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後編

34 一度は捨てた国だけど

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 客間に残された私達は、とりあえずそこに腰をおろしていた。

 テオとリュシアンはソファーに並んで座っていて、私はテーブルを挟んだその向かい座っている。

 リュシアンはもう気持ちの整理をしたのか、覚悟を決めたのか、いつも通りの微笑を浮かべていた。

「テオ。改めて君との再会を、無事を、喜びたいよ」

 リュシアンは優しすぎるほどの言葉をテオに向けている。

「俺はお前を国を裏切った。心配なんかするなよ」

 テオはすでに泣きそうになっていた。

「君が無事なら、それでいいんだ。彼女、キーラ……は、スカーレットが、君の本来の髪の色なのか?」

 ああ、スカーフの隙間から髪の毛が覗いていたのね。

 私の髪の色は、随分前に元に戻っていた。

 テオは視線を逸らして、リュシアンを見ようとはしない。

 そんなテオの様子に何を察したのか、

「言いたくない事は、無理に話さなくていいよ。彼女のお腹の子はテオドールの子供なんだね。おめでとう」

 リュシアンの言葉は、どこまででも優しく、テオに対する愛情で溢れているのは私でも分かった。

 その心がダイレクトに伝わるテオはとうとう項垂れて、両手で顔を覆ってしまっていた。

「頼むから、俺に優しい言葉をかけないでくれ」

「何か、テオの子供の為にお祝いをしてあげたかったけど、時間がなくて。ごめんね」

「俺は、国を、お前を見捨てたんだ」

「テオドール」

 リュシアンが困り顔でテオを見ている。

「殿下。そろそろ」

 時間だと、騎士がリュシアンを促した。

「わかった。テオドール、国を捨てたとか思わなくていいんだよ。君が幸せな方が私も嬉しいのだから。じゃあね、元気で。キーラも。元気な子を生んでね」

 その別れの言葉に、テオは顔を覆っているその手で自分の髪をグシャリと握りしめた。

 顔は見えなくても、身体は震えていた。

 そのテオの肩を、リュシアンは一度だけ撫でて、そして立ち上がって、私に向かって微笑んできた。

「テオドールの事を頼んでもいいかな」

 その顔は達観したかのように、どこまでも穏やかだった。

 これから滅びゆく国に帰るとは思えないほどに。

 清廉な彼なら、国民を置いて亡命を選ぶなどということはないのだろう。

 王家の血を引いていなくても、ギフトを所持していなくても、彼は誰よりも国を守る者としての資質を備えているのだから皮肉だ。

 テオは、そんな彼の姿を見てしまってはもうダメだ。

 最期まで会わなければ、まだ心の均衡を保てたかもしれないけど。

 死地に赴くリュシアンと、それを罪の意識に苛まれながら見送ろうとするテオ。

 リュシアンの愛情に満ちた想いは、テオに筒抜けだし。

 リュシアンと再会してしまったばかりに、それを一生後悔することは目に見えていた。

 いや、そもそも葛藤はずっと続いていたんだ。

「テオ」

 もう、見ていられなかった。

 別に私はあの国の人間が、何人死んだって関係ないと思っている。

 勝手に国と一緒に滅びればいい。

 私を処刑しようとしたくらいだ。助ける道理はない。

 今でもザマーミロと思っている。

 こんな私が親になろうとしているとは、本当に滑稽だ。

 でも、たった1人だけ。

 テオが大切に想うリュシアンを救う事なら、心が動かされないわけではない。

 何よりも、テオのこの姿をこの先見続けるのは、私が耐えられそうにない。

 帝国での生活をあっさりと捨てられるものではないけど、教え子であるあの子達の顔が浮かんでくるけど、でも、

「テオが、少しでもリュシアンと一緒に帰りたいと思う気持ちがあるのなら、私も、テオについていくよ」

 テオは、顔を覆ったまま首を僅かに振っている。

 それは、何を否定しているのか。

 自分の思いを否定したいのか、私に来るなと言いたいのか、

「じゃあ、分かった。言い方を変える。私はもう気が済んだから、帰るよ。だからテオも付いてきて。リュシアン。私を一緒に連れて帰って」

「それはできないよ。今から消え逝く事が分かっている国に、子供を宿している女性を連れて行くなんて」

 当然だけど、リュシアンは戸惑っていた。

「じゃあ、いいよ。1人で帰るから」

「待ってくれ!!」

 ここでやっと、テオが顔を上げた。

 ギリギリ泣いていないようだったけど、色んな感情がせめぎ合って限界なのは見て取れた。

「リュシアン。少しだけ時間をくれ。話したい事がある」

 そう言うと、広い部屋の片隅に、テオはリュシアンを連れて行った。

 二人で何かを話し込み、途中、驚いた顔で私の方を見ていた。

 全てを話しているのだろうと、そう悟る事はできた。

 リュシアンも、時折顔を俯かせて何かを耐えているように見えた。

 やがて、疲労を滲ませてはいるけど、強い決意を瞳に宿らせてリュシアンが私の元へやってきた。

「テオドールから全て聞いた。申し訳なかった」

 リュシアンが深々と私に頭を下げてきたものだから、近衛騎士がざわついた。

「別に、リュシアンに謝られたって困るだけなんだけど」

「それでも、謝らずにはいられない。貴女に酷い仕打ちしかしていない国を、私は救ってもらおうとしているのだから」

「テオのため。私はそれ以外では心は動かされない」

 頭を上げて頷いたリュシアンは、今度は騎士達に向き直った。

「近衛騎士達よ。彼女はギフト所持者で、国王の実子でもある。真の主人は彼女だ。だから、国に戻るまで、国に帰っても、彼女と、同じギフト所持者のテオドールを必ず守るんだ」

 そんな命令が下されていた。

「殿下、しかし、何故、帝国にギフト所持者が滞在しているのですか。それでは、まるで……」

 壁が消えたのは、私達のせいだと?

「詳しいことは今は言えないが、原因は我々、国にある。君達も知っているだろ?彼女は言葉を封じられて、処刑される寸前だった」

 騎士達はそれを思い出したのか、一様に皆押し黙っていた。

 でも、黙ったままではなかった。

 隊長である男が合図を送ると、一斉に私に跪いていた。

 主人に忠誠を誓う騎士のソレだったけど、やっぱり私は冷めた目でしか見つめる事ができなかった。

 今さらだ。

 それ以外の感情は何も起きてはくれなかった。













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