恋愛騎士物語4~孤独な騎士のヴァージンロード~

凪瀬夜霧

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7章:邪神教連続誘拐殺人事件

3話:白衣の死神(ファウスト)

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 流石に、眠れなかった。

 拒絶がこんなにも苦しいとは、想像以上だった。しつこいとか、そういうのではない。根本的な強い拒絶だった。あれではまるで、殺される被害者の顔だ。

 今は隣で眠っているランバートを抱きしめたまま、痛む胸を一人宥めている。何が彼をこんなにしているのか、正体の見えないものでは対処ができない。犯人がいることなら、いくらでも退けてやれるのに。

 翌朝、目を覚ましたランバートはやはり泣きそうな顔をした。何度も「ごめん」を繰り返して、なかなか顔を上げられなかった。
 そんな姿を見るのが、苦しかった。


 予定時間よりも三〇分早く会議室に来たファウストは、集まっていたクラウルとシウスに事の次第を話してランバートの休養を伝えた。

「それは、辛いな」

 シウスは我が事の様に沈んだ表情で言う。過去似たような経験をしたせいか、彼は親身だ。

「ゼロスも心配していたが、まさかそこまで事が深刻だとは思わなかったな」

 クラウルも考え込むような様子でいる。

「今朝の様子はどうだえ?」
「かなりショックを受けている様子だったが、記憶はあった。夢の話も聞いた」
「夢?」
「暗い場所で、右目から血の涙を流した誰かがいる。とても怖くて、目が覚めるそうだ」
「右目?」

 シウスの表情が僅かに険しくなった。

「いや、こじつけか。そもそも接点がないしの」
「どうした?」
「いや。今回の事件の被害者も、右目がない。血や心臓はよく見られるが、右目は何故奪われたのか。犯人のコレクションかなにかか」
「関わりがあると思っているのか?」
「だからこじつけだろうと思っておるよ。嫌なタイミングで共通の符号があっただけだ」

 どうにも気持ちがピリピリしていて、言い方がきつくなっている。反省していると、会議室のドアがいきなり開いた。

「おぉ、初めて会う者もいるな!」

 そう言って入って来た人は、場にそぐわないくらい明るくにこやかだ。
 長い銀の髪をした中性的な顔立ちの人はグルリと三人を見回し、真っ先に手前にいたシウスを捕まえた。

「シウス、久しぶりじゃないか? たまには顔を見せてもいいだろうに、つれないな。ランスロットも暫く顔を見ていないと嘆いていたよ? たまにはお前の綺麗な顔が見たいそうだ」
「コーネリウス様! ですがランスロット様もそう時間の取れる方ではありませんので、言われても……」
「おぉ、確かにそうだね。いや、私も昨日久しぶりに会ったよ! えっと……半年ぶりくらいかな?」
「それよりは前にお顔を拝見していますよ、私は!」

 一瞬で場の空気を盗んだ。正直あまりの勢いに苦手意識が半端ない。思わず腰を浮かせたファウストとクラウルだが、それがかえって目に留まった。

「おぉ、そちらは……!」

 ひょこっと顔を出すコーネリウスの目がファウストに留まり、次には優しげに細められる。確かな足取りで前に立った人が、一瞬目を潤ませた。

「大きくなったね、ファウスト」
「? あの、面識がありましたか?」

 覚えている限り、こうして直接会話する事もなかった。裁判所なんて滅多にいかないし、行くとすればシウスの領分だ。証言などを求められたとしても、最高判事であるコーネリウスが出てくるような事件はまずない。

 けれどコーネリウスはとても嬉しそうで、明らかに知っている顔をしている。

「君は知らないかもしれないけれどね。ふふっ、私は知っているのだよ。美人に育ったね」
「え? あの……」
「気になるなら、アーサーに聞いてごらん。彼と私はとても仲良しだからね」

