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大切にしたいもの
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ダイキとユウが夜遅くまで仕事をしている。
「ユウ、キリのいいところで、そろそろ帰ってくださいね。」
「はい。あと少しで、終わります。」
と、高速で指を動かすユウ。ダイキが、ふと、
「通信制大学の方は、大丈夫?」
「あ、そうだった、ううー、もうすでに単位がやばい」
ユウは、スマホを取り出してなにやらチェックし、
「ホントにやばい、忙しくてちょっとだけと後回しにしていたら、もう4年で卒業できそうにない崖っぷち通り越してた。」
「ユウ、国際会議の発表を単位にカウントしてくれるよう、交渉しましょう。普段の仕事の実績と合わせたら、既に卒業レベル通り越して、大学院レベルだから。」
ダイキが言う。
「交渉することすら面倒に思えてきました。仕事で既に知ってることが多過ぎて、頑張るモチベーションが枯渇状態で。」
「じゃ、一旦退学する?」
「入学金と、去年の前期、後期、今年の前期の学費まで払ったのが悔しくて。少し考えます。」
ユウが寮に帰ると、リンも居た。
「家に帰るの面倒になって、気がついたらここに帰ってた。」
「リン、私も家まで帰る気力がなくて。今日は早く寝ようね。」
「ユウとじっくり恋バナ大会したい!けど眠りたいという人間の三大欲求に勝てない。」
「私もだよ。リン、先に寝てて。」
ユウがお風呂に8分で入り、音をたてないようにそっと出てくると、リンはまだ起きていた。
「余裕のある生活って素晴らしい!」
「あれ?リン、ものの10分で肉体復活?」
「復活してないけど、経済的余裕に精神的余裕に浸ってるの。」
「海斗君の学費ついにコンプリートしたの?」
「それがね、母が、アルコール中毒経験者の会で知り合った人とね、再婚したの。相手はなんと、34才!コウヘイの4つ上!ごめんね、スイスでテンパってたから、ゆっくり話せる時に落ち着いて話そうと思ってたけど、このところ森企画に落ち着いた時間なくて、そのうち、私の中で、ユウに他に聞いてもらいたいことが山ほど増えすぎて。ほぼコウヘイの話だけど。」
「ホント、溜まりに溜まった反省会という名のガールズトーク、今から72時間くらい必要よね。リン、お母さん良かったね。またゆっくり聞かせて。今はとりあえず、この度はおめでとうございます。」
「ありがとうございます。二人ともアル中が再発しないかビクビクする一生らしいけど、一人でいるより二人でいる方が、ずっと楽に頑張れるんだって。それでそのお相手の方が、海斗の教育費まで出したいと言ってくれて、恐縮してるんだけど。でも、お母さんがそう言われて嬉しそうだし、海斗も、その34才の方が元サッカー部だったそうで、話が盛り上がって、すごく懐いちゃったの。ずっとピリピリハラハラしていた家庭が、いつのまにか、絵に描いたような穏やかで仲良し家族になって、すごく安心してる。嘘みたいよ。」
「結婚式は?もう終わった?」
「最初、しないって二人とも言ってたんだけど、この頃は家族だけのごく内輪でやっておこうかという方向みたい。」
寝不足でも幸せなガールズトークが続いた。
翌日ユウがダイキに、
「大学辞めました。まだほとんど単位が取れてなくて、払い込んだ学費のためだけに、追い込まれているのが、バカバカしくなりました。リンとのガールズトークの方が大切です。」
と言った。
「そうだね、ユウ。そのうち暇が出来たら、4人でどっかの大学に短期留学しようよ。面白いところがあるんだよ。えっと教育学と社会学が一緒になってたあの大学は、と、」
と、ダイキは、山積みの仕事を、ほったらかして調べ出す。
電話が鳴った。素早くリンが取り、ユウが悔しがる。
「はい、森企画、広瀬です。はい、いつもお世話になっております。はい、少々お待ちください。」
リンがガッツポーズをユウに見せながら、
「コウヘイ、E社の藤井様が、見積もり額の件で、とのことですが、今電話出られますか?」
コウヘイは手を挙げてリンにうなずきながら、
「はい、お電話代わりました。先日私がお伺いした件ですよね、早速ありがとうございます。」
と続ける。
「ユウ、私に勝とうなんて百年早いわ。」
「悔しいー1回もリンに勝てたこと無いー。」
と電話を素早く取る動作を繰り返すユウ。
それを見て、ダイキはあわてて目の前の仕事に頭を戻す。
ある日のこと。
「ユウ、冷凍宅配弁当チンして外で食べない?」
「おっ良いね!行こ行こ。あ、こんなお弁当が増えてる!」
ユウとリンが、社内の冷蔵庫に入っているさまざまな冷凍弁当を物色する。リンが、
「それ、私が頼んだの。私もそれにする。」
近くの公園で、腰掛けにくい鉄の棒に無理やり座って、二人は元気よく食べ始める。
「ベンチ空いてなかったね。」
「やっと涼しくなってきたから、みんな考えることは一緒だった。」
「でも気持ち良い。ランチ一緒に取るのも久しぶり。最近ちょっと余裕かも。」
「ほんと、ダイキが国際デビュー考えてから目が回ってたけど、やっと私たち英語も喋れないまま、仕事が上手く回ってきた感じ。」
「溜まってる有給なんか取っちゃう?」
「良いね!私、ディズニーデビューしたいかも?」
「良いね!二人で南の島は?」
「最高!どんな水着にしようかな。シンプルなワンピースに、ヒラヒラを巻こうかな。」
二人は晴れ晴れとした顔で社に戻り、サーバーでコーヒーを入れて席につき仕事を再開する。
ダイキとコウヘイも雑談をしている。
「いえ、今、簡単な仕事だけしてもらっている、クエンの両親のソーとクエンタン、ブータン人のナムゲル、ジグミは、もうずいぶんスキルアップしているんです。ソーなんて、パソコンを触るのも初めてだったのに、夫婦で教え合っているうちに、面白くなってきたみたいで、あのペースでレベルが上がれば、僕も太刀打ちできません。元々興味があったみたいで。僕の、人を見抜く目は素晴らしいな。それぞれの分野に興味を持ちそうな人が見つけられる能力。僕は人材発掘の方が向いてる気がしてきた。人材発掘業なんていいな。コウヘイ、そっちは社長やってね。」
