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リリーベルが考え込んでいると、アルベルテュスが不満を訴えてきた。
「せっかく会えたんだ。あの魔物についてより、俺のことを考えてほしいんだが」
リリーベルは己の状況と体勢を思い出す。
「知りません! そろそろ降ろしてください!!」
「もう少し、このままでいたい。むしろ、ずっとこのままがいい。永遠に貴女を手の中に収めておきたい」
「お断りです!」
魔物の手が鎧をつけていないリリーベルの腕をなで、頭をなで、頬をなでて、やわらかい亜麻色の髪に口元をうずめる。リリーベルはせいいっぱい抵抗するが、腕にも手にも力が入らない。勝手に顔が、触れられた部位が熱くなって、心臓が激しく鳴っている。
「じょ、女性に勝手に触れるなんて、軽薄ですよ! 不埒です! 立派な殿方のすることではありません!!」
「貴女が手に入るなら、立派でなくてもいい」
「ああ、もう…………!」
「わかった、やめる」
アルベルテュスは体を離す。膝からおろしたわけではないが、少なくとも両手はリリーベルから離して『降参』の格好をとった。
「久しぶりに会えたので、自制が効かなかった。貴女に嫌がられるのは不本意だ。今夜は、もう触れないことにする」
リリーベルは自分で自分を抱いて、不埒な青年をにらみつける。
が、夜空の下でも彼女の頬が染まっているのが見えるアルベルテュスには、可愛らしい仕草と表情にしか映らない。
夜風にゆれるほつれ毛を直したいのをこらえて、あらためて再会の喜びに浸った。
「元気そうでなによりだ。貴女が実力ある白騎士と知っていても、四日の間に危険な目に遭っていたらと思うと、気が急いた」
穏やかな口調が本心からの言葉のように聞こえて、リリーベルは怒りが削がれる。
魔物なのに人間の心配をするなんて、規格外もいいところだ。
この人のこういうところが嫌なのだ。惑わされる。
リリーベルは、この青年とのつながりを一息に絶ち切ってしまいたい思いにとらわれた。
もう、こんな風にあれこれ悩まされたり、乱されたりしたくない。
「――――あの魔物を倒したのは、私一人の力ではありません。魔物は二体、いました。最初の一体目は二体目より強力で、魔術陣の用意があったから、倒せたんです」
「用意がいいな」
「…………あの魔物のために、用意したわけではありません」
リリーベルはアルベルテュスを見た。
自分から白状してしまうことにする。
「あなたを倒すためです」
アルベルテュスの動きがとまった気がした。
「あなたを浄化するため、紅の一族第六位を消滅させるために、『お告げを受けた』という口実で魔術陣を用意していたんです。あの魔物が現れなければ、あなたをおびき出して、あの魔術陣で白魔術師達と共に、あなたを浄化するつもりでした」
「…………今の俺は、貴女に呼び出されたら、喜んで出て行くな」
「理解できたのなら、私を離してください。私は白騎士です。前にも言いましたが、あなたとは相いれない存在です。もう、私にかまわないで」
そうすれば自分はなにも感じず、迷いなく淡々と、この青年に剣をむけることができる。はずなのだ。
アルベルテュスは少し考え、言った。
「貴女に殺されるなら、それもいい」
リリーベルは、がくっ、と肩を落としかけた。
「あなた…………私の言ったことを聞いていました? 私は、あなたを殺そうとしたのですよ!?」
「聞いた。俺を罠にかけるつもりで、失敗したんだろう?」
「だったら、どうして…………!」
「うーん」とアルベルテュスは考えたようだった。
「特に、重要な目的があって生きているわけではないからな。死ぬ気がないから生きているだけで。だから貴女の役に立てるなら、貴女のために死ぬのは悪くない。俺を殺せば、貴女は紅の一族第十一位につづく大手柄だ」
リリーベルは二の句が継げない。
「その時はぜひ、貴女の手でとどめを刺してくれ。貴女の手にかかり、貴女の顔を見ながら消えていくなら、それは本望だ。そして、俺のことを覚えておいてくれ。貴女の生きている限りずっと、貴女の死の間際まで。そうすれば俺は、たとえ肉体は消えても、貴女の記憶の中で共にいられる」
吐息がかかるくらい近くに赤い瞳があって、低い美声が甘く熱っぽくささやく。
リリーベルは顔を真っ赤にして、指をふるわせた。
(全然、話が通じていない!)
