紅の吸血鬼と白の聖女騎士

オレンジ方解石

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 甘い香りをまとって、アルベルテュスは歩を進める。石の床は靴音を響かせず、長い髪がゆれる様は水の中を泳ぐ魚のようだ。
 目的の部屋に入ると、石の壁に小さく開けられた採光用の窓から月光が一筋、射し込んでいる。人間なら顔も見分けられない細い光だが、あかの一族のアルベルテュスには充分な光源だった。
 白いシーツをかけた寝台に娘が一人、亜麻色の髪をひろげて休んでいる。
 アルベルテュスは寝台に歩み寄り、手に持っていた荷物を置こうとして――――




 リリーベルは躊躇なく、枕の下に隠していた短剣を目の前の暗がりにむけて一閃した。

「おお」

 危機感の薄い驚きの声が聞こえる。
 リリーベルは、その一度聴いたら忘れられない美声に覚えがあった。
 暗がりにも鮮やかに輝く、赤い二つの瞳。

「……紅の一族の……第六位バーミリオン?」

「アルベルテュスだ。貴女は寝る時まで剣を離さないのか」

「いつ何時、何事が起きるのかわからないので。…………どうして、あなたがここにいるんです?」

 リリーベルは咎めた。

「ここは、スノーパール城内ですよ!? 白魔術の魔除けが各所にほどこされているのに…………紅の一族のあなたが、どうやって入ったんです!?」

「愛の翼で」

「…………は?」

「吟遊詩人が歌っていた。『壁も越えよう、掘も越えよう、いかなる海も谷も高い山も、二人の間の障害にはならない。私の背には、愛で織られた一対の翼。茨の森を飛び越え、荒野を潤し、貴女という宝のもとにたどり着こう。貴女はこの世、最美の宝石にして花…………』と」

 紅の一族の青年は寝台の端に、上半身を起こしたリリーベルとむかい合う体勢で当然のように腰をおろす。歌うような軽やかな語りは、広場に行けば、さぞやご婦人方の耳を魅了したに違いない。

「…………魔物が『愛』などと口にしないでください。胡散臭いです」

「人間の娘は、吟遊詩人が歌う詩的な台詞で口説かれるのを好むと聞いて、試してみたんだが。貴女には不評か」

「そういう台詞は、好きな人と、そうでない人がいます。それに、似合う人と似あわない人も」

 言いつつ、目の前の青年はとてもしっくりきていたことを、内心で認めざるをえない。彼の正体を知らない娘なら、高確率で口説き落とされていただろう。
 知っているリリーベルさえ、甘やかな声音にどきりとさせられた。

(しっかりしないと)

 気合を入れて、リリーベルは短剣をかまえる。

「どうやって、この城に侵入したのですか? 魔除けがあったはずです」

「あの程度の魔除け、『魔除け』と呼ぶのもおこがましい。低級な魔物には効果があるだろうが、俺が貴女に会いに来る障害にはならない」

 紅の一族らしい言い分だった。
 スノーパール城は、スノーパールの街でもっとも重要な人物とその家族が住まう建物なのだから、当然、その警備と聖化も聖殿に匹敵するレベルでほどこされている。聖殿から派遣された白魔術師も、常駐もしている。
 だが、あらゆる魔物の支配者、紅の一族の第六位たる青年にとっては、その聖化も児戯に等しいようだった。
 リリーベルは歯噛みした。

(こんなに、やすやす入って来られるなんて…………)

「起こして申し訳なかった。これを届けにきただけだ」

 リリーベルの悔しい思いも知らず、アルベルテュスは小脇に抱えていた荷物をリリーベルに渡す。リリーベルの両腕にずしりと重みが伝わった。
 採光窓から射し込むわずかな光の下でも、手触りと香りでその正体の見当がつく。

「花…………ですか?」

 先ほどから甘い香りがただようはずだ。薔薇、ゆり、すずらん、アネモネ、ライラック、ポピー…………リリーベルの膝の上が一気に、即席の花屋となる。

「貴女に似合いそうなものを集めてきた。それから、これを」

 長い指がするりとリリーベルの横髪の一束をつかまえ、なにかを巻きつける。

「リボンを贈ると約束していたからな」

 きゅっ、と結ばれたリボンを見おろし、リリーベルは困惑した。

(そういえば、昨夜の別れ際に、そんなことを言っていたような…………)

