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第一部
30話 雨上がりの太陽
しおりを挟む「エラ様」
小さく、穏やかな声がジニの耳に届き、彼は後ろを振り返る。
「……?! ウォルジー?!」
振り返った目線の先には、薄らと笑みを浮かべるマーシアがいた。
「な、なんだよ……ビックリしたぁ……」
まさか、今の今まで自分の頭を悩ませていた張本人が登場するなんて思ってもみなかった。
ジニは咄嗟に赤くなった目を隠す。
「すみません、驚かせてしまって。エラ様、今お時間よろしいですか?」
「え、うん……どうした?」
キョトンとするジニを尻目に、マーシアは手提げ袋から木箱を取り出し、ジニに手渡した。
「エラ様に、こちらを受け取ってほしいのです」
「……?」
木箱を受け取ったジニは、徐に蓋を開けた。
「………………」
箱の中身を見たジニの思考は、一瞬にして停止する。
病んでいる真っ最中に意中の相手に美しい金色の指輪を渡されれば、誰でもそんな感じになるかもしれない。
「……え? はぇ……え……??」
言葉を失い、頭の中は渦を巻く。
指輪をもらう、その意味。
彼は渦を集約させ、その意味を見出した。
(逆プロポーズ?!?!)
だが、もう一人のジニは実に冷静だった。
「そんなわけねぇだろ!!」と、弾丸の速さで浮かれ脳の自分に喝を入れる。
だが、そんなわけでないのなら、この指輪はなぜ自分に渡されたのか。理由が全く分からず、ジニは戦慄く口を必死に開いた。
「ウォル、ウォ……ウォルジー……。こ、これって…………」
「はい、あなたの指輪です」
「ッ?!」
「じゃあやっぱり、プロポーズってことですか?!」。そう言いかけた浮かれ脳の自分を、冷静な自分がぶん殴り、事を収める。
「うふふ、驚かれましたか? 実は、あなたの操作の魔法の特訓に役立てられればと思い、こっそりお作りしていただいたものなんです」
「……えっ?」
ジニは、マーシアから全てを聞いた。
秘密裏で、自分の特訓の手助けとなる指輪の製作を依頼していたこと。
秘密にしていた理由が、自分に嬉しい気分を味わってもらい、悩みを吹き飛ばしてほしいと思ったからだということ。
「指輪は、"太陽"を意識した色合いで考えてみたんです。エラ様はいつもにこやかに笑ってらっしゃるので、きっとあなたのイメージにピッタリだと思って」
「…………」
ジニの喉に、何かツンとしたものがつっかえる。
(バカか、俺は…………)
可能なら、先程までの自分を思考もひっくるめて全て殴ってしまいたいほど、自分のことが愚かで間抜けな人間に思えた。
頼るべき存在と見られていない。
存分に心を開いてくれていない。
そんなもの己の勝手な主観であっただけで、彼女は彼女なりに、自分のことを真摯に想ってくれていたのだ。
(……ウォルジー……)
彼女は、本当に慈愛に溢れた人物だ。
改めて実感し、痛いほどに胸が締め付けられた。
「……ウォルジー、ありがとう……。すげぇ嬉しい……」
「本当ですか?! うふふ、よかった」
ジニは俯いたまま、マーシアに言葉を溢す。
今彼女の顔を見ると、歯止めも効かずに泣き出してしまいそうだったからだ。
「……エラ様。もしもこの先、落ち込んでしまうことや悩んでしまうことがあるのなら、気兼ねなくおっしゃってくださいね。私、いつだってご相談に乗りますから。先程だって、きっと何か……」
目に焼き付いた、力無いジニの背中。
それを思い、マーシアは彼を気遣う。
「悩み? ……そんなのねぇよ」
「え……?」
ジニの返答に、マーシアは彼の顔を覗く。
顔を上げたジニは、にんまりと口元に笑みを浮かべていた。
「ぜーんぶ、吹き飛んだ。これのおかげでな」
そう言ってジニは指輪をつまみ、かざす。
彼の表情を見たマーシアも、次第に顔が綻んでいった。
「ウォルジー、早速これ付けてみていい?」
「はい、勿論です」
「あはは、やった! にしても、これ結構穴デカ目なんだな。もしかして親指用か?」
「そうなんです、左手の親指にピッタリなはずですよ」
マーシアが言うには、何でもマネキンに伸されたジニが眠っている間に、アレイシオらと指輪の意味を簡単に調べたのだという。