「いい加減にしてください…………!」
もう、なにをどう言えばいいのか、見当もつかなかった。
「私は人間ですよ! 貴女は魔物の、紅の一族でしょう! 人間は数十年で死にますし、死んでいなくても、老いるんです。すぐに外見が変わるんです。私は老いて…………今とはまったく違う姿になるんです。紅の一族は不老不死でしょう? 私といても…………すぐに飽きるはずです」
ここ数日間、考えつづけている内にふと、気がついた事実、真実だった。
目の前の青年は百年経っても若い姿のまま、その美貌を損なうことはないだろう。
しかしリリーベルは百年も生きられない。
どころか、十年後二十年後には、今とは違う姿になっているのだ。
リリーベルは現在、十六歳。この国では結婚適齢期とされる。
しかし身寄りがなく、白騎士を務める彼女に持ち込まれる縁談はない。
自分はこのまま、独り身で老いて死んでいく。
寂しくはあるが、そういう人生を選んだのだ。
しかし紅の一族の青年は、人間の娘の感傷には気づかないようである。
「たしかに、人間には老いがあるが。嫌なら、俺が貴女を紅の一族にしようか? 紅の一族になれば老いることはないし、いちいち食事をとる面倒も省ける。むしろ、俺が貴女を同族にしたい」
「けっこうです!! そういう意味で言ったわけではありません!!」
「まあ、ただの魔物化ならともかく、紅の一族に入れるとなると相性もあるからな…………」
そういう意味ではない、と思いつつ、リリーベルはつい訊ねてしまう。
「相性、ですか?」
「生まれ持った体質的なものだ。魔物化は簡単だ。血を与えればいい。だが紅の一族にする、となると、人間側にも相応の素質が必要になる。素質がない者に血を与えても、理性や知性を失った魔物と化すだけで、紅の一族にはならない」
「…………素質のある人間は多いのですか?」
「本格的に数えた者はいない。ある奴との相性が良くても、別の奴との相性は良くない、という場合もある。この場合、相性がいい奴から血をもらわないと、ただの魔物化で終わる」
初めて聞く話だ。そういうものか。
赤い瞳が笑う。
「貴女と俺の相性がいいと嬉しいんだがな。貴女を俺以外の血で変えたくない」
「誰の血でも不要です」
「そうだな」
意外にあっさり、紅の一族第六位は認めた。
「貴女が俺と同じ生き物になれば、それはそれで嬉しいが…………今の貴女とは変わるのだろうな。それは不本意な気がする。惜しいが、俺は人間の貴女が欲しい。せめて貴女が老いて姿が変わっても、この心は変わらぬと、夜の闇に誓おう」
「けっこうです…………」
ただでさえ、特別美しいわけでもないのに、どんどん老いていき、けれど相手は若く美しいまま、なんて。
人間の女にとっては、かなりつらくて寂しい状況ではないだろうか。
「老いても姿が変わっても、貴女の魂は変わらない。いずれ、その緑の瞳さえ輝きを失ったとしても、貴女に宿る魂は変わらず、気高いまっすぐな光を放っているはずだ」
「…………あなたはよく、そういう気障な台詞がすらすら出てきますね…………」
「不愉快なら、やめる。思ったままを述べているだけだ」
手におえない。
この美貌で、こんな台詞を、こんな美声でささやかれたら。
偽りの熱でも甘さでも、だまされたいと願う娘は星の数に違いない。
「…………永遠の若さを求めて、自ら紅の一族になることを望む人間もいると聞きます。不老不死が最高の恵みなら、どうして、それを得たのが魔物である紅の一族なんでしょう? 人間は望む、望まないにかかわらず、変わってしまうのに」
「いや。紅の一族も、長く生きていれば外見の変化はあるぞ?」
「えっ…………」
「個人差はあるが、瞳だ。色が変わる」
アルベルテュスは自分の目を指した。
「紅の一族になると、瞳の色が赤くなるのは知っています。あなただって…………」
「少し違う。人間が途中で紅の一族になった場合、ゆっくりと色が変化する」
紅の一族第六位は説明を足す。
「赤以外の色の瞳の人間が、紅の一族になったとする。その場合、夜や血を吸う時、紅魔術を行使する時は瞳が赤く光るが、それ以外の昼間はもとの色をしている。生きているうちにゆっくりと、昼間も赤く変化していくんだ」
リリーベルは呆然とした。
