どうやら世界が滅亡したようだけれど、想定の範囲内です。

化茶ぬき

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第二章

第22話 分かれ道と別れ道

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 睡眠時間は一時間だが久し振りに緊張感なく寝れたおかげで疲れが取れた。

 血液検査の結果は出ているが見たら研究に熱が入る気がして、あとのことは燐佳に任せて俺はシャワーを浴びて、すでに準備万端な土門と合流した。

「寝たか?」

「それなりに」

 二人揃って監視棟へ向かえば、椅子に座ったまま仮眠している加賀見がいた。

 一先ずは起こさずにテーブルに載っていた折り畳まれた地図を手に取って、記された場所を確認した。

「……ちょっと遠いか」

 ゾンビもどきが昼間も歩き回れるようになった今は行動一つにも気を遣わなければならない。とはいえ、元よりそれも想定済みだ。

 施設の周囲を映すカメラの映像を確認していると、寝ながらも話を聞いていたのか加賀見は目を覚ました直後に口を開いた。

「バギーは整備済みだ。あと、これを持っていけ」

「衛星携帯、使えたか?」

 問い掛けながら携帯を土門に手渡した。

「現状では使えている。もしもの時の備えとしてだ。基本的には無線圏内なら無線で頼む」

「はいよ。他には何かあるか?」

「源生のところに顔を出せ。いくつかは仮想武器が出来ているはずだ」

「ああ、対ゾンビ用仮想武器か。なんか、本当に仮想現実って感じだな」

「武器かぁ。俺、何を頼んでたっけかな」

 とりあえずは地図と携帯を受け取って、山の中にある源生の工房へと向かった。

 嶽本源生――鍛冶屋兼発明家。鍛冶屋といっても銃の量産などは出来ないから、すでにある既製品の改造などをして一般人でもゾンビと戦える武器を作ってもらっている。その延長線で、仲間の中で戦うことを前提にした者それぞれがゾンビに対抗し得る武器を想像で考えたのが『対ゾンビ用仮想武器』だ。仮想とはいっても各々が真面目に現実的に考えた武器だから、実際に作ることができれば相当な効果があると踏んでいるが……出来次第ってのも本音だ。

 レンガ造りの建物のドアを開けて中に入れば、鉄の板に金槌を落とす老人の後ろ姿が見えて、這入ってきた俺たちに気が付いた。

「おおっ、お前らか。生きてまた会えるとは僥倖だ。聞いた話じゃあすぐに発つらしいな」

「ああ、だからその前に武器を貰いに来た。出来ているか?」

「もちろんだ! ワシの最高傑作を持っていけ。まずは土門の武器から」

「俺、どんなの頼んでた?」

 疑問符を浮かべる土門に背を向けた源生は、積まれた箱の中から一つを選んで持ってきて、開いて見せた。

「形はメリケンだが、機能は鉄甲だ。使い方は単純。握って殴れば先に付いている刃で首を刎ねられる」

「鉄甲か。そういや拳闘でゾンビを殺す方法を考えていたんだったか」

「そんで、これが専用のベルトだ。使わない時は左右に付いている革袋に仕舞っておけ。次は零士のだな」

 受け取ったベルトに刃の付いたメリケンを仕舞う土門を横目に、源生は布に包まれた棒状のものを持ってきた。

「俺の場合は何個か案を出しているからな。どれだ?」

「鋸刀だ」

「ああ、鋸か。一番ベタなやつを作ったな――重っ」

「耐久力を考えればそれくらいになる。零士は常にバッグを背負っているから邪魔にならないよう尻のほうに付けられるベルトを用意した。試してみろ」

 受け取ったベルトを腰に回して刀を抜いた。刃は鋸状で厚みがある。普通の刀にしなかった理由は、素人には扱えないからだ。映画や漫画では軽々と日本刀を使ってゾンビを切っているが、余程の達人でも無ければすぐに刃毀れするし、下手をすれば折れる。だから、斬るのではなく挽いて裂く。重さと遠心力が加われば、数体同時でも倒せるはずだ。とはいえ、基本が拳銃であることに変わりはないが。

