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18章:お嬢様の恋愛事情
3話:断ち切ろうと(アリア)
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ウルバスは最後まで優しくて、アリアを家まで送り届けてくれた。
去り際に「またね」と言ってくれて……けれど言い終わった後で「あ……」と小さく声を上げて申し訳なさそうな顔をしたのを、アリアは見逃さなかった。
屋敷に入ると、心配そうなアーサーがいた。今声をかけられたらきっと泣いてしまう。それが嫌で、アリアは頑張って笑って部屋に駆け込んだ。だって、勝手をしたんだ。これはアリアの勝手で、アリアが一人で決めた事。アリアが泣くのは違う。
思っても、胸の奥が苦しくなる。発作とは違うと分かるのに、発作みたいに苦しいのだ。
その日、アリアは食事も少しだけ部屋で取ると布団に潜り込んだ。そして、我慢していた涙をほんの少しだけ、誰にも見られないように枕にこぼした。
▼ウルバス
宿舎に戻っても、どこかスッキリとしなかった。
食事もいつもと変わらないのに味気なく感じてしまう。周囲の楽しげな様子もなんだか覚えていない。ぼんやりと……多分、後悔しているのだと思う。
就寝時間間際、ウルバスはぼんやりと修練場に面する二階の廊下から月を見ていた。当てつけみたいに丸くて綺麗な月を、ただぼんやりと。
「ウルバス様?」
「ランバート?」
声を掛けられてそちらに目を向けるとランバートが立っている。首を傾げ、なんだか気遣わしそうな顔で。
「どうしたんですか? なんだか、元気がありませんが」
「そんな事ないよ」
「今日、アリアちゃんと出かけていたんですよね? 何かありましたか?」
「……」
彼の観察眼の鋭さは知っているけれど、こういう時はちょっと厄介に思える。隠したい心の内側まで見透かされそうだ。
「フラれちゃった」
「え?」
「アリアちゃんに。もう、会えないって」
「そんな!」
心底驚いた顔をするランバートに、ウルバスは苦笑する。そして大げさに溜息をついた。
「まぁ、仕方がないよね。彼女には立場がある。シュトライザーという家を任せられるお婿さんを見つけないといけないんだから、その周囲に俺みたいな男がいるべきではないよね」
「そんな事、アリアちゃんは思っていないと思います。本当に彼女がそう言ったんですか?」
「……うん」
そういうことだと思ったし、彼女も否定しなかった。
ただそうして別れを切り出した彼女が泣きそうな顔をしているのだ。辛そうな顔をして、泣きそうなのを必死に我慢しているのだ。
そんな顔をするくらいなら、どうしてこの手に掴まらないのか。どうしてもっと、頼ってくれないのか。
分かっている。彼女はウルバスの事を考えてこんな話をしたのだ。ウルバスの気持ちは考えずに。
ウルバスの隣にランバートが並ぶ。そして真剣に考えながら口を開き始めた。
「多分それは、彼女の本心ではないと思います。彼女もどこかファウストに似たところがありますから」
「似たところ?」
「一人で考えて思い詰める。頑固。思い込みが激しい」
「あぁ……」
思い当たる節がありすぎてウルバスは苦笑する。どちらかと言えばファウストに見られるこれらの困った特徴は、どうやら妹のアリアにも言える事らしいのだ。
「アリアちゃんは環境が変わりすぎました。それについては俺も申し訳ない気持ちです。だからこそ、アリアちゃんには幸せでいて欲しいと思うのですが」
「俺もそれは思っているよ。アリアちゃんが笑ってくれるならそれがいいと思ってる」
「はい、俺も思います。そしてアリアちゃんはウルバス様の事をとても信頼していて、好意を寄せているんだと思っていました」
そんなの、俺も思っていたよ……。
ウルバスは苦笑で言葉を飲み込んだ。
うぬぼれかもしれないが、ウルバスはアリアから信頼されていると思っていた。少なくとも嫌われていないと。だからこんなに唐突に別れを告げられるとは思わなかったのだ。
だからこそ心の中でわだかまる。どうして突然あんなことを言われなければならないのかと。寄せられた好意は、嘘だったのか?
