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第一部
28話 指輪を受け取りに
しおりを挟む「……あら? これは、もしかして……」
次の日の朝、起きて早々、開口一番にマーシアは呟いた。
「治った……!?」
心の中で高らかなファンファーレが鳴り響く。
昨日に比べ、身体が軽い。ような気がする。
ボーッとする感覚もなくなった。ような気がする。
「よかった……。これで、心置きなくエラ様に指輪をお渡し出来る……」
薬様々である。
安心し、マーシアは大きな息を吐いた。
朝食にマーマレードを塗ったトーストを一枚頬張り、家を出る支度をしたら、軽くなったような気がする足取りで会社へ向かう。
前回宝石店を訪れた時と同じく、今日も休憩中に指輪を受け取りに行く予定だ。
それまでは、魔材調達部の皆と雑談を交わしつつ、地域ごとに手に入る魔材の特色を分析していく。
楽しいことが待っている中で励む仕事は、心なしかいつもより精が出る。
気が付けば、あっという間に昼休憩の時間になっていた。
「では、行ってきます!」
「いってらっしゃい。外は暑いから、気を付けてね」
全事情を知るジェローナ、その他面々に手を振って見送られ、日傘を差して日光対策はバッチリに、宝石店を目指す。
「ふぅ……」
ケンドラ州は湿気が少ないほうだが、そうは言っても暑いものは暑い。
立ちくらんでしまいそうな熱射の中、マーシアは並木を陰に利用しながら、熱気の湧き上がる石畳を出来るだけ早足で歩いた。
ようやく店に到着し扉を開けると、すうっと冷たい風が、マーシアの肌を撫ぜる。
どうやら、しっかりとした冷却効果のある魔材が使われた高価な扇風機が置いてあるようだ。執務室には弱冷房の扇風機しか置いていないため、心底羨ましい。
そんな店内の涼しい空気の中、ドアベルの音に気が付いた店主が読んでいた新聞から顔を上げ、マーシアを見るなりニコリと目を細めた。
「おや。いらっしゃいませ。もしや、指輪のお受け取りですかな?」
「はい。早くも完成したとお聞きしまして」
「ええ、ええ、出来上がっておりますよ。ただいまお持ちしましょう」
店主は椅子から腰を上げると、店の奥へ消えていった。
マーシアは店内の宝石を眺め、店主を待つ。
小さな店だが、ショーウィンドウにまでしっかり飾られる宝飾品の数々は、厳かなものから若者が好みそうなデザインのものまで、実に多彩だ。
薔薇を模したブローチに、星型のイヤリング……。マーシアがうっとりショーケースに魅入っていると、店主が指輪ケースを片手に奥から戻ってきた。
「お待たせいたしました」
店主はウォールナット製の指輪ケースを静かにカウンターに置くと、上蓋を開けた。
「まあ……」
マーシアは、反射的に感嘆の声を漏らす。
そこには製図で見たデザインそのままの美しい金色の指輪が、黒く上品なベルベットの生地に包まれ鎮座していた。
「いかがでございましょう?」
「とっても……とっても素敵です!」
シャンデリアの明かりが反射し、チャーム・ガーネットが煌めく。まるで、本物の太陽の光のようだった。
「いやぁ、それはよかった。ケースもベロア素材ではなく、木製にいたしました。そのほうが、殿方にも使いやすかろうと思いましてな」
「お心遣いありがとうございます。きっと、喜んでくれることだと思います」
綻んだ顔で頭を下げるマーシアを見て、店主は満足げに微笑み、そしてふいに口を開いた。
「そうそう。時に、あなた様が持ってこられたチャーム・ガーネットの原石について、私から一つご相談があるのですが、よろしいですかな?」
「ご相談? 一体、何でしょうか?」
「はい。では、少々お待ちいただいて──」
店主は再び店の奥へ行き、布に包まった原石を運んできた。
「ご相談というのは、こちらの原石を私に買い取らせていただけないかということでございまして」
「まあ。原石を、ですか?」
店主の言うことには、原石は中々の大きさを誇っているため、指輪以外の宝飾品に加工する余地があるのだそうだ。
「チャーム・ジュエリーは希少な宝石です。私も、実物を見るのは実に数年ぶりでございました。そして、あなた様の原石を手に取り、気が付いたのです。自身の胸の内で昂る、熱い加工意欲に……」
「……はい?」
店主は突然天を仰ぎ、拳を固める。
彼の変貌に、マーシアは思わずたじろいだ。
「……ウォルジー様! どうか私めに、この原石を買い取らせてくださいませ! 買い取らせていただだいた暁には、必ずや素晴らしい宝飾具を作ることを約束いたしましょう! ですので、どうか! どうか、何卒──!!」
店主はマーシアに懇願し、床に頭を擦りつける。
「あわわわ……わ、分かりました。元々倉庫の肥やしになっていましたから、自分の輝ける場が設けられるとあれば、原石も嬉しいはずです……(?)。ただ念の為、父に確認を取ってから決断をしてもよろしいでしょうか?」
「おお……っ、お考えくださるのですか!?