初めて聞く話だ。
「では…………たとえば、紅の一族になったばかりなら、昼間は人間だった頃の瞳の色と、ほとんど変わりない、と…………?」
「そうだ」
信じられない。それが本当なら、紅の一族が普通の人間の顔をして――――
リリーベルの脳裏に一つの光景がよみがえる。
あの魔物。
リリーベルの村、リリーベルの家族を襲った、おぞましく恐ろしい存在。
あの魔物はたしかに、赤い瞳でリリーベルを見た。
けれど、記憶に残るあの魔物は、途中で瞳の色を変えた。
たしかに変えたのだ。赤以外の色に。
あれはたしか、空のような――――
「…………っ!」
「どうした?」
リリーベルは思わずちぢこまっていた。背中にびっしり、冷たい汗をかいている。
思い出せない。
けれど、恐ろしかった記憶だけは、今でもまざまざとよみがえらせることができる。
肩がふるえる。
その肩を、肩当の上からなでる手があった。
「そろそろ帰ろう。貴女を長く引きとめてしまった。申し訳ない」
今更、と思わないでもなかったが、リリーベルは反論せずにおいた。
アルベルテュスの手がリリーベルの籠手をつけたままの手をとり、立ちあがらせる。
疲労にふらつきながらも、なんとか立った彼女の頬を、二つの手がはさんだ。
周囲の音が消えた気がした。
二つの赤い瞳が真正面から至近距離に迫ったと思ったら、唇にやわらかい感触を感じる。予想していたような冷たさはなく、ただただ優しく重ねられている。
数秒が数百秒にも感じられた。
アルベルテュスが顔を離す。
目の前に、白皙の美貌の悪戯っ子めいた笑みがあった。
「貴女は俺を殺そうとした。その罰だ」
魔物の青年はこのうえなく甘く艶っぽく笑うと、リリーベルを抱えて、ふたたび空へと飛び立った。
スノーパールの街を囲む、高い城壁。その北側の一角の外側を、聖化された武器を持った兵士達が、松明を掲げて警備するのが見える。
見おろした人物は夜風に金色の髪をなびかせながら、ぎりり、と歯ぎしりした。
「余計なことを…………完成まで、あとほんの少しだったのに…………」
憎々しげに見おろすその瞳の色は、赤。
「せっかく会えたんだ。あの魔物についてより、俺のことを考えてほしいんだが」
リリーベルは己の状況と体勢を思い出す。
「知りません! そろそろ降ろしてください!!」
「もう少し、このままでいたい。むしろ、ずっとこのままがいい。永遠に貴女を手の中に収めておきたい」
「お断りです!」
魔物の手が鎧をつけていないリリーベルの腕をなで、頭をなで、頬をなでて、やわらかい亜麻色の髪に口元をうずめる。リリーベルはせいいっぱい抵抗するが、腕にも手にも力が入らない。勝手に顔が、触れられた部位が熱くなって、心臓が激しく鳴っている。
「じょ、女性に勝手に触れるなんて、軽薄ですよ! 不埒です! 立派な殿方のすることではありません!!」
「貴女が手に入るなら、立派でなくてもいい」
「ああ、もう…………!」
「わかった、やめる」
アルベルテュスは体を離す。膝からおろしたわけではないが、少なくとも両手はリリーベルから離して『降参』の格好をとった。
「久しぶりに会えたので、自制が効かなかった。貴女に嫌がられるのは不本意だ。今夜は、もう触れないことにする」
リリーベルは自分で自分を抱いて、不埒な青年をにらみつける。
が、夜空の下でも彼女の頬が染まっているのが見えるアルベルテュスには、可愛らしい仕草と表情にしか映らない。
夜風にゆれるほつれ毛を直したいのをこらえて、あらためて再会の喜びに浸った。
「元気そうでなによりだ。貴女が実力ある白騎士と知っていても、四日の間に危険な目に遭っていたらと思うと、気が急いた」
穏やかな口調が本心からの言葉のように聞こえて、リリーベルは怒りが削がれる。
魔物なのに人間の心配をするなんて、規格外もいいところだ。
この人のこういうところが嫌なのだ。惑わされる。
リリーベルは、この青年とのつながりを一息に絶ち切ってしまいたい思いにとらわれた。
もう、こんな風にあれこれ悩まされたり、乱されたりしたくない。
「――――あの魔物を倒したのは、私一人の力ではありません。魔物は二体、いました。最初の一体目は二体目より強力で、魔術陣の用意があったから、倒せたんです」
