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過去の精算
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ダイキは、会計システムにも手を出していた。
「今ある会計ソフトを使う前の段階でね、フローチャートで使用者を会計習熟度で分けてね、全く会計に触れたことのない人間が、ある日起業しちゃって、年末頃になって慌てだした時に、すがれる藁になるような会計ソフトバージョンへ誘導。簿記がわかる人間でも知識があるからこそソフトを使う時につまづくところをフォローするような会計ソフトバージョンへ誘導。そんなのできないかなと思って。」
人材発掘業も、実現する可能性が見えてきていた。
「人材発掘の部門は、コウヘイが社長をするの?」
リンが聞くと、
「僕は、信頼できる人が、トップになった方が良いと思うんだけどね。関連会社にするけど、メンバーも場所もこのままで。でも、コウヘイは、あくまでも森企画の中の一部門にしたいらしい。どっちも、メリットとデメリットがあって、僕とコウヘイのどっちの意見が勝つかって段階。」
そこに、コウヘイが、息を切らしながら帰ってきた。
「遅くなってすみません。前から会って話したかった人から急に連絡が来て、会って話し込んでしまって。」
「それって男の人?女の人?」
リンが珍しく不機嫌そうに聞く。
「あ、男ですけど、」
リンを驚いたように見るコウヘイ。
「何かあったのね、その人と。」
「いや、参ったな。高校の時、トラブった人です。僕がずっと友達だと思ってたけど、向こうは違ってて、ずっと傷つけていたので、ちゃんと謝りたいと思ってたんです。」
「コウヘイ?その人がコウヘイを深く傷つけたのでは?」
ダイキも鋭く聞いた。
「あ、はい、そうです。それで、向こうは私に合わせる顔がないと、私からの連絡に返信しなかったのですけど、さっきやっと会えて話して、お互い友達に戻ることができたと思います。おそらくもう会う機会はないでしょうが、私には重要なことだったんです。」
晴れ晴れしたコウヘイの顔を、三人はしばし眺めた。
「人材発掘業ですが、先日から、人材派遣業の担当者、そこに登録している方、派遣社員を雇っている企業の方からお話を聞いて参りまして、私の考える『森企画』の人材発掘業のイメージがまとまりました。大手に登録できないけれど意欲のある人を一人一人育てて、待遇面では大手に勝てない人手不足の職場の中から、ぴったりの場を見つけてマッチングする、登録者も雇う側も、将来も描けるようなものを作りたいと。」
と、コウヘイが、考えながら話す。
「でも、そんな悠長なことやっていたら、クエンの両親みたいに、現在搾取されている人を、たくさん救えないんじゃないかな。」
ダイキがいう。
「多くを救おうとすると、かえって取りこぼす恐れもあります。」
と、コウヘイ。ダイキが、
「そうかな」
と反論しそうになったところで、ユウが、
「では、私はO社の打ち合わせに行ってきます。」
「あ、待って、ユウ、僕、O社の、もう少し直したかったんだ、朝のうちにやろうと思って忘れてた。ごめん、すぐだから。」
「はい」
とユウは席に着いたが、ダイキの手直しはすぐには終わらない。
「ごめんね、ユウ、もうちょっとだから。出来上がったら、車取って来るから一緒に車で行こう。かなり時間短縮できるはず。」
それを聞くとすぐにコウヘイが、車の鍵を持って、車を回して来た。コウヘイが運転する車が社に近づくと、タイミング良くダイキとユウが、会社から出て来て車に近付く。
「コウヘイ、忙しいのにありがとう。行ってきます。」
「コウヘイ、助かった、ありがとうございます。」
と、二人でO社に出発した。
「ダイキ、帰りは私、電車で帰るけど、もし良かったらO社の担当者さんに挨拶だけしてくれる?すごく会いたがってたよ。ダイキの仕事のファンだったそう。」
「わぁ、嬉しいな。打ち合わせにも参加できるかな。」
「あ、じゃあ、連絡入れておくね。」
ユウがO社に連絡し、相手から了承の返信をもらう。
「ダイキは、私を危険にさらさないために、もう運転しないんじゃなかったっけ?」
「それが、運転のコツがわかってきたんだよ。今みたいに喋ってたり、一人だとラジオを鳴らしてると、ほどよく運転に集中し続けられるんだ。」
二人がO社での打ち合わせを終えて、帰りの車の中で、ユウがダイキをガン見する。
「え?何?ユウ、僕の横顔に見とれてる?」
「はい、本当に、私、こんなに素敵な人を捕まえたんだなって。」
「ユウ、僕、そこまで、運転上手くなってないから、そんな嬉しい言葉は、駐車場に停めてからにして。」
駐車場について、車を停めた。
「ねぇダイキ、ダイキはコウヘイに、大きな会社の社長の座をプレゼントしたいの?」
「え?」
「コウヘイに施しをしたら、コウヘイから蔑まれるよ?」
「そんなこと思ってない!何言ってるの?コウヘイがみんなをまとめる立場に相応しい人だからだよ。それはユウも認めるよね。」
「はい。でも、全ての人がそう思ってても、コウヘイがそう思えなければ、プレゼントは返されちゃうんじゃないかと思っただけです。」
「はい、貴重なご意見ありがとうございます。しかと心にメモしました。でも、人材発掘会社が軌道に乗って、今の『森企画』がそこの傘下に入れたら、一番安定した会社になれると思うんだけどな。」
社に戻った。
「おかえりなさい。ダイキは駐車場に停めるのも平気になったの?」
リンが聞くと、
「はい!お任せください。今じゃ車庫入れだけはコウヘイよりピタッと停められるよ。ユウにカッコいいところ見せられて嬉しかった。」
「リンがコウヘイのことガン見してるの見て、『景色も見ようよ』と思ってたけど、今日は私もカッコいいダイキをずっと見てた。」
「あらそうでございますか。ダイキはどうやったら運転が上手になれたの?」
「それがわからない。謎のまま。ある日開眼した。」
「運転って、急に上手になるんだ。」
「コウヘイは違うよ。努力した分、上手くなった。同じタイミングで免許を取った僕は、最近急に人並みに運転できるようになった。」
「ふーん。そういえば、高齢者の方が、運転に向かなくなるのも、人それぞれみたいね。何か視線を追える装置をつけて、運転操作のデータと合わせて、運転技術の適性を数値化できるようなものを、車に取り付けられたら良いのにね。」
「リン、それ、すごいよ!初心者マークの期間と、高齢者の運転する車に、そんな装置を義務化してくっつけておいたら、少しは事故が減るかな。全部の車につけても良いかもしれない。体調が悪いと判断されたら、自動的にアラーム鳴らすなり、スピードが出せなくするとか。」
「あら、お褒めにあずかりまして。でも誰でも思いつくわよ。こんなこと。」
「いや、今は運転手不足で自動運転ばかり開発をあせってるから、運転手を減らす方向の開発はしてないと思う。でも事故を減らせたら、みんな助かるはずだ。」
「では、私は、最初の言い出しっぺとして、雑誌の取材を受けるわね。どんな服を着てインタビューされようかしら。」
とリンがふざけている間にも、ダイキの顔は、ワクワクし続けていた。
また別の日、ユウとリンが寮で反省会を開いている。
「リンの運転技術数値化だっけ。ダイキが夢中になってるみたい。」
「コウヘイがそう言ってた。ダイキはとにかく、自分の運転技術への思い込みを、数値化することによって客観的に判断できるようにしたいんだって。でも、どうしても数値化できないものがいっぱいあって、仮に、その装置を作れたにしても、それを売る時に今度は運転技術を数値化した物だけに頼らないで欲しいと警告しなきゃいけなくなりそうで、パラドックスに陥ってるらしい。まだ今は全然、出来上がるには程遠いそうだけど。」
「そうだったのか。そのパラドックスも、ダイキは楽しんでるだろな。」
「おかげでこっちは、不安でいっぱいだよ。今まで本業の仕事の仕上げは絶対ダイキがしないと気が済まなかったのに、この頃私たちがお互いにチェックし合って納品でしょ。」
「でも前は、リンの作ったの、そのままOKだったから、大丈夫だよ。」
「でもでも、ダイキ、チェックは必ずしてくれてたよ。」