「え?私がですか?」
自分におはちが回ってくるとは思わなかったコウヘイが狼狽える。
「そりゃそうでしょう。コウヘイが誰より人を束ねる力がある。更にトップに立つに最適な人格者。僕はそこで一兵卒になって、コウヘイに指揮されながら、思う存分やりたい!あぁ、最高!」
「でも森企画発足してまだ1年3ヶ月、本業に、動画、教育システム、更に、次の事業に手を出したら失敗しそう。コウヘイと私は入社1年前後なの。もう少し落ち着いてからにしてよ。」
とリン。
「人材発掘で、保育所を森企画の中に作ったら、どうだろう。」
ダイキはリンの言うことを聞く気がない。
「それは便利ですね。コウヘイ、よろしくお願いします。」
ユウがコウヘイに頭を下げると、ダイキが、またゾーンに入って頭と目と指を高速フル回転で動かしだした。
コウヘイがそれを見て、不安そうな顔をリンに向け、リンが大丈夫よと言うようにうなずく。その時電話が鳴り、コンマ1秒の差でユウが取った。
「はい森企画、春田でございます。いつもお世話になっております。はい、少々お待ちください。」
ガッツポーズをリンに見せると、リンはわざわざハンカチを取り出して、ハンカチを噛んで悔しがるポーズで返す。
「リン、N社の鈴木様」
「もしもしお電話代わりました、広瀬です。はい、先ほどメールで確認させていただきました、はい、」
そんなリンを眺めながら、ため息をつくコウヘイ。ふと見回すと、ユウも高速フル回転で、作業をしている。深呼吸をして自分を奮い立たせるコウヘイ。
また、ある日のこと。
「ねえ、来週のダイキの誕生日、どうするの?」
「どうしようかな。いろいろ考えるけど、ノープラン。」
「私も来月のコウヘイの誕生日、どうする か迷ってるの。」
二人はまた寮で、スキルアップをしながらお喋り。
「直接ダイキに聞くかな。私が着物着てダイキに帯を解かせてあげるのと、バニーガール姿で膝に座るのどっちが良いって。」
「はいはい、全く参考にならないからもう良い。」
翌日ユウがダイキに、
「来週のお誕生日何が良い?何して欲しい?」
「うーん、そうですね。なんでも嬉しいですね。例えば、一緒にコーヒーを飲みながら『お誕生日おめでとう』と言ってもらうのが良いかな。」
「なるほど、それは良いかも。」
そこにリンの悲鳴が。
「何?これ?私?やっちゃったー!」
「どうしたんですか?リン?あっ何だろこれ」
リンが悲鳴を上げた瞬間、次々に社内使用中のパソコンの画面が固まった。知らない言語で画面いっぱい警告文のような何かが書かれている。ダイキが指示をする。
「コウヘイ、ユウ、スマホの翻訳アプリで、それっぽい言語で画面を翻訳してみて。リン、まず何に気づいたのか教えて。」
「N社から来たメールを読んでいる最中に、画面が固まりました。メール添付のファイルは開く前です。メール件名、文面にも不審な点が無いように思いました。すみません。最近セキュリティチェックがおざなりになっていました。申し訳ありません。」
リンが小刻みに震え、青くなっていた。
「リン、落ち着いて。リンのせいじゃない。私が前に開いたメールのファイルに時限装置付きウイルスがついてたかも。」
コウヘイが言う。
「リン、一番やらかすの私。セキュリティ厳しくて面倒って、軽く見てた。」
「リン、コウヘイとユウの言うとおり。このメンバーで、同じレベルのチェックをしていたんだから、三人は一緒です。僕だけ、ちょっと危ないことやってたから、可能性大なのは僕です。ユウ、やっぱり翻訳は良いから、リンが落ち着くまで、会議室でグッズ作りを二人でしてくれますか?」
「あ、はい、私、ハムちゃんも机からひょっこり顔出すパターン作りたいの。リン、行こ。どうせ今出来ること無い。」
と言ってるうちに、電話がなった。コウヘイが素早く取る。
「はい、森企画、香川です。はい、はい、誠に申し訳ございません。我が社でも今気づいたところで、緊急に調査中でございます。できるだけ早くお答えします。はい、はい、誠に申し訳ございません。はい、はい、失礼いたします。」
電話の向こうの怒鳴り声が部屋中に響いていた。
「ユウ、リンにヘッドフォンして音楽鳴らして。」
「はい!」
ユウがヘッドフォンを取ろうとすると、また電話が2箇所で鳴る。
「はい、森企画、香川ですー」
「はい、森企画、春田でございます。はい、はい誠に申し訳ございません。我が社でも今気づいたところでしてー」
また電話が鳴る。
「リン、君は取らなくて良い!」
「はい、森企画、広瀬です。いつもお世話に、あ、はい、誠に申し訳ございません。我が社でもー」
ユウもリンもコウヘイが言った通りを言って、動作もつけて頭を下げる。立て続けに鳴る電話。キリが無い。
スマホで情報を集めていたダイキも、たまらず電話を取って、コウヘイの真似をした。
「ごめん、やっぱり電話応対抜ける」
と、ダイキはまたスマホで何やら調べ出す。すぐにダイキが、
「みんな、電話全部、話し中にして。これ、大したことないやつだ、そう、変だなと思ったんだ。さっき電話取って相手の話聞いて、やっと気づいた。ロシアや北朝鮮の国家レベルウィルスだったらと焦ったけど、これは、そう見せかけて、電話攻撃で相手の判断力弱らせて、身代金取るやつ。巨大な力のフリするコバンザメ。画面乗っ取られてるだけ。もちろんリンのせいじゃない。悔しいなぁ、こんな低いレベルに右往左往してしまった。」
ダイキがセキュリティ会社に電話して、確認を取りながら、全部のパソコンをあっという間に直した。ダイキが、
「よし!とりあえず元通り!みんな、ごめんなさい。僕がレベルの高いウイルスばかり想定していたため、皆さんにご迷惑をお掛けしました。」
「私のわかる範囲内で、今起きたことを教えてもらえますか?」
「コウヘイちょっと時間ください。先に気になるところを全部チェックしておきます。」
と、またフル稼働でパソコンに向かう。
「さっき、コウヘイの電話謝罪を聞いてたから、それを再現することだけに集中できて、相手の怒鳴り声のダメージがほぼなかったよ。」