ええ、勿論ですとも!」
一応、宝石の売買となると契約書の記入が必要だろう。店主に気圧されながらもマーシアは冷静にそう考え、奥にある店の電話を借りた。
交換手に電話を繋いでもらい、しばらくすると、実家に繋がりドロシーが出てくれた。
理由を説明し、自室にいるらしいイライアスに代わってもらう。
『──なるほど、別に構わないよ。あの原石には随分と数奇な運命を辿らせてしまったからね。ようやく収まるところに収まったと思って、今度こそ存分に輝いてもらおうじゃないか』
電話口のイライアスは、娘の話に哄笑し、快く承諾した。
ちなみに、マーシアはジニのために指輪を作ったことまでは、父に話していない。
もし話していたとしたら──。
いや、それ以上はやめておこう。
****
「では、こちらを」
「はい」
マーシアは売買契約書にサインをし、拇印を押す。
「ありがとうございます。それでは、小切手をお渡しさせていただきます」
店主は買い取り金額の書かれた小切手をマーシアに手渡す。
金銭のやり取りについては、先程のイライアスへの電話の際に店主に通話を代わってもらい、大人達で決めてもらった。
(ひっ!)
大人が決めた金額は凄い。
マーシアは思わずひっくり返りそうになった。
「いやぁ。本当に、こんな年寄りのわがままを聞いてくださり、ありがとうございました。一体どんな宝飾具にし、どんな形に研磨していくか……これは早速、構想を練っていかねばなりませんな!」
店主は少年のような笑みを浮かべ、腕を回す。
チャーム・ガーネットの原石は、やがて彼の手により美しく磨かれ、新たな命を宿してもらえることだろう。
原石のたらい回しも、ようやくこれにて終了したのである。
「それでは、店主様のご健闘をお祈りしております」
「ありがとうございます。では、どうぞお気を付けてお帰りください」
店主は店の扉を抑え、会社へ戻るマーシアを見送った。
****
「うふふ……」
マーシアは指輪の入った手提袋を眺め、思わず顔を緩ませる。午後の仕事再開と同時に、すぐ魔法道具開発部の工房に持っていこう。
そう思い、またニマニマする。
心がほんわかしている影響だろうか。会社へ向かう足取りも、いつも以上に軽い。
もはや身体ごと、宙に浮いてしまいそうだ。
そういえば、頭も何だかふわふわしている。
身体も熱り、いつも以上に外気が暑く感じるような気がする。
──察しのつくことではあるが、マーシアの風邪は、今朝の時点で本人が治ったような気がしているだけだった。
気の持ちようとは、正にこのこと。
実際は全く完治などしておらず、彼女は普通に風邪っぴき状態のままなのだ。
だが。
(クワッと、大きく目を見開かれるかしら? それとも、わ゛ああっ! と叫んで、あちこち駆け回ってしまうかしら?)
鈍感なマーシアの"心"は、ジニの面白挙動を想像するあまり、自身の身体の異常になぞ、全く気が付いていなかったのであった。
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