「私たちも少しはレベル上がってるし、私は必ず直されてたから、今、自分が作ったままのを渡せて、ちょっと嬉しいよ。リンも、緊張感を楽しもうよ。」
「そうね。いつまでも甘えてられないね。」
「ねぇ、リンは先週のコウヘイのお誕生日に何かプレゼントした?」
「それがね、コウヘイが何が一番喜ぶか、考えても考えても何も思いつかなかったので、ダイキが言ってた、ユウにして欲しいことを参考にして、コウヘイに、これまでしてもらったこと、大好きなところを手紙に書いて、コウヘイの目の前で読んで、その手紙渡して、『これからも私とずっと一緒にいてください』とお願いしたの。」
「うわー感動する。泣ける。花嫁から花婿への手紙だ、コウヘイは?」
「ただただコウヘイが感謝してくれて、私と出会えて良かった、と言ってもらいました。」
「すごいよ、リン。素晴らしい!アメイジング!!」
「コウヘイがこの前会った高校の時の友達ね、ゲイと気づかず仲良くしてたんだって。友達はコウヘイのことをずっと好きだったけど、コウヘイがゲイではないことわかってたから、ずっと恋心を隠してたんだって。ある時、友達が隠しきれなくなって、コウヘイに告白して吹っ切ろうとしたらしいの。そしたら、コウヘイが友達に気を遣い過ぎて、そこからこじれて、何もかも悪い方に転がって、友達がネットに隠し撮りしたコウヘイの恥ずかしい写真をばら撒いたんだって。コウヘイは立ち直るのに何年も何年もかかってたけど、森企画に来て、やっと抜け出せたんだって。ユウのユニークな話も何回もリフレインしたらしいよ。」
「私、なんか言ったっけ?」
「ネットにあっても知らなきゃ平気とか、ゲイにみんなが慣れたら、なんて話よ。」
「ふーん。コウヘイの元同僚のサディさん、あの人なかなか素敵だったよね。」
「うん、サディさんはオープンにしてる人で、昔、コウヘイのことタイプだって職場で言ってたんだって。でもコウヘイはその頃、相手がゲイってわかった時点でダメで、その職場逃げ出しちゃったんだって。」
「コウヘイ、なんでか、女にも男にもモテるもんね。」
「ほんと、それ、困るのよ。で、ダイキに、英語が堪能な人知ってるか聞かれて、その時のこと謝りたくって、うちに呼んだそうなの。サディは、コウヘイが昔よりカッコよくなってて、また気持ちが高まりそうだから、2回もフラれるの怖くて、もうここには来ないって言ったそう。」
「サディは、コウヘイとリンが相思相愛なの、わかったかもね。」
「え?あの頃は全然まだ相思相愛どころか。」
「いや、二人のあふれる恋心に、サディは気づいたね。」
「やめてよ、恥ずかしい、あの頃コウヘイに言いたい放題だったのよ。ああ、コウヘイとの出会いからやり直したい!」
「いいえ、今まで目にしてきたリンの全てにコウヘイは恋したのであるよ。」
「う、ありがと。で、ユウはダイキの誕生日、喫茶店で『お誕生日おめでとう』って言ったの?」
「そうです。それだけです。ダイキへのプレゼント考えてたら、腕時計とか身につける物にしたくなって、腕時計より、心臓に近い場所につけるネックレス、いやいやスマートウォッチをプレゼントして、私のスマホに同期させて、ダイキの脈絡一日中見ていたいとも思ったんだけど、」
「ユウはダイキ以上のストーカー体質!?」
「でもそんなことをしても、なんの意味も無いなって。私は、ダイキが何か思いついてワクワクしてるとこや、上手くいかなくて悔しがりながら諦めないとこや、何かできた時のドヤ顔とか、そんなのをずっと見ていたい。特等席で。その席のチケットが欲しい。」
「そうね。私も見ていたい。ユウがワクワクダイキを見て、ユウもワクワクしてるところや、ダイキがユウにドヤ顔してユウが喜んでるところ。」
「リンありがと。でもそんなアリーナ席のプレミアチケットもなんの保証にもならない。ダイキが心変わりして、私が嫉妬でまた荒れ狂う日がくるかもしれない。」
「ユウ?そんなこと心配してるの?幸せすぎて壊れない橋をぶっ壊したいの?」
「そうだね、何、考えてんだろ。考えてもしょうがない事は、心にメモして、目の前のことを一生懸命やることにするよ。」
「うん、実は私もいろいろ考えてすぐ不安になる。コウヘイがあんなに私に誠意を見せてくれてるのに。私も不安はメモだけして、自分の今やるべきことに向き合うよ。」
二人はスキルアップのための研鑽を始めた。
さて、クリスマスの日。ホテルのレストランでユウとダイキが向かい合って座っていた。
「私の二十歳の誕生日、クリスマス、高級ホテルのレストランのディナー、夜景。ダイキは、そこまでして私を怒らせたいのね。」
「ユウ、ここにでっかいダイヤの、全ての女性が憧れると言われる有名ブランドの指輪も仕込んであります。」
とダイキが膨らんだ胸ポケットを叩いて見せる。
「そういえば、リンが、指輪を見たいから付き合えと私を宝飾店に連れて行き、私に『この指輪ユウに似合うんじゃない?』と私に指輪を何個かはめました。私としたことが、あんな小芝居で指のサイズを知られてしまうとは!ダイキ、人には我慢の限度というものがあることをご存知ですか?今日はここで失礼します。もう二度と会うこともないでしょう。」
「ユウ、あそこに捕獲隊がいるんだよ。撮影隊でもある。」
と、コウヘイとリンを指差す。
「さっきから二人して、手を振ってスマホのレンズをこちらに向けていますね。でもダイキ、あの二人はすぐにお互いを見つめ合うので、捕獲も撮影も、全くの役立たずになり下がりますよ。」
と、小芝居を続けながら、食事を続ける。
デザートが終わったところで、ダイキはやおら立ち上がり、ユウのそばに片膝を立ててひざまずき、大げさな仕草で指輪のケースを開けながら、
「ユウ、僕と結婚して、僕を幸せにしてください。」
と、割と真剣に、いや、全身全霊をかけて言った。
「こざかしいこと」
と言いつつ、ユウが満足そうにダイキの姿を堪能して、「私も」と言いかけ、ふと指輪が目に入ると、
「わー可愛い!」
と指輪を手に取る。
「わーこんな可愛い指輪あるのね、今、はめてみていい?」
「僕に、はめさせて!」
と指輪を取り上げてユウの指にはめる。
「嬉しい!ダイキ、ありがとう!ダイキ、私と結婚してください。私を死ぬまで幸せにしてね。」
とダイキの首に抱きついた。二人で抱き合って笑う。
「ユウ、ちょっと落ち着こう。みんな見てる。撮影隊もちゃんと任務遂行中だった。」
ダイキが、ユウに囁く。
ユウはわざと、レストランにいるみんなにガッツポーズをして見せ、リンとコウヘイに指輪をした手を見せる。
「ははは、皆さん他人なのに拍手してくださって良かった、みんな笑ってるよ。もう僕汗まみれだ。しかし、この指輪がこんなに良い仕事をするとは。」
「私も仕込んできました物があります。」
と、ユウは、リンにむりやり持たされた、小ぶりのおしゃれなバッグを開けて、小さく折り畳んだものを2つ取り出す。
「こちらが婚姻届。私は記入済みで証人の欄はリンとコウヘイが書いてくれました。こちらは、戸籍謄本。婚姻届を本籍地以外の役所に提出する時も、戸籍謄本は要らなくなったのですが、戸籍を紙で管理している所に限り、必要だそうです。ダイキの戸籍が、紙で管理されている場合、私の戸籍謄本を持って、そこの役所に行けば、その場で婚姻届を提出できます。ダイキとの結婚のチャンスを逃さないために完璧を期しました。」
「ユウ、いつも通り仕事は完璧だね。映画や小説だと、婚姻届しか出てこないよね。」
「で、ダイキの戸籍はどちら?」
「豊島区です。戸籍の電子化は済んでいます。なので、この近くの役所に提出できるよ。今から行く?」
「ダイキの欄の記入はどこでします?」
「貸して、今書く。」
ダイキが綺麗な字でさらさら書く。
「あ、印鑑は任意なんだ。」
「不要になったそうです。私も印鑑が要るかもしれないと思い、ダイキのデスクから盗み出すタイミングをうかがってしまいました。」
「ははは、任意と不要の違いは?泥棒さん?」
「はい、やはり婚姻届にはハンコとイメージしていて押印する自分に酔いたい人のために、押したい人は押して良しと、役所の温かい配慮です。」
「なるほどね。ではいざ、出発だ。えっと、ここの最寄りの役所はと、」
スマホで調べだすダイキが、急にバランスを崩したユウを支える。
「あっ、ユウ、大丈夫?」