「約束した覚えはありませんが…………」

「貴女に覚えはなくとも、俺には覚えがある。俺が貴女と俺自身に約束したのだから、贈らないはずがない」

「――――受け取れません」

「何故?」

「私と、あなたは敵です。いかなる物品であれ、魔物からもらうわけにはいきません。持ち帰ってください」

「俺は紅の一族だが、貴女の敵になった覚えはない」

「私は敵と認識しています」

「認識を改めてくれ。他の魔物をどう思おうと貴女の自由だが、俺だけは貴女の味方や恋人や夫として認識してほしい」

「お断りします!」

 リリーベルは短剣を振ろうとするが、膝の上の花の山が邪魔をする。
 どければいいのだが、健気に咲いた花を散らすのは気が進まなかった。

「この花は持って帰ってください。リボンも。いただく理由がありません」

「俺が贈りたいから、受け取ってくれればいいんだが…………貴女が不要というなら、捨ててくれ。持って帰るのは荷物になる」

「捨てるなんて…………せっかく咲いたのに、花が気の毒です。もったいない」

「なら、貴女が引きとってくれ」

「…………」

「貴女が花好きなら、また持ってくる。いや、それより今度、東にお連れしよう。美しい花畑を知っている。きっと気に入る」

「…………」

 リリーベルは肩を落とした。
 楽しそうに誘う紅の一族は、話がまるで通じていない。

「…………どうして私が、あなたと花畑に赴かなければならないんです…………」

「花畑は嫌か? では、都はどうだ? 王都は滞在するだけでも退屈しないぞ?」

 頭痛をこらえる表情で述べた嫌味も、この青年には伝わらない。

「どうして、魔物のあなたが王都を知っているんですか!」

「どうして、と言われても。行ったことがあるから、としか答えようがない」

「紅の一族が、なんの目的で王都に? …………なにか、よからぬことを――――」

「用がなくとも、王都くらいは行く。暇つぶしになるからな。貴女は王都に行ったことはあるか? あそこは面白いぞ。小道まで石畳で舗装されて、建物も立派だ。スノーパールとは全然違う」

 青年は勝手にしゃべっていく。

「スノーパールは防衛を最優先した街だ。だから建物は、まず頑丈に造ろうとする。石を積み上げ、堀を作る。この城のように。王都は違う。頑丈には造るが、同時に『どう見えるか』を意識して、飾ることを忘れない。単に、資金が豊富だから大きな館を建てられる、というだけではない。装飾に手と金銭を回す、精神的な余裕がある」

 怪訝そうにするリリーベルに、アルベルテュスはどんどん説明していく。

「金持ちだと、まず、外から見える玄関を飾る。扉に厚い重厚な樫材を用いて、聖獣の彫像を置いて聖化し、魔除けにする。庭にも英雄や聖人の像をこれでもかというほど置くから、王都の彫像職人は毎日、忙しい。そして館の中は、鮮やかに染めた毛織物を敷く。壁が漆喰で白いから、よく映える。その壁に絵画を飾る」

「絵、ですか? 聖人の?」

「聖人の絵も英雄の絵もあるし、まったく関係ない、神話や物語の場面を描いたものもある。王都の絵は、スノーパールで見るものと種類が異なる」

「どういう風に?」

「スノーパールや田舎で見る絵は、平面的だ。人物が横一列に並んで、みな同じような顔をしている。背景も雑だ。王都ではここ四、五年で、新しい技法が生まれた。手前の物を大きく、遠くの物を小さく描くようになったので、風景の現実感リアリティがまったく違う。絵の中に入ったような気分になるんだ。そういう絵を、金持ちは何枚も画家に描かせて、館の広間や廊下や寝室の壁にかけて、客人に自慢する。自慢された方は自慢したやつを招待し返して、自宅の絵を見せる。流行の画家は引っ張りだこで、寝る間もない。俺が見た館では、丸天井全体に星と風の妖精の絵を描いて、真昼でもそこだけ夜のようだった」

 緑の瞳がきらきら輝いて、一心にアルベルテュスを見あげている。
 魔物の青年は口もとをほころばせた。

「こんな話でよければ、いつでも語りに来る。さしあたって、明日の夜はどうだろう? 貴女が許してくれるなら、今夜はこのまま、朝まで語りつづけよう」

 リリーベルは状況を思い出した。

「けっこうです!!」

 つい、本気で聞き入ってしまった。自分を自分で殴りたい。
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