【第二部投稿中】今を生きる魔法使いへ

一三三

文字の大きさ
45 / 62
幕間短編

タンゴイ調達記 4

しおりを挟む
 ミカゲの案内について行き、四人は小さな川沿いの道を行く。

 着いた先は、"シノメヤ豆腐店"と書かれた暖簾のかかる店。先程ミカゲの言っていた、亡くなったご主人が営んでいた店だった。

 店前に置かれた水槽には、白くて四角いものがたくさん入っている。これが噂の豆腐なのだろうかと、マーシアは興味深く水槽を覗く。

「よう、マサさん」

 ミカゲが話しかけたマサという人物は、六十代ほどの白髪交じりの男性だ。店先に座っていた彼は訝しげに一行を眺め、徐に立ち上がる。

「ミカゲじゃないか。どうした、そんなに外国の人連れてよ」
「マサさん。アンタに、ちょっとしたお願いがある。ここにいる彼らに、いなり寿司の作り方を教えてやってくれないか?」
「何ィ?!」

 マサは仰天したように顔を歪め、ミカゲの顔を見張った。

 ミカゲが事情を説明すると、マサはますます顔をひん曲げ、複雑な表情をしてみせる。

「……要するに、親父の作るいなり寿司よりも更に美味いいなり寿司を生み出し、妖狐様に気に入ってもらおうってことか?」
「ああ、そうだ。今、この村で一番美味いいなり寿司を作れるのは、アンタしかいない。どうだ? やってくれるか?」
「……バカなことを……。この七十年、妖狐様が愛し続けた味を超えようなぞ……」

 ふうっと溜め息を吐くと、マサは魔材調達部の面々を睨んだ。

「アンタ達。親父が死んだ今、俺は確かにこの村で一番美味いいなり寿司が作れる自信はある。親父に散々しごかれてたからな。……もっとも、その味を伝授するこたぁ出来なかったが……。まあとにかく、聞いたかもしれないが、妖狐様は親父の作ったいなり寿司以外、目をくれやしないんだ。作ったところで、見向きもされず村の人間の腹に納まるオチだってありうる。そこのところ、重々承知してくんな」
「わ、分かりました……」

 そして魔材調達部ご一行は、かなり諦めモードのマサにいなり寿司作りを教わることになったのである。


 その道は、非常に過酷なものであった。


「──違う! 何度言やぁ分かるんだ!!」


 いなり寿司を作り始めて一時間。
 マサの怒号が、絶え間なく豆腐店に響き渡る。
 
「これじゃあ、砂糖の量が多すぎるだろう!  対して、酢は少なすぎだ! 酢飯は匙加減一つで味の印象が変わっちまう! ようく調整しろ!」
「は、はぁい……」

 いつもは強気なジェローナも、この時ばかりはいなり寿司の鬼に絞られ、恐縮していた。

「おい!! お揚げに味が染み込んでいないぞ!! 充分に冷ましてから取り出さねぇか!!」
「……すみません……」

「こんなに酢でぐしゃぐしゃだと、米とのまとまりがなくなるだろうが!! 配分を考えろ!!」
「はひぃ~……」

「お揚げの煮汁をしっかり絞れ!! 汁っけでびたびたのいなり寿司なんぞ、誰が食べたいってんだ!!」
「すすすす、すみません……」

 もれなく全員に、鬼の雷は落とされた。

 
 そこから、更に数時間後。


「はあっ、はあ…………」


 マサは全身で息をし、呼吸を整える。
 声を荒げに荒げ続け、疲弊し切ってしまったのである。

「ア、アンタら……」

 ぜいぜいしながら、マサは声を絞り出す。

「随分と、手際が良くなったじゃねぇか……。想像以上だ。ほ、褒めてやろう……。ただ……」

 いなり寿司教室を始めてから三時間。
 ようやく、マサの顔に引き攣った笑みが浮かんだ。だが、彼は何やら言葉を続ける。


「味付けがどんどん甘くなるのは、どうしてなんだ!?」

「だあってぇ! 甘ければ甘いほど、食べ物って美味しいんですもの!」
 

 ロドエでは、味付けの甘いお菓子や料理が結構多い。簡単にいうと、お砂糖の主張激し目な濃い味のものがたくさん。
 ロドエの人々は、料理に砂糖は使えば使うほど良いと思っている節がある。
 
 対しタンゴイの人々は、食へのこだわりが強く、料理一つ一つにかける手間暇が半端ない。
 ゆえに、料理にいきなり過度に砂糖を使ったりはせず、少しずつ味を調整し、絶妙なバランスを計って料理をしていくのだ。