いや、嘘ではないはずだ。嘘だったなら……嘘に出来る女性なら去り際にあんな顔をしないはずだ。嘘なんてつけない。彼女の気持ちはまだウルバスの方を向いている。
『ナラバ、手ニ入レラレルダロ?』
「!」
不意に浮かんだ言葉に、ウルバスはゾクリと背を震わせて首を振った。そして、心に巣くう違う自分を追いやった。
「ウルバス様?」
「あぁ、大丈夫。なに?」
「……もう一度、アリアちゃんに会って話をするべきだと思います」
「でもそれは、彼女を余計に苦しめない?」
「でも、このままだときっとアリアちゃんも苦しいと思います。だから、ちゃんと話す場を設けた方がいいと思うんです」
「でも、切っ掛けとかないしね」
彼女からの別れを受け入れたのだから、こちらから連絡を取ることはない。万が一アリアから連絡があれば勿論拒む事はないが。
いや、それでいいのかもしれない。一瞬垣間見えた暗い部分を考えると、潮時だったのかもしれない。
だが切っ掛けなんてものは唐突に出来てしまうものなのかもしれない。
「あ! ウルバスいた!」
「ウェイン?」
突然呼ばれてそちらを向くと、ウェインがこちらへと少し早足で近づいてくる。まぁ、彼は基本早足気味だが。
「探したんだぞ。てっきりラウンジだと思って」
「あぁ、ごめん。どうしたの?」
「アリアちゃんが引き取ってくれることになった子、獣医のミッキー先生に話したら今夜中に診てくれるって。引き渡し早いほうが子猫も早くなれるだろうからって」
「あぁ、そうなんだ」
「……ウルバス、なんかあった? 元気ないけど」
歯切れの悪い返答をしていたせいか、ウェインまでそんな事を言う。こういうことに気づかれるとウェインは結構厄介だ。親身になってくれる分だけ断りにくい。
「アリアちゃんにフラれたんだ」
「え!」
苦笑したウルバスに、ウェインが素っ頓狂な声を上げる。そして一人でオロオロして、ちょこちょこと距離をつめて小さな声でウルバスに話しかけてきた。
「あの、何があったの? 二人、絶対にいい感じだったのに。僕てっきり、二人は恋人なのかと思ってたよ」
「違うよ、友人さ。まぁ、もう友人でもないけれどね」
そう、友人だ。そのはずなのに、納得いかない自分もどこかにいる。そこに気づかないふりをしているのだ。
「でも、アリアちゃんは違うと思う。だって、とても嬉しそうな顔してたよ。二人の距離は友人の距離じゃなかったよ」
「ウェイン」
「諦めちゃダメだよウルバス!」
いや、諦めるもなにも恋人ではないし……友人というのも少し違うのだろうか。兄のよう? いや、それも少し違う。もう少し近いと思いたい。
「その子猫、ウルバス様が届けてはいかがですか?」
「え?」
話を聞いていたランバートがそう提案してくる。確かに話をしたいという気持ちはあるし、いいことに口実も出来てしまった。
「明日はちょっと急ですが、明後日なら訓練俺かファウストが代わります」
「いや、でもファウスト様に申し訳ないし……」
「大丈夫です。書類仕事は俺が片付けますし、会議も入っていません。急ぎの書類もありませんから一日手が空きます」
「あぁ……うん」
すっかり全てを把握されている……。ハイスペックな恋人を持つとこういう部分が怖いかもしれない。
「ウルバス様、アリアちゃんと話をしてみてください。アリアちゃんの本音を、聞いてください」
「……それで、何が変わるんだろうね」
結局何も変わらないのではないか。いや、自分は今の結論に不満があるのだろうか。納得していないのだろうか。それすらも分からないのだ。
それでも彼女の泣きそうな顔を思い出すと胸の奥が僅かに軋む。苦しいまで言わないけれど、無視するには大きな違和感でもある。