 ウインク一つで伝えられた相手の名に反発がある。僅かに眉根を寄せると、コーネリウスは苦笑した。

「そっちの美丈夫は……」
「コーネリウス、時間が足りなくなるよ。それでなくてもお前の話は長いんだから、さっさと始めないと日が暮れる」
「ジョシュア!」

 遅れてきたジョシュアが呆れ顔で促すと、タタタッと軽い足取りで近づき、とても簡単に抱きつく。これをジョシュアが許している段階で、この人は最強だと思ってしまった。

 何にしても席につく。途端、コーネリウスの顔から機嫌良さげな表情が消える。スッと全員を見る目はとても深いものだった。

「さて、君たち三人を呼んだのは他でもない、昨日起こった事件についてこちらが知っている情報を開示すると同時に、こちらの要望を飲んでもらう為だ」

 緊張が走る。今話している相手は本当に、さっきまでフレンドリーにしていた相手だろうか。まるで別人だ。

「まずはお話を伺ってからです、コーネリウス様。何も知らずにそちらの要望を飲む事はできません」
「ではシウス、お前は教会と対立するよ?」

 ビリッと空気が張りつめた。それに、シウスが少し押されている。普段他国の王にも負けない奴が気圧されている。

「コーネリウス、事の詳細をまず話せ。これについては捜査をする彼らに必要な情報だ。出し惜しみするだけ時間が勿体ない。要望についてはその後だ」
「しかたがありませんね。では、昨日の事件についてこちらが知っている情報を伝えましょう」

 ジョシュアの助言を素直に聞き入れたコーネリウスが、三人を見据えて事の詳細を伝え始めた。

「昨日の事件は、邪教信仰の者達が関わっている」

 コーネリウスの言葉に、シウスは覚悟していたのだろう表情をする。ファウストもクラウルも、動揺はなかった。

「奴等は生け贄を捧げる事で己の願いを叶えようと、無駄な儀式を行っている。放置すれば、被害者が消える事はない。この事態を教会も危惧している」
「そもそも、何故突然そんな者達が事件を起こしだしたのでしょうか? 今までこんな事は無かったはずです」

 帝国で黒魔術なんて聞いたことがない。そんな事件を扱ったことがないのだ。
 ファウストに、コーネリウスは頷いた。

「教会が禁じ、邪教の徒をことごとく滅したからだよ。私の爺様の時代に邪神、悪魔崇拝禁止法が出来て、他者を犠牲としたあらゆる儀式を禁じた。その時に邪教狩りも行ったからね。それ以来、少なくとも表立って人間を贄にした儀式は行われていない」

 確かにそのような法律は知っているが、それを律儀に守っているのか。騎士団ではこうした性質のものは扱っていないから分からない。そして教会というのは長い歴史の中で深い闇を抱えている。

「では、今回はどう考えるのか、コーネリウス様」
「今回事件を起こしているのは、帝国発の者達ではない。ラン・カレイユから流れて来た者達だ」

 とても冷静なコーネリウスの声に、ファウストもシウスもクラウルも表情もなく固まった。意外な国の名前が出て来て、困惑する。どうしてラン・カレイユの者が、帝国でこんな事件を起こしている。

「今回のジェームダルとの戦争で、彼の国は解体されて三国に分けられた。その混乱に乗じて入ってきたんだろうね」
「コーネリウス様、それは真かえ? 何故、そう断言できるのですか?」
「あの国に、同じ特徴を持つ邪教信仰集団がいたからだ」

 シウスの言葉に返したのは、それまで静観していたジョシュアだった。底から響くような声音は一瞬背に冷たいものを感じさせる。綺麗な緑色の瞳が、酷く冷酷な光を宿している。

「滅ぼしたと思っていたが、しぶとかったらしくてね。ラン・カレイユの元王も怠惰な方だ。国際問題になったというのに、最後まで潰さなかったんだからね」
「ジョシュア様?」
「年齢は十歳前後、穢れない者を好み、全身の血を抜いて壺に収め、心臓と右目を銀の皿に乗せて捧げる。贄となった者を飾るのは、尊き神に捧げられた者を丁重に葬るから。クソみたいな理由だろ? 反吐が出る」

 これほどに怒りを見せるジョシュアを見るのは、初めてだった。いつも飄々としていて笑みが多いから、余計に怖く思える。射貫く瞳はどこまでも追いかけてきそうな執念を感じる。