とユウがコウヘイに言う。
「私はコウヘイが受けてる時から、漏れ聞こえる怒鳴り声で、かなりのボディブロウを受けてしまった、心で退職願書いてた、私が辞めたって何の責任も取れないけど、心の防衛本能が自動的に作動した。」
「リン、私がウィルス第一発見者になってたら、心で遺書書いてたよ。全ての責任は私一人にあります、なあんて。あの状態であの電話応対、リン、惚れなおしたよ。」
ダイキはセキュリティ見直しにフル稼働していた頭を、リンとユウに向けた。
「リンもユウも退職願で責任とか遺書とか、やめて下さい。会社なんか、どうでも良いんです。つぶして破産させて謝罪して回って。また面白いこと始めましょう。今度は何が良いかな。」
「ノーベル平和賞は諦めるの?」
ユウが聞くと、ダイキは、
「そんなの、『きっかけ』だけだって。『きっかけ』で、みんなを巻き込んで申し訳なく思っています。」
「ダイキ、ダイキも惚れ直したよ。」
「あ、ユウ、今、僕大事なところやってて、今すぐやってしまいたくて」
「ダイキ、会社なんかどうでも良いのでは?次、いつ、私の愛の告白、聞けるかわからないよ」
「ユウー、これ終わってから今の再生してーー」
と言いながら、頭と目と指をフル稼働にしてチェックを続けるダイキ。
「はい、みんな、聞いてください。さっき起きたのは」
と、ダイキの緊急セキュリティ講座が始まった。
「そういえば社内授業、この頃吹っ飛んでましたね。僕がノーベル賞を言い出してから。」
「そうだ、全くやってない。でも、ケンケンビデオの内容チェックだけで、社内学習は充分では?」
とユウ。
「そうですね。では、セキュリティが破られた時の避難訓練をして良いですか?月1回くらい。まず定期的に要となるデータをオフラインに保存。さっきの類いのことが起きた時、まず第一発見者がすぐ皆に周知、次に画面を写真に撮って、」
ダイキの言葉を、皆が真剣にメモメモ。
「ボディブロウ対策に、電話応対も、謝罪文も、日頃から準備しておいた方が良いかな。さっきみたいに、コウヘイの素晴らしい謝罪応対を、全文聞いてから電話を取るとは限りませんから。」
ダイキが言うとコウヘイが、
「では、私が何パターンか作っておきます。」
「声を出して練習しておきましょう。『備えあれば』で、想定訓練しておけば、少しは慌てずに済みますね。コウヘイ、月に30分、いや15分で大丈夫。スケジュールに入れられそうですか。」
「はい、最優先事項で組みます。」
その後、コウヘイとダイキが相談して、パソコンの入れ替え、セキュリティの増強、出入口に防犯カメラも設置され、警備会社と契約もした。
「カメラって最初意識したけど、すぐ慣れた。」
ユウが言うと、リンが、
「そう?私はまだ気になる。」
「解像度ってどれくらいなんだろね。」
「それよ、毎日お化粧や髪の乱れまで気にした方が良いのかしら。」
『人材発掘業』については、もうすっかり忘れ去っていたリンとユウだったが、ダイキは具体的に考えていたようで、この頃から、コウヘイが役所に問い合わせをしたり、人材派遣業のセミナーに行ったりしている。
「もし人材発掘業に事業を広げていく場合、しばらくは業務の負担が増えますが、軌道に乗れば、うちの業務を任せられるところは任せられて、かえって負担が減るかもしれません。かなり楽観的に見た場合です。念のため。」
と、ざっくりコウヘイがみんなに説明する。
「面白そうだけど、畑違いな感じが。」
とリンが言うと、
「はい。それに、どう頑張っても、現在多数ある人材派遣会社にはかないません。森企画が参入するとしたら、ほとんどを自動化し、人材と職場をどれくらいピンポイントに適性一致で紹介できるかが鍵になると思っています。」
「クエンママのソーが、webデザイン制作に向いているなんて、ソー自身思ってもいなかったんだよ。今現在、安く使われている人で、自分の才能に気づいていない人に、この『人材発掘』がきっかけになって、気づくようになったら良いと思うんだよね。」
ダイキが言う。コウヘイはため息をつきながら、
「先日から、人材派遣業のセミナーで教わるのが、納得できないことばかりなんです。大雑把に能力で人を分けて、わかりやすく分けられない人はご遠慮いただくんです。例えば、個人情報を登録してもらう時、男女の性別を選んでもらう欄がありますよね。」
「あるある。最近は、男、女、答えない、みたいな、三択になったよね。」
「でも人材派遣業だと、男女の二択です。」
「なぜ故?」
ユウが聞く。
「職場で、LGBTQの方を確認してから雇うとなると、他の人が不快にならないよう配慮したり、トイレをもう1種類作らなければならなくなるからだそうです。」
「でも多いんでしょ、実際は。本人が隠してるだけで。」
リンが言うと、ユウも
「仕事に就きたいなら、カミングアウトするなってことかな。」
ダイキが、
「僕は人とあまり親しくしてこなかったから、うちの外国人チームと接触するまで、LGBTQの人に会ったことはなかったです。コウヘイの元同僚の、サディ?だっけ。あの人はゲイかな。あまり隠してなかったような。」
「あの人、コウヘイを見る目がハートだった気がする。」
リンが言ったら、ユウも、
「私も思った。でも親しい友人と再会して嬉しいのと違いがわからない。」
「コウヘイ、真相は?」
リンが聞くと、
「はい、はっきり言われてはいませんが、他の人からは、そう聞きました。」
リンは、
「やっぱり。ゲイの人がなんで潜伏しなきゃいけないのよね。何も悪いことはしていないのに。私も一度も、一人として会ったことないの。サディが初めて実際にお目にかかったゲイの人。ネットやテレビではたくさんいるのに。」
「まだ身近にいないと思ってる人が多いから、実生活では隠す方がやりやすいのかな。」
「でも隠すと心がどんどん壊れそう。みんなが慣れて社会が変われば、隠さないで済むようになるよね。」
「性同一性障害だって、障害ではないから性別不合?って名前に変わるとか変わったとか。社会に、受け入れ体制が整ってなくて、社会の方に障害が存在したんだと思う。誰もが隠さないで済むようになって、性別不合とも言われなくなれば良いのに。」
