evil tale

明間アキラ

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第一章 「弱き人」 ー幼少期編ー

第五話「曰く労働 真は刑務」

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『コリン採掘場前』
そう放送がなされるとドアが開く。

トボトボと力のない足取りで子供たちは歩き、駅へと降りていく。
駅は汚い、というよりも人気がないという方が正しいだろう。
壁や天井には蜘蛛の巣がかかり、葉や砂が床を汚し、埃が待っている。

『こちらへ』と書かれ、
右側を矢印で指す案内板の横の壁に、
『無能の方々は』という文字がうっすらとだけ見えた。

その案内板の方に向かうと役人らしき人物が
列に並んだ子供たちから渡された書類を受け取っている。
そして、見るからに面倒臭そうな態度で書類をチラ見して、適当に判を押す。
あそこの人間と子供が入れ替わっても、業務に支障はなさそうだ。

ルーカスの番になり、書類を渡すと
投げやりにハンコを押し、新しい書類数枚を乱雑に投げられる。

スライドするように手元に飛んできた書類を
受け取った後、その前にずらりと並んであるベンチの上に座って
少しだけ内容を確かめる。

『15号館 224号室』

自分が住む住所と自分の業務内容、この採掘場の見取り図が
そこには記されており、また一日の大まかなスケジュールも載っていた。

『コリン採掘場 労働員
第一勤務先 鉱石の粉砕』


駅に設置されたこの役所とこのベンチの並んだ待合所から
外に出た時からこの内容に従うことになるのだ。

「嫌だ! 帰せ!! 家に帰せ!!」
中には泣き叫び、職員に連れていかれている子供もいる。
首根っこを掴まれ、職員に片手で外へと放り投げられている。

内容確認もそこそこに、ルーカスは外へと歩きだした。
投げ捨てられ、すすり泣く子供の横を通り抜け、外へ出る。

土と砂にほんの少し硫黄のような匂いがしたかと思えば、
彼の目の前にのスラムのような世界が広がっていた。


夜空の下、月明かりが射す時間に、大勢の人間が騒いでいる。
賑やか、というにはあまりに荒れ果てた世界だ。

駅の周辺にあるのは質素な雑貨店達で、少し距離を置いて多くの団地がある。
地面は茶色の土が広がり、小石やゴミが転がっている。

そして、その向こうには岩山が目いっぱい広がっており、
その前には煙突からの灰色の煙を出し、大量の瓦礫が横にあるような施設達が並ぶ。
今は人っ子一人いないというのに、何をする場所なのか鮮明に示してくれていた。


打って変わって、駅周辺で騒いでいるのは
小汚く、地味なポロシャツやシャツに、砂で黄ばんで色も落ちたジーンズを着た人たち。
そいつらが遠くの方で、罵詈雑言を浴びせあい、殴り合いの喧嘩をしている。
野次馬がそれを囲んで騒ぐことでちょっとしたお祭り騒ぎになっていて非常にやかましい。

建物の隅には手足を震わせた老人が酒をちびちびと飲んでおり、虚ろな目で遠くを見ている。

集団から離れたところにはまばらに人が酒をラッパ飲みしながら闊歩し、
ルーカスよりも先に出ていった子供たちが彼らに絡まれ、殴られ、連れ去られかけていた。

ルーカスは、そんな集団や人々から距離をとり、
見取り図を見ながら十五号館の方へと歩いていると、

「おい、坊主! どこに行くんだ?」

声をかけられた。咄嗟に見取り図をしまい、そいつに向き直る。
50歳は超えているであろう、飲んだくれた人間の男
汚れたシャツに着古されて、砂で汚れ、ぼろぼろなデニムを履いた
顎鬚の目立つその男は、一人でルーカスに絡んできた。
ギラ着いた目で、舐めるようにジロジロと少年を見つめてくる。


「・・・・・・13号館」
「へえ・・・なあ坊主、部屋はどこだ」
「・・・・・・」
「いや、やっぱいいや 俺が歓迎会をしてやるよ
俺んとこ来いよ、な?」

肩に腕を回し、脂汗の滲んだ手で、彼の顔を触ってくる。

気さくに話しかけようと取り繕った
不細工で、気味の悪い男の笑顔を見て、彼の体に悪寒が走る。

「・・・・・・」
「行くぞ、ほら」

気味の悪い男に肩をゆすられ、
服を掴まれ、引っ張られる。

「・・・・・・」
ルーカスが頑として動かないようにすると
その男の態度が変わっていく。

「おい! 何とか言えよ!!」

怒気のこもった声を上げ、
強引に引き寄せられそうになった瞬間、
ルーカスは手を振り回してあばれ、
必死になって駆けだした。

心臓が激しく鼓動し、
足の筋肉や骨がきしむ。

だが、それすらもどこかに忘れ、
さっき見た見取り図の記憶を頼りに走る。

「はあ、はあ、はあ、」

息を切らし、肺は悲鳴を上げるが、
彼の頭にそんなものはわからなくなっていた。

十三号館へと向かい、後ろを確認すると、
もう追ってきていないようで、
あの男の姿は見えなかった。

「はあ、、はあ、、はあ、、」

安堵と共に体にかかった負荷が一気に彼の体を襲い、
倒れこみそうになる。

疲れた体を引きずり、
念のために、そこらをうろつき遠回りをして、十五号館に入り、
階段を上がって、自分の部屋に着いた。

少しためらった後、意を決して、扉を開けて中に入る。

入って正面に見えたのは大部屋が一つ、
木製の板で作られた床の上に布団が一組、ぽつんと置いてある。
布団というよりはベッドのベッドなしといった方がいいかもしれないが。

