男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜

タナん

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一章

6話 いつかのための昔話

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「いってぇ……」

 セリアとシオにボコボコにされた夜。喉が渇いて目が覚めた。
 水瓶の中を覗いてみると、残念ながら中は空っぽで水を得るためには、村の井戸まで行くしかない。
 全身青あざだらけの体を引きづりながらアンジの家を抜け出すと、空には真ん丸で青い大きな月が浮かんでいた。

 昼間とは違って人の気配は存在しないが、虫の声が聞こえてきて村を囲う森の生命力を感じる。
 電気のないこの世界は火が沈むと一日が終わり、夜明けとともに活動を開始する。薪や獣の油を利用した明かりは存在するが、わざわざそんなものを用意してまで夜に何かをしている人は少ないようだ。

 俺は閉ざされた門の前で立ち止まる。
 常に誰かの声がした村を歩いていると、まるで俺がこの世界に一人だけしかいないように思えて、少し冒険しているような、寂しいような、そんな気持ちになる。
 まあ地球人はこの世界に俺一人かもしれない。そう考えるとあながち間違いじゃないかもしれない。

「なんてな」

 そんな得体の無い考えをしながら夜の村を歩く。
 打撲で火照った体に夜風が気持ちよかった。
 井戸の水で喉を潤し、暫く村を散策していると、村中央に設置された櫓に人影があるのに気付いた。
 こんな夜に誰だろうか? 

 好奇心を覚えた俺は櫓に設置された梯子に手を掛けると、コツコツと木の梯子を登る。
 十メートルはありそうなこの梯子を初めて登ったときは、あまりの高さに肝を冷やしたものだ。
 今では何度か登ったことがあるし、訓練を経て自分が体力と体の使い方に自信が持てたからか、特に恐怖を覚える事なく登ることができるようになった。

 俺は櫓の中央に繋がった梯子から顔を出すと、そこには片膝を立て床に座るアンジがいた。
 アンジはいつもの狩りや訓練する時の装備ではなく、ゆったりとした半袖、半パンのラフな服装だ。
 傍には小さな壺が置かれていて、何かを飲んでいたようだ。

「ミナトか……」
「こんばんは……何をしているんですか?」
「すこし昔の事を思い出していてな……お前も飲むか?」
「あ、はい。いただきます——うっ!」

 アンジが肴に壺の中身を注いで俺に渡してきたので咄嗟に受け取る。
 ツンと鼻を突く独特な刺激臭、臭いだけでわかった。アンジが飲んでいたのは酒だ。これがどんな種類の酒かはわからないが、アルコールが入っていることくらいは俺にもわかる。
 アンジが飲んでいるのが酒だと、全く想像しなかったわけではないが、何も考えず咄嗟に返事してしまった俺は、手渡された酒の処理に困ってしまう。

 未成年が酒を飲んではいけないという法律はないが、悪い事をすることなく育った俺には、酒は飲んではいけないものだと刷り込まれている。
 そんな俺の様子を知ってか知らずか、アンジは自分の手に持った肴を一気に煽って飲み干し、

「お前には話しておこう」

 俺の方を見ることなく前を向いたまま、アンジは脈絡もなく語り出した。

「あれはジークがまだお前くらいの歳の頃……もう十年になるか。 
 ジークには結婚を誓い合った女がいた。
 女の名はキョウコ、ジークと幼い頃より共に育ち、あいつが初めて愛した女だ。

 キョウコはジークより二つ上の娘でな。血は繋がっていないが、ジークは彼女の事を姉と呼んで慕っていた。
 キョウコは若いながらも優秀な狩猟衆だった。
 ジークよりも先に大人について狩りに出てていた彼女は、ジークに戦い方を教え、狩りの仕方を教えた師匠でもあった。

 姉であり師匠でもあるキョウコにジークはまだ結婚していないにもかかわらず、身の回りの世話をさせられていた。毎朝キョウコの髪を結うのはジークの仕事だったらしい。
 まあ、そんな仲の言い二人が結婚するのは村の誰もが疑っていなかった。