「じゃあ、トイレはどう分けるの?」
リンが聞く。ユウが、
「うーん、入り口分けずに、全部個室?」
「費用がかかり過ぎない?」
「そうだけど、一部の人の大きな苦しみの上に、今のトイレ設備があると考えれば、全部個室くらい安いのかな?」
「温泉大浴場はどうする?」
「うーん、困った。」
自説を唱えていたユウも、言葉が詰まる。
「村社会、男、女の二種類しか認めない時代の人間が憩った場所に、個性重視個人主義時代の人間がこぞって行くなら、全員水着着用?個性重視個人主義でも、種類で分けたり、仲間で群れたりするのは、普遍的欲望なのか?」
ユウがぶつぶつ、つぶやく。
さて、二回目のダブルデートは、一回目からだいぶん間があいていた。
「ユウ、今日も可愛いですね。」
「はい、リンがこれでもかって可愛いこのワンピースを『自分も可愛いのを着たいから』と勧めてきました。まぁ、私たち、この上なく似合っちゃうんですけど。」
「はい。しかもお二人とも今から行く海が見えるレストランにぴったりです。」
「なんと。ドライブで海が見えるレストランとは。」
「なんでもリンのご希望だそうですよ。」
ダイキが、運転をしているコウヘイと助手席のリンに聞こえないようにヒソヒソ話す。
「え?そうなんですか?リンが、そこまで少女漫画に出てくるシチュエーションを?」
「コウヘイが、一回目のダブルデートの展望台で、次はどこが良いか聞いたら、リンが『軽くハイキングして山に向かってヤッホー』とか『海の見えるレストラン』とか『一台の車に四人乗って』と言ったそうで。」
「リンがそこまで恥ずかしいことを言うなんて。鳥肌が立ってきたよ。」
と腕をこする。
「免許を持っていなかったコウヘイは焦って『ちょっと間があいていいか』とリンに頼んで、僕と二人で自動車教習所に通っていたんです。」
「え?そこまでする?あ、しばらく前に二人でしょっちゅう出かけてたね。」
「そう、あれです。免許取ってからも、コウヘイがこのルートを何回も練習して、何か道路工事でもしていた場合まで想定して、別ルートも練習していました。」
「そんなに気合い入ってたんだ。ジャージ着て来ないで良かった。帰りはダイキが運転するの?」
「いえ、僕は運転がかなり不得意なことを知ってしまい、こんなに素敵な三人を危険に晒すわけに行かず、往復をコウヘイにお願いしました。」
後ろを振り向いたリンには、二人でヒソヒソ話している姿が、顔を寄せ合って楽しく会話をしているように見えて、更に嬉しそうな顔になってから、またコウヘイを見つめ始める。
「ねぇダイキはなぜ可愛い彼女に丁寧語で話すの?」
「あれ?なぜだろ?そういえばそうですね。」
「あ、わかっちゃったかも。大人武装していないと、保護者役できなくなるからとか?」
「そうかな?」
「そういえばリンに『美しいスイスの山々が見える、小洒落た小ぶりのアットホームなホテルで、手も出して来ないあいつら何なの?保護者面しやがって』って言ったら、『私たちを大切にしてくれてるのよ』って頬染めて、愛する人に大切にされてる自分に酔ってた。」
「あはは、その通りだ。大人武装してないと、『部屋割りチェンジしちゃう?』って言っちゃうからね。」
「やっぱり。そうだと思った」
と言うユウ自身、顔が真っ赤になった。下を向いて隠す。それを見て嬉しそうなダイキ。その二人がチラッとバックミラーで目に入り、必死で運転しながら、嬉しいコウヘイ。
「車はレンタカー?」
「この頃、外に出ることが多くて、車移動で時間を節約するために、コウヘイが会社で車買うって決めて、先週、中古を買ったんだ。ずっと使うかわからないけど、最近、車あったらなって思う時が何社かあったから。」
「東京は駐車場高いって父が言ってたよ。」
「うん、でも森企画のあたりは安くて、しかもかなり安い駐車場が歩いて8分のとこにあってさ。ものすごく停めにくい角の区画で、コウヘイと、車庫入れの練習になるって、それも何回も二人で交代で練習したんだよ。そんなのもあって、小さい中古にしておいて良かったよ。車庫入れの時、僕だけ、何回も電柱にぶつけそうになってたから。だから今日コウヘイが運転手を引き受けてくれた。コウヘイ往復大丈夫かな。カチカチになってるように見える。」
「リンにあそこまでガン見されてたらね。」
「帰りの運転大変だから、海の見える小洒落たホテルに泊まる?部屋割りチェンジで。」
「大切にされている自分にリンを酔わせてあげないんだ?」
「そうだった。」
ドライブの終わりに、会社の寮に送ってもらったユウとリン。
「今から駐車場に停めに行くんだね。」
「一緒に駐車場まで行って、そこから一緒に歩いて帰りたいってコウヘイに言ったら、もう運転限界で、車庫入れでぐだぐだな所を見られるのは辛いんだって。」
「どうせ私たちも反省会という名の恋バナ大会、ここでしなきゃだしね。」
「うん!それでね、ダイキの方が運転上手なのに、私の『四人で車』って希望だから『コウヘイ運転席リン助手席のイメージで、リンは酔ってるはずだ』ってダイキが主張して、コウヘイが私を隣に乗せても平気で運転ができるようになるまで何回も練習に付き合ってくれたんだって。今日はいつもあまり見られないコウヘイの、真横からバージョンをたっぷり堪能してたら、そんなことまで教えてくれて、成層圏まで身体が飛んでったの。地上に降りてくるの時間かかっちゃった。」
「ダイキはね、自分の人生に車の運転は必要ないと思ってたのに、自動車学校で車を運転してみたら案外楽しくて、そういえば小さい頃ダンプカーやクレーン車を動かしたかったことを思い出したんだって。」
「ダイキらしい!今度は大型特殊免許取りに行くよ、絶対!」
「それがね、コウヘイの練習に付き合ってたら、自分はあちこち注意を向けられない。見たことない形の信号機が目に入ったら、その信号機のことで頭がいっぱいになって、運転していることすら忘れる人間だってわかったんだって。だから、絶対、運転しないって固く心に誓ったんだって。」