結局明後日、子猫をアリアの所に届ける事になってしまった。
◇◆◇
真っ暗な、背景もない世界。そこにスポットライトが当たったように、それだけが鮮明に照らし出されている。
歪な円形に広がる真っ赤な血だまり。その真ん中に、紫色のドレスを着た人が倒れている。
膝が、あり得ない角度に曲がっている。首もほぼ直角に折れ曲がっている。痩せた体はこんなに簡単に無残になるのだ。
折れた手足がもがくように動き、起き上がれずに気持ち悪い。
見ているウルバスは逃げたいのに、足が縫い付けられたように動かない。
心臓の音がこの空間全部に広がるみたいだ。これは自分のもの? それともこれのもの? 分からないまま息が浅くなる。吐き気がこみ上げて、口の中が酸っぱくなりそうだった。
やがて立ち上がる事を諦めたそれがバタンと動きを止めた。そして、自分によく似た鳶色の長髪がモゾモゾと動き、折れ曲がった首がウルバスの方を向いた。
この後の展開を知っている。これは子供の頃、よく見た夢だった。大人になって忙しくて、夢など見ない日の方が多くなったのに。今更どうしてこんなものを見せられなければいけないのだ。
ウルバスの方を向いた首は青白くて、なのに真っ赤な唇からは血がべったりとこびりついている。そして突然、閉じていた瞳がカッ! と血走ったまま大きく大きく見開かれた。
『お前はあの男と同じだ! 私を殺したあの男の子だ!』
大きすぎて耳鳴りがしそうな声が幾重にも反響して届く。その後は狂ったように緑色の瞳を見開いたまま高い声で笑うのだ。
◇◆◇
飛び起きたウルバスは全身ぐっしょりと汗をかき、心臓はあり得ない程に早鐘を打ち、喉はカラカラに渇いていた。
自分の手を見ると未だに震えが収まっていない。まだ耳にあの笑い声がこびりついているような気がする。
自分を抱きしめて震えが止まるまで数分。ようやく、詰まっていた息を吐き出す事ができた。
「分かってる……分かってるよ母さん」
自分はあの狂った父の血を継いでいる。きっと、まともではない。大切な者を守るどころか、壊してしまいかねない。
溜息をつき、水を一口飲んで布団に潜り込んでももう、眠れる気がしなかった。
去り際に「またね」と言ってくれて……けれど言い終わった後で「あ……」と小さく声を上げて申し訳なさそうな顔をしたのを、アリアは見逃さなかった。
屋敷に入ると、心配そうなアーサーがいた。今声をかけられたらきっと泣いてしまう。それが嫌で、アリアは頑張って笑って部屋に駆け込んだ。だって、勝手をしたんだ。これはアリアの勝手で、アリアが一人で決めた事。アリアが泣くのは違う。
思っても、胸の奥が苦しくなる。発作とは違うと分かるのに、発作みたいに苦しいのだ。
その日、アリアは食事も少しだけ部屋で取ると布団に潜り込んだ。そして、我慢していた涙をほんの少しだけ、誰にも見られないように枕にこぼした。
▼ウルバス
宿舎に戻っても、どこかスッキリとしなかった。
食事もいつもと変わらないのに味気なく感じてしまう。周囲の楽しげな様子もなんだか覚えていない。ぼんやりと……多分、後悔しているのだと思う。
就寝時間間際、ウルバスはぼんやりと修練場に面する二階の廊下から月を見ていた。当てつけみたいに丸くて綺麗な月を、ただぼんやりと。
「ウルバス様?」
「ランバート?」
声を掛けられてそちらに目を向けるとランバートが立っている。首を傾げ、なんだか気遣わしそうな顔で。
「どうしたんですか? なんだか、元気がありませんが」
「そんな事ないよ」
「今日、アリアちゃんと出かけていたんですよね? 何かありましたか?」
「……」
彼の観察眼の鋭さは知っているけれど、こういう時はちょっと厄介に思える。隠したい心の内側まで見透かされそうだ。
