英雄殺しの復讐譚

化茶ぬき

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第7話 1/13

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 ブラフ――本で描かれているのは気弱であまり前に出たがらない人物だった。加えて、僕の記憶の中と比べても随分と変わったようだが、面影はある。

 目の前には肥え太った醜い豚が一匹。見る影もないが、肌で感じる気配でその実力が窺える。少なくとも、ウォードベル神父よりは強い。

「貴様、私が誰かを知っての狼藉か?」

「はい。存じ上げています。十三人が英雄の一人、計略のブラフ」

「様を付けろ下民が。こんなことをして生きて帰れるとは思っていないよな?」

「……そうですね。生きては帰れないと思います。いくつか訊きたいことがありますが――今日こんにちより十年ほど前、東の山中にて行商の馬車を襲ったことを覚えていますか?」

「馬車ぁ? そんなもん日常過ぎていちいち憶えているわけが無い」

「父を嬲り、母を犯し、馬車ごと全てを燃やしたことが日常……だったんですか?」

「然り。我らは勇者にして英雄だぞ? 魔王を倒すための犠牲と考えれば安いものだろう」

 ああ……そうだよな。相手は豚だぞ? こちらの言葉が通じるはずはない。

 取り出したナイフの先をブラフに向けた。

「では、構えてください。ブラフ――お前はが殺す」

 すると、ブラフは厭らしく口角を上げて杖を手に立ち上がった。

「やってみろ。貴様のようなガキなど軽く捻り潰してくれる!」

「援護魔法中心だったお前に負けるわけが無い」

「ぶひゃひゃ! よく知っているが、それは何年も前のこと! 英雄たちは全員が漏れなく魔王を倒したことで新たな力を手に入れた! 《大地を穿て――ウォリアー》!」

 魔法詠唱と共に床に杖が突き立てられると、壁と床が盛り上がり分離するように石の兵士が現れた。元は仲間の肉体強化や攻撃魔法によるちょっとした援護だけが能の後衛だと思ったが、本人の言う通り当時より力が増しているらしい。

 だが見たところそれほど強度は高くない。

「ふっ――!」

 両手に握ったナイフで関節部分を斬ればバランスを崩してガラガラと倒れていく。

 数は多いが大したことは無い。再生することがないのなら考える必要もないしな。

「――っと。こんなものか?」

 全ての石兵を倒して居直れば、ブラフの体は援護魔法の力に包まれていた。

「そんなものだ。所詮は時間稼ぎに過ぎないのだからな。《大地を纏え――ロックアーマー》!」

 すると、まるで粘土のように伸びてきた床の岩がブラフの体を包み込み、強固な鎧を纏った姿になった。

「ふぅ……だからどうした?」

 ナイフを握り直して駆け出した時――ブラフが床に杖を突き立てると四方から石の棘が伸びてきた。

「っ! 詠唱無視か」

 とはいえ、ナイフで受け切れる。

「詠唱無視では多少の威力は落ちるが貴様程度ならば問題なかろう。ほら、どんどん行くぞ!」

 上下左右正面背後――避けて受け流すので精一杯だが、動かせる岩の量に制限があるのか抜け道はある。

 視線の先にブラフを捉えた瞬間、飛んできた火の球が直撃した。

「ぶひゃひゃ! どうだ!? いい加減諦める気になっただろ!?」

「何故だ?」

 詠唱無視の魔法の威力など高が知れている。構うことなく炎を突っ切れば、驚いた顔をしたブラフが杖を突き立てた。

 だが、時すでに遅しだ。飛び出てきた棘は背中を掠めただけだった。

「っ――だからどうしたというのだ!?」

 振り下ろされた岩の拳を受け止めれば、その衝撃が体を伝って足元の床を割った。

「巨体の割に素早いな」

「ガキの割に頑丈だな」

 速さと手数ではこちらのほうが上のはずだ。

 岩が薄そうな関節部分を狙って刃を突き立てればガリガリと音を立てるが、構うことなく何度も何度もナイフを振る。

 ブラフの拳を避けつつ受け流しながらでも、そのうち何発かは確実にこちらの体を捉えてくる。

 そして、気が付いた。

「硬いな」

 まだ刃毀れしていないが、確実に刃が負け始めている。

「ようやく気が付いたか! 私の鎧にナイフなど利くはずもない! それに加えて絶望的なことを教えてやろう! 私の援護魔法は自分自身にも使えるのだ。膂力、体力、魔法耐性、すべてが通常の十倍である! 貴様如きに負けるはずが無い!」

