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2章:王の胎動
26話:別れの前に
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荒い息が多少収まり、今はベッドの中で静かに抱き合ったまま。ユリエルは温かく逞しい腕の中で瞳を閉じ、離れがたい気持ちに襲われていた。
「痛い思いをさせてすまない」
「構わないと言ったでしょ? エトワール、もう少し」
こうしていたい。
声にしない言葉を察してくれたのか、エトワールは少し強く抱きしめる。こうして肌を合わせていられればいい。互いにそれを思っても口には出さない様子だった。
「リューヌ、何か語ってくれないか? 悲恋ではない、恋人の話を」
乞われ、ユリエルは腕の中で瞳を閉じる。あまりに幸せな話は思い浮かばなかった。けれど一つ、古い話が浮かんできた。
「天女地上に舞い降りたるは、出会いを求め恋を拾いに来たから。男は天女を見初めると、百夜通って彼の女性の心を手に入れた。気持ちを受け、天女は男に真の恋をした。だが、所詮は住まう場所の違う者。時が過ぎ、天女は天界へと戻されてしまった」
「それでは悲恋ではないか」
天界に連れ戻され、離れ離れになった二人。それはまるで今の二人のようだ。だが、ユリエルは柔らかく笑う。そして囁くように、続きを語った。
「天女は地上へと渡る羽を切られ、二度と地上へは降りられぬようになった。だが、想いは募るばかり。心苦しく涙を流す彼女を見かねた天人たちは、彼女に一枚の衣を渡した。それは今ひとたび、地上に降りても戻れぬ衣。だが、彼女に迷いはしなかった。衣を纏い、飛べるとも分からないのに天から飛び降りた。だがそれは不思議と、愛しい男の元へと連れていった。そして二人は、地上で離れる事無く幸せに暮らしたそうです」
声は止まる。ユリエルは普段あまりこうした話をしない。信じていなかったからだ。変わらぬ気持ち、募る想いなど。愛を知らぬままに育ったユリエルは人の心が変わりやすい事を知っていた。口は嘘をつくことも。
だが今、ここに至ってそれは違うのではないかと思った。時にはあるのかもしれない。変わらないかは分からないが、変らずにいたいと願う事。変わらぬ努力をすることを。この話の二人はしたのだろう、想いを変えぬ努力を。
「貴方は私を想い、遠く離れても私の身を案じてくださいますか?」
真剣な眼差しでユリエルは問いかけた。それに、エトワールも確かに頷いた。そしてエトワールも、ユリエルに問いかけた。
「君は俺が帰ってくるまで、待っていてくれるか?」
ユリエルもそれに、静かに頷いた。
「今宵は」
「共にありましょう。少ない時を、分かち合いましょう」
そう言って、二人は再び瞳を閉じて、寄り添うように眠った。残り少ない時間を共有するように。
◆◇◆
それから、更に一カ月が過ぎた。タニスは相変わらず、ユリエルにとってやりづらい状態が続いていた。だがそれでも、更に数人の不正を暴き裁判にかけ、王宮から追い出す事に成功していた。
だが、一つ気がかりがあった。ルルエに送った親書の答えが返ってこないのだ。それだけがずっと気になっていた。
「陛下、難しい顔をなさっておりますね」
クレメンスが言うのに、ユリエルは苦笑するしかなかった。
その時、廊下を慌ただしく走る音がした。そしてその足音の主はノックもせずに扉を開けて、雪崩れ込むようにユリエルの前に出た。
「陛下、大変です! ルルエから」
その言葉に、ユリエルは身を硬くして入ってきたグリフィスの手から手紙を受け取った。それは赤い封筒に入れられている。それが意味する事を、ユリエルは知っていた。
震えながら、ユリエルは封を切る。そして中身を確かめて、深く瞳を閉じた。
「グリフィス、ラインバール平原に急使を送り警戒を最高レベルに引き上げるように伝えろ。クレメンス、使える大型兵器の整備と備蓄の確保。二人は他にも部隊の編制と兵の招集をかけてください。後、ロアールに戦えない兵に青紙を送るように言っておいてください」
「陛下……」
緊張と不安が入り混じる視線を受け、ユリエルは静かに頷いた。とても悲しく、苦しい思いのまま。