そして、アレイシオがジニの指のサイズをさっさと測ったんだそうな。
「左手親指の指輪の意味は、"目標達成"だそうです」
「目標達成……」
「はい。エラ様、色んな方に明るくて楽しい気分になってもらえるような、そんな魔法道具を開発するという目標をお持ちでしょう? あなたの目標が達成出来ますようにと、微力ながら祈りを込めさせていただいたんです」
「……そうだったんだ」
マーシアから見れば、自分はただの一同期なんだろうに。本当は、こんなに自分を気遣う必要なんかないだろうに。
だが、間違いなくこの指輪には、マーシアの自分に対する愛情が惜しみなく込められている。
恋愛では量れない、マーシアの人柄そのものに包まれた、深い愛情が。
「……この指輪、大事に使わせてもらうな。攻撃性が二度と出ないように、指輪の力を借りてコツを掴んでみせる! そんで早いとこ、魔法道具を作れるようになんねぇとな!」
「うふふ。その意気です。エラ様、頑張ってくださいね!」
「ああ! 絶対に頑張る!!」
さっきまでジニの心に降り続いていた雨が止み、雲の合間から太陽が顔を覗かせる。
明るく輝く、心の太陽。
ジニの表情にも、その光はたっぷりと注がれた。
****
「──じゃあ、エラ君! お願いします!」
「はい!!」
パディーが手を叩くとともに、ジニはマネキンに手をかざし、操作の魔法を発動させた。
装着した指輪が彼の魔力に反響し、柔い赤色の光を放つ。
「…………っ!」
操作の魔法を使用する感覚が、今までと違う。以前よりも格段に魔力が研ぎ澄まされたような、ごちゃごちゃせずにすっきりと操作の魔法を放てるような、そんな感覚を覚える。
そして、ジニの操作の魔法はマネキンの全身を覆った。
「…………」
「…………」
二人はジッとマネキンを見据える。
マネキンは最初こそ徐な動きを見せていたが、やがて機敏に手足を動かし、スッとどこかへ消えた。
「……エ、エラ君」
パディーはハラハラとジニを見つめる。
隣のジニは前を向き立ち尽くしている。
まっすぐ前を見据える彼の目は、心なしか不安げにも見えた。
(指輪を以ってしても、またダメだったのかしら……)
居た堪れない気持ちを抑え、パディーはジニの目線の方向にふいに目をやった。
すると。
「……あら?」
何と、マネキンが戻ってきた。
それも、トレイにティーポットとカップをのせて──
「エ、エラ君! マネキンが何か持ってるよ?!」
「……な、何か、そうっすね……」
パディーはポカンとしているジニの肩を力いっぱい揺する。
そのうちにマネキンは二人の元に到達すると、作業机にトレイを置き、丁寧な所作で紅茶をカップに注いだ。
「これは……」
「…………」
マネキンはまるで二人に振る舞うかのように、それぞれにカップを差し出す。
「い、いただきます……」
パディーは紅茶を一口すする。
「っ、美味しい……!」
紅茶の温度、茶葉の風味、共に完璧だ。
「ねえっ、エラ君!! こ、これ!! あなたの操作の魔法が早速安定してきたんじゃない?! だってこのマネキン、こんなに私達をもてなしてくれてるよ!?」
パディーが興奮気味にジニに話している最中、マネキンはさらに二人の前に何かを差し出した。
それは皿に載った、紅茶と相性バッチリなアイスボックスクッキーだった。
「お茶請けまで出してくれちゃって!!!!」
パディーは指輪によるジニの操作の魔法の安定化を確信し、感動のあまり号泣した。
「…………ゴ、ゴードンさん…………」
ジニはしばらく呆然とマネキンを見つめていたが、やがて肩を震わし口を開ける。
「…………いやったあああッ!!!! ゴードンさんゴードンさん!! やった!! やったあああ!!!!」
「わーーよかった!! やったわね、エラ君!!」
見違えるように変化したマネキンの挙動。
指輪の力によって、ようやくジニは一歩活路を見出すことが出来たのだ。
工房に響く二人の歓喜の声。
開発部員らにも、しかとその声は届いていた。
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