「いかにもダイキらしい!」
「だよね!」
無駄な時間はずっとずっと続くのだった。
「ユウ、キリのいいところで、そろそろ帰ってくださいね。」
「はい。あと少しで、終わります。」
と、高速で指を動かすユウ。ダイキが、ふと、
「通信制大学の方は、大丈夫?」
「あ、そうだった、ううー、もうすでに単位がやばい」
ユウは、スマホを取り出してなにやらチェックし、
「ホントにやばい、忙しくてちょっとだけと後回しにしていたら、もう4年で卒業できそうにない崖っぷち通り越してた。」
「ユウ、国際会議の発表を単位にカウントしてくれるよう、交渉しましょう。普段の仕事の実績と合わせたら、既に卒業レベル通り越して、大学院レベルだから。」
ダイキが言う。
「交渉することすら面倒に思えてきました。仕事で既に知ってることが多過ぎて、頑張るモチベーションが枯渇状態で。」
「じゃ、一旦退学する?」
「入学金と、去年の前期、後期、今年の前期の学費まで払ったのが悔しくて。少し考えます。」
ユウが寮に帰ると、リンも居た。
「家に帰るの面倒になって、気がついたらここに帰ってた。」
「リン、私も家まで帰る気力がなくて。今日は早く寝ようね。」
「ユウとじっくり恋バナ大会したい!けど眠りたいという人間の三大欲求に勝てない。」
「私もだよ。リン、先に寝てて。」
ユウがお風呂に8分で入り、音をたてないようにそっと出てくると、リンはまだ起きていた。
「余裕のある生活って素晴らしい!」
「あれ?リン、ものの10分で肉体復活?」
「復活してないけど、経済的余裕に精神的余裕に浸ってるの。」
「海斗君の学費ついにコンプリートしたの?」
「それがね、母が、アルコール中毒経験者の会で知り合った人とね、再婚したの。相手はなんと、34才!コウヘイの4つ上!ごめんね、スイスでテンパってたから、ゆっくり話せる時に落ち着いて話そうと思ってたけど、このところ森企画に落ち着いた時間なくて、そのうち、私の中で、ユウに他に聞いてもらいたいことが山ほど増えすぎて。ほぼコウヘイの話だけど。」
「ホント、溜まりに溜まった反省会という名のガールズトーク、今から72時間くらい必要よね。リン、お母さん良かったね。またゆっくり聞かせて。今はとりあえず、この度はおめでとうございます。」
「ありがとうございます。二人ともアル中が再発しないかビクビクする一生らしいけど、一人でいるより二人でいる方が、ずっと楽に頑張れるんだって。それでそのお相手の方が、海斗の教育費まで出したいと言ってくれて、恐縮してるんだけど。でも、お母さんがそう言われて嬉しそうだし、海斗も、その34才の方が元サッカー部だったそうで、話が盛り上がって、すごく懐いちゃったの。ずっとピリピリハラハラしていた家庭が、いつのまにか、絵に描いたような穏やかで仲良し家族になって、すごく安心してる。嘘みたいよ。」
「結婚式は?もう終わった?」
「最初、しないって二人とも言ってたんだけど、この頃は家族だけのごく内輪でやっておこうかという方向みたい。」
寝不足でも幸せなガールズトークが続いた。
翌日ユウがダイキに、
「大学辞めました。まだほとんど単位が取れてなくて、払い込んだ学費のためだけに、追い込まれているのが、バカバカしくなりました。リンとのガールズトークの方が大切です。」
と言った。
「そうだね、ユウ。そのうち暇が出来たら、4人でどっかの大学に短期留学しようよ。面白いところがあるんだよ。えっと教育学と社会学が一緒になってたあの大学は、と、」
と、ダイキは、山積みの仕事を、ほったらかして調べ出す。
電話が鳴った。素早くリンが取り、ユウが悔しがる。
「はい、森企画、広瀬です。はい、いつもお世話になっております。はい、少々お待ちください。」
リンがガッツポーズをユウに見せながら、
「コウヘイ、E社の藤井様が、見積もり額の件で、とのことですが、今電話出られますか?」
コウヘイは手を挙げてリンにうなずきながら、
「はい、お電話代わりました。先日私がお伺いした件ですよね、早速ありがとうございます。」
と続ける。
「ユウ、私に勝とうなんて百年早いわ。」
「悔しいー1回もリンに勝てたこと無いー。」
と電話を素早く取る動作を繰り返すユウ。
それを見て、ダイキはあわてて目の前の仕事に頭を戻す。
ある日のこと。
「ユウ、冷凍宅配弁当チンして外で食べない?」
「おっ良いね!行こ行こ。あ、こんなお弁当が増えてる!」
ユウとリンが、社内の冷蔵庫に入っているさまざまな冷凍弁当を物色する。リンが、
「それ、私が頼んだの。私もそれにする。」
近くの公園で、腰掛けにくい鉄の棒に無理やり座って、二人は元気よく食べ始める。
「ベンチ空いてなかったね。」
「やっと涼しくなってきたから、みんな考えることは一緒だった。」
「でも気持ち良い。ランチ一緒に取るのも久しぶり。最近ちょっと余裕かも。」
「ほんと、ダイキが国際デビュー考えてから目が回ってたけど、やっと私たち英語も喋れないまま、仕事が上手く回ってきた感じ。」
「溜まってる有給なんか取っちゃう?」
「良いね!私、ディズニーデビューしたいかも?」
「良いね!二人で南の島は?」
「最高!どんな水着にしようかな。シンプルなワンピースに、ヒラヒラを巻こうかな。」
二人は晴れ晴れとした顔で社に戻り、サーバーでコーヒーを入れて席につき仕事を再開する。
ダイキとコウヘイも雑談をしている。
「いえ、今、簡単な仕事だけしてもらっている、クエンの両親のソーとクエンタン、ブータン人のナムゲル、ジグミは、もうずいぶんスキルアップしているんです。ソーなんて、パソコンを触るのも初めてだったのに、夫婦で教え合っているうちに、面白くなってきたみたいで、あのペースでレベルが上がれば、僕も太刀打ちできません。元々興味があったみたいで。僕の、人を見抜く目は素晴らしいな。それぞれの分野に興味を持ちそうな人が見つけられる能力。僕は人材発掘の方が向いてる気がしてきた。人材発掘業なんていいな。コウヘイ、そっちは社長やってね。」
「え?私がですか?」
自分におはちが回ってくるとは思わなかったコウヘイが狼狽える。