「ごめん、ダイキ、さっき少しだけワインを味見してみた後から、ずっとふわふわしてて。あ、また気持ち悪くなってきた、ごめん、ちょっとトイレに行って来る。」
「あ、危ない、リン!ごめん、ユウを頼む。」
リンが撮影をやめて、慌てて駆けつける。
「ユウ、大丈夫?ごめん、まず靴脱いで、コウヘイ、ユウのローヒール持って来て!ごめんね、高いヒール履かせて。」
「ごめん、リン、ふざけ過ぎた。こんな高級レストランで、コウヘイとのロマンチックな食事を台無しにして申し訳ない。」
ダイキとリンでユウを支えながら出て行く。
「ユウ、顔色が真っ青!あ、ユウ!その服まだ2回しか着てないの!そのドレスにシミつけたら、許さないから。もうすぐだから、もうちょっと我慢して、ダイキ、ハンカチ持ってる?貸して!」
慌ててダイキが取り出したハンカチを、リンがひったくって、ユウに口に当てさせ、ユウを支えながら、トイレの中にリンが入って行く。
皆の持ち物を手早くまとめて、後を追いながら、会計を済ませるコウヘイ。
「すみません,また4人とも席に戻るかもしれないのですが、よろしいですか?」
「結構でございます。」
ビシッと立っている会計係が、笑いを堪えながら言った。
翌日、
「夕べは本当にご迷惑をお掛けしました。はしゃぎ過ぎました。リン、遅くまでついててくれてありがとう。コウヘイ、高級レストランディナーを台無しにしてごめんなさい。後でレストラン代を教えてください。皆様の分お支払いさせてください。ダイキもごめんね。ワインを味見さえしなければ完璧だったのに、いつも全てぶっ壊して。これからは大人しいユウを目指しますので、皆様、私をどうか見捨てないでもう一度チャンスをください。」
「ユウ、僕は夕べあのまま死ぬのかと思ったくらい嬉しかったよ。」
「私たちもどれっだけ楽しかったか。ね、コウヘイ。」
「ユウ、私たちも幸せのお裾分けのスコールを浴びましたよ。ありがとうございます。」
「二人でそれぞれビデオ撮ってたけど、お料理も食べなきゃで、私のスマホだけ交代で撮ってて。撮りながら食べながら、声は聞こえないから、私が声優して。『もうあなたの事しか目に入らないの』『なんて素敵な夜なのかしら』とかね。」
「ヒィィ今回は懲役何年でしょうか?」
「そうね、今回は全員共犯で執行猶予3年ってとこかな。」
「ワンピースは今朝クリーニングに出しました。おそらくシミは取れるとのことです。」
「シミが残ってたら懲役10年。」
「もちろん、覚悟しております。」
「ユウに無理やり着せたの私だけどね。ただしユウは前回の懲役8年、服役中の態度が良くて、仮釈放だったのが、昨日で取り消されて、刑期、前のと足されるから。」
「はい。わかりました。とほほ」
電話が鳴る。
「はい森企画、広瀬です。」
リンがダイキに繋ぐ。
「私ったら、こんな年末の忙しい時にまた業務妨害をしてしまった」
と、ユウが落ち込みながら、仕事に集中し始める。
昼休みにリンが
「それで婚姻届はいつ出すの?」
「あ、忘れた!私、レストランに。」
「コウヘイが、4人分の荷物をまとめて、忘れ物がないようにチェックは完璧よ。私が貸したバックにちゃんと畳んで戻してある。」
「はぁ、コウヘイ、申し訳ございません。」
コウヘイが、調べ物をしながら、ユウに「ドンマイ」とうなずいて見せる。
「婚姻届は、クリスマスディナー用のネタなので、これから出すかどうかも決めてないよ。でも、面白いネタができたら出すかも。」
「ノリで出すものじゃない!」
「はい。」
「あれ?ユウ、素直ね。服役中の態度、前より良いから、早く出所できるかもね。」
「違うの。年明け2日にダイキの家に挨拶に行かせてもらうの。だから、今は『大樹さんの嫁にふさわしい、おとなしいユウ』をすり込み中なの。」
「おお!それで、ダイキもユウの家に挨拶に行くの?」
「それは元日。ダイキはうちの家族にもう全て丸裸に知られてるから気取っても手遅れで、ダイキは気楽なもんよ。拓真は知ってることみんな喋るし、結は想像したことまで喋ってるし。でもダイキのご両親には、私のこと、さらっと言ってるだけらしくって。この私じゃ無理だよね。1週間でなんとか、菅原家にふさわしいキャラに矯正可能か否か?」
「あまり無理するとかえってボロが出るよ。どうせ後からバレるんだし、親に反対されたってダイキがユウを手放すことはないんだから、いつものユウで大丈夫。気楽にいこ。」
電話が鳴る。
「はい、森企画 春田でございます。はい、大変お世話になっております。はい、はい、あいにく香川は、電話中でございまして、後ほど、おかけ直しさせていただいても、よろしいでございますでしょうか。」
丁寧語と謙譲語がぶつかり合って噛んじゃってるユウだった。
さて年末ギリギリまで皆仕事に明け暮れ、翌元日。
「はじめまして、菅原大樹と申します。」
ユウにスマホで撮影されながら、ダイキが玄関で挨拶する。
「大樹さん、はじめまして。優の母の、愛と申します。」
「菅原さん、はじめまして。優の父、敏雄と申します。」
「ダイキ、今日かっこいいじゃん!」
「ダイキ、スーツ似合うね!」
拓真と結がはしゃいでる。
「お邪魔します。」
ダイキが靴を脱いで揃える間、ユウがダイキの顔をアップで写す。リビングで全員座ったところで、
「早速で申し訳ないのですが、カメラが気になりますので、先に言わせていただきます。私は、優さんとこの先もずっと一緒にいたいと願っています。優さんと私の結婚をお許しください。」
と頭を下げた。ユウは結に撮影を代わってもらい
「私もダイキとずっと一緒にいたいです。」
と、並んで頭を下げる。
「大樹さん、優をよろしくお願いします。」
優の両親も頭をさげた。
翌日一月二日
「まぁ、あなたがダイキを真っ当にしてくれた方なのね。大樹が前回、10年ぶりにここに帰って来て、会うのも3年ぶりだったのだけど、今まで見たこともないような顔で、本当に驚いたの。何があったのか聞くと、若い優秀なお嬢さんに、指導してもらったとか。でもまさかこんなにお若い方だったとは。」
緊張して固まっているユウに、ダイキの母親がマシンガンのように話し続ける。
「どんな指導をしたのか、教えてくれるかしら。大樹に聞いても詳しく教えてくれないのよ。」
「母さん、あれだけ聞き出しておいて?」
「だって、大樹はずっと何かしでかすんじゃないかと子供の頃からハラハラし通しだったのよ。なんとか犯罪者にだけはならせるまいと、いろいろ考えてやってみたけど、大樹独自の世界に踏み込めなくて。それが一年前、毒みたいなのが抜けてて、ホッとしたのよ。あぁ、テロリストにならなくて済んだって。」
はしゃぐ母親に、ダイキが、
「そうだったのか、知らなかった。」
「大樹さんは、職場の部下全員に信頼され、顧客にも大変人気があり、また全世界へも、より良い教育プログラムを発信していこうとされていて、言わば世界中の人から支持されています。」
ユウが誇らしげに言った。
「まあ!それは嘘でしょう。」
疑う母に、
「いえ、これをご覧になればわかります。」
と、ユウが、スマホを取り出して、ダイキが活躍する姿を探して、ダイキの両親に見せる。
「優さん、これからも大樹のこと、くれぐれもよろしくお願いしますね。」
「私は至らないところばかりです。ご指導のほど、よろしくお願いします。」
ユウが神妙に頭を下げた。
仕事始めの日、
「ユウ、すごいじゃない!もうそこまで段取り進んだなら、後は、婚姻届提出して、新居探して引越してと。式は挙げるの?」
「いや、もう力尽きて、残りのタスクはしばらく棚上げ。ダイキも、本当に私と結婚したいんだかどうだか。」
「したいでしょう!それは誰でもわかるよ。」
「ダイキは私を喜ばせたいだけだよ。私に合わせて自分も楽しんでるだけ。私が棚上げしたいなら、それはそれで良いんじゃないかな?とにかく今日は、目の前にある仕事をやっつける。」
と、大晦日に残ってしまった仕事を始めた。リンも残っていた作業を思い出して、あわててやり始めた。
数日後、
「ユウ、二十歳の集いは行く?」
「あぁ、そういえば成人式の案内、家に来てた。行く気全くないけど、悩み中。」
「私も悩んでて。行くなら着物?」
