放浪剣士は異世界ダンジョンを踏破する。

化茶ぬき

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第1話 負けない副将

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 ――引き分け!


 未だに審判の声が頭に残っている。

 中学から始めた剣道で、ついぞ高校では一勝も上げることが無く引退を迎えた。

「負けない副将、か」

 随分と皮肉めいた呼び名だが、否定できないのだから仕方が無い。

 中学では個人で全国大会にまで出たのに、高校では置物とも呼ばれ……同級生たちは理由を知っているから特に何を言うでも無かったが、後輩たちには悪いことをした。まぁ、それも今日で終わりだ。防具は学校に寄付したし、剣道漬けだった生活もこれからは大学に向けての勉強一色になる。

 これでいい。これでいいはずなのに――どうして俺は竹刀を持って帰ってきているんだろうな。

「……少なからず未練はあるか」

 六年という期間は長くないにしても密度は濃かった。それに俺の場合は剣道を始める前にも――

「っ――」

 耳鳴り? いや、音か。

 夕暮れで人通りの少ない通りに、横には潰れた廃工場。音の出所は工場のほうだな。機械の誤作動とかだったら危ないし、確認しに行くとしよう。こう言う場合は警察? いや、保健所……役所かな。

 携帯を片手に工場敷地内を進んでいく。

 音のするほうへ。

「……こっちか」

 甲高い音が鳴り響いているが嫌な感じはしない。

 まるでブザーのような音だが――この大きさなら俺以外にも気にしている人はいると思うけど、どこまで行っても我関せずなのは日本人らしい。

「この辺りなんだけど……」

 建物の外で、機械らしいものは無い。勘違いってことは無いだろう。実際に今も音が聞こえているわけだし。

 ……いや、まさか。そんなはずは無い。だって、壁に描かれた変な模様から音がするなんて有り得るか?

「模様……魔法陣? 落書きにしては手が込んで――っ!」

 工場の壁に描かれている落書きに掌を触れた瞬間、周囲の音が消えて魔法陣が光り出した。

「いや、ちょっ――」

 光り出したのに驚いて携帯を落としてしまったが、眩しさに目を開けていられず瞼を閉じた。

「…………はぁ?」

 目を開けた先に見えた光景は、レンガ造りの洞窟? 廊下? 通路? いや、待て待て。そんなことより意味がわからない。俺は学校帰りで、部活の引退式を終えたところで、廃工場の外にいたわけで……転移? 異世界転移か?

「ははっ……そんなわけねぇよ、な?」

 カツンッ――と、背後から聞こえた物音に振り返れば、蜘蛛がいた。

 蜘蛛。巨大な蜘蛛。通路を埋め尽くすほど大きな蜘蛛の複眼がこちらを見詰めている。そして振り上げられた足が――

「ふぐっ!」

 持っていた竹刀袋を掲げれば、体ごと吹き飛ばされて斜め掛けしていたエナメルバッグを落とした。

 驚くくらい吹き飛んだな。一回転したし、竹刀袋にも穴が開いた。だが、これでも剣道経験者だ。体当たりで吹き飛ばされたことなんて幾度となくある。

 現状はよくわからないけれど、目の前の蜘蛛をどうにかしなきゃ殺されるのはわかる。

「とはいえ……どうすりゃいいんだ? こんなもん」

 鍔を嵌めた竹刀を中段構えにしたものの、竹刀で倒せるのか? しかも制服。動きにくい。

 脚は八本――先程は不意を突かれたが、こうして向き合えば避けるのは容易い。

 振り下ろされる一本目――横薙ぎの二本目――突き刺しの三本目を避けて。

「メッ――いや、籠手ぇええ!」

 パシンッ、と良い音が鳴った。

 ……良い音鳴った。ダメージはゼロか。当然だ。こっちは竹で、相手は巨大な虫。地球上の生物を同じ大きさにしたら圧倒的に強い生き物だぞ? せめて木刀でも持っていれば良かったが、あんなもの剣道部でもそうそう持ち歩くことは無い。

 虫の弱点は? 潰す? いや、自分より大きい生き物を潰せるわけが無い。殺虫剤? 持っていれば苦労は無い。

 マズいな。尋常ではないほどの冷や汗が出ているんだが。

「ん?」

 蜘蛛の口元がひくひくと動いたかと思った次の瞬間、糸が飛び出した。

「あぶっ――あ、やばっ」

 足元に飛んできた糸を跳び上がって避けたが、そこに蜘蛛の足が横薙ぎにされた。

「っ――!」

 壁に叩き付けられたが、受け止めた竹刀が割れて砕け散った。

 これで唯一の武器を失ったな。

 蜘蛛は楽しむように足で地面を鳴らしながらゆっくりと近付いてくる。

 異世界転移した先でモンスターに襲われてジ・エンドなんて聞いたことが無い。……そりゃあそうか。死んでいれば物語にすらならない。

「……バッグ」

 叩き付けられ倒れた傍らに、落としたエナメルバッグがあった。何か使える物を――そう思って中を漁れば制汗スプレーが出てきた。香りじゃ倒せない。

 ……スプレー缶――火――事故――爆発――火炎放射!

