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残念なことがありました
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アクシデント付きのお出かけから五日後。
「アシーナ、紹介したい人がいるんだ」
「はい」
昼食が終わり、メルさん自慢の花が咲き誇る中庭の一角でお茶を飲んでいる所に、一人の女性騎士を伴って訪れた。
「彼女は、騎士アンジェ・フロー。今日からアシーナの護衛をしてくれる」
ほとんど外出なんかしないのだけど……
「よろしくね。アンジェ」
「誠心誠意、お支えさせていただきます」
キリッとした立ち姿のアンジェは、茶色の長い髪を一つにまとめている。
「アンジェには家族がもういないんだ」
「なので、私は何処へなりともお供します。今後もずっと奥様をお護りしますので」
もしかして、ずっととは、離婚してからもってことかな。
そのつもりで、メルさんも選んだのかな。
気を使わせてしまったなぁ。
「頼りにさせてね。アンジェ」
「はい。お任せ下さい」
伯爵家に保護されてから、私の周りには優しい人達しかいない。
今の生活は、あと残り10ヶ月も満たない時間で終わる。
それが寂しいと思うのは、自分を取り巻く環境を守りたいだけなのか、それとも、別の大切なものを手放したくないと思っているのか。
私にしては難しいことを考えたところで、簡単には答えが出ない。
自分の中で悩むことはありながらも、マナーレッスンや、ダンスの練習をすれば二ヶ月なんかあっという間だった。
大規模な舞踏会に参加するにあたり、それが初めてのこととなるので、メルさんに恥をかかせてはならないと、たくさん準備した。
それなのに、とても楽しみにしていたのに、楽しみにしすぎたせいか、当日になって熱を出して寝込んでしまっていた。
「ごめんなさい……せっかく……なのに、ごめんなさい……」
熱に浮かされ、頭がガンガンと痛む中、うわ言のように何度も繰り返す。
「仕方がないことだよ。謝らないで。舞踏会はまだあともう一回あるのだし。そうだ!お祖父様の家のお茶会に行くことだってできるよ。元気になったら、今度はお茶会用のドレスを買いに行こう」
ベッドの中で泣く私を、メルさんはずっと付き添って慰めてくれた。
メルさんだけでも参加することはできたのに。
朝までずっとずっと付き添ってくれた。
朝を迎える頃には、体調不良で頭はぼーっとするけど、気持ちは随分と楽になっていた。
残念で悲しいと思う気持ちよりも、メルさんの気遣いが嬉しいと。
顔を横に向けると、ベッドサイドで突っ伏すようにメルさんは寝ていた。
腕を組んで枕がわりにしているから、その腕にキティがぴったりと寄り添っている。
寒くなかったのかな。
「メルキオールさん?」
「はっ!あ……あ、ごめん、起きてたんだね。具合はどう?」
声をかけた途端に体を起こしたメルさんは、ゴシゴシと口元を拭きながら私に尋ねた。
「まだ、調子は悪いですが、昨日よりは楽になりました。メルキオールさんこそ、疲れていませんか?私は横になっていれば大丈夫なので、メルキオールさんこそ休んでください」
「これくらい平気だよ。着替えた方がさっぱりするね。リゼを呼んでくるから、待ってて」
部屋から出て行くメルさんを見送ると、廊下で多くの人が動く気配を感じた。
みんなに心配をかけたようだ。
ふうっと、息を吐き出す。
昨日は残念だったけど、でも今はしっかりと休んで、体調を戻して、半年後の舞踏会に今度こそ参加するんだ。
ベッドの中で誓ったことだ。
私が完治したのは、この日からさらに二日後のことだった。
それからの半年は、私にとっては無意味なものは何一つ無かった。
楽しいことばかりだったと言える。
毎朝メルさんと一緒に食事の席について、午前中は植物園でメルさんのお手伝いをし、午後は自分の学びの時間で、学校で学べなかったことを家庭教師に教えてもらった。