「それそれ、二十歳の集いは特に行きたくないけど『母の着物を着て一生に一度のイベントに出る』ということになると意味が全然違ってきて。母方のおじいちゃんおばあちゃんも、楽しみにしてるかもというプレッシャーに押しつぶされるくらいなら、さっさと着物着せてもらって、写真撮った方が良いのかな。」
「私も、ほぼ同じ立場よ。母の着物が祖父母の家に大事に取ってあって、うちは、34才の新しい父がやきもきしてるかもしれないから、ここはひとつ、着物着て祖父母にプラス両親との写真残しとくかと。新しい父の祖父母に着物着て挨拶とかのオプションありよ。」
「私も父方の祖父母、忘れてちゃいけなかった。」
などと話をしながら、頭は仕事のことでいっぱいなユウとリン。
ユウが、
「O社の、急がないけど、見てもらえる?」
とリンに聞く。
「え?もうできたの?え?すごい出来映え!いつの間に?ちょっと待ってね、しっかり見るから。」
「私、そういえば昨日シャワーもしてない?いや一昨日も?いつからだろう。私、臭ってる?」
「まだギリ大丈夫。今行ってきなよ。次いつ、シャワーのこと思い出せるかわかんないから。」
リンが、チェックに集中しながら言うと、
「確かに!とにかく今はシャワーだ!」
とユウが勢いよく立ち上がり、立ちくらみでフラッとして座り直し、落ち着いてから、パソコンを安全にしスリープモードにして、リュックを持って、シャワーに行く。
ダイキは大手自動車会社の自動運転開発担当者と電話中。
「あぁあ、ユウともあろう人が」
と、電話中に上の空で呟くダイキ。
「そうなんです。お知恵を拝借したい件がございまして、はい、ぜひ一度見てもらいたいんです。はい、世界が一変するかもしれません。驚かれると思いますよ。はい、はい。では、ご連絡をお待ちしております。」
電話を終えたダイキが、最高のドヤ顔を見せる。コウヘイが、
「ダイキ、今少しお話する時間はありますか?」
「はい、なんでしょう?」
「運転技術数値化は形になりそうですか?」
「いえ、やればやるほど行き詰まって、ここは専門家の知恵をなんとかして盗むしかないかと思っているところです。ヒントさえ掴めれば、まだいけるかもしれない。」
「しばらくそれをストップできませんか?」
「え?コウヘイ、どうして?これもしできたら金の卵、それこそウチデノコヅチだよ。それに実際に運用するにはリスクも高いけど、もしも安全に実用化できたら交通事故が劇的に減るんだよ。」
「そうですか。ところで今、本業に、ダイキは全く関わっていませんよね。」
「はい。リンとユウが独り立ちしていますし、下請けをしてもらっている人たち、みんなじゃないけど、任せられる仕事が増えてきましたから。」
「それも含めてです。そもそもダイキは、まず平穏が大前提で、その上で世の中に貢献できたらと言われていたんですよね。」
「そうですよ。それは今も変わっていません。」
「本当にそうでしょうか?」
穏やかな顔で、静かな声。コウヘイ怖すぎる。
「あの、できるだけ早く、下請けしてる中で一番スキルが上がっているソーに下請け作業の指揮をとってもらえるように、指導を急ぎます。」
「それは、セキュリティ面でも、仕事のクオリティ面でも、ダイキの納得できる水準に達することができるということですか?」
今度は更に優しく微笑みながら、更に静かな声で、ラスボス感を漂わせているコウヘイ。
「確かにセキュリティ面は、不十分ですので、当面は僕がしっかりサポートします。仕事のクオリティに関しては、じゅうぶん通用するレベルですので、問題ありません。」
蛇に睨まれたカエルのダイキが必死で答える。
「ぜひ森企画にと依頼してきた顧客の方々が、この先も森企画に依頼し続けてくれると、見込んでのことですね。」
ダイキ、詰んだーー。
「いえ、すぐに依頼は来なくなります。確実に。すみません、少し頭を冷やします。時間ください。」
うなだれて、頭を抱えるダイキ。
「リンがここに入る前、ユウは、『ダイキがものすごくクオリティの高い仕事をする。どんな仕事でも妥協しない。』と電話でリンに、興奮した声で話していたそうです。だからリンは、無理やりダイキに自分を雇わせたと言ってました。」
「そうでしたか。ユウが僕が作った物を好きだというのは、ユウからよく聞きました。リンはユウと一緒に働きたいという理由だけだと思っていました。」
ダイキが、かろうじて答える。
「リンが専門学校に通っている頃、ユウからダイキのことをよく聞かされて、ユウが羨ましくて仕方なかったそうです。社員を増やすかもしれないとユウから連絡をもらい、絶対なんとしても、1日だけでも、ダイキと仕事がしてみたかったそうです。」
「そうでしたか。それを聞いて嬉しいです。ありがとうございます。」
頭を抱えたまま、返事をするダイキ。泣いている。
「ユウは、不健康な人を見たら健康体に戻したくなるユウは、今どんな状態ですか?」
「コウヘイ、そこまで言う必要ない、ダイキがもう一番わかってる。」
ずっと黙っていたリンが、たまらず口をはさんだ。
「いえ、言わせていただきます。ダイキ、あなたがユウと二人で立ち上げた森企画、どんな会社にしたかったですか。」
コウヘイも泣いている。リンも泣いてしまう。
「すみません、臭いの元、洗い流しましたー」
と爆速でシャワーをしてきたユウが、髪も乾かさず小走りに仕事に戻り、作業の続きを始める。3人は慌てて涙を隠したが、さすがに部屋の空気が一変していることに、ユウも気づいた。
「あれ?みんな、何かあった?どうしたの?」
「ユウ、ダイキを慰めてあげて。今コウヘイが叩きのめした挙げ句、更に息の根止めたの。」
「へ?コウヘイが?ダイキ?」
「私、コウヘイ慰める。コウヘイ、こっち、来て、ね?コウヘイ?」
リンが無理やりコウヘイを会議室に引っ張って行き、抱きしめて、必死になってコウヘイに囁く。
「コウヘイ、すごい!やっぱりコウヘイがいたら、どんなことがあっても安心!頼りになる!」
「リン、なんであそこまで言ってしまったんだろう。ダイキはすぐに考え直していたのに、もう口が止まらなくて、途中からわけがわからなくなって、」
「ダイキはブレーキ壊れてる暴走車だから、コウヘイは、あれくらいは言わなきゃと冷静に判断したのよ。ごめんね、私、ダイキが泣いてるのにびっくりしちゃって、コウヘイと一緒に暴走車止めなきゃいけなかったのに、ダイキの車を後ろから押してた。」
「ダイキを、得意になってるダイキを、ただ、いじめただけだ。」
「コウヘイはダイキの将来のことまで見通してたんしゃない?会社だけなら、ダイキの暴走こそ森企画の原動力で、ユウもダイキの暴走が大好物だし。」
「私もです。大変だけど、わくわくします。」
「私もよ。でも、会社なら最悪、潰せば良いけど。いつかダイキの暴走で、ユウが体を壊したり、ユウと離れることになったら、それこそダイキは破滅するんだから。そこまで見越したのよ、コウヘイ。やっぱりすごい、コウヘイ、私のコウヘイ、」
「そんな良い物じゃないよ、ただのストレス発散でした。」
と言いながら、頑張ってリンに泣き笑いを見せる。
一方ユウも、
「ダイキ、どうしちゃったの?」
とダイキの背中を撫でたり、ぽんぽん叩く。
「自分が大切にしたいことを見失ってると、コウヘイに気づかせてもらってた。」
「ふーん、ダイキの大切にしたいことって何?」
「ユウだよ。ユウが作った僕のこの世界だよ。顔見ないで。もう穴に隠れたい気分だから。」
と、やおらパソコンに向かい、指を動かし始める。
「じゃあ、後ろからハグしててあげるよ。」
「ああ、ユウありがとう。コウヘイありがとう。リンありがとう。」
ー僕は一人で生きていくのが一番楽しいと思ってた、そこにユウが現れて、ユウが喜ぶヒーローになりたくなって、でもいつのまにか大切な人がどんどん増えて。バイバイわがままな僕。楽しかったけど今の僕は大切な人たちを守れる人になりたい。
そこにコウヘイとリンが様子を伺いながら、そろそろ戻って来る。
「コウヘイ、ありがとうございます。」
「私が、ストレス発散に、ダイキに当たり散らしました。お詫びします。」
ダイキが笑って首を横に振る。ユウがやっとハグをやめて、
「コウヘイが当たり散らしてるとこ、見たかった!一生の不覚だよ!リン、どうして撮っててくれなかったの?」
と皆を笑わせる。
「リン、ありがとう。いつも感謝してる。」
