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幕間短編
タンゴイ調達記 4
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ミカゲの案内について行き、四人は小さな川沿いの道を行く。
着いた先は、"シノメヤ豆腐店"と書かれた暖簾のかかる店。先程ミカゲの言っていた、亡くなったご主人が営んでいた店だった。
店前に置かれた水槽には、白くて四角いものがたくさん入っている。これが噂の豆腐なのだろうかと、マーシアは興味深く水槽を覗く。
「よう、マサさん」
ミカゲが話しかけたマサという人物は、六十代ほどの白髪交じりの男性だ。店先に座っていた彼は訝しげに一行を眺め、徐に立ち上がる。
「ミカゲじゃないか。どうした、そんなに外国の人連れてよ」
「マサさん。アンタに、ちょっとしたお願いがある。ここにいる彼らに、いなり寿司の作り方を教えてやってくれないか?」
「何ィ?!」
マサは仰天したように顔を歪め、ミカゲの顔を見張った。
ミカゲが事情を説明すると、マサはますます顔をひん曲げ、複雑な表情をしてみせる。
「……要するに、親父の作るいなり寿司よりも更に美味いいなり寿司を生み出し、妖狐様に気に入ってもらおうってことか?」
「ああ、そうだ。今、この村で一番美味いいなり寿司を作れるのは、アンタしかいない。どうだ? やってくれるか?」
「……バカなことを……。この七十年、妖狐様が愛し続けた味を超えようなぞ……」
ふうっと溜め息を吐くと、マサは魔材調達部の面々を睨んだ。
「アンタ達。親父が死んだ今、俺は確かにこの村で一番美味いいなり寿司が作れる自信はある。親父に散々しごかれてたからな。……もっとも、その味を伝授するこたぁ出来なかったが……。まあとにかく、聞いたかもしれないが、妖狐様は親父の作ったいなり寿司以外、目をくれやしないんだ。作ったところで、見向きもされず村の人間の腹に納まるオチだってありうる。そこのところ、重々承知してくんな」
「わ、分かりました……」
そして魔材調達部ご一行は、かなり諦めモードのマサにいなり寿司作りを教わることになったのである。
その道は、非常に過酷なものであった。
「──違う! 何度言やぁ分かるんだ!!」
いなり寿司を作り始めて一時間。
マサの怒号が、絶え間なく豆腐店に響き渡る。
「これじゃあ、砂糖の量が多すぎるだろう! 対して、酢は少なすぎだ! 酢飯は匙加減一つで味の印象が変わっちまう! ようく調整しろ!」
「は、はぁい……」
いつもは強気なジェローナも、この時ばかりはいなり寿司の鬼に絞られ、恐縮していた。
「おい!! お揚げに味が染み込んでいないぞ!! 充分に冷ましてから取り出さねぇか!!」
「……すみません……」
「こんなに酢でぐしゃぐしゃだと、米とのまとまりがなくなるだろうが!! 配分を考えろ!!」
「はひぃ~……」
「お揚げの煮汁をしっかり絞れ!! 汁っけでびたびたのいなり寿司なんぞ、誰が食べたいってんだ!!」
「すすすす、すみません……」
もれなく全員に、鬼の雷は落とされた。
そこから、更に数時間後。
「はあっ、はあ…………」
マサは全身で息をし、呼吸を整える。
声を荒げに荒げ続け、疲弊し切ってしまったのである。
「ア、アンタら……」
ぜいぜいしながら、マサは声を絞り出す。
「随分と、手際が良くなったじゃねぇか……。想像以上だ。ほ、褒めてやろう……。ただ……」
いなり寿司教室を始めてから三時間。
ようやく、マサの顔に引き攣った笑みが浮かんだ。だが、彼は何やら言葉を続ける。
「味付けがどんどん甘くなるのは、どうしてなんだ!?」
「だあってぇ! 甘ければ甘いほど、食べ物って美味しいんですもの!」
ロドエでは、味付けの甘いお菓子や料理が結構多い。簡単にいうと、お砂糖の主張激し目な濃い味のものがたくさん。
ロドエの人々は、料理に砂糖は使えば使うほど良いと思っている節がある。
対しタンゴイの人々は、食へのこだわりが強く、料理一つ一つにかける手間暇が半端ない。
ゆえに、料理にいきなり過度に砂糖を使ったりはせず、少しずつ味を調整し、絶妙なバランスを計って料理をしていくのだ。
そんな食文化の壁が、今ここにそびえ立つ──。
「ミカゲ、これを食ってみてくれ」
「あ、甘いがすぎる……!」
見守りに徹していたミカゲは、マサに四人の作ったいなり寿司を問答無用で口に入れられ、目を見開く。
「そんなことないですよぉ。ちょうどいい甘さですったら」
「そうそう。砂糖は、これくらい入れとくべきですよ」
「私も、甘いお味でとても美味しいと思います……」
「ぬわ~~ッ!!」
分かり合える気のしない、食文化の壁──。
****
その後も、四人はいなり寿司を作りに作った。