「今から十年と少し前、私はランバートと、甥っ子を連れて彼の国に数ヶ月滞在した。そしていざ帝国に帰ろうとしていた頃、ランバートと甥っ子の行方が分からなくなった」
「それ……は……」

 嫌な予感しかしない。願わくば聞きたくないが、それもできない。シウスの予言が当たったのか?
 ジョシュアの底冷えする視線がファウストを捉える。行儀悪く肘をついて手を口の前で組んでいる彼が、頷いた。

「行方不明から三日後、二人は鹿狩りの猟師によって街から四キロ離れた森の中で見つかって保護された。ランバートはほぼ無傷。だが甥っ子は全身を殴る蹴るの暴行を加えられたうえに、右目をえぐり取られて重傷。一時危なかった」
「…………」

 誰も言葉がない。それだけ、衝撃的だったのだろう。シウスなどは青い顔をしたし、クラウルはある程度感情を遮断したのか静かだ。
 ただファウストだけが、ランバートの身に起こった事を想像して怒りと冷たさに震えていた。

「事件の詳細は分からないが、聞き込みでこの森にいる邪神教団を知ってアジトを潰した。その後国際問題だとしてラン・カレイユの王にも強く抗議をし、彼の王もそうした者を許すことはないと言っていたが、この有様だ」
「なぜ、詳細は分からないと?」
「……ランバートは攫われていた三日間の記憶がない。それどころか、本当の兄弟のように仲の良かった甥っ子の事が分からなくなった。最初から存在していないような状態だ。そして回復した甥っ子もまた、この事件に関して何も喋る事はなく、ランバートの前から去ってしまった。あの二人に何があったのかは、推察するしかなくなった」

 推察。それだけでも分かっただろう。どうして邪神教団が生け贄に浚ったのだろう子供を二人も逃がす事になったのか。ランバートは無事だったのか。

 生け贄の資格を、失ったからじゃないのか?

 嫌な悪寒と怒りがこみ上げて、腹の中が気持ち悪い。頭の中は戦場に立っているように熱くなる。
 ランバートが語った夢の話。暗い場所で、寒くて、床が冷たかった。そして、右目から血の涙を流す人。符号が、一致している。あれは夢じゃなく、消してしまった記憶だ。

「あぁ……、ジョシュア、落ち着きたまえ。お前がそれではどんどん空気が重くなるのだよ。オーラだけで黙らせるのは君の悪い癖だ。それに、既に過ぎ去った事でどうすることも」
「分かっている。けれどもう何度か切り刻みたいと思うのも仕方がない」
「ジョシュア、穏便だよ! 君が言うと冗談にならないからね!」
「冗談のつもりはない」

 場の空気が一気に重苦しいものになったことに、コーネリウスが慌てて声を明るくする。それでも怖い顔のままでいるジョシュアはずっと、ファウストを見ている。
 語らない事を、伝えられている。そしてきっと、受け取れているだろう。ファウストは一つ頷いた。

「あぁ、えっと……とにかく! そういう奴等が入ってきている。形式的にまったく同じだし、他にここまで一致する奴等もないから確定だ。事が邪神の徒に及ぶ為、今回教会の特殊機関が動こうとしているんだけど、騎士団とぶつかると厄介だから協力体制を取りたい。これが、こちらからの要請ね」

 無理矢理にでも事を纏める事にしたのだろう。コーネリウスが慌てて大事な部分を伝えてくる。それに、シウスが反応した。

「邪神教についての専門家ということですか?」
「まぁ、そうなるね。ただ、存在を知っているのは教会でも上層部の一部だけ。普段は普通の神父やシスターをしている。教会では彼らの事を『魔払い師』と呼んでいるけれど、他にも名前が色々あってね」
「名前?」
「名は体を表す。『悪魔殺し』と呼ぶ人もいるけれど、畏怖を込めてこう呼ぶ人が多い。『白衣の死神』ってね」