メルさんが言った通りに、ヨハネス様のお家のお茶会にも参加した。
大きな変化が無い、平穏な毎日が心地よかった。
「アシーナ、紹介したい人がいるんだ」
「はい」
昼食が終わり、メルさん自慢の花が咲き誇る中庭の一角でお茶を飲んでいる所に、一人の女性騎士を伴って訪れた。
「彼女は、騎士アンジェ・フロー。今日からアシーナの護衛をしてくれる」
ほとんど外出なんかしないのだけど……
「よろしくね。アンジェ」
「誠心誠意、お支えさせていただきます」
キリッとした立ち姿のアンジェは、茶色の長い髪を一つにまとめている。
「アンジェには家族がもういないんだ」
「なので、私は何処へなりともお供します。今後もずっと奥様をお護りしますので」
もしかして、ずっととは、離婚してからもってことかな。
そのつもりで、メルさんも選んだのかな。
気を使わせてしまったなぁ。
「頼りにさせてね。アンジェ」
「はい。お任せ下さい」
伯爵家に保護されてから、私の周りには優しい人達しかいない。
今の生活は、あと残り10ヶ月も満たない時間で終わる。
それが寂しいと思うのは、自分を取り巻く環境を守りたいだけなのか、それとも、別の大切なものを手放したくないと思っているのか。
私にしては難しいことを考えたところで、簡単には答えが出ない。
自分の中で悩むことはありながらも、マナーレッスンや、ダンスの練習をすれば二ヶ月なんかあっという間だった。
大規模な舞踏会に参加するにあたり、それが初めてのこととなるので、メルさんに恥をかかせてはならないと、たくさん準備した。
それなのに、とても楽しみにしていたのに、楽しみにしすぎたせいか、当日になって熱を出して寝込んでしまっていた。
「ごめんなさい……せっかく……なのに、ごめんなさい……」
熱に浮かされ、頭がガンガンと痛む中、うわ言のように何度も繰り返す。
「仕方がないことだよ。謝らないで。舞踏会はまだあともう一回あるのだし。そうだ!お祖父様の家のお茶会に行くことだってできるよ。元気になったら、今度はお茶会用のドレスを買いに行こう」
ベッドの中で泣く私を、メルさんはずっと付き添って慰めてくれた。
メルさんだけでも参加することはできたのに。
朝までずっとずっと付き添ってくれた。
朝を迎える頃には、体調不良で頭はぼーっとするけど、気持ちは随分と楽になっていた。
残念で悲しいと思う気持ちよりも、メルさんの気遣いが嬉しいと。
顔を横に向けると、ベッドサイドで突っ伏すようにメルさんは寝ていた。
腕を組んで枕がわりにしているから、その腕にキティがぴったりと寄り添っている。
寒くなかったのかな。
「メルキオールさん?」
「はっ!あ……あ、ごめん、起きてたんだね。具合はどう?」
声をかけた途端に体を起こしたメルさんは、ゴシゴシと口元を拭きながら私に尋ねた。
「まだ、調子は悪いですが、昨日よりは楽になりました。メルキオールさんこそ、疲れていませんか?私は横になっていれば大丈夫なので、メルキオールさんこそ休んでください」
「これくらい平気だよ。着替えた方がさっぱりするね。リゼを呼んでくるから、待ってて」
部屋から出て行くメルさんを見送ると、廊下で多くの人が動く気配を感じた。
みんなに心配をかけたようだ。
ふうっと、息を吐き出す。
昨日は残念だったけど、でも今はしっかりと休んで、体調を戻して、半年後の舞踏会に今度こそ参加するんだ。
ベッドの中で誓ったことだ。
私が完治したのは、この日からさらに二日後のことだった。
それからの半年は、私にとっては無意味なものは何一つ無かった。
楽しいことばかりだったと言える。
毎朝メルさんと一緒に食事の席について、午前中は植物園でメルさんのお手伝いをし、午後は自分の学びの時間で、学校で学べなかったことを家庭教師に教えてもらった。
メルさんが言った通りに、ヨハネス様のお家のお茶会にも参加した。
大きな変化が無い、平穏な毎日が心地よかった。
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