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悪女

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「ナタリーが我が儘で怠惰な女だと言う話は有名だ。私や私の両親の前では大人しそうに振る舞っているが、屋敷では使用人を顎で使い、気に入らないことがあれば追い出すのだそうだ」

この話を聞いた時は愕然としたのをよく覚えている。まだ父や母の耳に入っていないようだが、使用人達に横柄な態度を取り、家庭教師の言うことなど耳も貸さず、遊び惚けているというではないか。

今は子どもであるとはいえ、いずれは私との交流だけでなく妃教育の為に王宮に上がることも増える。王宮で働く者達を傷つけさせるわけにはいかないと、それまでに婚約が解消されるように私は動いているのだ。

『アンタだって使用人を顎で使ってるじゃない。同じでしょ』
「一緒にするな。私は己の我が儘で使用人を解雇などしない」

女はうんざりしたと言わんばかりに切り捨てた。私とナタリーは全然違うというのに、所詮平民の女には一まとめに貴族という生き物に過ぎないのだ。

『あー腹が立つ!体があったら、アンタの顔に二、三発拳をお見舞いしたいわ』

そう言って女は私の目の前に拳を打ち込む素振りを見せつけてきた。

『アンタ本当に間抜けね。侯爵令嬢が使用人に暴力を奮うなんて内々のことが何で噂になるのよ。口の軽い使用人を罰することもせず、王子の婚約者である娘を守ろうともしない侯爵って無能なの?』
「それは……」
『多少の悪ふざけだって揉み消すことも出来るのに、不名誉な噂話を放置してるなんておかしいでしょ』

確かに奇妙な話だ。ナタリーの話を最初に持って来たのは誰だったろうか。侍従の一人が噂話を聞いて来て、半信半疑で聞いていたら茶会で同じ噂を聞いたのだ。

『そもそもアンタは侯爵令嬢が我が儘に振る舞って、使用人を痛めつけるところを見たの?』
「それは、王宮だから猫を被って……」

ナタリーを庇うつもりはないが、女の言う通り私自身がナタリーの暴挙を直接見たことはない。それどころか使用人達からも特段の苦情も無い。

「……」

しかしナタリーの噂が真実では無いのだとすれば、その犯人は侯爵家の内部にいることになる。嘘を実しやかにばら撒いて、ナタリーの父侯爵をも味方に出来る人間。

『きっと侯爵令嬢は今頃父親から叱責されているでしょうね』
「な、何故?」

私の体調不良で茶会が切り上げられたのだから、彼女が叱責される謂れは無い。

『気の回らない間抜けのテオフィル、よく聞きなさい。気に入らない人間をこき下ろすのに理由なんていらないのよ。世の中には難癖をつけて白を黒に変える奴もいるの』

ヘラヘラと笑って機嫌を取ろうとするナタリーが私は好きではない。裏では自分よりも弱い者を虐げて、強い者には媚びへつらう姿が卑しくて嫌だったのだ。だが、事実が違うのだとしたらどうだろう。

婚約者となった私を楽しませようと頑張っていたのかもしれない。会話に応じようとしない私に困り、しかし改善する手も無くて、その場を誤魔化す為に無理やり笑おうとしていたとしたら?私のせいで意味の無い叱責を受けて、今泣いているのかもしれないと思うと胸が締め付られた。

『ナタリーが悪女かそうでないのか、アンタ自身の目で確かめなさい』
「……あぁ。お前の言う通りだ」
『じゃあ、とりあえず……って何をしてるのよ?』

きっと女は明日朝早くにでも侯爵家を訪ねるように言おうと思ったのだろう。だが、私はそんな悠長な真似は出来なかった。寝巻を脱いで外出の支度を始めた。

「ナタリーが私のせいで侯爵に叱られているのなら、今すぐ訂正するべきだ」

この国では子供の躾の為に鞭で打つこともあるし、食事を抜かれることもある。もしナタリーがそのような目に遭っていたら?私の失態の為に虐げられるのは違う。

私が動き出したことに気づいた護衛や使用人達がやって来て床に就かせようとしたのだが、ブランシュ侯爵家を訪ねてナタリーにこれまでの非礼を詫びたいのだと言えば、執事の一人が仕方が無さそうに母上に承諾を得に向かってくれた。

『こんな我が儘が許されるなんて、よっぽどアンタの態度に気を揉んでいたのね。可哀想な使用人達』

鼻に皺を寄せて嫌悪感を露わに女は言った。本当にその通りなので私は言い返すことは出来ない。

ナタリーの本性は今はまだ分からないままだ。女に言われたくらいでコロッと考えを変えるつもりもない。だが仮に彼女が陰険な女であったとしても、私は婚約者なのだから拒絶するのではなく、心根を改めるよう手助けをすることだったはずだ。これまでの私は誠実では無かったのだと己の愚かしさに恥じ入るばかりである。

『無茶を通したんだから、ちゃんと成果を上げなさいよ』

母ばかりか父の承諾を得た私は、護衛達と共に……そして不本意ではあるが自称聖女と共に侯爵家へと向かったのだった。
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