どうやら世界が滅亡したようだけれど、想定の範囲内です。

化茶ぬき

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第二章

第23話 人の道

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 移動がてら、おそらく成海が用意していたのあろうバギーに置かれていたオニギリで朝食を済ませて、あとは目的地に辿り着くだけになった。

「……不気味だな。目立っていないにしてもゾンビもどきがいなさ過ぎる」

「昨日の時点でこの付近の奴らはロープで吹き飛ばしたんじゃないか?」

「まぁ、その可能性も否めないが……とりあえずもう少しで着く。警戒を怠るな」

 バギーの上で立ち上がって地図と建物を確認すれば、映像にはあったはずのバリケードが破壊されていた。単眼鏡を取り出して道場の中を見れば、ゾンビもどきの姿が見えた。

「土門、臨戦態勢だ。突っ込め」

「はいよ」

 速度を増したバギーは残っていたバリケードの残骸を吹き飛ばして、道場の入口へと突っ込むとゾンビもどきも一緒に吹き飛ばした。

 まずは中の状況を見極める――道場の奥に老人が一人。俺たちの出現に驚いているが、日本刀を手にゾンビもどきを斬り捨てている。ゾンビもどきの数はそれほど多くない。

「俺が左を。右を頼んだ」

「おう。新しい武器の出番だな」

 鉄甲を付けてバギーを降りた土門を横目に、俺は拳銃と警棒を手に左側にいるゾンビもどきの相手をした。四、五体程度なら慣れたものだな。

 こちらのノルマを倒し終えてよくよく周りを見れば、ゾンビもどきでは無い死体も転がっている。道着姿から察するに、ここの門下生か? だとすれば、一閃で躊躇いなくゾンビもどきの首を刎ね飛ばす老人は師範代ってところかな。

 土門が最後の一体に拳を振り被ったのを見て、鞘に納めた日本刀を杖に肩で息をする老人に駆け寄った。

「無事か? じいさん」

「ああ、助太刀感謝する。……随分と戦い慣れているようだが、何者だ?」

「俺は戎崎、向こうは土門。何者でもない。ただ、この世界に順応した者だ。そっちは?」

「私は柳木やぎ深代じんだい。この道場、柳木居合柔術道の師範だ」

「そうか。柳木さん。ここで何があったのか教えてくれ。煙を上げたのは?」

 問い掛けながら倒れて積み重なっているゾンビもどきに腰を下ろせば、土門は俺に目配せをして他にもゾンビもどきがいないかを調べに行き、柳木さんは汚れていない床に正座をした。

「煙を上げたのは我々だ。生きている者がいればこの場所に辿り着けるように、と」

「我々ってのは、そこで倒れている道着姿の奴らのことか?」

「彼らは門下生だ。隕石により世界が滅びた後にも生きていた者たちが救いを求めてここへやってきた。幸いにもここには合宿用の備蓄や、汗を流すための風呂場もある。加えて、周囲を塀に囲まれていることもあり、外を歩く不死者を防ぐには持って来いの場所だった」

 場所と人が揃えば、みんな同じことを考えるだろう。俺たちの場合は、事が起こる前に準備をしていたというだけのこと。

 戻ってきた土門がこちらに向かって頷くと、バギーに寄り掛かって話を聞く体勢になった。

「それから?」

「壁を造り、この場にいる者たちの精神が落ち着いてきた頃に、他にも生き延びている者がいれば、と狼煙を上げたのが昨日のこと。最初にやってきたのは身軽な娘だった。落ち着いている我々の姿を見て驚いている様子だったが……おそらく『安全な場所がある』と言い掛けたのだろう、その時――奴らがやってきた」

 身軽な娘ってのは那奈のことだろう。だが、ここに那奈の死体が無かったことを思い出していると、話を聞いていた土門が口を開いた。

「ゾンビが入ってきたのか?」

「ゾンビ? いや、違う。奴らは人間だ。突然現れて男たちを襲い、女子供を攫って行った。もちろん抵抗はしたが、こちらで戦えたのは十名前後。対して向こうは三十人以上。多勢に無勢だ」

「どうしてあんたは無事なんだ?」

「大勢とはいえ素人だ。これでも武術の道に身を置く者としてどんな相手でも制することは容易い。だが、門下生には武器持って襲ってくる者の対処法は教えていなかった……私の責任だ」

 警察や護身術でもない限りは武器に対しての対処など教えていなくて当然だ。

「居合、柔術って言ったか? それは剣術なのか?」

「剣術と柔術、二つの面を持つ。だが、教えていたのは剣術ばかりで――つまりは、剣が無いと戦えない」

「それなら尚更仕方が無いだろう。普通の人間ならどんな状況であれ、人の頭に本気で木刀は振り下ろせないものだ。出来る奴がいるとしたら端からイカレてるってだけの話で、あんたの門下生は正常だ」

