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第二章

第32話 火種

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 目の前のドワーフに警戒心剥き出しの視線は無視して、一歩前に出た。

「初めまして。栞と申します。アイルダーウィン王国に住むザイコウさんの紹介で訪れさせていただきました」

「ほう、ザイコウか。あの偏屈の紹介とは珍しい。要件を聞きたいところだが、来客はまず長老のところまで連れていくのが決まりだ。付いて来い」

 話が早いのは有り難いが、気掛かりがある。

「あの、皆さんはどこに居られるんですか?」

 ドワーフの背中を追いながら問い掛ければ、微かに振り返ってきた。

「ん、ああ。何名かは外で仕事をしていると思うが、大抵は日が高いうちは工房に籠って仕事をしているからな。気配が無くて驚いたか?」

「俺と言うよりは仲間が。気配だけでなく臭いもないと」

「そいつぁ良い。儂らの技術が高い証拠だぁな」

 単純に建物の密閉性が高い、ということだろう。だが、それだけでは呼吸ができなくなってしまう。詰まる所、建物としての使用を前提とした上で臭いだけなく気配も外に漏れない密閉性を有しているということだ。それを容易に熟せる技術は、あらゆることに役立つと思うが……それでも種族間契約をしていないのにはそれだけの理由がある。

「栞」

 羽織るマントを引かれてロットーが送る視線のほうを見れば、そこには巨大なを整備しているようなドワーフが数体いた。

「外仕事、か。まぁ、俺たちには俺たちの目的がある。他所様のことはあまり詮索せずにいこう」

「りょ~かい」

 会話に入っていなかったサーシャがなぜ返事をしたのかわからないが、了承してくれたのなら良い。

「おい、こっちだ」

 案内してくれたドワーフは他と変わらぬレンガ造りの建物のドアをノックすると、躊躇いなく開いた。

「長老と言う割に、あまり敬意のようなものは感じられませんね」

 同感だ。とはいえ、長老という呼び名は些か不鮮明ではある。世襲制なのか、それとも選ばれたものなのか。加えて村単位の長という意味なのか、ドワーフ全体を束ねている者なのか。

 なんにしてもザイコウが言っていた通りなら目的の者はここにいる。長に話を通せれば捜し出すのはそう難しくないだろう。

「失礼します」

 建物の中に入れば、そこには酒樽を背凭れにしたドワーフが鎮座していた。

「御客か。どうやって門を越えてきた?」

「自然と開きましたけど……」

「ドワーフの名を呼んだか?」

「ええ、はい。ザイコウさんの紹介でここに来たので、そのように。あの門は声に反応するんですか?」

「ああ。五百年ほど前にいた異能力持ちのドワーフが造ったものだ。どういう仕組みかは今でもよくわかっていないが、ドワーフからの信頼があり、名を呼べた者だけに門が開かれる、と。儂らにとっては中々に重畳しておる。おい、もう良いぞ。仕事に戻れ」

「長老も仕事してくれると有り難いんだがの」

「さっさと行け」

 お道化た顔で出て行くドワーフを見送ると、座るように促されて向かい合うように床に腰を下ろした。

「まず自己紹介をさせていただきます。俺がヒューマーの栞で、こっちのピクシーがロットー、そっちのハーフエルフがサーシャで、そっちがセリアンスロォプのハティです。本日は御用向きがあり訪ねてまいりましたが――その前にこちらを」

 交渉材料にするつもりのない革袋を差し出せば、その香りに気が付いたのか長老は笑顔を見せた。

「ほう、龍酵酒か。有り難くいただこう。して、用件は?」

「ゴウジンさんという方にお会いしたいのですが、所在をご存知ですか?」

 問い掛けた瞬間、長老の顔が曇った。

「ふむ、ゴウジン……ゴウジンか。その者に、何用がある?」

 その表情が何を意味しているのかわからないが、俺のリングを見ても特に反応しなかったところを見るに、天災かどうかなど関係ないのだろう。それなら隠す意味も無いか。

「ザイコウさん曰く、この剣針の製作者がゴウジンさんだと聞いたので」

 言いながら剣針を出せば、途端に長老は顔色を変えた。

「それを――その剣針をどこで手にれた?」

 その問い掛けに、ロットーに親指を向けた。

「それはアタイの家にあったものです」

「家とは?」

「この大陸の南の端です」

「……魔窟の森か。なるほどのぅ……因果は巡る、か。その製作者にあってどうするつもりだ?」

「真名を問おうかと。剣針に付けた名を知ることができれば、俺にとっての神器になる可能性があるので」

「真名、神器……大方の事情は把握した。その上でこう言おう――帰れ」

 その反応は予想外だった。

「……何故でしょうか? 何か問題がありますか? それともゴウジンさんがこの場所にいないとか?」

 断られる可能性も考えていなかったわけでは無い。しかし、こうもあしらわれるとは思っていなかっただけに面食らっているのは確かだ。

「栞と言ったか? 主らに何か問題があるわけではない。ただ、その剣針は呪われている。故に教えることができないのだ」

 呪われている? それはどうにも穏やかじゃないが……ん?

「それはどういう――」

 疑問を問い掛けようとした時、不意に開いたドアから焦った様子の一体のドワーフが入ってきた。

「長老! 斥候だ!」

「なに? 数は?」

「二だ。おそらく第一陣が迫ってきているだろう。どうする?」

「装備を整えて待ち構えろ。儂もすぐに行く」

 頷いたドワーフが駆け足で出て行くと、立ち上がった長老も傍らに置かれていた兜や籠手などの防具を身に付け始めた。

「斥候、ということはどこか他の種族と争っているんですか?」

「争っているのは魔物だ。壁としてホワイトベアーを増やしたのだが、まさかこうも早く攻めて来られるとは予想外だ。主らは客だ。巻き込まれ怪我をする前に帰ることだな」

 その言葉に、無意識的に口元を隠すように項垂れた。

「栞」

「しーちゃん」

「……栞?」

 わかっている。俺たちは依頼を熟しただけだが、結果的にそれが良くない方向に転んだ、と。間接的どころか、がっつり関わっている感じだな。

「ちなみにですが、その魔物とは?」

「ゴブリンだ。奴ら、隣の森にある遺跡に住み付いてこちらに攻めてきているのだ」

 背後から、あからさまに出た溜め息の原因はわかっている。ゴブリンには俺も殺された恨みがあるし、本で読んだ限りではこの世界で最も多い魔物の一種だとか。殺しても殺し尽せないが故に、ヴァイザーに限らず全ての種族にとって厄介者だ、と。

 俺たちがホワイトベアーを倒したせいで隣の森からゴブリンが攻めてきている――ということは、依頼が来る前からドワーフとゴブリンの争いは始まっていたというわけだ。しかし、口振りからするとあくまでも足止めであって準備が整うまでの時間稼ぎをしていたって感じか? ……仕方が無い。

 背中に受ける視線に、それぞれ一瞥して返せば全員が頷いて見せた。まぁ、責任はあるからな。

「長老さん。俺たちもその場所に案内してください」

 真っ直ぐに見据えれば、こちらの意思が伝わったのか眉を顰めながらも斧を担いで顎をしゃくって見せた。

「付いて来い」

 起こした始末は自分たちで付けないと。

 ……巻き込まれ体質がどうのという話をしたが、これでは自分から火種に突っ込んでいってるな。まぁ、そうでもしないと存在意義を見出せない。出来ることからコツコツと、目の前の問題を解決していこう。
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