婚前交渉バトル、開幕! 〜結婚まで待てない令嬢 vs 待ちたい王子〜

胃袋まんげつ

文字の大きさ
19 / 19

Round.19 終わらない夜、開幕!

しおりを挟む
 人生には特別な夜がある。
 一生に一度の、忘れがたい夜。
 すべてが変わる、奇跡のような夜。
 ——それは永遠の誓いを告げる、愛の夜。

 披露宴が終わり、人々が帰っていった。
 カミラとアシュランは、ついに二人だけになった。
 アシュランの部屋——いや、今日から二人の部屋だ。

 カミラはウェディングドレスを脱ぎ、白いナイトガウンに着替える。
 髪を下ろし、化粧を落とす。鏡に映る自分は、いつもと違っている気がした。カミラはついにアシュランの正式な妻になったのだ。
 心臓がどくどくと鳴っている。今夜は、本当の初夜。

 ドアが開き、アシュランが入ってきた。礼服を脱ぎ、白いシャツにズボン。
 二人は見つめ合う。
「やっと、二人きりだね」
 微笑む唇。けれど、その奥で静かな炎が揺れている。
「はい」
 カミラが頷く。
 アシュランはゆっくりと近づき、カミラの手を取り、唇を重ねた。
 優しく——けれど、今夜は違う。今夜は、もう我慢しなくていい。お互いに言葉はなかったが、暗黙の了解だった。

「カミラ」
 低い囁き。
「ようやく、君を抱ける」
「私も……うれしいですわ」
 その言葉に微笑む彼が、カミラを抱き上げ、そっとベッドへ横たえた。

「今夜は」
 彼の瞳が暗く、熱を帯びる。
「もう、我慢しない」

 その声に、カミラの胸が震えた。
 唇を噛みしめる間もなく、心臓が速く打ち始める。
「はい……」
 頬がかっと熱くなった。
 覆いかぶさる影。キスは深まり、舌が触れ、息が溶け合う。

 ナイトガウンはゆっくりと外されていく。丁寧に——けれど、その手は微かに震えていた。
 まるで何かを必死に抑えているように。
 月明かりが二人を照らし、淡い光が周囲に漂う。どちらのかも分からない魔力が共鳴し、部屋は星の粉が舞うように満ちた。

「綺麗だ」
 囁きが落ちる。
「どうして、君はこんなに綺麗なんだろう」
「アシュラン様……」
 カミラの声も、震える。

 彼の手がゆっくりと、全身を辿る。
 二週間の“練習”で身体は触れ方を覚えてしまっていた。
 触れられるたび、反応が走り、息が漏れる。止められない。
「可愛い」
 微笑みは優しく——どこか危うい。
「でも、今夜は一番特別だ」

 アシュランの手はさらに深く、執拗になった。
「あ……」
「もっと、聞かせて」
 首筋、鎖骨、胸、お腹、太腿——キスの痕が、夜の地図のように刻まれていく。

「君は、僕のもの」
 低く、暗く。
「全部、僕のものなんだ」
「は、はい……」
 熱がせり上がり、思考が白くほどける。

「ねえ、カミラ」
 耳元の声。
「何度でも確かめたい。君が僕のものだって」
 光る瞳。
「——何度でも」

 そして、二人はようやく一つになった。
 ゆっくりと。丁寧に。確かに。
「んっ……!」
 カミラの強張る身体をアシュランは優しくつつんだ。
「無理してないかい?」
「だ、大丈夫……です……」
 カミラは目に涙を浮かべ、息をつぎ、頷く。

 動きはゆるやかに、少しずつ。馴染むまで、待ってくれる。
 痛みは薄れ、代わりに甘さが満ちてくる。
「あ……」
 声の色が変わる。
「気持ちいい?」
「は、恥ずかしい……」
 両手で顔を覆うカミラに、彼は目を細める。
「嘘は、つけないね」

 速度は増し、奥行きは深まり、内側から満たされていく。
「あ……ん……」
「可愛い。もっと」
 零れるカミラの声にアシュランの熱が重なる。

 アシュランはたまらなかった。愛しいカミラが自分の手の中で悶えているのを目の当たりにしている。
 優しくしたいが、めちゃくちゃにしたいと相反する気持ちの中で揺れた。  





 虹色の光が部屋を満たした。眩い祝福。二人の魔力は、完全に重なった。
 しばし、ただ抱き合う。荒い息。光る汗。

「必ずきみを幸せにする」
 アシュランがカミラに囁いた。
「十分すぎるくらいに幸せですわ」
 微笑みがこぼれる。
 彼はその頬を撫で、静かに口づけた。

 ——けれど。
「まだ、足りない」
「え……?」
「君のすべてを味わいたい。何度でも」
「ま、待って……少し休ませて……」
「ごめんね」
 微笑みながらも、手は止まらない。
「でも、止められないんだ」