 そんな食文化の壁が、今ここにそびえ立つ──。


「ミカゲ、これを食ってみてくれ」
「あ、甘いがすぎる……!」

 見守りに徹していたミカゲは、マサに四人の作ったいなり寿司を問答無用で口に入れられ、目を見開く。

「そんなことないですよぉ。ちょうどいい甘さですったら」
「そうそう。砂糖は、これくらい入れとくべきですよ」
「私も、甘いお味でとても美味しいと思います……」

「ぬわ~~ッ!!」


 分かり合える気のしない、食文化の壁──。


 ****


 その後も、四人はいなり寿司を作りに作った。

 けれど、気が付けばどうしても自分達好みの激甘仕様になってしまい、マサの血管を幾度もブチ切れさせた。

「だああああーーーーッ!!!!」

 とうとうマサは、絶叫してその場で項垂れる。

「マサさん、ごめんなさい……。甘さ控えめに、とは頭で分かっているのに、体が砂糖を投下してしまうの……」
「いや……。こっちも国によって味の好みに違いがあんのは、充分理解した……。謝んないでくれ」

 ジェローナとマサは互いに謝罪をし、その場に一抹の静寂が訪れた。

「にしても、もう夕方かい……」

 夕焼けの空では、鴉がカアカアと鳴いている。

「どうすっかねぇ。ある意味、ロドエ流いなり寿司は完成したようなもんだが、これを妖狐様に差し出したとして、果たして召し上がってくれんだかどうだか……」

 染み染みに味の染み込んだいなり寿司を見て、マサは渋い顔をした。

(タンゴイの方のお口に合わない甘さとなると……。それは妖狐様にとっても、慣れ親しんだ味ではないということよね……)

 そう思うと何だかますます申し訳なくなり、マーシアは顔を俯かせる。

「……一応、俺の作ったいなり寿司も持ってってみるか。親父の味には、ちいとも到達してねぇけど……」

 マサは四人に手本を見せるために最初に作っていた自作のいなり寿司を持ち、憂いた顔でそう言った。

 
 完全に日が暮れてしまうと妖狐が眠りについてしまうとのことで、魔材調達部一行はマサとミカゲに連れられ、早足で妖狐のいる祠へ舞い戻る。


「妖狐様、妖狐様」
『むっ、何ですミカゲ! また来たのですか!』

 妖狐はまだ膨れているようで、ミカゲの顔を見るなり、眉根を寄せた。

「妖狐様。あなたに、とっときのいなり寿司をご用意しました」
『! それは、シノメヤ豆腐店のご主人の作ったものと、全く同じいなり寿司ですか?!』
「いいえ、全くの別ものです」
『……むうっ!』

 妖狐は全身の毛を逆立たせ、体を震わせる。
 
『だから! 何度も言っているでしょう! わたしは今、ご主人の作った味のいなり寿司しか食べたくないのです! 他のものなど、言語道断!』
「ですが、こちらも何度も申しあげた通り、ご主人は先月に亡くなられました。いくらあのいなり寿司をあなたの手元にご用意したくとも、それはもう、叶わぬ夢なのです」
『……きいぃっ!! きいいぃっ!!』

 それはやり場のない怒りなのか、はたまた悲しみか。妖狐は祠の中で地団駄を踏むと、鋭い牙を剥き出しに喚いた。

『七十年……! 七十年も愛したを、みすみす忘れられるものか! あなた達のとっときのいなり寿司なぞで、わたしが満足出来るものか!』 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

女性が少ない世界でVTuberやります!

dekoma26+ブル
恋愛
ある日朝起きてキッチンに行くとそこには知らない男性たちが! …え、お父さん⁉ なぜか突然女性の少ない世界に来てしまった少女がVTuberをしたり、学校に通ったりするお話。 ※毎週火曜・金曜日の夜に投稿。作者ブル

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

そのまさか

ハートリオ
恋愛
「そのまさかですわ、旦那様!」 ーーベナ・マギネは、16才の誕生日の前日、ギネオア邸3階からロープで脱出しようとして失敗、その際、残念前世をうっすら思い出し、今世をちゃんと生きようと、先ずは旦那様を色仕掛けで骨抜きにしようとトッチラカル・・! 前世が残念な事もある・・・何のスキルも無い事だってある・・・そんなベナが全力でトッチラカリます! 設定ゆ~るゆるです。緩い気持ちで読んで頂けると助かります。 第15回恋愛小説大賞にエントリーしました。 読んで、良いなと思ってもらえたら、投票お願いします。 短編ではないので長編選びますが、中編だと思います。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...