「用意がいいな」
「…………あの魔物のために、用意したわけではありません」
リリーベルはアルベルテュスを見た。
自分から白状してしまうことにする。
「あなたを倒すためです」
アルベルテュスの動きがとまった気がした。
「あなたを浄化するため、紅の一族第六位を消滅させるために、『お告げを受けた』という口実で魔術陣を用意していたんです。あの魔物が現れなければ、あなたをおびき出して、あの魔術陣で白魔術師達と共に、あなたを浄化するつもりでした」
「…………今の俺は、貴女に呼び出されたら、喜んで出て行くな」
「理解できたのなら、私を離してください。私は白騎士です。前にも言いましたが、あなたとは相いれない存在です。もう、私にかまわないで」
そうすれば自分はなにも感じず、迷いなく淡々と、この青年に剣をむけることができる。はずなのだ。
アルベルテュスは少し考え、言った。
「貴女に殺されるなら、それもいい」
リリーベルは、がくっ、と肩を落としかけた。
「あなた…………私の言ったことを聞いていました? 私は、あなたを殺そうとしたのですよ!?」
「聞いた。俺を罠にかけるつもりで、失敗したんだろう?」
「だったら、どうして…………!」
「うーん」とアルベルテュスは考えたようだった。
「特に、重要な目的があって生きているわけではないからな。死ぬ気がないから生きているだけで。だから貴女の役に立てるなら、貴女のために死ぬのは悪くない。俺を殺せば、貴女は紅の一族第十一位につづく大手柄だ」
リリーベルは二の句が継げない。
「その時はぜひ、貴女の手でとどめを刺してくれ。貴女の手にかかり、貴女の顔を見ながら消えていくなら、それは本望だ。そして、俺のことを覚えておいてくれ。貴女の生きている限りずっと、貴女の死の間際まで。そうすれば俺は、たとえ肉体は消えても、貴女の記憶の中で共にいられる」
吐息がかかるくらい近くに赤い瞳があって、低い美声が甘く熱っぽくささやく。
リリーベルは顔を真っ赤にして、指をふるわせた。
(全然、話が通じていない!)
「いい加減にしてください…………!」
もう、なにをどう言えばいいのか、見当もつかなかった。
「私は人間ですよ! 貴女は魔物の、紅の一族でしょう! 人間は数十年で死にますし、死んでいなくても、老いるんです。すぐに外見が変わるんです。私は老いて…………今とはまったく違う姿になるんです。紅の一族は不老不死でしょう? 私といても…………すぐに飽きるはずです」
ここ数日間、考えつづけている内にふと、気がついた事実、真実だった。
目の前の青年は百年経っても若い姿のまま、その美貌を損なうことはないだろう。
しかしリリーベルは百年も生きられない。
どころか、十年後二十年後には、今とは違う姿になっているのだ。
リリーベルは現在、十六歳。この国では結婚適齢期とされる。
しかし身寄りがなく、白騎士を務める彼女に持ち込まれる縁談はない。
自分はこのまま、独り身で老いて死んでいく。
寂しくはあるが、そういう人生を選んだのだ。
しかし紅の一族の青年は、人間の娘の感傷には気づかないようである。
「たしかに、人間には老いがあるが。嫌なら、俺が貴女を紅の一族にしようか? 紅の一族になれば老いることはないし、いちいち食事をとる面倒も省ける。むしろ、俺が貴女を同族にしたい」
「けっこうです!! そういう意味で言ったわけではありません!!」
「まあ、ただの魔物化ならともかく、紅の一族に入れるとなると相性もあるからな…………」
そういう意味ではない、と思いつつ、リリーベルはつい訊ねてしまう。
「相性、ですか?」
「生まれ持った体質的なものだ。魔物化は簡単だ。血を与えればいい。だが紅の一族にする、となると、人間側にも相応の素質が必要になる。素質がない者に血を与えても、理性や知性を失った魔物と化すだけで、紅の一族にはならない」
「…………素質のある人間は多いのですか?」
「本格的に数えた者はいない。ある奴との相性が良くても、別の奴との相性は良くない、という場合もある。この場合、相性がいい奴から血をもらわないと、ただの魔物化で終わる」
初めて聞く話だ。そういうものか。
赤い瞳が笑う。