とダイキが言って、またパソコンに向かい、頭と目と指を高速で動かしだす。デリートキー多めで。
「今ある会計ソフトを使う前の段階でね、フローチャートで使用者を会計習熟度で分けてね、全く会計に触れたことのない人間が、ある日起業しちゃって、年末頃になって慌てだした時に、すがれる藁になるような会計ソフトバージョンへ誘導。簿記がわかる人間でも知識があるからこそソフトを使う時につまづくところをフォローするような会計ソフトバージョンへ誘導。そんなのできないかなと思って。」
人材発掘業も、実現する可能性が見えてきていた。
「人材発掘の部門は、コウヘイが社長をするの?」
リンが聞くと、
「僕は、信頼できる人が、トップになった方が良いと思うんだけどね。関連会社にするけど、メンバーも場所もこのままで。でも、コウヘイは、あくまでも森企画の中の一部門にしたいらしい。どっちも、メリットとデメリットがあって、僕とコウヘイのどっちの意見が勝つかって段階。」
そこに、コウヘイが、息を切らしながら帰ってきた。
「遅くなってすみません。前から会って話したかった人から急に連絡が来て、会って話し込んでしまって。」
「それって男の人?女の人?」
リンが珍しく不機嫌そうに聞く。
「あ、男ですけど、」
リンを驚いたように見るコウヘイ。
「何かあったのね、その人と。」
「いや、参ったな。高校の時、トラブった人です。僕がずっと友達だと思ってたけど、向こうは違ってて、ずっと傷つけていたので、ちゃんと謝りたいと思ってたんです。」
「コウヘイ?その人がコウヘイを深く傷つけたのでは?」
ダイキも鋭く聞いた。
「あ、はい、そうです。それで、向こうは私に合わせる顔がないと、私からの連絡に返信しなかったのですけど、さっきやっと会えて話して、お互い友達に戻ることができたと思います。おそらくもう会う機会はないでしょうが、私には重要なことだったんです。」
晴れ晴れしたコウヘイの顔を、三人はしばし眺めた。
「人材発掘業ですが、先日から、人材派遣業の担当者、そこに登録している方、派遣社員を雇っている企業の方からお話を聞いて参りまして、私の考える『森企画』の人材発掘業のイメージがまとまりました。大手に登録できないけれど意欲のある人を一人一人育てて、待遇面では大手に勝てない人手不足の職場の中から、ぴったりの場を見つけてマッチングする、登録者も雇う側も、将来も描けるようなものを作りたいと。」
と、コウヘイが、考えながら話す。
「でも、そんな悠長なことやっていたら、クエンの両親みたいに、現在搾取されている人を、たくさん救えないんじゃないかな。」
ダイキがいう。
「多くを救おうとすると、かえって取りこぼす恐れもあります。」
と、コウヘイ。ダイキが、
「そうかな」
と反論しそうになったところで、ユウが、
「では、私はO社の打ち合わせに行ってきます。」
「あ、待って、ユウ、僕、O社の、もう少し直したかったんだ、朝のうちにやろうと思って忘れてた。ごめん、すぐだから。」
「はい」
とユウは席に着いたが、ダイキの手直しはすぐには終わらない。
「ごめんね、ユウ、もうちょっとだから。出来上がったら、車取って来るから一緒に車で行こう。かなり時間短縮できるはず。」
それを聞くとすぐにコウヘイが、車の鍵を持って、車を回して来た。コウヘイが運転する車が社に近づくと、タイミング良くダイキとユウが、会社から出て来て車に近付く。
「コウヘイ、忙しいのにありがとう。行ってきます。」
「コウヘイ、助かった、ありがとうございます。」
と、二人でO社に出発した。
「ダイキ、帰りは私、電車で帰るけど、もし良かったらO社の担当者さんに挨拶だけしてくれる?すごく会いたがってたよ。ダイキの仕事のファンだったそう。」
「わぁ、嬉しいな。打ち合わせにも参加できるかな。」
「あ、じゃあ、連絡入れておくね。」
ユウがO社に連絡し、相手から了承の返信をもらう。
「ダイキは、私を危険にさらさないために、もう運転しないんじゃなかったっけ?」
「それが、運転のコツがわかってきたんだよ。今みたいに喋ってたり、一人だとラジオを鳴らしてると、ほどよく運転に集中し続けられるんだ。」
二人がO社での打ち合わせを終えて、帰りの車の中で、ユウがダイキをガン見する。
「え?何?ユウ、僕の横顔に見とれてる?」
「はい、本当に、私、こんなに素敵な人を捕まえたんだなって。」
「ユウ、僕、そこまで、運転上手くなってないから、そんな嬉しい言葉は、駐車場に停めてからにして。」
駐車場について、車を停めた。
「ねぇダイキ、ダイキはコウヘイに、大きな会社の社長の座をプレゼントしたいの?」
「え?」
「コウヘイに施しをしたら、コウヘイから蔑まれるよ?」
「そんなこと思ってない!何言ってるの?コウヘイがみんなをまとめる立場に相応しい人だからだよ。それはユウも認めるよね。」
「はい。でも、全ての人がそう思ってても、コウヘイがそう思えなければ、プレゼントは返されちゃうんじゃないかと思っただけです。」
「はい、貴重なご意見ありがとうございます。しかと心にメモしました。でも、人材発掘会社が軌道に乗って、今の『森企画』がそこの傘下に入れたら、一番安定した会社になれると思うんだけどな。」
社に戻った。
「おかえりなさい。ダイキは駐車場に停めるのも平気になったの?」
リンが聞くと、
「はい!お任せください。今じゃ車庫入れだけはコウヘイよりピタッと停められるよ。ユウにカッコいいところ見せられて嬉しかった。」
「リンがコウヘイのことガン見してるの見て、『景色も見ようよ』と思ってたけど、今日は私もカッコいいダイキをずっと見てた。」
「あらそうでございますか。ダイキはどうやったら運転が上手になれたの?」
「それがわからない。謎のまま。ある日開眼した。」
「運転って、急に上手になるんだ。」
「コウヘイは違うよ。努力した分、上手くなった。同じタイミングで免許を取った僕は、最近急に人並みに運転できるようになった。」
「ふーん。そういえば、高齢者の方が、運転に向かなくなるのも、人それぞれみたいね。何か視線を追える装置をつけて、運転操作のデータと合わせて、運転技術の適性を数値化できるようなものを、車に取り付けられたら良いのにね。」
「リン、それ、すごいよ!初心者マークの期間と、高齢者の運転する車に、そんな装置を義務化してくっつけておいたら、少しは事故が減るかな。全部の車につけても良いかもしれない。体調が悪いと判断されたら、自動的にアラーム鳴らすなり、スピードが出せなくするとか。」
「あら、お褒めにあずかりまして。でも誰でも思いつくわよ。こんなこと。」
「いや、今は運転手不足で自動運転ばかり開発をあせってるから、運転手を減らす方向の開発はしてないと思う。でも事故を減らせたら、みんな助かるはずだ。」
「では、私は、最初の言い出しっぺとして、雑誌の取材を受けるわね。どんな服を着てインタビューされようかしら。」
とリンがふざけている間にも、ダイキの顔は、ワクワクし続けていた。
また別の日、ユウとリンが寮で反省会を開いている。
「リンの運転技術数値化だっけ。ダイキが夢中になってるみたい。」
「コウヘイがそう言ってた。ダイキはとにかく、自分の運転技術への思い込みを、数値化することによって客観的に判断できるようにしたいんだって。でも、どうしても数値化できないものがいっぱいあって、仮に、その装置を作れたにしても、それを売る時に今度は運転技術を数値化した物だけに頼らないで欲しいと警告しなきゃいけなくなりそうで、パラドックスに陥ってるらしい。まだ今は全然、出来上がるには程遠いそうだけど。」
「そうだったのか。そのパラドックスも、ダイキは楽しんでるだろな。」
「おかげでこっちは、不安でいっぱいだよ。今まで本業の仕事の仕上げは絶対ダイキがしないと気が済まなかったのに、この頃私たちがお互いにチェックし合って納品でしょ。」
「でも前は、リンの作ったの、そのままOKだったから、大丈夫だよ。」
「でもでも、ダイキ、チェックは必ずしてくれてたよ。」
「私たちも少しはレベル上がってるし、私は必ず直されてたから、今、自分が作ったままのを渡せて、ちょっと嬉しいよ。リンも、緊張感を楽しもうよ。」
「そうね。いつまでも甘えてられないね。」