 そして、また始まった。
 二度目。三度目。四度目——数えるのを、やめた。
 ただ、身を委ねる。

「アシュラン様……もう……」
「まだだよ。朝まで、君を離さない」
(こんなはずでは……)
 絶望がよぎるのに、身体は正直で、声は零れる。
 雨のように落ちるキスの跡。どこにも逃げ場がないほどの愛。
「君だけを、手放せない」
 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
 幸福。——けれど、限界。

「アシュラン様……」
「何?」
「好き……ですわ……」
 その一言で、熱はさらに高くなる。
「それ、もう一度言って」
「好き……です……」
「もう一度」
「大好きですわ、アシュラン様……」
 彼の微笑みが、夜の光に溶けた。

 どれほど時間が過ぎたのか、わからない。
 気づけば、彼の腕の中。温かい。けれど、もう動けない。
「お疲れさま」
「……もう、動けませんわ……」
 苦笑いが落ちる。
「ごめん。君が可愛すぎて、止められなかった」
 額に触れる、やさしいキス。
(このままでは……いけない)
 そう思いながら、眠りに落ちた。





 朝になった。
 目を開けると、やはり彼の腕の中。安心と、鈍い痛み。
「おはよう」
「おはようございます……」
 昨夜を思い出せば、頬が熱くなる。恥ずかしい——でも、幸せ。
「痛い?」
「とても……」
「ごめんね」
 そう言うアシュランは謝罪を口にするものの、どこか嬉しそうだった。
「でも、幸せでしたわ」
「僕もだよ」
 カミラを抱きしめるアシュランの手はあくまで優しい。
「君が隣にいる朝が、夢みたいだ」
「私も……そう思いますわ」

 小鳥の声。金色の朝。夫婦としての最初の朝だった。

 そこから、新婚の日々が始まる。
 毎朝いっしょに目覚め、朝食をとり、散歩をし、笑い合う。
 ……ただ、夜だけは別。
 優しい王子は、執拗な夫になる。カミラは毎晩、翻弄されっぱなしだった。





 数日後。
 一人机に向かったカミラは、白い紙を前にペンを握っていた。
 決めたのだ。(このままではいけない。いつも翻弄されるばかり——私も、アシュラン様を翻弄したい)
 お祖母様の指南書があったように、自分の指南書を書こう。
 タイトルは——『夫を翻弄する方法』。
 ……しかし、そこからが書けない。恥ずかしさが、手を止める。

(まずは……夫の好きなところに触れる……? いえ、それは……。見つめて、微笑む……? それだけで翻弄できるかしら……)
(む、難しい……)

 そのとき、ノックの音。
「カミラ?」
「は、はい!」
 慌てて紙を伏せる——が、間に合わない。
 『夫を翻弄する方法』の文字を見て、アシュランの目がわずかに見開き、口元がいたずらに曲がる。
「これは……」
「ち、違いますの! これは、その——」
「君も、僕を翻弄したいんだ?」
 低い囁き。
「ち、違いますわ!」
「嘘だね。顔、真っ赤だよ」
「それは……」
「可愛い」
 やわらかな笑み。
「じゃあ、試してみようか。君が僕を翻弄する」
「で、できませんわ!」
「大丈夫。僕が教えるから」

 抱き上げられ、ベッドへ。
「ちょ、待って……!」
「さあ、カミラ。僕を——翻弄してみて」
 真剣な瞳に背を押され、震える指で頬に触れる。そっと、口づける。
 見開かれる蒼。
「カミラ……」
「ど、どう……ですか……?」
「……可愛すぎる」
 すうっと、声が低くなる。
「やっぱり、我慢できない」

 押し倒され、また夜が始まった。
 翻弄するつもりが、翻弄される。
「くっ……また、負けましたわ……」
「でも、今のキスは最高だった」
「本当ですの……?」
「本当」
 額に落ちる口づけ。
「また、試してみようね」
「はい……」
 二人は笑い合った。





 それから——。
 二人は翻弄し合う日々を送った。
 時にカミラが勝ち、驚かせ、喜ばせる。けれど、たいていはアシュランが一枚上手で、カミラはまた翻弄される。
 それでも、カミラは幸せだった。アシュラン様と一緒にいる——それだけで、十分。
 アシュランもまた、満ちていた。カミラがそばにいる——それだけで、足りる。