「貴女と俺の相性がいいと嬉しいんだがな。貴女を俺以外の血で変えたくない」
「誰の血でも不要です」
「そうだな」
意外にあっさり、紅の一族第六位は認めた。
「貴女が俺と同じ生き物になれば、それはそれで嬉しいが…………今の貴女とは変わるのだろうな。それは不本意な気がする。惜しいが、俺は人間の貴女が欲しい。せめて貴女が老いて姿が変わっても、この心は変わらぬと、夜の闇に誓おう」
「けっこうです…………」
ただでさえ、特別美しいわけでもないのに、どんどん老いていき、けれど相手は若く美しいまま、なんて。
人間の女にとっては、かなりつらくて寂しい状況ではないだろうか。
「老いても姿が変わっても、貴女の魂は変わらない。いずれ、その緑の瞳さえ輝きを失ったとしても、貴女に宿る魂は変わらず、気高いまっすぐな光を放っているはずだ」
「…………あなたはよく、そういう気障な台詞がすらすら出てきますね…………」
「不愉快なら、やめる。思ったままを述べているだけだ」
手におえない。
この美貌で、こんな台詞を、こんな美声でささやかれたら。
偽りの熱でも甘さでも、だまされたいと願う娘は星の数に違いない。
「…………永遠の若さを求めて、自ら紅の一族になることを望む人間もいると聞きます。不老不死が最高の恵みなら、どうして、それを得たのが魔物である紅の一族なんでしょう? 人間は望む、望まないにかかわらず、変わってしまうのに」
「いや。紅の一族も、長く生きていれば外見の変化はあるぞ?」
「えっ…………」
「個人差はあるが、瞳だ。色が変わる」
アルベルテュスは自分の目を指した。
「紅の一族になると、瞳の色が赤くなるのは知っています。あなただって…………」
「少し違う。人間が途中で紅の一族になった場合、ゆっくりと色が変化する」
紅の一族第六位は説明を足す。
「赤以外の色の瞳の人間が、紅の一族になったとする。その場合、夜や血を吸う時、紅魔術を行使する時は瞳が赤く光るが、それ以外の昼間はもとの色をしている。生きているうちにゆっくりと、昼間も赤く変化していくんだ」
リリーベルは呆然とした。
初めて聞く話だ。
「では…………たとえば、紅の一族になったばかりなら、昼間は人間だった頃の瞳の色と、ほとんど変わりない、と…………?」
「そうだ」
信じられない。それが本当なら、紅の一族が普通の人間の顔をして――――
リリーベルの脳裏に一つの光景がよみがえる。
あの魔物。
リリーベルの村、リリーベルの家族を襲った、おぞましく恐ろしい存在。
あの魔物はたしかに、赤い瞳でリリーベルを見た。
けれど、記憶に残るあの魔物は、途中で瞳の色を変えた。
たしかに変えたのだ。赤以外の色に。
あれはたしか、空のような――――
「…………っ!」
「どうした?」
リリーベルは思わずちぢこまっていた。背中にびっしり、冷たい汗をかいている。
思い出せない。
けれど、恐ろしかった記憶だけは、今でもまざまざとよみがえらせることができる。
肩がふるえる。
その肩を、肩当の上からなでる手があった。
「そろそろ帰ろう。貴女を長く引きとめてしまった。申し訳ない」
今更、と思わないでもなかったが、リリーベルは反論せずにおいた。
アルベルテュスの手がリリーベルの籠手をつけたままの手をとり、立ちあがらせる。
疲労にふらつきながらも、なんとか立った彼女の頬を、二つの手がはさんだ。
周囲の音が消えた気がした。
二つの赤い瞳が真正面から至近距離に迫ったと思ったら、唇にやわらかい感触を感じる。予想していたような冷たさはなく、ただただ優しく重ねられている。
数秒が数百秒にも感じられた。
アルベルテュスが顔を離す。
目の前に、白皙の美貌の悪戯っ子めいた笑みがあった。
「貴女は俺を殺そうとした。その罰だ」
魔物の青年はこのうえなく甘く艶っぽく笑うと、リリーベルを抱えて、ふたたび空へと飛び立った。
スノーパールの街を囲む、高い城壁。その北側の一角の外側を、聖化された武器を持った兵士達が、松明を掲げて警備するのが見える。
見おろした人物は夜風に金色の髪をなびかせながら、ぎりり、と歯ぎしりした。
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