「ねぇ、リンは先週のコウヘイのお誕生日に何かプレゼントした?」
「それがね、コウヘイが何が一番喜ぶか、考えても考えても何も思いつかなかったので、ダイキが言ってた、ユウにして欲しいことを参考にして、コウヘイに、これまでしてもらったこと、大好きなところを手紙に書いて、コウヘイの目の前で読んで、その手紙渡して、『これからも私とずっと一緒にいてください』とお願いしたの。」
「うわー感動する。泣ける。花嫁から花婿への手紙だ、コウヘイは?」
「ただただコウヘイが感謝してくれて、私と出会えて良かった、と言ってもらいました。」
「すごいよ、リン。素晴らしい!アメイジング!!」
「コウヘイがこの前会った高校の時の友達ね、ゲイと気づかず仲良くしてたんだって。友達はコウヘイのことをずっと好きだったけど、コウヘイがゲイではないことわかってたから、ずっと恋心を隠してたんだって。ある時、友達が隠しきれなくなって、コウヘイに告白して吹っ切ろうとしたらしいの。そしたら、コウヘイが友達に気を遣い過ぎて、そこからこじれて、何もかも悪い方に転がって、友達がネットに隠し撮りしたコウヘイの恥ずかしい写真をばら撒いたんだって。コウヘイは立ち直るのに何年も何年もかかってたけど、森企画に来て、やっと抜け出せたんだって。ユウのユニークな話も何回もリフレインしたらしいよ。」
「私、なんか言ったっけ?」
「ネットにあっても知らなきゃ平気とか、ゲイにみんなが慣れたら、なんて話よ。」
「ふーん。コウヘイの元同僚のサディさん、あの人なかなか素敵だったよね。」
「うん、サディさんはオープンにしてる人で、昔、コウヘイのことタイプだって職場で言ってたんだって。でもコウヘイはその頃、相手がゲイってわかった時点でダメで、その職場逃げ出しちゃったんだって。」
「コウヘイ、なんでか、女にも男にもモテるもんね。」
「ほんと、それ、困るのよ。で、ダイキに、英語が堪能な人知ってるか聞かれて、その時のこと謝りたくって、うちに呼んだそうなの。サディは、コウヘイが昔よりカッコよくなってて、また気持ちが高まりそうだから、2回もフラれるの怖くて、もうここには来ないって言ったそう。」
「サディは、コウヘイとリンが相思相愛なの、わかったかもね。」
「え?あの頃は全然まだ相思相愛どころか。」
「いや、二人のあふれる恋心に、サディは気づいたね。」
「やめてよ、恥ずかしい、あの頃コウヘイに言いたい放題だったのよ。ああ、コウヘイとの出会いからやり直したい!」
「いいえ、今まで目にしてきたリンの全てにコウヘイは恋したのであるよ。」
「う、ありがと。で、ユウはダイキの誕生日、喫茶店で『お誕生日おめでとう』って言ったの?」
「そうです。それだけです。ダイキへのプレゼント考えてたら、腕時計とか身につける物にしたくなって、腕時計より、心臓に近い場所につけるネックレス、いやいやスマートウォッチをプレゼントして、私のスマホに同期させて、ダイキの脈絡一日中見ていたいとも思ったんだけど、」
「ユウはダイキ以上のストーカー体質!?」
「でもそんなことをしても、なんの意味も無いなって。私は、ダイキが何か思いついてワクワクしてるとこや、上手くいかなくて悔しがりながら諦めないとこや、何かできた時のドヤ顔とか、そんなのをずっと見ていたい。特等席で。その席のチケットが欲しい。」
「そうね。私も見ていたい。ユウがワクワクダイキを見て、ユウもワクワクしてるところや、ダイキがユウにドヤ顔してユウが喜んでるところ。」
「リンありがと。でもそんなアリーナ席のプレミアチケットもなんの保証にもならない。ダイキが心変わりして、私が嫉妬でまた荒れ狂う日がくるかもしれない。」
「ユウ?そんなこと心配してるの?幸せすぎて壊れない橋をぶっ壊したいの?」
「そうだね、何、考えてんだろ。考えてもしょうがない事は、心にメモして、目の前のことを一生懸命やることにするよ。」
「うん、実は私もいろいろ考えてすぐ不安になる。コウヘイがあんなに私に誠意を見せてくれてるのに。私も不安はメモだけして、自分の今やるべきことに向き合うよ。」
二人はスキルアップのための研鑽を始めた。
さて、クリスマスの日。ホテルのレストランでユウとダイキが向かい合って座っていた。
「私の二十歳の誕生日、クリスマス、高級ホテルのレストランのディナー、夜景。ダイキは、そこまでして私を怒らせたいのね。」
「ユウ、ここにでっかいダイヤの、全ての女性が憧れると言われる有名ブランドの指輪も仕込んであります。」
とダイキが膨らんだ胸ポケットを叩いて見せる。
「そういえば、リンが、指輪を見たいから付き合えと私を宝飾店に連れて行き、私に『この指輪ユウに似合うんじゃない?』と私に指輪を何個かはめました。私としたことが、あんな小芝居で指のサイズを知られてしまうとは!ダイキ、人には我慢の限度というものがあることをご存知ですか?今日はここで失礼します。もう二度と会うこともないでしょう。」
「ユウ、あそこに捕獲隊がいるんだよ。撮影隊でもある。」
と、コウヘイとリンを指差す。
「さっきから二人して、手を振ってスマホのレンズをこちらに向けていますね。でもダイキ、あの二人はすぐにお互いを見つめ合うので、捕獲も撮影も、全くの役立たずになり下がりますよ。」
と、小芝居を続けながら、食事を続ける。
デザートが終わったところで、ダイキはやおら立ち上がり、ユウのそばに片膝を立ててひざまずき、大げさな仕草で指輪のケースを開けながら、
「ユウ、僕と結婚して、僕を幸せにしてください。」
と、割と真剣に、いや、全身全霊をかけて言った。
「こざかしいこと」
と言いつつ、ユウが満足そうにダイキの姿を堪能して、「私も」と言いかけ、ふと指輪が目に入ると、
「わー可愛い!」
と指輪を手に取る。
「わーこんな可愛い指輪あるのね、今、はめてみていい?」
「僕に、はめさせて!」
と指輪を取り上げてユウの指にはめる。
「嬉しい!ダイキ、ありがとう!ダイキ、私と結婚してください。私を死ぬまで幸せにしてね。」
とダイキの首に抱きついた。二人で抱き合って笑う。
「ユウ、ちょっと落ち着こう。みんな見てる。撮影隊もちゃんと任務遂行中だった。」
ダイキが、ユウに囁く。
ユウはわざと、レストランにいるみんなにガッツポーズをして見せ、リンとコウヘイに指輪をした手を見せる。
「ははは、皆さん他人なのに拍手してくださって良かった、みんな笑ってるよ。もう僕汗まみれだ。しかし、この指輪がこんなに良い仕事をするとは。」
「私も仕込んできました物があります。」
と、ユウは、リンにむりやり持たされた、小ぶりのおしゃれなバッグを開けて、小さく折り畳んだものを2つ取り出す。
「こちらが婚姻届。私は記入済みで証人の欄はリンとコウヘイが書いてくれました。こちらは、戸籍謄本。婚姻届を本籍地以外の役所に提出する時も、戸籍謄本は要らなくなったのですが、戸籍を紙で管理している所に限り、必要だそうです。ダイキの戸籍が、紙で管理されている場合、私の戸籍謄本を持って、そこの役所に行けば、その場で婚姻届を提出できます。ダイキとの結婚のチャンスを逃さないために完璧を期しました。」
「ユウ、いつも通り仕事は完璧だね。映画や小説だと、婚姻届しか出てこないよね。」
「で、ダイキの戸籍はどちら?」
「豊島区です。戸籍の電子化は済んでいます。なので、この近くの役所に提出できるよ。今から行く?」
「ダイキの欄の記入はどこでします?」
「貸して、今書く。」
ダイキが綺麗な字でさらさら書く。
「あ、印鑑は任意なんだ。」
「不要になったそうです。私も印鑑が要るかもしれないと思い、ダイキのデスクから盗み出すタイミングをうかがってしまいました。」
「ははは、任意と不要の違いは?泥棒さん?」
「はい、やはり婚姻届にはハンコとイメージしていて押印する自分に酔いたい人のために、押したい人は押して良しと、役所の温かい配慮です。」
「なるほどね。ではいざ、出発だ。えっと、ここの最寄りの役所はと、」
スマホで調べだすダイキが、急にバランスを崩したユウを支える。
「あっ、ユウ、大丈夫?」
「ごめん、ダイキ、さっき少しだけワインを味見してみた後から、ずっとふわふわしてて。あ、また気持ち悪くなってきた、ごめん、ちょっとトイレに行って来る。」
「あ、危ない、リン!ごめん、ユウを頼む。」
