愛していると言われても、頭上の数値は『殺意MAX』ですが?

セトガワ

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レオン視点

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 アーサー殿下は、ソラリスに香水を奪われたようだ。
 今日、廊下ですれ違ったときに独り言を呟いていた。
『ソラリスから香水を取り返す……』と。
 まただ。
 またあいつ、わがままで周りに迷惑をかけたんだ!
 もう限界だな……。
 百人稽古を追えたその夜、俺は父上の執務室へ向かった。

「どうか、ソラリス嬢とのサブパートナーを解消させてください!」
 
 椅子に深く腰掛けた父上は、しばらく黙った。
 
「……ソラリス嬢のなにが不満だ? 容姿、家柄、経済力。多くに恵まれている」
「ですが、人として好きになれません。傲慢さと浅はかさ。我がフォルナー家の正義にも反します」
「説明してみろ」

 俺が見てきた彼女の実体を、余すことなく伝える。
 気に入らない令嬢に『あなた、ブスですわね!』と扇子で殴りかかる。
 ドレスの裾を少し踏まれた際は『いますぐ処刑だわ!』と怒鳴り散らす。
 困ったことがあれば『お父様に言いつけるからね!』と泣き叫ぶ。
 他が完璧なだけに、余計欠陥に思えるのだ。

「なるほどな。彼女の悪いところはわかった。で、お前はどうなのだ?」
「……はい? 俺ですか」
「お前は賢くて、思慮深くて、物事を冷静に判断できるのか」
 
 父は鋭い目でこちらを見据える。
 なにも言えないでいると、父は続ける。

「騎士団長になって二十年。足りないと思ったものが二つある。一つは頭の良さだ。フォルナーの血は肉体に優れるが、知性がちと弱い」
 
 それは俺も納得するところだ。
 父は山積みになった本に手をのせる。

「だが、それは読書や勉強でカバーできる。お前も読書習慣があるのはいいことだ。問題はもう一つ。これはどうにもできない」
「努力でどうにもならない……それはなんですか?」
「後ろ盾だ」
「なッ——!?」

 予想もしない答えに言葉が詰まる。
 それはつまり、権力の傘を意味する。
 驚きが去ると、怒りが沸いてきた。

「権力に屈するというのですか!? フォルナー家の正義とはなんなのですか!」
「そう声を荒らげるな。思想だけで世界は救えないということだ。もし公爵家の後押しをもらえたら、フォルナー家はさらなる躍進を遂げる」
「……そんなやり方……」
「まあ、事を急ぐな。ソラリス嬢には、お前が知らない良い一面があるかもしれない。そもそもお前は選ばれるのか? アーサー殿下と結びつく可能性が高いと聞いているが」
「どうであれ俺はお断りです! もう解消させていただきます!」

 もう耐えられない。
 強く言い切って、俺はすぐに部屋から出ていく。
 ソラリスをなにも知らないから、父上はあんな態度なんだ。
 なにより、権力の傘だと?
 俺では実力不足だとハッキリ言われた方が百倍マシだ!
 
 ☆

 翌日の昼休み。
 俺は苛ついていた。
 昨夜のことだ。
 尊敬する父上の意志には基本従うつもりだが、今回ばかりは無理だ。
 今日中に、あいつにパートナー解消を突きつける!
 固く決意して図書室に向かっていたとき——
 悲鳴が届いた。

「——ひどすぎるよ……!」
 
 誰かの泣き声だ。

「——なにか事件か!?」
 
 俺が駆けつけると、そこには破られた本と泣く女子生徒。
 そして……ソラリスがいた。

「ソラリス……!? これはどういう状況だ?」
「私にもわかりませんわ、レオン様」

 嘘をつけ! お前がやったんだろう!
 そう叫びたい気持ちをグッと堪えた。
 事情を聞けば、女子生徒がトイレにいった隙に破られて捨てられていたと。

「——まさか君がやったのか!」
 
 本当は、まさかなど思っていない。
 予想通りすぎる。
 
「レオン様、少し頭を冷やしてはいかがでしょう」
「失礼な! 状況的に、君しかいないだろう」
「私が犯人なら、なぜ図書室内に留まるのです? 彼女の悲鳴が上がるまで待って、現場に戻るメリットは?」
「ウッ……」
 
 なんだ?
 なんかこいつ、いつもより冷静だぞ……。
 普段なら犯人扱いされようものなら、ヒステリックに喚き散らすのに。
 それに言っていることも納得できる。
 犯人の行動としては、妙だ。
 だが、こいつに言い負かされるのだけはプライドが許さない。