 ジークは当時から才能に溢れ、強かった。
 そんなジークの事を村中の若い女が好いていたが、正妻がキョウコになる事は誰の目にも明らかで、女達の間で競争になることもなかった。
 そのせいでジークは自分はなぜモテないのか悩んでもいたがな。

 ジークの方は姉として見ていたのか、キョウコの奴もなかなか苦戦していた。
 そしてとうとうキョウコがジークを物にした時は村を上げてお祝いしたものだ。 

 そんな二人の別れは突然だった。
 今日と同じ満月の明るい夜、緊急事態を告げる鐘の音が鳴らされた。俺はすぐに剣だけを手に取って家を飛びだした。
 鐘の音が聞こえたのは村の南側、俺がたどり着いた時、そこには見たこともない獣の群れが鐘を鳴らした見張りに襲い掛かるところだった。

 ああ、そうだ。その村の見張りをしていたのはキョウコだ。
 そこにはジークの姿もあった。あと少しでキョウコの傍へ辿り着く、だがまだ届かない距離。
 ジークは剣を投げつけ、キョウコを襲う獣を一匹仕留めた。だが殺せたのは一匹だけ、キョウコを襲う獣の群れはまだまだいる。

 ジークの伸ばした手の先で、獣がキョウコの腕を食いちぎると、次々と群がる獣の群れに埋もれてキョウコの姿が見えなくなった。
 俺達は戦った。一匹残らず生きて返すつもりはなかった。
 ジークは泣き叫びながら獣共を殺して殺して殺し尽くした。

 あいつがあんなに感情をむき出しにしたのを、俺は見たことがない。
 暫くすると狩猟衆の女達が応援に駆け付けた。だが、奴らに女の刃は通用せず、奴らを殺すことが出来たのは奴らに対してあまりに少ない俺達、男だけだった。

 それでも狩猟衆を逃げさせるわけにはいかなかった。村の全員が戦う訓練を受けている訳ではないからな。彼女達には足止めに残ってもらう必要があった。
 夜が明けるころには俺達は一匹残らず奴らを殺し……多くの妻を失った。

 娘も失った。村の幼い子も犠牲になった。
 もし男がもっといれば……神が男も女も、同じだけ我々に授けてくだされば彼女達を犠牲にする必要は無かったというのに……」

 アンジは深く息を漏らすと、酒を一気に飲み干した。相変わらず前を向いたまま俺の方を見ない。彼の瞳は今何を映しているのだろうか。
 護れなかった女達の亡霊? それとも目の前にある村?

 アンジのこの大きな背中は、過去と現在、全てを背負っているからこんなにも大きいのかもれない。
 俺はふとそう思った。

「まあ何が言いたいかというとなミナト……お前の力もこの村には必要ということだ」

 アンジは俺の方へと目を向ける。
 この話を聞いてお前はどうする? 多分そう聞かれてるんだろう。

「俺……感謝しているんです。もしあの時見捨てられていれば俺は、間違いなくどこかで野垂れ死んでいたと思います」

 俺の脳裏によぎるのは俺を、からかいながらも受け入れてくれた村の女達。

「無駄飯食らいの俺を、厳しいけど見捨てずに受け入れてくれた。何の力もない俺がいつか強くなれることを信じて」

 セリアも、シオも、そしてセツも、俺より遥かに強いあの娘達が死ぬ所なんて想像も出来ない。
 でも死ぬんだ。理不尽に、突然に。

『多分いい戦士になる』
「俺は……死なせません」

 なぜか思い出したのはセツのその一言。
 多分、これは俺のための決意。
 だから付け加えた。中身の無い、理不尽に抗う決意を

「誰も」

 いつしか本物にするために。

「フッ……お前にセツを任せられる日が来るかもしれないな……」
「え?!」

 アンジが笑うところを初めて見た。
 俺にとって何というか……一番の大人であるアンジの笑顔は、茶目っ気混じりですこし子供っぽかった。

「期待している」
「…………はい!」

 俺は手に持った肴を一気に煽った。
 初めての酒はとても辛く、カッと胸が熱くなった。
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