「そりゃそうでしょう。コウヘイが誰より人を束ねる力がある。更にトップに立つに最適な人格者。僕はそこで一兵卒になって、コウヘイに指揮されながら、思う存分やりたい!あぁ、最高!」
「でも森企画発足してまだ1年3ヶ月、本業に、動画、教育システム、更に、次の事業に手を出したら失敗しそう。コウヘイと私は入社1年前後なの。もう少し落ち着いてからにしてよ。」
とリン。
「人材発掘で、保育所を森企画の中に作ったら、どうだろう。」
ダイキはリンの言うことを聞く気がない。
「それは便利ですね。コウヘイ、よろしくお願いします。」
ユウがコウヘイに頭を下げると、ダイキが、またゾーンに入って頭と目と指を高速フル回転で動かしだした。
コウヘイがそれを見て、不安そうな顔をリンに向け、リンが大丈夫よと言うようにうなずく。その時電話が鳴り、コンマ1秒の差でユウが取った。
「はい森企画、春田でございます。いつもお世話になっております。はい、少々お待ちください。」
ガッツポーズをリンに見せると、リンはわざわざハンカチを取り出して、ハンカチを噛んで悔しがるポーズで返す。
「リン、N社の鈴木様」
「もしもしお電話代わりました、広瀬です。はい、先ほどメールで確認させていただきました、はい、」
そんなリンを眺めながら、ため息をつくコウヘイ。ふと見回すと、ユウも高速フル回転で、作業をしている。深呼吸をして自分を奮い立たせるコウヘイ。
また、ある日のこと。
「ねえ、来週のダイキの誕生日、どうするの?」
「どうしようかな。いろいろ考えるけど、ノープラン。」
「私も来月のコウヘイの誕生日、どうする か迷ってるの。」
二人はまた寮で、スキルアップをしながらお喋り。
「直接ダイキに聞くかな。私が着物着てダイキに帯を解かせてあげるのと、バニーガール姿で膝に座るのどっちが良いって。」
「はいはい、全く参考にならないからもう良い。」
翌日ユウがダイキに、
「来週のお誕生日何が良い?何して欲しい?」
「うーん、そうですね。なんでも嬉しいですね。例えば、一緒にコーヒーを飲みながら『お誕生日おめでとう』と言ってもらうのが良いかな。」
「なるほど、それは良いかも。」
そこにリンの悲鳴が。
「何?これ?私?やっちゃったー!」
「どうしたんですか?リン?あっ何だろこれ」
リンが悲鳴を上げた瞬間、次々に社内使用中のパソコンの画面が固まった。知らない言語で画面いっぱい警告文のような何かが書かれている。ダイキが指示をする。
「コウヘイ、ユウ、スマホの翻訳アプリで、それっぽい言語で画面を翻訳してみて。リン、まず何に気づいたのか教えて。」
「N社から来たメールを読んでいる最中に、画面が固まりました。メール添付のファイルは開く前です。メール件名、文面にも不審な点が無いように思いました。すみません。最近セキュリティチェックがおざなりになっていました。申し訳ありません。」
リンが小刻みに震え、青くなっていた。
「リン、落ち着いて。リンのせいじゃない。私が前に開いたメールのファイルに時限装置付きウイルスがついてたかも。」
コウヘイが言う。
「リン、一番やらかすの私。セキュリティ厳しくて面倒って、軽く見てた。」
「リン、コウヘイとユウの言うとおり。このメンバーで、同じレベルのチェックをしていたんだから、三人は一緒です。僕だけ、ちょっと危ないことやってたから、可能性大なのは僕です。ユウ、やっぱり翻訳は良いから、リンが落ち着くまで、会議室でグッズ作りを二人でしてくれますか?」
「あ、はい、私、ハムちゃんも机からひょっこり顔出すパターン作りたいの。リン、行こ。どうせ今出来ること無い。」
と言ってるうちに、電話がなった。コウヘイが素早く取る。
「はい、森企画、香川です。はい、はい、誠に申し訳ございません。我が社でも今気づいたところで、緊急に調査中でございます。できるだけ早くお答えします。はい、はい、誠に申し訳ございません。はい、はい、失礼いたします。」
電話の向こうの怒鳴り声が部屋中に響いていた。
「ユウ、リンにヘッドフォンして音楽鳴らして。」
「はい!」
ユウがヘッドフォンを取ろうとすると、また電話が2箇所で鳴る。
「はい、森企画、香川ですー」
「はい、森企画、春田でございます。はい、はい誠に申し訳ございません。我が社でも今気づいたところでしてー」
また電話が鳴る。
「リン、君は取らなくて良い!」
「はい、森企画、広瀬です。いつもお世話に、あ、はい、誠に申し訳ございません。我が社でもー」
ユウもリンもコウヘイが言った通りを言って、動作もつけて頭を下げる。立て続けに鳴る電話。キリが無い。
スマホで情報を集めていたダイキも、たまらず電話を取って、コウヘイの真似をした。
「ごめん、やっぱり電話応対抜ける」
と、ダイキはまたスマホで何やら調べ出す。すぐにダイキが、
「みんな、電話全部、話し中にして。これ、大したことないやつだ、そう、変だなと思ったんだ。さっき電話取って相手の話聞いて、やっと気づいた。ロシアや北朝鮮の国家レベルウィルスだったらと焦ったけど、これは、そう見せかけて、電話攻撃で相手の判断力弱らせて、身代金取るやつ。巨大な力のフリするコバンザメ。画面乗っ取られてるだけ。もちろんリンのせいじゃない。悔しいなぁ、こんな低いレベルに右往左往してしまった。」
ダイキがセキュリティ会社に電話して、確認を取りながら、全部のパソコンをあっという間に直した。ダイキが、
「よし!とりあえず元通り!みんな、ごめんなさい。僕がレベルの高いウイルスばかり想定していたため、皆さんにご迷惑をお掛けしました。」
「私のわかる範囲内で、今起きたことを教えてもらえますか?」
「コウヘイちょっと時間ください。先に気になるところを全部チェックしておきます。」
と、またフル稼働でパソコンに向かう。
「さっき、コウヘイの電話謝罪を聞いてたから、それを再現することだけに集中できて、相手の怒鳴り声のダメージがほぼなかったよ。」
とユウがコウヘイに言う。
「私はコウヘイが受けてる時から、漏れ聞こえる怒鳴り声で、かなりのボディブロウを受けてしまった、心で退職願書いてた、私が辞めたって何の責任も取れないけど、心の防衛本能が自動的に作動した。」