「まぁ、出来に関しては実際に使ってみないとわからないが、源生が作った物なら信用できる」

「ああ、それから――」

 源生が何かを言い掛けたところで外から聞こえた足音に銃を抜いて、ドアを開けた。

「おっと、撃たないでくれると助かる」

「武蔵か。どうした?」

「加賀見さんに聞いて来たんだ。出て行く前に那奈くんの話をしておきたくて」

「……わかった。悪い、源生。何か話があったんだよな? 土門、聞いといてくれ」

「はいよ」

 そんなわけで銃を仕舞って工房を出た。話を聞かれたところで問題は無いだろうが、施設に辿り着けなかった者は現状では無関係だから、距離を置くのが正しい。

「それで? 要点だけで良い。俺と別れた後、何があったんだ?」

「あの後――順調だった。道に迷うことも、奴らに出くわすこともなく。だが、途中で町が騒がしくなってちらほらと視界の端に奴らを捉え始めたんだ。こちらに気が付くことは無かったから、可能な限り速度を上げてここを目指した」

 時系列的には間違っていない。俺たちが警察署を後にした時には、もう施設の近くまでは来ていたってところだろう。

「それで?」

「急いではいたんだが……遠くの空に上がる煙を見付けた那奈くんが生存者がいるのではないか、と声を荒げてね。そちらに向かうように言ってきたが、戎崎くんには真っ直ぐに施設に向かえと言われていたから停まるつもりは無かったんだ。だが、救いを求める者に手を差し伸べるのも戎崎くんの意志だ、とね」

「なるほど。無理やり車を停めて一人だけ降りていったってことか」

「ああ、止められれば良かったんだが……」

 生きているかは半々だな。それを措いても煙か……武蔵たちの車がやってきた道と、ドローンで撮影されたところを当て嵌めると同じ場所である可能性が高い。進む先に対して、いくつかの想定をしておいたほうが良さそうだが、今はその前に。

「まぁ、気にするな。武蔵のせいじゃない。話を聞く限りじゃ焚き付けたのは俺っぽいからな。それに、わかっているだろ? この世界では簡単に人が死ぬ。もちろん、助けられるものなら全てを助けたいがそうもいかない」

「……どうすれば、そうやって割り切れる?」

「俺は偽善者だ。正義の味方でもなければ世界を救うつもりもない。あくまで手の届く範囲でしか手を差し伸べられないこともわかっている。別に割り切っているつもりはないが……お前はそのままでいい。俺たちみたいにはなるな」

 すると、狙いすましたかのように土門がやってきた。

「話は済んだか?」

「ああ。じゃあな、武蔵。修司や美島にもよろしく伝えてくれ」

 考えるように俯いた武蔵の肩を叩いて踵を返し、土門と共に工房を後にした。

「……俺たちみたいに?」

「罪悪感も大事って話だ。俺たちにみたいに箍が外れっちまってるよりは、ああいう普通の感覚はこれから先の生活に必要不可欠だからな」

「こんな世界なんだ。俺たちのほうが普通って可能性もあるぞ」

「まぁ、一方ではそれも正解だと思うがな。で、源生はなんだって?」

「一昨日、施設に来たカナリアが仮想武器を持って出て行った、ってのが源生から。衛星電話を持たせたから俺たちのあとを追わせる、ってのが無線で加賀見から」

「あの猪突猛進娘も生きていたか」

 カナリアは俺たちの中でもイカレているほうの部類だが、戦力としてはトップクラスだ。合流できれば有り難いが……同時に問題も増える気がする。

「あいつは零士じゃないと制御が利かないから引き合わせて連れ戻そうってはらだろうな」

「そもそもどうして出て行ったのかもわからないんだろ? だとしたら連れ戻すも何も無いと思うが――」

 言い掛けたところで、土門の持つ無線が鳴った。

「――こちら加賀見。今なら三番ゲートから安全に出られるぞ」

「はいよ」

 返事をした土門に無線を寄越すように手招きをすれば手渡してきた。

「加賀見、全体的なことはお前に任せるが一つだけ――。わかっていると思うが、一応な」

「――ああ、任された」

「次に大鳳。俺たちがいない間、施設の守りを任せたぞ」

「――了解」

 釘を刺したところで三番ゲートに着いた。そこに置かれていたのは二人乗りの四輪バギー。基本的には片道切符の乗り物としてバギーやバイクなんかはいくつも用意してあるが、乗って帰ってこられるのがベストだな。

「さて、そんじゃあ道案内頼むぞ、零士」

 土門が運転席に、俺が助手席に乗り込んでゲートの前に設置してあるカメラに向かって手を振れば、映像を見ている加賀見の遠隔操作でゲートが開かれた。

 安全地帯から危険地帯へ。

 普通の感覚じゃない自覚はある。だからこそ、俺たちが行くべきなのだろう。そのために新たな武器を手にしたが――ゾンビもどきとの遭遇は避ける方向で。

 ゾンビもどき……いい加減にちゃんとした名称を付けないとな。
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