「そうか。なら――」

 剥き出しの顔面に目掛けてナイフを向ければ、そこを守るように鎧が伸びて刃を防いだ。

「弱点を残しているはずが無かろう!」

 次の瞬間、下から突き上げられた拳が腹部に減り込んで吹き飛ばされた。

「っ……ごほっ」

 口の中に苦い味が広がる。

 突き出てくる岩の棘を避けながらも思考を廻らせる。

 ナイフでは刃が立たない。考えろ。現状での最悪はなんだ? ……敵が増えて、ブラフに援護魔法を使われることだ。そうならないために早くケリを付ける必要があるが、手持ちの中で使える武器が無い。

 魔力切れを待つか? いや、元より魔力を持たない身としてはどの程度の実力者が、どれくらいの魔法を使って魔力切れになるのかはわからない。腐っても英雄ならば、常識では測らないほうがいい。

 少なくともブラフは肉体も強化しているわけだが――一つ、試してみるか。

 棘を避けたところで、二本のナイフを仕舞った。

「ぶひゃひゃ! ついてに諦めたか!」

 すると、正面から伸びてきた棘を見て、ギリギリで避けたところに握った拳を振り下ろすと、岩は粉々に砕け散った。

 ナチュラル・ギフト――相性的に、岩ならナイフよりも拳だな。

 飛び出してきた棘を叩き割りながらブラフに近寄れば、岩の拳を振り下ろされるのに合わせて、こちらも拳を合わせた。

「くそっ、砕けないか」

「当たり前だ! この鎧は肉体強化と同じで強度は十倍! 拳で割れるはずが――っ!」

 空中で体を翻し、顔面に蹴りを入れれば当然のように鎧で防がれたが衝撃は伝わったのかバランスを崩した。

 その瞬間にブラフの背後に回り込み、その体を抱き締めた。

「これで、もう魔法は使えないだろ」

「だからどうした? 言ったであろう、この体は膂力も十倍なのだと――っ、なんだ? 腕が外れん!」

「当たり前だ。俺の体は魔法で強化もしていない。魔法耐性だろうとなんだろうと関係ないんだよ!」

 腕に力を込めれば、ビキビキと鎧にヒビが入る音が聞こえてきた。

「くっ――この愚民が! こんなことをしてタダで済むと思うなよ!」

「俺の両親を殺しておいて、この程度で済むわけがねぇだろ」

 自らの腕の筋肉がはち切れてもいいほどに締め付ければ鎧が砕け――それでも力を入れ続けた。

「ぐっ……おいっ! やめろ! これ以上は――っ!」

 ――背骨の折れる音がした。

 腕を放せば、ブラフは床に倒れ込んで身に纏っていた鎧はボロボロに砕けていた。

 ナイフを手にすれば、ブラフは血を吐きながらも上半身を起こしてこちらを睨み上げてきた。

「くそっ――くそっ! 私が貴様のようなガキに負ける!? そんな道理が通って堪るか!」

「……言いたいことはそれだけか?」

「私を殺せばすぐに他の英雄がお前を殺しにやってくるぞ! どうだ!? 恐ろしいだろう!」

「言いたいことはそれだけか?」

「っ――貴様、正義を行っているつもりか? 私がいなくなれば旧魔王領に対する抑止力がなくなる! そうなれば、困るのは貴様等領民なのだぞ!」

「言いたいことは、それだけか?」

「わ、わかった! 取引をしよう! 奴隷を一匹――いや、好きなだけやろう! それに金も領地も、死ぬまで何不自由ない生活を保障してやる!」

「はぁ……言いたいことはそれだけか?」

「すっ――済まなかった! 私たちが……いや、私が間違っていた! だから――だから命だけは――」

「……ようやく謝りましたね」

「で、では……」

「ですが、謝ったところで僕の両親が帰ってくるわけではないんです」

 全てを呑み込むルール零・復讐を始めたら、最後までやり遂げろ。

 ナイフを握り締めた瞬間、ブラフが魔法を使おうと腕を動かしたのを見て、その手を踏み潰して骨を粉々にした。

「っ――ああっ! くそっ! くそがっ! 何が目的だ!? 私を――英雄を殺したところで何が変わるというのだ!?」

「そんなことはどうだっていい。これはただの――の復讐だ」

 膂力に任せたナイフの一振りはブラフの首を撥ね飛ばし、辺りには鮮血が降り注いだ。

 さぁ、ここからだ。これでようやく始まった。

 引き返すことはできない。引き返すつもりもないが……これで十三人のうちの一人を獲った。残りは十二人。また新たに気を引き締めるとしよう。
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