「だからっ! ライターもマッチも持ってねぇんだよ! 高校生だぞ! そんなもん――」

 いや、ある。

 この通路を照らす明かり――剥き出しのランタンが等間隔にぶら下がっている。

 それが本物の火なのかはわからないが、今は賭けに出るしかない。

 割れ残った竹刀の柄を制汗スプレーに振り下ろし、凹んで穴が開き中身が漏れ出したのを確認した。

「上手くいけ――よっ!」

 ランタンに向かってスプレー缶を放り投げ、通路の角に身を寄せてエナメルバッグを顔の前に抱え上げた。

 次の瞬間――破裂音と共にギギギッと焼き縮む音が聞こえてきた。

 燃える蜘蛛。のた打ち回る蜘蛛。

 壁に激突していた蜘蛛は次第に動きを鈍らせて、最後は焦げた臭いを漂わせながら地面に倒れ込んだ。

「……死んだか?」

 割れた竹刀で蜘蛛の体を突けば、反応を見せなかった。しかし、改めてこう近くで見ると気持ちが悪いな。

「まぁ、それはさて置き」

 状況を整理しよう。

 工場の壁に描かれていた魔法陣をタッチ――そして、異世界へ。……異世界か? いや、地球でないことは認めよう。これだけのデカい生き物にはお目に掛かったことも無い。とはいえ、仮に異世界転移だとしても、なんでこう唐突にモンスターの前だったのかってことだ。こういうのは大体チュートリアルみたいなものを挟むのがセオリーってやつだろう。

「洞窟……遺跡……ダンジョン、か?」

 ダンジョンへの異世界転移はへヴィーな気もするが、とりあえず出口を探さないと。

 しっかし、一本道の通路――向かう方向もわからないんじゃあ、準備が必要だな。

 どれだけの距離を進むのか、またモンスターに出くわす可能性もある。

 エナメルバッグの中身を全て取り出して、改めて所持品を確かめた。

「大した物はねぇが……」

 とりあえず、いつもの癖で持ってきていたエナジーバーが残っていて良かった。食べ損ねた三本。緊張の解けた今、腹が減って一本食べているから残り二本。水筒は微妙に残っていたけど、まだ飲まない。

 防具一式と共に道着も寄付したから替えの服は無い。こんなことになるのならジャージでも持ってきていれば良かったが、こんなことになることがわかっていればもっと根本的な対策をしている。

 あとは、筆記用具にテーピングに剣道用の手拭い、空の弁当箱と、外して付け忘れていた腕時計に財布。携帯は転移する前に落としたから持ってないが……まぁ、部活に打ち込んでいた高校生の持ち物なんてこんなものだろう。さすがに武器になりそうなものはない。

「さて……どうすっかなぁ」

 手ぶらでこの先に進むのは怖い。

 戦っている時は必死で気が付かなかったが、蜘蛛――大蜘蛛の脇にがある。

「ちょっと、失礼」

 大蜘蛛の足を跨いで近寄って行けば、そこには白骨化した死体が座り込んでいた。

 革の鎧? ハンター? 冒険者? 呼び方はわからないが、こういう格好の人間が死んでいるってことは、やっぱりここはダンジョンなんだろう。

「…………死体漁りなんかしたら呪われそうだけど……」

 背に腹は代えられない。手を合わせて、装備を検めさせてもらおう。

 とはいえ、白骨化してるってことは装備自体も相当痛んでいるはずだ。

 胴には穴が開いていて、両刃の剣は刃毀れしていて使えそうにない。

「使い物になりそうなのは――」

 短剣――ナイフくらいか。有り難いことに腰に付ける革の鞘もあるし、頂いていこう。

 まずは動くのに邪魔そうなネクタイを外して、手拭いを額に巻いて汗が零れないようにし、エナメルバッグを斜め掛けにして体に密着させ、鞘に入れた短剣はベルトから吊るした。

 動く分にはこれでいいが、やっぱり武器が欲しい。

 気は進まないが……蜘蛛の口には牙がある。あまり触りたくもないが、口の中に手を伸ばして折り畳まされた牙を引き出してそこにナイフを振り下ろした。

「毒、は大丈夫か」

 持ち手部分にテーピングを巻いて振ってみれば、竹刀よりは若干太くて短いが、使えないことはない。

「まぁ、こんなものだろう」

 進む道は二択――どっちに行こうが関係ないな。

 さぁ、行こう。
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