悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~

オレンジ方解石

文字の大きさ
11 / 11

追記・後編

しおりを挟む
 アウラ女王はどのような女性だったのだろう。
 私があの図書室で初めて間近に向き合い、話した彼女は、少なくとも巷で語られるような贅沢に溺れた女性ではなかった。上品だがシンプルな室内着を着て、装飾品もわずかだった。数字という事実をもとに、淡々と事実と私見を述べてきた。
 再会した時、彼女は処刑を待つ罪人で、寝間着一枚しか着せられていなかった。にも関わらず彼女は落ち着いており、私の目の前であの美しい銀髪が切られた時も、琥珀のような瞳でまっすぐ私の目を見つめ返してきた。
 あの時、感じた感情に、私は今でも名前をつけられずにいる。
 復讐が叶った暗い喜びは一切なく、さりとて若くして命を断たれる罪人を哀れむでもなく、処刑の残酷さに身震いするでもなく…………
 あの図書室で、私は初めて彼女と出会った。
 彼女と本当に出会い、話したのは、あの時が初めてだった。
 彼女はどんな女性だったのだろう。
 私はただもう少し、もう少しだけ、彼女と話を





 ソヴァールはそこでペンを置き、一息ついた。そして自分が書いた文章を読みかえすと、それを机の上のロウソクに近づけた。火は薄い紙をあっという間に包んで燃やす。
 こんな、自分でもはっきりしない言葉を残したくはない。
 ソヴァールは書き物机の端に置いた簡素な小箱を手にとり、ふたを開けた。
 中に詰まった銀色の長い束がろうそくの光を反射して、きらきら輝く。
 ソヴァールはしばらくその銀色を見つめると、ふたを閉めて箱を定位置に戻した。
 ふたたびペンを走らせる。





 ロヴィーサ王国聖女王、フェリシア・フィーリャ・トゥ・オブリーオ。
 ロヴィーサにおいて『聖女王でありながら自国を売った、希代の悪女』と語られる彼女は、どのような女性であったか。
 私が知る彼女は明るく素直で屈託がなく、常に笑顔をふりまいて周囲の人々を惹きつけては、自分の意見は貴族相手でもはっきり述べる、活発な田舎の少女だった。
 彼女が一国の不幸を自ら進んで願ったとは、今でも天地がひっくりかえっても信じない。
 ただ、彼女とロヴィーサには三つの不幸が存在し、それがロヴィーサの未来を決定づけた。
 一つは、聖女フェリシアの最初の夫、リーデル・ラ・ドゥーカの早すぎる死。
 リーデルはロヴィーサのかつての筆頭貴族、ドゥーカ公爵の跡継ぎであり、将来は大臣になることも見越して育てられた。ゆえに、相応の高い教育を受けていた。
 若き日の彼は聖女と並ぶにふさわしい有能な男であり、彼がせめて第一王子の成人まで生きていれば、彼が死んでもロヴィーサ王位はすみやかにカルモ王子に受け継がれて、レスティ王子が干渉する余地を与えなかっただろう。
 リーデルに政治を一任したはずの聖女もまた、「育ちと立場をわきまえた慎ましい女性」と評価されたに違いない。
 フェリシアの第二の不幸は、レスティ王子の野心を見抜けなかったこと。
 彼は刺激的な美形で、親友リーデルの喪が明けぬうちから寡婦となった聖女王を口説き落とす行動力と魅力を備え、なにより有能な男だった。
 レスティは本心では邪魔であったろうカルモ王子を、妻とロヴィーサ貴族の機嫌をとる道具と割り切って大切にし、聖女の愛と信頼を勝ち得た。
 そしてカルモ王子にブリガンテ人の家庭教師をつけてブリガンテ流の教育をほどこし、ブリガンテ人の妻を与えてブリガンテの血を引く子供を産ませた。
 聖女に「こんなにカルモを大切にしてくれるなんて」と感謝される裏でロヴィーサから王子を引き離し、王子の牙を抜いて、ロヴィーサ貴族による反乱の芽を摘んだのである。
 ただ、その事実に聖女は終生、気づかなかった。
 彼女にとってレスティ王子は魅力的で刺激的で、常に自分と自分の子を大切にして楽しませ、いくつになっても自分に情熱的に愛をささやいて女扱いしてくれる、非の打ちどころのない夫であり恋人だった。
 レスティ王子は聖女が堅苦しい王宮を嫌って離宮で子供達の世話に夢中の間、王宮で貴婦人達と浮名を流し、愛人と呼べるような美姫も何度かいたが、それらの事実が聖女に知られることはなかった。
 聖女フェリシアは生涯、レスティ王子を『フェリシアだけを誰よりも心から愛する男性』と信じて、この世を去った。
 彼女の不幸は、大国の王族に生まれて野心も抱くレスティのような男は、たとえ本気で愛したとしても恋愛だけで満足することはない、と気づかなかったこと。自分を愛しているのだから、自分の大切なものも同じく愛しているだろう、と信じて疑わなかったこと。

「こんなに私を愛して大事にしてくれるレスティ様が、私の生まれ故郷にひどいことをするはずないわ。絶対にロヴィーサも大切にしてくれるはずだわ」

 それが彼女の考えだったのだろう。
 大きな野心を抱く男は、自分の夢や目的のためなら愛する女をも利用すると、最後まで知らずに逝ったのだ。
 最後の不幸は、そもそも聖女がロヴィーサの正統な王女に生まれてしまったこと。
 あとになって気づいたことがある。