けれど、気が付けばどうしても自分達好みの激甘仕様になってしまい、マサの血管を幾度もブチ切れさせた。
「だああああーーーーッ!!!!」
とうとうマサは、絶叫してその場で項垂れる。
「マサさん、ごめんなさい……。甘さ控えめに、とは頭で分かっているのに、体が砂糖を投下してしまうの……」
「いや……。こっちも国によって味の好みに違いがあんのは、充分理解した……。謝んないでくれ」
ジェローナとマサは互いに謝罪をし、その場に一抹の静寂が訪れた。
「にしても、もう夕方かい……」
夕焼けの空では、鴉がカアカアと鳴いている。
「どうすっかねぇ。ある意味、ロドエ流いなり寿司は完成したようなもんだが、これを妖狐様に差し出したとして、果たして召し上がってくれんだかどうだか……」
染み染みに味の染み込んだいなり寿司を見て、マサは渋い顔をした。
(タンゴイの方のお口に合わない甘さとなると……。それは妖狐様にとっても、慣れ親しんだ味ではないということよね……)
そう思うと何だかますます申し訳なくなり、マーシアは顔を俯かせる。
「……一応、俺の作ったいなり寿司も持ってってみるか。親父の味には、ちいとも到達してねぇけど……」
マサは四人に手本を見せるために最初に作っていた自作のいなり寿司を持ち、憂いた顔でそう言った。
完全に日が暮れてしまうと妖狐が眠りについてしまうとのことで、魔材調達部一行はマサとミカゲに連れられ、早足で妖狐のいる祠へ舞い戻る。
「妖狐様、妖狐様」
『むっ、何ですミカゲ! また来たのですか!』
妖狐はまだ膨れているようで、ミカゲの顔を見るなり、眉根を寄せた。
「妖狐様。あなたに、とっときのいなり寿司をご用意しました」
『! それは、シノメヤ豆腐店のご主人の作ったものと、全く同じいなり寿司ですか?!』
「いいえ、全くの別ものです」
『……むうっ!』
妖狐は全身の毛を逆立たせ、体を震わせる。
『だから! 何度も言っているでしょう! わたしは今、ご主人の作った味のいなり寿司しか食べたくないのです! 他のものなど、言語道断!』
「ですが、こちらも何度も申しあげた通り、ご主人は先月に亡くなられました。いくらあのいなり寿司をあなたの手元にご用意したくとも、それはもう、叶わぬ夢なのです」
『……きいぃっ!! きいいぃっ!!』
それはやり場のない怒りなのか、はたまた悲しみか。妖狐は祠の中で地団駄を踏むと、鋭い牙を剥き出しに喚いた。
『七十年……! 七十年も愛したあれを、みすみす忘れられるものか! あなた達のとっときのいなり寿司なぞで、わたしが満足出来るものか!』
着いた先は、"シノメヤ豆腐店"と書かれた暖簾のかかる店。先程ミカゲの言っていた、亡くなったご主人が営んでいた店だった。
店前に置かれた水槽には、白くて四角いものがたくさん入っている。これが噂の豆腐なのだろうかと、マーシアは興味深く水槽を覗く。
「よう、マサさん」
ミカゲが話しかけたマサという人物は、六十代ほどの白髪交じりの男性だ。店先に座っていた彼は訝しげに一行を眺め、徐に立ち上がる。
「ミカゲじゃないか。どうした、そんなに外国の人連れてよ」
「マサさん。アンタに、ちょっとしたお願いがある。ここにいる彼らに、いなり寿司の作り方を教えてやってくれないか?」
「何ィ?!」
マサは仰天したように顔を歪め、ミカゲの顔を見張った。
ミカゲが事情を説明すると、マサはますます顔をひん曲げ、複雑な表情をしてみせる。
「……要するに、親父の作るいなり寿司よりも更に美味いいなり寿司を生み出し、妖狐様に気に入ってもらおうってことか?」
「ああ、そうだ。今、この村で一番美味いいなり寿司を作れるのは、アンタしかいない。どうだ? やってくれるか?」
「……バカなことを……。この七十年、妖狐様が愛し続けた味を超えようなぞ……」
ふうっと溜め息を吐くと、マサは魔材調達部の面々を睨んだ。
「アンタ達。親父が死んだ今、俺は確かにこの村で一番美味いいなり寿司が作れる自信はある。親父に散々しごかれてたからな。……もっとも、その味を伝授するこたぁ出来なかったが……。まあとにかく、聞いたかもしれないが、妖狐様は親父の作ったいなり寿司以外、目をくれやしないんだ。作ったところで、見向きもされず村の人間の腹に納まるオチだってありうる。そこのところ、重々承知してくんな」
「わ、分かりました……」
そして魔材調達部ご一行は、かなり諦めモードのマサにいなり寿司作りを教わることになったのである。
その道は、非常に過酷なものであった。
「──違う! 何度言やぁ分かるんだ!!」
いなり寿司を作り始めて一時間。
マサの怒号が、絶え間なく豆腐店に響き渡る。
「これじゃあ、砂糖の量が多すぎるだろう! 対して、酢は少なすぎだ! 酢飯は匙加減一つで味の印象が変わっちまう! ようく調整しろ!」