『ルルエ国はジョシュ将軍の仇を討つべく、戦の構えを崩さない。共存の道はない』
それは、ルルエからの宣戦布告だった。
かくして王都奪還より数か月、兵の疲弊も癒え切らない中、更に過酷な戦へと事態は発展していったのであった。
「痛い思いをさせてすまない」
「構わないと言ったでしょ? エトワール、もう少し」
こうしていたい。
声にしない言葉を察してくれたのか、エトワールは少し強く抱きしめる。こうして肌を合わせていられればいい。互いにそれを思っても口には出さない様子だった。
「リューヌ、何か語ってくれないか? 悲恋ではない、恋人の話を」
乞われ、ユリエルは腕の中で瞳を閉じる。あまりに幸せな話は思い浮かばなかった。けれど一つ、古い話が浮かんできた。
「天女地上に舞い降りたるは、出会いを求め恋を拾いに来たから。男は天女を見初めると、百夜通って彼の女性の心を手に入れた。気持ちを受け、天女は男に真の恋をした。だが、所詮は住まう場所の違う者。時が過ぎ、天女は天界へと戻されてしまった」
「それでは悲恋ではないか」
天界に連れ戻され、離れ離れになった二人。それはまるで今の二人のようだ。だが、ユリエルは柔らかく笑う。そして囁くように、続きを語った。
「天女は地上へと渡る羽を切られ、二度と地上へは降りられぬようになった。だが、想いは募るばかり。心苦しく涙を流す彼女を見かねた天人たちは、彼女に一枚の衣を渡した。それは今ひとたび、地上に降りても戻れぬ衣。だが、彼女に迷いはしなかった。衣を纏い、飛べるとも分からないのに天から飛び降りた。だがそれは不思議と、愛しい男の元へと連れていった。そして二人は、地上で離れる事無く幸せに暮らしたそうです」
声は止まる。ユリエルは普段あまりこうした話をしない。信じていなかったからだ。変わらぬ気持ち、募る想いなど。愛を知らぬままに育ったユリエルは人の心が変わりやすい事を知っていた。口は嘘をつくことも。
だが今、ここに至ってそれは違うのではないかと思った。時にはあるのかもしれない。変わらないかは分からないが、変らずにいたいと願う事。変わらぬ努力をすることを。この話の二人はしたのだろう、想いを変えぬ努力を。
「貴方は私を想い、遠く離れても私の身を案じてくださいますか?」
真剣な眼差しでユリエルは問いかけた。それに、エトワールも確かに頷いた。そしてエトワールも、ユリエルに問いかけた。
「君は俺が帰ってくるまで、待っていてくれるか?」
ユリエルもそれに、静かに頷いた。
「今宵は」
「共にありましょう。少ない時を、分かち合いましょう」
そう言って、二人は再び瞳を閉じて、寄り添うように眠った。残り少ない時間を共有するように。
◆◇◆
それから、更に一カ月が過ぎた。タニスは相変わらず、ユリエルにとってやりづらい状態が続いていた。だがそれでも、更に数人の不正を暴き裁判にかけ、王宮から追い出す事に成功していた。
だが、一つ気がかりがあった。ルルエに送った親書の答えが返ってこないのだ。それだけがずっと気になっていた。
「陛下、難しい顔をなさっておりますね」
クレメンスが言うのに、ユリエルは苦笑するしかなかった。
その時、廊下を慌ただしく走る音がした。そしてその足音の主はノックもせずに扉を開けて、雪崩れ込むようにユリエルの前に出た。
「陛下、大変です! ルルエから」
その言葉に、ユリエルは身を硬くして入ってきたグリフィスの手から手紙を受け取った。それは赤い封筒に入れられている。それが意味する事を、ユリエルは知っていた。
震えながら、ユリエルは封を切る。そして中身を確かめて、深く瞳を閉じた。
「グリフィス、ラインバール平原に急使を送り警戒を最高レベルに引き上げるように伝えろ。クレメンス、使える大型兵器の整備と備蓄の確保。二人は他にも部隊の編制と兵の招集をかけてください。後、ロアールに戦えない兵に青紙を送るように言っておいてください」
「陛下……」
緊張と不安が入り混じる視線を受け、ユリエルは静かに頷いた。とても悲しく、苦しい思いのまま。
『ルルエ国はジョシュ将軍の仇を討つべく、戦の構えを崩さない。共存の道はない』
それは、ルルエからの宣戦布告だった。
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