廃棄王女と魔女の呪い

奏千歌

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11 譲れないもの

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「疲れた……」

 戦闘訓練をするよりも疲れた。

 一人になって室内着も脱ぎ捨てて、キャミソールと短いドロワーズ姿でベッド上に体を投げ出すと、楽になって気持ちも軽くなる。

 一息ついた直後だった。

「やぁ。こんばんは」

 男の声が聞こえ、咄嗟に傍に置いていた剣を構えていた。

「いい反応だね」

 バルコニーに繋がる窓から入ってきた黒い影は、まだ若い男の姿をしていた。

 月明かりの下で、瞳が光って見える。

 髪の色は茶色か?赤毛か?

 剣を向けたままゆっくりとベッドから降りた。

の所に夜這いに来るとは、命はいらないらしいな」

「いや、命惜しいよ。長生きしたいし。俺、絶対にここの家主に怒られるよ」

 侵入者は、室内に一歩入った状態で止まっている。

 そこから中には、今のところ入る気はないようだ。

「イザークが入れ揚げてる雌がどんな子か、見にきたかったんだ」

「それで、不法侵入とは、帝国の躾の程度が窺い知れるし、公爵家も大したことはないな。お前も獣人か。私が、躾け直してやろうか?」

 侵入者は私の言葉を聞いているのかいないのか、クンクンと鼻を動かしている。

「ふーん?雄の匂いが二種類?一人はイザークの匂いじゃない。それだけ男の匂いが染み付くまで一緒にいて、よくイザークが許したね」

 ねぇ……

「イザークが知らないわけないよね。ねぇ、その男と何をしてたの?イザークのいない時に?とんだ淫乱姫様が来たものだ」

 憎しみ、怒りをぶつけるように呟いた。

「お前は、イザークの友人か何か?」

「そうだよ。だから、イザークを裏切るのなら、許さない」

「好きに言ってろ」

「認めるんだ」

 男は私を睨みつけてくる。

 男同士の固い友情でここに来たようだけど、勘違いも甚だしい。

 相手にするのも疲れるから、一戦を交えるというのなら受けて立つつもりだった。

 まぁ、でも、そこで邪魔が入ったわけで……

「ルードヴィク!!」

 バンと扉が開き、イザークが鬼の形相で割り込んできた。

「エリスに近付くな!!」

 イザークは駆け寄ってくると、私の前に立って視界を塞ぐ。

「エリス、他の奴に肌を見せないで」

 それでイザークの上着がかけられたりもしたけど、すぐさまそれはベッドの向こうに投げ捨ててやった。

「俺はそんな女認めないからな!」

 ルードヴィクと呼ばれた男が、イザークに抗議の声をあげる。

「お前はもう、帰れ!!次、エリスを驚かせたら、俺が容赦しない!!」

「お前とは絶交だ!!」

 ルードヴィクはそこを涙目で叫んでおり、なんだかなぁ……と怒る気持ちも失せる。

 外に出てバルコニーの縁に足をかけ、飛び降りる寸前の奴の背中に声をかけた。

「おい、ルー。次は窓からじゃなくてちゃんと玄関から来いよ」

「……」

 ルードヴィクは無言で、その姿を闇夜の中に消していた。

「で、お前は何で不貞腐れているんだ?」

 視線をイザークに向けると、不満げな顔は誰に向けたものなのか。

「ルードのことを、ルーと呼ばないで」

「は?」

「ルゥって呼び方は、俺だけのものだ」

「…………」

 さっきの奴とは随分と仲良しのようだな。

「お前たち、乳兄弟か何かか?」

「……7歳まで、一緒に育ったってだけだ。獣人領で……」

 色んな思惑の奴がいるのは仕方のないことだけど、

「まさかあいつに、命を狙われたりはしないだろうな……」

 嫉妬のあまり。

「そんな事はあり得ないし、絶対にさせない!」

 まぁ、あの様子を見るに悪人ってわけじゃなさそうだし、

「イザーク。お前は明日にでもルードヴィクの所にでも行って、誤解を解いてこい。あいつは私が他の男とイチャコラしていると勘違いしている。他の男の匂いがするからと言ってな」

「わかった」

「それで、仲直りをすれば解決だろ。じゃあ、私は寝る。お前はさっさと出て行け」

 剣をしまうと、当然のようにイザークが出ていくと思っていたので、ベッドの中に潜り込んだ。

 今の現実を忘れて夢の中に逃亡するつもりだった。

 なのに、イザークの気配は外には向かわずに室内を移動していて……

「おい。何故貴様はまだそこにいる?」

 体を起こして見ると、ソファーの上で横になっていたのだ。

「エリスの護衛のためだ」

「貴様から自分の身を守る必要があるだろう」

「皇族は成人になるまで」

「婚約者との性行為は禁止だと?なんの保証にもならない。うっかり一線を越えたらどうするんだ?私はポイか?」

「絶対に、そんなことはない!そうなったら、俺が皇族籍を捨てる!」

 ガバリと起き上がったイザークの顔は真剣そのものだ。

「最初から別々の部屋で寝ればいいだけだろ」

「嫌だ。やっとエリスと一緒にいられるのに、離れたくない」

「バカか!もう、いい!」

 掛布を引っ張って、胴体に巻き付けて横になった。

 これなら気付かない内に何かされていることはないだろう。

 これは、野外訓練を思い出せばいい。

 人の気配がする場所での睡眠は慣れている。

 いつものように完全に熟睡しなければいいのだからと思っていると、それから朝まで爆睡してしまった自分に驚いたのは、朝を迎えて目が覚めてからだった。





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