「むしろゾンビから逃れてここまで来たんだろ? それだけでも有能だろう」

 土門からも援護を受けたところで。

「話を戻そう。攫って行った奴らに心当たりは?」

「あればすぐにでもあとを追っている。近所で見たこともない連中だったが、全員が同じような服装をしていた。服というかジャージだが」

 ジャージの集団か。動き易さを重視するのは当然としても、大人数で動くことのリスクを考えていない理由がわからない。いや、そもそも同じ生存者の中でどうして男だけを殺すのか――まぁ、本音を言えば女子供を攫ったという時点でなんとなくの予想は付いているが。

「とりあえず、土門。今の状況を加賀見に連絡して、ドローンで近場に人が集まっている場所が無いか探させてくれ」

「はいよ」

 無線を手に出て行く土門を見送って、俺は床に転がっている死体に目をやった。柳木さんの周りに倒れているゾンビもどきは綺麗に首が刎ねられているが、その下に倒れているジャージ姿の男は横っ腹を斬られている。

 日本刀――というか居合刀か。俺が選択肢から外した武器だが、使える者が使うとこうも違うのか。

「確認だ、柳木さん。人を殺すことに、抵抗は無かったか?」

「人? 違うな。奴らは人の皮を被った鬼だ。殺すことに、なんの躊躇いも無い」

 動いた視線で、意志は伝わった。武術の師範ともなれば戦力的に問題も無い。ここからが本題だ。

「ここを襲った奴らについて少しばかり心当たりがある。狼煙を見て最初にやってきたという娘は多分、俺の知り合いだ。この場に死体が無いということは一緒に攫われたんだろう。だから――、この場所で生きようと努力していた人たちを救う義務が俺にはある。一緒に来るか?」

「叶うのならば、もちろん一緒に行かせていただく。して、その心当たりとは?」

「明確な名前がわかっているわけじゃない。だが、こういう世界ではいずれそういう奴らが出てくることはわかっていた。言うなればギャングやマフィア。もっと野蛮にいえば盗賊や山賊。デカい規模なら独裁国家。明確に統治する者がいない世界の神になろうと考える者がいるのは当然だろ?」

「言わんとしていることはわかる。わかるが――どうしてそれで、男を殺し女子供を攫うことになる?」

「力を示すため、女は男に充てがうため、子供は洗脳するため。とはいえ言いたいことはわかる。集団で男を殺し女子供を攫うやり方、リスクを問わない狂信的な行動、おそらくは宗教ってところか」

「宗教? 救いを求める者に手を差し伸べる集団が、どうして人を……」

「それは一面ってだけだろ。テロを起こすような奴らだっている。まぁ、あくまでも仮説だがな」

「いや、どうやらその仮説、合っているようだぞ」

 無線を片手に戻ってきた土門の言葉に首を傾げれば、続けて口を開いた。

「この周辺で要塞化されている建物は一つ。住所を聞いてピンと来たよ。そこは『楽望会』って宗教団体が所有していて、それなりの人数が所属している。度々問題を起こす過激な連中だ。可能性としては十分かもな」

「……随分と詳しいな」

「何年か前、祈祷だかなんだかって何度かボヤ騒ぎがあったんだ。その時、消防署のブラックリストにな」

「なるほど。加賀見はなんて?」

「俺らのルールを作ったのはお前だ。零士に任せるってよ」

 まぁ、独裁国家やらが出てくることは自体は想定の内だが、思いの外に早かったな。

「そんじゃあ挨拶に行くとするか。無理なく安全に生活しているのなら何も言わずに帰るが、そうじゃなければ強硬手段を取る。柳木さん、覚悟は聞いた。だが、殺しは無しだ。それでも来るか?」

 極限の状況で、襲ってきた男たちを殺したのは正当防衛だ。だが、次は違う。心の中に生きている人間を殺せる選択肢がある中で、殺さないことを選ぶことに意味がある。

 大きく深呼吸をした柳木さんは、真っ直ぐにこちらを見据えた。

「……行こう」

「よし。土門、柳木さんに服を。この先はさすがに道着じゃ動きにくいだろうからな」

「はいよ」

 二人に背を向けて、俺は外の様子を見に道場を出た。

 冷たい空気と血生臭い空気が混ざり合って、嫌な不協和音を生んでいる。

「……さて、どうなるかな」

 線引きが重要だ。

 人が人として、存在し続けるための線が。
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