そして、入って右にはトイレと洗面台があった。

それだけだった。

上下左右からは人の足音や声、たまに嬌声が響き
外からは騒いでいる奴らの声が聞こえる。


彼の実家も住みたい人間は少ないだろうが、
あの父親さえいなければ極上の部類に入る。
家自体の落差はひどいものだ。

しかも、キッチンや風呂はなく、
『食事は食堂で、風呂は決まった時間に共同で入れ』
と書類に記載されていたことから間違いでも何でもないのだ。


扉の鍵を急いで閉めて、荷物を放り投げた後、
ルーカスは、その布団の上で三角座りで縮こまっていた。

乱れていた呼吸や動機はいつの間にか止んでいたが、
冷静になってくると体が震えてきた。

あの男が頭によぎる。
あの男の像と父親が一部重なって見える。

震える体を自分で抱きしめ、
両腕で両ひざを抱え、締め付ける。
歯がきしむほど、食いしばり、足の間を見つめている。

その目からは涙がこぼれ、怒りと恐怖で体がはじけそうになっていた。

声にならない声を上げ、頭を掻きむしり、
ただストレスに蝕まれることしかできない。

(クソがクソがクソがクソがクソが)

長旅で疲れたはずの体は全く休まらない。
足音がすべてあの男のものに聞こえてしまって夜も眠れない。

長い夜は気が付くと開けていて、
もう朝が来てしまっていた。

昨日の夜から何も食べていないためか彼の腹が鳴る。

時刻は6:30
もうすぐに食堂が開く時間帯だ。

「・・・・・・」
疲れ切った体は食べ物を求める。

ドアにのぞき穴なんてものはついていないので、
ドアを少し開けることで、外を見た。

「誰も・・・・いない」

少しずつドアを開け、周りに誰もいないことを確かめる。

そうしてやっと外へと歩きだした。

表通りに人はあまりいない。
酒瓶を片手に眠っている人はいるが、昨日のような騒ぎにはなっていない。
代わりに嘔吐物やゴミがそこらに散らばり、道を汚している。

食道に向かって歩き出し、ゴミや酔っ払いを避けて通り、
食堂に入った。

大概が飲んだくれて出てこないのか
食堂にいたのは同年代の子供がほとんどで簡単に朝餉を食べることができた。

固いパンがバスケットに大量に詰め込まれ机の上に置かれている。
それ以外の食材は一人一つおぼんに焼いた大量の肉と野菜のスープが盛られていて、
それをカウンターまで取りに行く形式だ。

料理の中身としては、量はあるが、食べるのは非常にめんどくさい。

肉は固いし、野菜スープは味が薄くお湯で濡れた野菜でしかない。
ルーカスがそれをちまちまと食べていくうちに
周り人がだんだんと増えてきたが、人がいっぱいになることはなかった。

ルーカスが朝食を食べ終えて、大体七時過ぎに食堂を出ると
周りにはまた酒盛りが始まっていた。

缶詰のようなものを食べながら、酒を飲み、
朝から酔っぱらっている。

何やらカードゲームでかけをしている人たちや
怪しげな粉を囲んであぶり吸い込んでいる奴らもいるようだ。

予定では朝九時から仕事は始まるらしいので
今はまだ自由時間なのだろう。

ルーカスはそれに参加することなんてせず、
真っ先に自室の前に戻り、中を確認した。

「・・・・・」
動悸が激しい中、誰もいないことに安堵し、
部屋の中でへたり込んだ。

横に放られていたカバンの中から書類を取り出すと
次の予定は「九時から九時半までに作業場に行くこと」
であり、ずいぶんと暇だ。

だが、部屋の外にはなるべく出たくない。
その思いが結局勝ち、悩んでいるうちに九時が来た。

鐘の音が聞こえる。
重く響く音は採掘場全体に響き渡り、
部屋の中でも聞こえるほども大きさだ。

支給されただぼだぼのジーンズを履き、
上は白いシャツのまま外へ出ようとする。

「・・・・・」
扉の前で固まってしまうが、
恐怖をどうにか押し殺し、何度も扉の外に
誰かいない確認してから外へ出た。

なるべき人通りを避けて、
指定の場所に行く。

そこは大量の金属の台が並べられている場所で
彼に与えられた仕事は鉱石を砕くというものだった。

鉱石をつぶして、金属に成型する最初の段階として
ただの少し色の変な石ころにしか見えないものを
与えらえたハンマーで叩き潰す。

それを同年代の子供たちと共にやり続けていた。
ただ無心で叩き潰す。

途中、突然泣き出す子供もいたが

「うるさい」
と言って教官の獣人に殴られるので、
黙ってやり続けた。

無心でいると案外時間は早く過ぎ、
昼食の時間になった。

ルーカスは同年代と教官に連れられ、食堂で飯を食べることになっていた。

早く食えと急かされながらさっさと食べ終わると
戻ってまた同じ作業を繰り返す。

無心で砕いていると、時間が過ぎて、19:00頃には終業のベルが鳴る。

そこからはまた同じだ。
外で酒盛りをする奴ら、薬をキメる連中の声を聴きながら
食堂で出される似たようなご飯を食べて寝る。

まるで刑務所だな
とでも言いたくなるような生活に辟易としながら部屋に帰り、ルーカスは床に就く。

ここまでの疲れが押し寄せるように眠気が彼を襲い
気づくと夢も見ることなく、もう次の朝が来ていた。
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