「リン、私がウィルス第一発見者になってたら、心で遺書書いてたよ。全ての責任は私一人にあります、なあんて。あの状態であの電話応対、リン、惚れなおしたよ。」
ダイキはセキュリティ見直しにフル稼働していた頭を、リンとユウに向けた。
「リンもユウも退職願で責任とか遺書とか、やめて下さい。会社なんか、どうでも良いんです。つぶして破産させて謝罪して回って。また面白いこと始めましょう。今度は何が良いかな。」
「ノーベル平和賞は諦めるの?」
ユウが聞くと、ダイキは、
「そんなの、『きっかけ』だけだって。『きっかけ』で、みんなを巻き込んで申し訳なく思っています。」
「ダイキ、ダイキも惚れ直したよ。」
「あ、ユウ、今、僕大事なところやってて、今すぐやってしまいたくて」
「ダイキ、会社なんかどうでも良いのでは?次、いつ、私の愛の告白、聞けるかわからないよ」
「ユウー、これ終わってから今の再生してーー」
と言いながら、頭と目と指をフル稼働にしてチェックを続けるダイキ。
「はい、みんな、聞いてください。さっき起きたのは」
と、ダイキの緊急セキュリティ講座が始まった。
「そういえば社内授業、この頃吹っ飛んでましたね。僕がノーベル賞を言い出してから。」
「そうだ、全くやってない。でも、ケンケンビデオの内容チェックだけで、社内学習は充分では?」
とユウ。
「そうですね。では、セキュリティが破られた時の避難訓練をして良いですか?月1回くらい。まず定期的に要となるデータをオフラインに保存。さっきの類いのことが起きた時、まず第一発見者がすぐ皆に周知、次に画面を写真に撮って、」
ダイキの言葉を、皆が真剣にメモメモ。
「ボディブロウ対策に、電話応対も、謝罪文も、日頃から準備しておいた方が良いかな。さっきみたいに、コウヘイの素晴らしい謝罪応対を、全文聞いてから電話を取るとは限りませんから。」
ダイキが言うとコウヘイが、
「では、私が何パターンか作っておきます。」
「声を出して練習しておきましょう。『備えあれば』で、想定訓練しておけば、少しは慌てずに済みますね。コウヘイ、月に30分、いや15分で大丈夫。スケジュールに入れられそうですか。」
「はい、最優先事項で組みます。」
その後、コウヘイとダイキが相談して、パソコンの入れ替え、セキュリティの増強、出入口に防犯カメラも設置され、警備会社と契約もした。
「カメラって最初意識したけど、すぐ慣れた。」
ユウが言うと、リンが、
「そう?私はまだ気になる。」
「解像度ってどれくらいなんだろね。」
「それよ、毎日お化粧や髪の乱れまで気にした方が良いのかしら。」
『人材発掘業』については、もうすっかり忘れ去っていたリンとユウだったが、ダイキは具体的に考えていたようで、この頃から、コウヘイが役所に問い合わせをしたり、人材派遣業のセミナーに行ったりしている。
「もし人材発掘業に事業を広げていく場合、しばらくは業務の負担が増えますが、軌道に乗れば、うちの業務を任せられるところは任せられて、かえって負担が減るかもしれません。かなり楽観的に見た場合です。念のため。」
と、ざっくりコウヘイがみんなに説明する。
「面白そうだけど、畑違いな感じが。」
とリンが言うと、
「はい。それに、どう頑張っても、現在多数ある人材派遣会社にはかないません。森企画が参入するとしたら、ほとんどを自動化し、人材と職場をどれくらいピンポイントに適性一致で紹介できるかが鍵になると思っています。」
「クエンママのソーが、webデザイン制作に向いているなんて、ソー自身思ってもいなかったんだよ。今現在、安く使われている人で、自分の才能に気づいていない人に、この『人材発掘』がきっかけになって、気づくようになったら良いと思うんだよね。」
ダイキが言う。コウヘイはため息をつきながら、
「先日から、人材派遣業のセミナーで教わるのが、納得できないことばかりなんです。大雑把に能力で人を分けて、わかりやすく分けられない人はご遠慮いただくんです。例えば、個人情報を登録してもらう時、男女の性別を選んでもらう欄がありますよね。」
「あるある。最近は、男、女、答えない、みたいな、三択になったよね。」
「でも人材派遣業だと、男女の二択です。」
「なぜ故?」
ユウが聞く。
「職場で、LGBTQの方を確認してから雇うとなると、他の人が不快にならないよう配慮したり、トイレをもう1種類作らなければならなくなるからだそうです。」
「でも多いんでしょ、実際は。本人が隠してるだけで。」
リンが言うと、ユウも
「仕事に就きたいなら、カミングアウトするなってことかな。」
ダイキが、
「僕は人とあまり親しくしてこなかったから、うちの外国人チームと接触するまで、LGBTQの人に会ったことはなかったです。コウヘイの元同僚の、サディ?だっけ。あの人はゲイかな。あまり隠してなかったような。」
「あの人、コウヘイを見る目がハートだった気がする。」
リンが言ったら、ユウも、
「私も思った。でも親しい友人と再会して嬉しいのと違いがわからない。」
「コウヘイ、真相は?」
リンが聞くと、
「はい、はっきり言われてはいませんが、他の人からは、そう聞きました。」
リンは、
「やっぱり。ゲイの人がなんで潜伏しなきゃいけないのよね。何も悪いことはしていないのに。私も一度も、一人として会ったことないの。サディが初めて実際にお目にかかったゲイの人。ネットやテレビではたくさんいるのに。」
「まだ身近にいないと思ってる人が多いから、実生活では隠す方がやりやすいのかな。」
「でも隠すと心がどんどん壊れそう。みんなが慣れて社会が変われば、隠さないで済むようになるよね。」
「性同一性障害だって、障害ではないから性別不合?って名前に変わるとか変わったとか。社会に、受け入れ体制が整ってなくて、社会の方に障害が存在したんだと思う。誰もが隠さないで済むようになって、性別不合とも言われなくなれば良いのに。」
「じゃあ、トイレはどう分けるの?」
リンが聞く。ユウが、
「うーん、入り口分けずに、全部個室?」