リンが撮影をやめて、慌てて駆けつける。
「ユウ、大丈夫?ごめん、まず靴脱いで、コウヘイ、ユウのローヒール持って来て!ごめんね、高いヒール履かせて。」
「ごめん、リン、ふざけ過ぎた。こんな高級レストランで、コウヘイとのロマンチックな食事を台無しにして申し訳ない。」
ダイキとリンでユウを支えながら出て行く。
「ユウ、顔色が真っ青!あ、ユウ!その服まだ2回しか着てないの!そのドレスにシミつけたら、許さないから。もうすぐだから、もうちょっと我慢して、ダイキ、ハンカチ持ってる?貸して!」
慌ててダイキが取り出したハンカチを、リンがひったくって、ユウに口に当てさせ、ユウを支えながら、トイレの中にリンが入って行く。
皆の持ち物を手早くまとめて、後を追いながら、会計を済ませるコウヘイ。
「すみません,また4人とも席に戻るかもしれないのですが、よろしいですか?」
「結構でございます。」
ビシッと立っている会計係が、笑いを堪えながら言った。
翌日、
「夕べは本当にご迷惑をお掛けしました。はしゃぎ過ぎました。リン、遅くまでついててくれてありがとう。コウヘイ、高級レストランディナーを台無しにしてごめんなさい。後でレストラン代を教えてください。皆様の分お支払いさせてください。ダイキもごめんね。ワインを味見さえしなければ完璧だったのに、いつも全てぶっ壊して。これからは大人しいユウを目指しますので、皆様、私をどうか見捨てないでもう一度チャンスをください。」
「ユウ、僕は夕べあのまま死ぬのかと思ったくらい嬉しかったよ。」
「私たちもどれっだけ楽しかったか。ね、コウヘイ。」
「ユウ、私たちも幸せのお裾分けのスコールを浴びましたよ。ありがとうございます。」
「二人でそれぞれビデオ撮ってたけど、お料理も食べなきゃで、私のスマホだけ交代で撮ってて。撮りながら食べながら、声は聞こえないから、私が声優して。『もうあなたの事しか目に入らないの』『なんて素敵な夜なのかしら』とかね。」
「ヒィィ今回は懲役何年でしょうか?」
「そうね、今回は全員共犯で執行猶予3年ってとこかな。」
「ワンピースは今朝クリーニングに出しました。おそらくシミは取れるとのことです。」
「シミが残ってたら懲役10年。」
「もちろん、覚悟しております。」
「ユウに無理やり着せたの私だけどね。ただしユウは前回の懲役8年、服役中の態度が良くて、仮釈放だったのが、昨日で取り消されて、刑期、前のと足されるから。」
「はい。わかりました。とほほ」
電話が鳴る。
「はい森企画、広瀬です。」
リンがダイキに繋ぐ。
「私ったら、こんな年末の忙しい時にまた業務妨害をしてしまった」
と、ユウが落ち込みながら、仕事に集中し始める。
昼休みにリンが
「それで婚姻届はいつ出すの?」
「あ、忘れた!私、レストランに。」
「コウヘイが、4人分の荷物をまとめて、忘れ物がないようにチェックは完璧よ。私が貸したバックにちゃんと畳んで戻してある。」
「はぁ、コウヘイ、申し訳ございません。」
コウヘイが、調べ物をしながら、ユウに「ドンマイ」とうなずいて見せる。
「婚姻届は、クリスマスディナー用のネタなので、これから出すかどうかも決めてないよ。でも、面白いネタができたら出すかも。」
「ノリで出すものじゃない!」
「はい。」
「あれ?ユウ、素直ね。服役中の態度、前より良いから、早く出所できるかもね。」
「違うの。年明け2日にダイキの家に挨拶に行かせてもらうの。だから、今は『大樹さんの嫁にふさわしい、おとなしいユウ』をすり込み中なの。」
「おお!それで、ダイキもユウの家に挨拶に行くの?」
「それは元日。ダイキはうちの家族にもう全て丸裸に知られてるから気取っても手遅れで、ダイキは気楽なもんよ。拓真は知ってることみんな喋るし、結は想像したことまで喋ってるし。でもダイキのご両親には、私のこと、さらっと言ってるだけらしくって。この私じゃ無理だよね。1週間でなんとか、菅原家にふさわしいキャラに矯正可能か否か?」
「あまり無理するとかえってボロが出るよ。どうせ後からバレるんだし、親に反対されたってダイキがユウを手放すことはないんだから、いつものユウで大丈夫。気楽にいこ。」
電話が鳴る。
「はい、森企画 春田でございます。はい、大変お世話になっております。はい、はい、あいにく香川は、電話中でございまして、後ほど、おかけ直しさせていただいても、よろしいでございますでしょうか。」
丁寧語と謙譲語がぶつかり合って噛んじゃってるユウだった。
さて年末ギリギリまで皆仕事に明け暮れ、翌元日。
「はじめまして、菅原大樹と申します。」
ユウにスマホで撮影されながら、ダイキが玄関で挨拶する。
「大樹さん、はじめまして。優の母の、愛と申します。」
「菅原さん、はじめまして。優の父、敏雄と申します。」
「ダイキ、今日かっこいいじゃん!」
「ダイキ、スーツ似合うね!」
拓真と結がはしゃいでる。
「お邪魔します。」
ダイキが靴を脱いで揃える間、ユウがダイキの顔をアップで写す。リビングで全員座ったところで、
「早速で申し訳ないのですが、カメラが気になりますので、先に言わせていただきます。私は、優さんとこの先もずっと一緒にいたいと願っています。優さんと私の結婚をお許しください。」
と頭を下げた。ユウは結に撮影を代わってもらい
「私もダイキとずっと一緒にいたいです。」
と、並んで頭を下げる。
「大樹さん、優をよろしくお願いします。」
優の両親も頭をさげた。
翌日一月二日
「まぁ、あなたがダイキを真っ当にしてくれた方なのね。大樹が前回、10年ぶりにここに帰って来て、会うのも3年ぶりだったのだけど、今まで見たこともないような顔で、本当に驚いたの。何があったのか聞くと、若い優秀なお嬢さんに、指導してもらったとか。でもまさかこんなにお若い方だったとは。」
緊張して固まっているユウに、ダイキの母親がマシンガンのように話し続ける。
「どんな指導をしたのか、教えてくれるかしら。大樹に聞いても詳しく教えてくれないのよ。」
「母さん、あれだけ聞き出しておいて?」
「だって、大樹はずっと何かしでかすんじゃないかと子供の頃からハラハラし通しだったのよ。なんとか犯罪者にだけはならせるまいと、いろいろ考えてやってみたけど、大樹独自の世界に踏み込めなくて。それが一年前、毒みたいなのが抜けてて、ホッとしたのよ。あぁ、テロリストにならなくて済んだって。」
はしゃぐ母親に、ダイキが、
「そうだったのか、知らなかった。」
「大樹さんは、職場の部下全員に信頼され、顧客にも大変人気があり、また全世界へも、より良い教育プログラムを発信していこうとされていて、言わば世界中の人から支持されています。」
ユウが誇らしげに言った。
「まあ!それは嘘でしょう。」
疑う母に、
「いえ、これをご覧になればわかります。」
と、ユウが、スマホを取り出して、ダイキが活躍する姿を探して、ダイキの両親に見せる。
「優さん、これからも大樹のこと、くれぐれもよろしくお願いしますね。」
「私は至らないところばかりです。ご指導のほど、よろしくお願いします。」
ユウが神妙に頭を下げた。
仕事始めの日、
「ユウ、すごいじゃない!もうそこまで段取り進んだなら、後は、婚姻届提出して、新居探して引越してと。式は挙げるの?」
「いや、もう力尽きて、残りのタスクはしばらく棚上げ。ダイキも、本当に私と結婚したいんだかどうだか。」
「したいでしょう!それは誰でもわかるよ。」
「ダイキは私を喜ばせたいだけだよ。私に合わせて自分も楽しんでるだけ。私が棚上げしたいなら、それはそれで良いんじゃないかな?とにかく今日は、目の前にある仕事をやっつける。」
と、大晦日に残ってしまった仕事を始めた。リンも残っていた作業を思い出して、あわててやり始めた。
数日後、
「ユウ、二十歳の集いは行く?」
「あぁ、そういえば成人式の案内、家に来てた。行く気全くないけど、悩み中。」
「私も悩んでて。行くなら着物?」
「それそれ、二十歳の集いは特に行きたくないけど『母の着物を着て一生に一度のイベントに出る』ということになると意味が全然違ってきて。母方のおじいちゃんおばあちゃんも、楽しみにしてるかもというプレッシャーに押しつぶされるくらいなら、さっさと着物着せてもらって、写真撮った方が良いのかな。」