「は、はぁい……」
いつもは強気なジェローナも、この時ばかりはいなり寿司の鬼に絞られ、恐縮していた。
「おい!! お揚げに味が染み込んでいないぞ!! 充分に冷ましてから取り出さねぇか!!」
「……すみません……」
「こんなに酢でぐしゃぐしゃだと、米とのまとまりがなくなるだろうが!! 配分を考えろ!!」
「はひぃ~……」
「お揚げの煮汁をしっかり絞れ!! 汁っけでびたびたのいなり寿司なんぞ、誰が食べたいってんだ!!」
「すすすす、すみません……」
もれなく全員に、鬼の雷は落とされた。
そこから、更に数時間後。
「はあっ、はあ…………」
マサは全身で息をし、呼吸を整える。
声を荒げに荒げ続け、疲弊し切ってしまったのである。
「ア、アンタら……」
ぜいぜいしながら、マサは声を絞り出す。
「随分と、手際が良くなったじゃねぇか……。想像以上だ。ほ、褒めてやろう……。ただ……」
いなり寿司教室を始めてから三時間。
ようやく、マサの顔に引き攣った笑みが浮かんだ。だが、彼は何やら言葉を続ける。
「味付けがどんどん甘くなるのは、どうしてなんだ!?」
「だあってぇ! 甘ければ甘いほど、食べ物って美味しいんですもの!」
ロドエでは、味付けの甘いお菓子や料理が結構多い。簡単にいうと、お砂糖の主張激し目な濃い味のものがたくさん。
ロドエの人々は、料理に砂糖は使えば使うほど良いと思っている節がある。
対しタンゴイの人々は、食へのこだわりが強く、料理一つ一つにかける手間暇が半端ない。
ゆえに、料理にいきなり過度に砂糖を使ったりはせず、少しずつ味を調整し、絶妙なバランスを計って料理をしていくのだ。
そんな食文化の壁が、今ここにそびえ立つ──。
「ミカゲ、これを食ってみてくれ」
「あ、甘いがすぎる……!」
見守りに徹していたミカゲは、マサに四人の作ったいなり寿司を問答無用で口に入れられ、目を見開く。
「そんなことないですよぉ。ちょうどいい甘さですったら」
「そうそう。砂糖は、これくらい入れとくべきですよ」
「私も、甘いお味でとても美味しいと思います……」
「ぬわ~~ッ!!」
分かり合える気のしない、食文化の壁──。
****
その後も、四人はいなり寿司を作りに作った。
けれど、気が付けばどうしても自分達好みの激甘仕様になってしまい、マサの血管を幾度もブチ切れさせた。
「だああああーーーーッ!!!!」
とうとうマサは、絶叫してその場で項垂れる。
「マサさん、ごめんなさい……。甘さ控えめに、とは頭で分かっているのに、体が砂糖を投下してしまうの……」
「いや……。こっちも国によって味の好みに違いがあんのは、充分理解した……。謝んないでくれ」
ジェローナとマサは互いに謝罪をし、その場に一抹の静寂が訪れた。
「にしても、もう夕方かい……」
夕焼けの空では、鴉がカアカアと鳴いている。
「どうすっかねぇ。ある意味、ロドエ流いなり寿司は完成したようなもんだが、これを妖狐様に差し出したとして、果たして召し上がってくれんだかどうだか……」
染み染みに味の染み込んだいなり寿司を見て、マサは渋い顔をした。
(タンゴイの方のお口に合わない甘さとなると……。それは妖狐様にとっても、慣れ親しんだ味ではないということよね……)
そう思うと何だかますます申し訳なくなり、マーシアは顔を俯かせる。
「……一応、俺の作ったいなり寿司も持ってってみるか。親父の味には、ちいとも到達してねぇけど……」
マサは四人に手本を見せるために最初に作っていた自作のいなり寿司を持ち、憂いた顔でそう言った。
完全に日が暮れてしまうと妖狐が眠りについてしまうとのことで、魔材調達部一行はマサとミカゲに連れられ、早足で妖狐のいる祠へ舞い戻る。
「妖狐様、妖狐様」
『むっ、何ですミカゲ! また来たのですか!』
妖狐はまだ膨れているようで、ミカゲの顔を見るなり、眉根を寄せた。
「妖狐様。あなたに、とっときのいなり寿司をご用意しました」
『! それは、シノメヤ豆腐店のご主人の作ったものと、全く同じいなり寿司ですか?!』
「いいえ、全くの別ものです」
『……むうっ!』
妖狐は全身の毛を逆立たせ、体を震わせる。
『だから! 何度も言っているでしょう! わたしは今、ご主人の作った味のいなり寿司しか食べたくないのです! 他のものなど、言語道断!』
「ですが、こちらも何度も申しあげた通り、ご主人は先月に亡くなられました。いくらあのいなり寿司をあなたの手元にご用意したくとも、それはもう、叶わぬ夢なのです」
『……きいぃっ!! きいいぃっ!!』
それはやり場のない怒りなのか、はたまた悲しみか。妖狐は祠の中で地団駄を踏むと、鋭い牙を剥き出しに喚いた。
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