『聖女フェリシアはロヴィーサを愛していた』

 これは真実だろうか?
 自分も、そしてロヴィーサ中の誰もが疑わず、「そうだろう」と思い込んでいたことだ。
 しかし思い返せば、彼女は生後わずか半年で王宮を追われ、ロヴィーサを出た。国王だった両親とも幼い頃に死に別れ、彼女自身は己に流れる血の意味も、両親の名すら知らぬままブリガンテの田舎の村でのびのびと育った。
 そんな彼女が、はたして出生を知ったからといって、即座に本気でロヴィーサに深い愛着を感じたりするだろうか? 
 フェリシアに限らず、人は記憶がなくても『生まれ故郷である』という理由だけで、その国のために命や人生を捧げるほどの愛や情熱を抱くことができるのか?
 これはおそらくフェリシアの、そして彼女の親であるイルシオン王夫妻とロヴィーサ貴族の最大の不幸であっただろう。
 聖女フェリシアは正統なロヴィーサ王女であったばかりに、私を含めた誰もが「ロヴィーサという国に対して深い愛着があるに違いない」と彼女に確かめる前に確信し、思い込んでしまっていた。
 その証拠に、聖女はブリガンテに帰国した際、次のように語ったという。



「あんなに歓迎してもらえるなんて…………帰ってきて本当によかったわ。あの時ようやく、私は長い旅を終えて帰って来たんだ、って実感したの――――」



『長い旅』
 そう、フェリシアにとってロヴィーサでの生活は『長い旅』だった。
 彼女にとって真の故郷は、生まれたロヴィーサではなく育ったブリガンテだった。
 その事実に、彼女と私を含めた誰もが、長く気づかなかった。
 それがロヴィーサの不幸の根源だった。
 彼女の『ロヴィーサ王女』の血が、ロヴィーサ人達の目をくらませたのだ。
 彼女がロヴィーサ王女でさえなければ、最初に気づくこともできただろう。
 聖女フェリシアはブリガンテで聖女認定をうけたブリガンテの聖女であり、ロヴィーサの聖女ではないのだ、と――――



――――ソヴァール・ラ・エーデルの手記より抜粋――――





追記:

 数百年後。様々な国が民主化し、あるいは王家や貴族制度のいくつかは残りつつも、民主化に近い状態へと生まれ変わる。それにともない、あちこちの国で王家所蔵の宝物や資料の一部が公開されるようになった。
 たとえばカルモ王子が妻や大学教授達と編纂した植物図鑑は、今も王家ゆかりの博物館に展示されて当時の植生を知る重要な手がかりとなっている。セーヴェル工房は有名な白磁メーカーで、ミュゲ・シリーズは『ミュゲ・リラ・シリーズ』と名を変えて世界中で愛されている。ユーク王国の温室もまた、そのまま『リラ王妃の温室』という名で観光名所となった。
 そしてロヴィーサ共和国のオルディネ博物館では、アウラ女王や彼女の父、レベリオ王、ソヴァール・ラ・エーデルやオーロ男爵が残した大量の文書と共に、小さな箱が展示されている。
 ソヴァール・ラ・エーデルが終生、保管していたというそれは、処刑前に切られた『アウラ女王の遺髪』とされる――――
しおりを挟む
感想 10

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(10件)

ナゴ
2021.12.09 ナゴ

このアホ聖女はどこかで絶望してから死んでほしいところですね
もしくは生まれ変わった先が今回とは逆に主人公を極限までどん底に落とす愉悦系作者の世界とか

2021.12.11 オレンジ方解石

ナゴさん、感想ありがとうございます!


 属国化に関しては、実は一概に「悪い」とは言いきれないと思っています。
 現実問題、あのフェリシアに女王は務まりませんし、リーデルが亡くなれば、そばにいるのはドゥーカ公爵ですから、あっという間に傀儡化してアウラ時代に戻っていたはずです。
 そういう意味では、レスティが実権を握り、ドゥーカ公爵が処刑されて貴族に課税され、国民はそれなりに平和に暮らせたであろう、属国の道も「あり」だったのではないかな、と思っています。

解除
aruka
2021.12.08 aruka

ハッピーまではいかないけれど、すっきりとした終わり方で面白かったです!
是非、番外編とかifストーリーとか見てみたいと思っちゃいますね(^^)
他の作品も楽しませていただいてます🙇

2021.12.10 オレンジ方解石

arukaさん、感想ありがとうございます!


 ビターエンドなので、せめてすっきりした終わりになっていて良かったです。
 気に入っている話なので、ifストーリーなども書いてみたいですが、ひとまずは別の話になると思います。
『小説家になろう』のほうが載せている数が多いこと、ひっそりお伝えしておきます。

解除
あさリ23
2021.12.08 あさリ23

最後まで楽しく読ませていただきました。隙間時間で最後まで読み切れる内容でしたので、授乳時間のお供に最適でした!

また、もう一生あの姿のままなのかと思いきや、違う展開になったのがとても良かったです。

狸が皆に批判され、ハブられてる姿をもっと見てみたかったです…(笑)

2021.12.10 オレンジ方解石

あさリ23さん、感想ありがとうございます!


 授乳ご苦労様です。楽しんでいただけたなら何よりです。
 この手の話は「転生してそのまま」のパターンが主流なので、戻ってくるパターンはどうかと思いましたが「良かった」と言っていただき、安心しました。
 ドゥーカ公爵……思ったより嫌われている?

解除

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

yukataka
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。