 コーネリウスの言葉に、他の視線が険しくなる。あまり、呼ばれたくない名だった。

 何にしても専門家は欲しく、断れば勝手に動くという話から協力する事に決まった。
 顔合わせは明日改めてとなり、重苦しい会議は終わりと迎えた。

 その日の午後、行方の分からない十歳前後の少年少女が三人いることが、ファウスト達に伝えられた。


▼ゼロス

 ファウストから翌日集まる様に言われた日の夜、ゼロスはレイバン、ハリー、後輩のディーンを連れて帝国外れの墓地を見回りしていた。事件を受けて街警の他に墓地や教会の見回りも増やす事になったのだ。

「それにしてもさ、夜中の墓地ってなんか気持ち悪いよな。こう……陰気というか」
「まっ、陽気な墓地はないだろうよ」

 浮かない顔で自分の腕を摩るハリーに対し、レイバンはけっこう平気そうな顔をしている。ゼロスも気持ちのいいものではないが、極端に怖いとも思っていないので平気だ。

「僕はハリー先輩の気持ち分かります。何か出て来そうですよね」
「吸血鬼とか」
「狼男とか」
「お化けとか」

 後ろを付いてくるハリーとディーンは意気投合しながら「同志!」と互いを呼んでいる。このバカ話で少し気が紛れているようだから、咎めるつもりにはならなかった。

 場所は一般人の小さな墓のある場所から、貴族達の霊廟のある場所に移ってきた。ここらは奥まっていて人の出入りもまばらで、日中でも静かだ。
 その一角で、白い影がゆらりと立っている。湿り気のある墓地の空気と視界の悪い中、遠目でもその白は目立つ。

「ねっ、ねぇ、あれって……」

 ハリーがビクリと震えて立ち止まり「幽霊」なんて言い出しそうな顔をしている。だが、そんなものはいないと思っているゼロスとレイバンの動きは速かった。
 あちらがこちらに気付いたのか、一瞬振り向いて走り出す。足の速いレイバンが真っ先にそれを追い、ゼロスも追いかけつつハリーとディーンに声をかけた。

「二人は現場待機! 必要によっては教会に連絡して騎士団読んでもらえ!」
「うっ、うん!」
「分かりました!」

 指示を出してレイバンを追うが、彼は身が軽く早い。追いつくのは大変だ。
 何よりも驚くばくはその前を走る白衣の人物だ。レイバンよりも早い。白いコートに、目深に被った大きなフードが特徴的で顔が見えない。ただその身のこなしは不審者や素人ではなかった。

「こっ、の!」

 焦れたレイバンが一気に距離を詰めて剣を抜く。左中段から抜かれた剣は右上へと向かって相手を捉える勢いだった。
 だが僅かに振り向いた白衣の人物はその剣を受け止めた。手には身幅の広いダガーが二本逆手に握られている。

「!」

 強くレイバンの攻撃を弾き飛ばした白衣の人物は二人を無視するように更に走っていく。
 追おうとするレイバンを、ゼロスは止めた。

「レイバン、止まれ!」
「どうして!」
「深追いは危険だ、相手はかなりの手練れだ。それに、おそらく犯人じゃない」
「どうしてそう言い切れる! 走りながら見ただろ、次の犠牲者だ!」

 レイバンが目を釣り上げるのも分かる。ゼロスも走りすぎながら見ていた。
 白いドレスを着た少女が、赤い薔薇を抱いて眠っていた。死化粧をされたそれは聞いていた犠牲者の特徴に似ている。

「現場にいたあいつを容疑者として捕らえるのが普通だろう」
「ファウスト様が言っていただろ、犯人は複数だ。関係はある、でも犯人じゃない」

 では、なんだという。それは説明がつかないが、この判断が間違っているとは思えない。
 ゼロスは見ていたのだ。項垂れた人の動きが、まるで十字を切っているように思えた。項垂れていたのは、祈りを捧げていたように。
 何より衣服がまったく汚れていなかった。遺体を運べば多少なりとも乱れたり、汚れたりしないか? しかも単独でアレを全てやるとしたら、どれだけ時間がかかるんだ。

「とりあえず現場に戻って、騎士団に連絡しよう」

 昨日の今日で遺体が二つ。一体なんだっていうんだ。

 ゼロスは苦々しい顔をして、白衣の人物が消えた先を見つめた。
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