「私も、ほぼ同じ立場よ。母の着物が祖父母の家に大事に取ってあって、うちは、34才の新しい父がやきもきしてるかもしれないから、ここはひとつ、着物着て祖父母にプラス両親との写真残しとくかと。新しい父の祖父母に着物着て挨拶とかのオプションありよ。」
「私も父方の祖父母、忘れてちゃいけなかった。」
などと話をしながら、頭は仕事のことでいっぱいなユウとリン。
ユウが、
「O社の、急がないけど、見てもらえる?」
とリンに聞く。
「え?もうできたの?え?すごい出来映え!いつの間に?ちょっと待ってね、しっかり見るから。」
「私、そういえば昨日シャワーもしてない?いや一昨日も?いつからだろう。私、臭ってる?」
「まだギリ大丈夫。今行ってきなよ。次いつ、シャワーのこと思い出せるかわかんないから。」
リンが、チェックに集中しながら言うと、
「確かに!とにかく今はシャワーだ!」
とユウが勢いよく立ち上がり、立ちくらみでフラッとして座り直し、落ち着いてから、パソコンを安全にしスリープモードにして、リュックを持って、シャワーに行く。
ダイキは大手自動車会社の自動運転開発担当者と電話中。
「あぁあ、ユウともあろう人が」
と、電話中に上の空で呟くダイキ。
「そうなんです。お知恵を拝借したい件がございまして、はい、ぜひ一度見てもらいたいんです。はい、世界が一変するかもしれません。驚かれると思いますよ。はい、はい。では、ご連絡をお待ちしております。」
電話を終えたダイキが、最高のドヤ顔を見せる。コウヘイが、
「ダイキ、今少しお話する時間はありますか?」
「はい、なんでしょう?」
「運転技術数値化は形になりそうですか?」
「いえ、やればやるほど行き詰まって、ここは専門家の知恵をなんとかして盗むしかないかと思っているところです。ヒントさえ掴めれば、まだいけるかもしれない。」
「しばらくそれをストップできませんか?」
「え?コウヘイ、どうして?これもしできたら金の卵、それこそウチデノコヅチだよ。それに実際に運用するにはリスクも高いけど、もしも安全に実用化できたら交通事故が劇的に減るんだよ。」
「そうですか。ところで今、本業に、ダイキは全く関わっていませんよね。」
「はい。リンとユウが独り立ちしていますし、下請けをしてもらっている人たち、みんなじゃないけど、任せられる仕事が増えてきましたから。」
「それも含めてです。そもそもダイキは、まず平穏が大前提で、その上で世の中に貢献できたらと言われていたんですよね。」
「そうですよ。それは今も変わっていません。」
「本当にそうでしょうか?」
穏やかな顔で、静かな声。コウヘイ怖すぎる。
「あの、できるだけ早く、下請けしてる中で一番スキルが上がっているソーに下請け作業の指揮をとってもらえるように、指導を急ぎます。」
「それは、セキュリティ面でも、仕事のクオリティ面でも、ダイキの納得できる水準に達することができるということですか?」
今度は更に優しく微笑みながら、更に静かな声で、ラスボス感を漂わせているコウヘイ。
「確かにセキュリティ面は、不十分ですので、当面は僕がしっかりサポートします。仕事のクオリティに関しては、じゅうぶん通用するレベルですので、問題ありません。」
蛇に睨まれたカエルのダイキが必死で答える。
「ぜひ森企画にと依頼してきた顧客の方々が、この先も森企画に依頼し続けてくれると、見込んでのことですね。」
ダイキ、詰んだーー。
「いえ、すぐに依頼は来なくなります。確実に。すみません、少し頭を冷やします。時間ください。」
うなだれて、頭を抱えるダイキ。
「リンがここに入る前、ユウは、『ダイキがものすごくクオリティの高い仕事をする。どんな仕事でも妥協しない。』と電話でリンに、興奮した声で話していたそうです。だからリンは、無理やりダイキに自分を雇わせたと言ってました。」
「そうでしたか。ユウが僕が作った物を好きだというのは、ユウからよく聞きました。リンはユウと一緒に働きたいという理由だけだと思っていました。」
ダイキが、かろうじて答える。
「リンが専門学校に通っている頃、ユウからダイキのことをよく聞かされて、ユウが羨ましくて仕方なかったそうです。社員を増やすかもしれないとユウから連絡をもらい、絶対なんとしても、1日だけでも、ダイキと仕事がしてみたかったそうです。」
「そうでしたか。それを聞いて嬉しいです。ありがとうございます。」
頭を抱えたまま、返事をするダイキ。泣いている。
「ユウは、不健康な人を見たら健康体に戻したくなるユウは、今どんな状態ですか?」
「コウヘイ、そこまで言う必要ない、ダイキがもう一番わかってる。」
ずっと黙っていたリンが、たまらず口をはさんだ。
「いえ、言わせていただきます。ダイキ、あなたがユウと二人で立ち上げた森企画、どんな会社にしたかったですか。」
コウヘイも泣いている。リンも泣いてしまう。
「すみません、臭いの元、洗い流しましたー」
と爆速でシャワーをしてきたユウが、髪も乾かさず小走りに仕事に戻り、作業の続きを始める。3人は慌てて涙を隠したが、さすがに部屋の空気が一変していることに、ユウも気づいた。
「あれ?みんな、何かあった?どうしたの?」
「ユウ、ダイキを慰めてあげて。今コウヘイが叩きのめした挙げ句、更に息の根止めたの。」
「へ?コウヘイが?ダイキ?」
「私、コウヘイ慰める。コウヘイ、こっち、来て、ね?コウヘイ?」
リンが無理やりコウヘイを会議室に引っ張って行き、抱きしめて、必死になってコウヘイに囁く。
「コウヘイ、すごい!やっぱりコウヘイがいたら、どんなことがあっても安心!頼りになる!」
「リン、なんであそこまで言ってしまったんだろう。ダイキはすぐに考え直していたのに、もう口が止まらなくて、途中からわけがわからなくなって、」
「ダイキはブレーキ壊れてる暴走車だから、コウヘイは、あれくらいは言わなきゃと冷静に判断したのよ。ごめんね、私、ダイキが泣いてるのにびっくりしちゃって、コウヘイと一緒に暴走車止めなきゃいけなかったのに、ダイキの車を後ろから押してた。」
「ダイキを、得意になってるダイキを、ただ、いじめただけだ。」
「コウヘイはダイキの将来のことまで見通してたんしゃない?会社だけなら、ダイキの暴走こそ森企画の原動力で、ユウもダイキの暴走が大好物だし。」
「私もです。大変だけど、わくわくします。」
「私もよ。でも、会社なら最悪、潰せば良いけど。いつかダイキの暴走で、ユウが体を壊したり、ユウと離れることになったら、それこそダイキは破滅するんだから。そこまで見越したのよ、コウヘイ。やっぱりすごい、コウヘイ、私のコウヘイ、」
「そんな良い物じゃないよ、ただのストレス発散でした。」
と言いながら、頑張ってリンに泣き笑いを見せる。
一方ユウも、
「ダイキ、どうしちゃったの?」
とダイキの背中を撫でたり、ぽんぽん叩く。
「自分が大切にしたいことを見失ってると、コウヘイに気づかせてもらってた。」
「ふーん、ダイキの大切にしたいことって何?」
「ユウだよ。ユウが作った僕のこの世界だよ。顔見ないで。もう穴に隠れたい気分だから。」
と、やおらパソコンに向かい、指を動かし始める。
「じゃあ、後ろからハグしててあげるよ。」
「ああ、ユウありがとう。コウヘイありがとう。リンありがとう。」
ー僕は一人で生きていくのが一番楽しいと思ってた、そこにユウが現れて、ユウが喜ぶヒーローになりたくなって、でもいつのまにか大切な人がどんどん増えて。バイバイわがままな僕。楽しかったけど今の僕は大切な人たちを守れる人になりたい。
そこにコウヘイとリンが様子を伺いながら、そろそろ戻って来る。
「コウヘイ、ありがとうございます。」
「私が、ストレス発散に、ダイキに当たり散らしました。お詫びします。」
ダイキが笑って首を横に振る。ユウがやっとハグをやめて、
「コウヘイが当たり散らしてるとこ、見たかった!一生の不覚だよ!リン、どうして撮っててくれなかったの?」
と皆を笑わせる。
「リン、ありがとう。いつも感謝してる。」
とダイキが言って、またパソコンに向かい、頭と目と指を高速で動かしだす。デリートキー多めで。
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