 愛は、続く。翻弄し合い、愛し合い、笑い合いながら。
 ある夜、カミラは再び挑む。(今度こそ、勝つ)
 ——そして結局、
「また、負けましたわ……」
「君の頑張り、たまらなく可愛かったよ」
「くっ……」
 悔しがる顔も、やはり幸せそうだった。

 窓の外には満月。青白い光が部屋を満たす。
 二人の周りには、また淡い光——魔法の祝福。愛の証。

 婚前交渉バトル。
 指南書から始まった奇妙な恋。閉じ込めと独占欲、恐怖と逃避、そして愛と赦し。
 そのすべてが、この幸福へつながっていた。

 カミラはアシュランの腕の中で微笑み、アシュランも抱きしめ返して微笑む。
「貴方といると、時間が止まればいいのに」
「僕もだよ」
 重なる声。
 虹色のやさしい光が、二人を包んだ。

 ——これからも、ずっと一緒に。
 翻弄し合いながら、愛し合いながら、幸せに。永遠に。
 終わらない夜は、今日もはじまる。
 それは、限りなく幸福な夜だった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。 何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。 ◇◆◇ 作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。 DO NOT REPOST.

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】男装の側近 〜双子の妹は腹黒王子の溺愛からは逃げられない〜

恋せよ恋
恋愛
「お前、なんだか......女っぽいよな?」 病弱な兄の身代わりで、男装し学園に入学したレオーネ。 完璧で美麗な騎士「レオン」として、 冷徹な第二王子・マクシミリアンの側近となったが…… 実は殿下には、初日から正体がバレていた!? 「俺を守って死ぬと言ったな。ならば一生、俺の隣で飼い殺されろ」 戦場では背中を預け合い、寝室では甘く追い詰められる。 正体がバレたら即破滅の「替え玉側近ライフ」は、 王子の執着全開な溺愛ルートへと強制突入する――! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

不遇の花詠み仙女は後宮の華となる

松藤かるり
恋愛
髙の山奥にある華仙一族の隠れ里に住むは、華仙術に秀でた者の証として花痣を持ち生まれた娘、華仙紅妍。 花痣を理由に虐げられる生活を送っていた紅妍だが、そこにやってきたのは髙の第四皇子、秀礼だった。 姉の代わりになった紅妍は秀礼と共に山を下りるが、連れて行かれたのは死してなお生に縋る鬼霊が巣くう宮城だった。 宮城に連れてこられた理由、それは帝を苦しめる禍を解き放つこと。 秀礼の依頼を受けた紅妍だが簡単には終わらず、後宮には様々な事件が起きる。 花が詠みあげる記憶を拾う『花詠み』と、鬼霊の魂を花に渡して祓う『花渡し』。 二つの華仙術を武器に、妃となった紅妍が謎を解き明かす。 ・全6章+閑話2 13万字見込み ・一日3回更新(9時、15時、21時) 2月15日9時更新分で完結予定 *** ・華仙紅妍(かせんこうけん)  主人公。花痣を持つ華仙術師。  ある事情から華仙の名を捨て華紅妍と名乗り、冬花宮に住む華妃となる。 ・英秀礼(えいしゅうれい)  髙の第四皇子。璋貴妃の子。震礼宮を与えられている。 ・蘇清益(そ しんえき)  震礼宮付きの宦官。藍玉の伯父。 ・蘇藍玉(そ らんぎょく)  冬花宮 宮女長。清益の姪。 ・英融勒(えい ゆうろく)  髙の第二皇子。永貴妃の子。最禮宮を与えられている。 ・辛琳琳(しん りんりん)  辛皇后の姪。秀礼を慕っている。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。

クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。 3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。 ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。 「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

半年間、俺の妻になれ〜幼馴染CEOのありえない求婚から始まる仮初の溺愛新婚生活〜 崖っぷち元社畜、会社が倒産したら玉の輿に乗りました!?

とろみ
恋愛
出勤したら会社が無くなっていた。 高瀬由衣(たかせゆい)二十七歳。金ナシ、職ナシ、彼氏ナシ。ついでに結婚願望も丸でナシ。 明日までに家賃を用意できなければ更に家も無くなってしまう。でも絶対田舎の実家には帰りたくない!! そんな崖っぷちの由衣に救いの手を差し伸べたのは、幼なじみで大企業CEOの宮坂直人(みやさかなおと)。 「なぁ、俺と結婚しないか?」 直人は縁談よけのため、由衣に仮初の花嫁役を打診する。その代わりその間の生活費は全て直人が持つという。 便利な仮初の妻が欲しい直人と、金は無いけど東京に居続けたい由衣。 利害の一致から始まった愛のない結婚生活のはずが、気付けばいつの間にか世話焼きで独占欲強めな幼なじみCEOに囲い込まれていて――。

処理中です...