「……そうだ、野次馬のフリで楽しむ奴もいるだろう?」
「野次馬をするにしても図書館からは出るでしょう。数人の友人と、後からくればいいだけです」

 やっぱり、おかしい。
 話し方が落ち着いているし、内容も論理的だ。
 ソラリスにこんな一面あったか?
 その後、話合いが進んでいく。
 女子が差別されていると聞いたときは、つい大声を出してしまった。
 だが、またソラリスの話術に丸め込まれてしまう。
 いくつか質問を繰り返すと、女子生徒の供述が怪しくなってきた。
 まさかこの女……嘘をついているのか?
 ソラリスは確信を持っていたようで、彼女に最後のチャンスを与える。
 すると、あっさり。
 女子は負けを認めた。

「わぁぁああ!? ごめんなさい、すべてわたしの自作自演でしたッ! どうか、どうかお許しくださいソラリス様ぁぁ……!」
 
 思わず、頭を抱えてしまう。
 なんてことだ……。
 ソラリスは悪くなかった……。
 しかも最後まで冷静に対応して、自分の身の潔白まで証明した。
 さらに、女子の動機は俺だという。
 これじゃまるで、俺が迷惑かけたみたいじゃないか……!
 
「弱者のために。正義のために。素晴らしい心がけですが、一歩間違えば悪になりますよ。私はあなたに犯人にされかけた」

 なにも反論できない。
 ソラリスの言うとおりだ。
 俺は無実の者を、思い込みだけで責め続けていた。
 
「……すまなかった。疑って悪かった」

 これに関しては、心からの謝罪だ。
 許してもらえたので少し救われる。
 ……かなり嫌われてしまっただろうな。
 ————ハ??
 なぜ俺はいま、ソラリスに嫌われることを気にした?
 関係を解消したい相手だぞ?
 俺が死ぬほど嫌いなソラリス……。
 いや嫌いではなかった——少なくとも今日のこいつは。
 
「——君、ソラリスじゃないだろ」
 
 瞬間、ソラリスの表情が凍りついた。
 まずい……!
 さすがに失礼すぎた。
 今日は別人のように冷静だったなと言いたかったのに、短縮しすぎてアホな表現になってしまった!

「俺はなんて意味不明なことを————」
 
 もう自分でも、なにを話しているのかわからん。
 恥ずかし過ぎる。
 なぜ俺はこんなにも馬鹿なんだ!
 フォルナー家の血筋のせいか!

 ☆
 
 熱はない。
 なのに、ボーッとする。
 帰ってきてからずっと、ベッドの上で今日の事件を反芻している。
 あいつの、ソラリスのことが頭から離れない。
 
「レオン、話がある。書斎にこい」
「……はい」
 
 ドア越しの父上に返事をする。
 立ち上がって書斎に向かった。

「今日、学院でなにかあったのか?」
「えっ。なぜです?」
「剣の素振りはお前の日課だろう。だが今日は行っていない。体調が悪いわけでもなさそうなのに」
 
 さすが、人を観察する目が鋭い。
 いやもしくは、いまの俺はわかりやすく変なのかな。

「あの父上、人が短期間で変わることはあり得ますか?」
「何人か見たことはある。ショックな出来事で価値観が様変わりしたときだ」
「あるには、あるのですね……」
「だが多くは、変わったように見えるだけだ」
「……というのは?」
「本心を隠していた……まあ演技していたということだ。それをやめれば、変わったように見えるだろう」
 
 今日一日のことを再び思い返す。
 ソラリスはどっちなんだろう?
 父上が心配そうな表情を浮かべる。

「……なあレオン、すまなかった。ソラリス嬢が変われるか悩んでいるのだろう? もう無理はするな。パートナーの解消の件、俺から公爵に伝えておく」
「勝手なことをしないでくださいッ!」
「え?」
 
 きょとん、とする父上。
 こんなに目を丸くした父上を見たのは初めてかもしれない。
 そのくらい俺の声はデカすぎた。

「し、失礼しました。でも短期間で他人をわかった気になるのは違う。そう思い直しまして」
「つまり、解消はまだしないんだな」
「はい。彼女を見極めます。では、素振りにいって参ります!」
 
 頭を下げ、俺は意気揚々と部屋から出ていく。
 ドア越しに父の声が聞こえた気がした。
 意味わからん、と。
 父上、俺もよくわかってないんですよ!


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