パピヨン

ひづる

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少年A

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俺が刑事になったのは、死んだ親父が刑事だったせいもあるし、昔から曲がった事が嫌いな性格だったからかも知れない。

篤が人と違った思考や行動を取るせいで、度々イジメらしきものにあい、俺はいつしかあいつのボディガードのようになっていた。

さすがに大人になってからはイジメなどはなくなったが、それでも金と才能に目をつけて取り入り利用しようとする輩は多々いた。

彼らの思惑や素性を調べあげ、篤の周囲から排除してきたのはこの俺だった。

そんな苦労も知らず、--------いつの間にか1人の青年が運命の相手とでも言うように、篤の前に現れた。有名なアイドルだったから、勿論俺も名前と顔位は知っていた。

しかし、TVや雑誌などろくに見もしない篤が、ある日--------。



『やっと理想を見つけたよ!』



めずらしく興奮気味に電話をかけてきた。

会わせたい人がいるからと、呼び出されたのはとある大手芸能プロダクションの応接室。それまでそういうものに一切縁のなかった俺が、居心地の悪い空気の中で目にしたものは、当時No.1アイドルグループのメンバーだった1人の青年。
篤の横に静かに佇んで薄い笑みを口元に浮かべていた。


篤の理想像など一度も聞いた事がなかったのに、その青年の姿を見た瞬間、何とも言えない苦い物が胸の中に流れて行った。

スラリとした肢体に、美しく整った顔--------。

アイドルならではのオーラを身にまとい、仕草ひとつ、眼差しひとつが計算しつくされてるかのようでもあった。


当時、若手作家として有名だった篤は一般人の俺とは違い、人気スターを抱えるプロダクション側も丁寧に扱わざるを得なかったのだろう。
大事な商品を俺のような凡人にさえ紹介してくれた。



『彼のための本を書く』



篤の頭の中でおぼろげに--------ふわふわと蜃気楼のように存在していたストーリーが、青年の姿形を得て息づきこの世界に生まれた。


何かに取り憑かれたように一心不乱にペンを走らせ、瞬く間に書き上げた作品は、篤の代表作と呼べるにふさわしいものだった。


2人は作家と俳優という関係を越えて、より密により固く結ばれているように思えた。


「先生が望むなら、あの子のスケジュールはこちらできちんと抑えますよ。」


青年のマネージャーは、思わせぶりな口調でそんな言葉を口にするようにさえなった。

映画の中で『パピヨン』に翻弄され堕ちて行く男達みたいに篤もそうなるのだろうか--------?


あの映画の結末はどうだった?


殺人鬼を作り上げた人間が、自滅していく物語ではなかったか?



俺に--------。


あの時、俺にできる事は何だったんだろうか--------。

そして。


今、俺にできる事は--------。







篤との愉快とは言えない飲み会の日から暫くは、俺は仕事に忙殺される日々を過ごしていた。
職業柄、毎日事件は起こる。
食事や睡眠を充分取れない日もある。


それでも、時折--------頭の片隅に、篤の言葉が浮かんでは消え、消えては浮かんだ。


もうこの世にいない人間を何故再び蘇らせるのか?


ギリシャ神話のオルフェウスのように、愛する者を連れ戻すため冥界へ足を踏み入れるのか?



結果が残酷と分かっているのに--------。


篤から再び連絡が来たのは、めずらしく大きな事件もなく割と穏やかな日常の最中だった。


『お前に会わせたい奴がいる--------。』


俺の耳に飛び込んできたのは、あの日と同じフレーズだった。

一瞬、時間が止まり、目の前の景色が消えた。ただ、かつての明るく弾けるような口調とは違い、不思議と冷たささえ感じる声色だった。


俺は非番の日を篤に告げ、携帯を切ると、窓の外に目をやった。


夕暮れの中、赤色灯を点けたパトカーから両腕を抱えられた男が、降りている。


--------何かの犯人だろうか?

--------どんな罪を犯したのか?



犯罪者は罰される。罪は贖わなければならない。


俺は深く目を閉じ、思考を遮断した。




篤との約束の場所は、思いがけない所だった。

10年前の事件の現場とも言える、あの青年の住んでいたマンションの部屋を篤は指定してきた。この10年間、住む人もなく、時々清掃関係者が立ち入り、以前のままを維持していたが、それらすべての費用は篤が出していた。
そう言えば俺がその部屋を訪れたのはが最後だったが、よもや再び足を踏み入れようとは予想だにしなかった。


マンションへ続く道のり、俺は暗澹たる気分で車を走らせた。そして、地下の駐車場に車を停め、インターホンで篤を呼び、目的地へ急いだ。


10年前--------。


ドアの向こうには冷たい亡骸が横たわっていた。


だが今は--------。


静かに開かれたドアの内側にがいた--------。




「こんにちは、おまわりさん。」


--------こんにちは、おまわりさん--------


長い睫毛に縁取られた大きな瞳の中に俺がいた。


思春期の少女のような透明感を漂わせ、記憶の中の彼よりも少し幼く・・・それでも見つめていると引き込まれそうな危うさは同じだった。



「--------君は?」


不自然に思われぬ程度に少年から目を逸らし、俺は疑問を口にした。


--------あの青年はもういない。


永遠に時を止めて、一人旅立ったじゃないか。

なら・・・、目の前のこの少年は誰だ?
死者と瓜二つの顔を持つ、この少年は?


「僕は」

--------僕はパピヨン。

「僕は、篤先生の」

--------先生の大切な・・・。



ああ・・・、ズキズキとこめかみが痛む。



「僕は篤先生の新しい『特別』だよ。」


にっこりと笑った少年の瞳に挑発的な光を見たのは思い過ごしだろうか?


「そんな所に立ってないで、中へどうぞ。」


招かれるまま足を前に出そうとするも、固まったように動かない。

視線の先の背中に鮮やかな蝶が舞っている。



--------パピヨン・・・。


--------お前はパピヨンなのか・・・?




俺の心の声に気付いたかのように、少年は肩ごしに俺を振り返った。
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