっていくのが分かる。
でも、それが嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。
――やがて、狂乱の夜が更けていく。
汗と涙にまみれ、首輪だけをつけた全裸の私は、ご主人様の腕の中にすっぽりと収まり、彼の規則正しい心音を聞きながら、泥のような眠りへと落ちていった。
夢の中で、私は笑っていた。
人間としての私のお葬式。誰もいない冷たい墓標の前で、私は尻尾を振りながら、永遠に手に入れた完璧な幸福(カゴ)の中で、ご主人様の靴の先を舐めていた。
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