「費用がかかり過ぎない?」
「そうだけど、一部の人の大きな苦しみの上に、今のトイレ設備があると考えれば、全部個室くらい安いのかな?」
「温泉大浴場はどうする?」
「うーん、困った。」
自説を唱えていたユウも、言葉が詰まる。
「村社会、男、女の二種類しか認めない時代の人間が憩った場所に、個性重視個人主義時代の人間がこぞって行くなら、全員水着着用?個性重視個人主義でも、種類で分けたり、仲間で群れたりするのは、普遍的欲望なのか?」
ユウがぶつぶつ、つぶやく。
さて、二回目のダブルデートは、一回目からだいぶん間があいていた。
「ユウ、今日も可愛いですね。」
「はい、リンがこれでもかって可愛いこのワンピースを『自分も可愛いのを着たいから』と勧めてきました。まぁ、私たち、この上なく似合っちゃうんですけど。」
「はい。しかもお二人とも今から行く海が見えるレストランにぴったりです。」
「なんと。ドライブで海が見えるレストランとは。」
「なんでもリンのご希望だそうですよ。」
ダイキが、運転をしているコウヘイと助手席のリンに聞こえないようにヒソヒソ話す。
「え?そうなんですか?リンが、そこまで少女漫画に出てくるシチュエーションを?」
「コウヘイが、一回目のダブルデートの展望台で、次はどこが良いか聞いたら、リンが『軽くハイキングして山に向かってヤッホー』とか『海の見えるレストラン』とか『一台の車に四人乗って』と言ったそうで。」
「リンがそこまで恥ずかしいことを言うなんて。鳥肌が立ってきたよ。」
と腕をこする。
「免許を持っていなかったコウヘイは焦って『ちょっと間があいていいか』とリンに頼んで、僕と二人で自動車教習所に通っていたんです。」
「え?そこまでする?あ、しばらく前に二人でしょっちゅう出かけてたね。」
「そう、あれです。免許取ってからも、コウヘイがこのルートを何回も練習して、何か道路工事でもしていた場合まで想定して、別ルートも練習していました。」
「そんなに気合い入ってたんだ。ジャージ着て来ないで良かった。帰りはダイキが運転するの?」
「いえ、僕は運転がかなり不得意なことを知ってしまい、こんなに素敵な三人を危険に晒すわけに行かず、往復をコウヘイにお願いしました。」
後ろを振り向いたリンには、二人でヒソヒソ話している姿が、顔を寄せ合って楽しく会話をしているように見えて、更に嬉しそうな顔になってから、またコウヘイを見つめ始める。
「ねぇダイキはなぜ可愛い彼女に丁寧語で話すの?」
「あれ?なぜだろ?そういえばそうですね。」
「あ、わかっちゃったかも。大人武装していないと、保護者役できなくなるからとか?」
「そうかな?」
「そういえばリンに『美しいスイスの山々が見える、小洒落た小ぶりのアットホームなホテルで、手も出して来ないあいつら何なの?保護者面しやがって』って言ったら、『私たちを大切にしてくれてるのよ』って頬染めて、愛する人に大切にされてる自分に酔ってた。」
「あはは、その通りだ。大人武装してないと、『部屋割りチェンジしちゃう?』って言っちゃうからね。」
「やっぱり。そうだと思った」
と言うユウ自身、顔が真っ赤になった。下を向いて隠す。それを見て嬉しそうなダイキ。その二人がチラッとバックミラーで目に入り、必死で運転しながら、嬉しいコウヘイ。
「車はレンタカー?」
「この頃、外に出ることが多くて、車移動で時間を節約するために、コウヘイが会社で車買うって決めて、先週、中古を買ったんだ。ずっと使うかわからないけど、最近、車あったらなって思う時が何社かあったから。」
「東京は駐車場高いって父が言ってたよ。」
「うん、でも森企画のあたりは安くて、しかもかなり安い駐車場が歩いて8分のとこにあってさ。ものすごく停めにくい角の区画で、コウヘイと、車庫入れの練習になるって、それも何回も二人で交代で練習したんだよ。そんなのもあって、小さい中古にしておいて良かったよ。車庫入れの時、僕だけ、何回も電柱にぶつけそうになってたから。だから今日コウヘイが運転手を引き受けてくれた。コウヘイ往復大丈夫かな。カチカチになってるように見える。」
「リンにあそこまでガン見されてたらね。」
「帰りの運転大変だから、海の見える小洒落たホテルに泊まる?部屋割りチェンジで。」
「大切にされている自分にリンを酔わせてあげないんだ?」
「そうだった。」
ドライブの終わりに、会社の寮に送ってもらったユウとリン。
「今から駐車場に停めに行くんだね。」
「一緒に駐車場まで行って、そこから一緒に歩いて帰りたいってコウヘイに言ったら、もう運転限界で、車庫入れでぐだぐだな所を見られるのは辛いんだって。」
「どうせ私たちも反省会という名の恋バナ大会、ここでしなきゃだしね。」
「うん!それでね、ダイキの方が運転上手なのに、私の『四人で車』って希望だから『コウヘイ運転席リン助手席のイメージで、リンは酔ってるはずだ』ってダイキが主張して、コウヘイが私を隣に乗せても平気で運転ができるようになるまで何回も練習に付き合ってくれたんだって。今日はいつもあまり見られないコウヘイの、真横からバージョンをたっぷり堪能してたら、そんなことまで教えてくれて、成層圏まで身体が飛んでったの。地上に降りてくるの時間かかっちゃった。」
「ダイキはね、自分の人生に車の運転は必要ないと思ってたのに、自動車学校で車を運転してみたら案外楽しくて、そういえば小さい頃ダンプカーやクレーン車を動かしたかったことを思い出したんだって。」
「ダイキらしい!今度は大型特殊免許取りに行くよ、絶対!」
「それがね、コウヘイの練習に付き合ってたら、自分はあちこち注意を向けられない。見たことない形の信号機が目に入ったら、その信号機のことで頭がいっぱいになって、運転していることすら忘れる人間だってわかったんだって。だから、絶対、運転しないって固く心に誓ったんだって。」
「いかにもダイキらしい!」
「だよね!」
無駄な時間はずっとずっと続くのだった。
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