「フラれちゃった」
「え?」
「アリアちゃんに。もう、会えないって」
「そんな!」
心底驚いた顔をするランバートに、ウルバスは苦笑する。そして大げさに溜息をついた。
「まぁ、仕方がないよね。彼女には立場がある。シュトライザーという家を任せられるお婿さんを見つけないといけないんだから、その周囲に俺みたいな男がいるべきではないよね」
「そんな事、アリアちゃんは思っていないと思います。本当に彼女がそう言ったんですか?」
「……うん」
そういうことだと思ったし、彼女も否定しなかった。
ただそうして別れを切り出した彼女が泣きそうな顔をしているのだ。辛そうな顔をして、泣きそうなのを必死に我慢しているのだ。
そんな顔をするくらいなら、どうしてこの手に掴まらないのか。どうしてもっと、頼ってくれないのか。
分かっている。彼女はウルバスの事を考えてこんな話をしたのだ。ウルバスの気持ちは考えずに。
ウルバスの隣にランバートが並ぶ。そして真剣に考えながら口を開き始めた。
「多分それは、彼女の本心ではないと思います。彼女もどこかファウストに似たところがありますから」
「似たところ?」
「一人で考えて思い詰める。頑固。思い込みが激しい」
「あぁ……」
思い当たる節がありすぎてウルバスは苦笑する。どちらかと言えばファウストに見られるこれらの困った特徴は、どうやら妹のアリアにも言える事らしいのだ。
「アリアちゃんは環境が変わりすぎました。それについては俺も申し訳ない気持ちです。だからこそ、アリアちゃんには幸せでいて欲しいと思うのですが」
「俺もそれは思っているよ。アリアちゃんが笑ってくれるならそれがいいと思ってる」
「はい、俺も思います。そしてアリアちゃんはウルバス様の事をとても信頼していて、好意を寄せているんだと思っていました」
そんなの、俺も思っていたよ……。
ウルバスは苦笑で言葉を飲み込んだ。
うぬぼれかもしれないが、ウルバスはアリアから信頼されていると思っていた。少なくとも嫌われていないと。だからこんなに唐突に別れを告げられるとは思わなかったのだ。
だからこそ心の中でわだかまる。どうして突然あんなことを言われなければならないのかと。寄せられた好意は、嘘だったのか?
いや、嘘ではないはずだ。嘘だったなら……嘘に出来る女性なら去り際にあんな顔をしないはずだ。嘘なんてつけない。彼女の気持ちはまだウルバスの方を向いている。
『ナラバ、手ニ入レラレルダロ?』
「!」
不意に浮かんだ言葉に、ウルバスはゾクリと背を震わせて首を振った。そして、心に巣くう違う自分を追いやった。
「ウルバス様?」
「あぁ、大丈夫。なに?」
「……もう一度、アリアちゃんに会って話をするべきだと思います」
「でもそれは、彼女を余計に苦しめない?」
「でも、このままだときっとアリアちゃんも苦しいと思います。だから、ちゃんと話す場を設けた方がいいと思うんです」
「でも、切っ掛けとかないしね」
彼女からの別れを受け入れたのだから、こちらから連絡を取ることはない。万が一アリアから連絡があれば勿論拒む事はないが。
いや、それでいいのかもしれない。一瞬垣間見えた暗い部分を考えると、潮時だったのかもしれない。
だが切っ掛けなんてものは唐突に出来てしまうものなのかもしれない。
「あ! ウルバスいた!」
「ウェイン?」
突然呼ばれてそちらを向くと、ウェインがこちらへと少し早足で近づいてくる。まぁ、彼は基本早足気味だが。
「探したんだぞ。てっきりラウンジだと思って」
「あぁ、ごめん。どうしたの?」
「アリアちゃんが引き取ってくれることになった子、獣医のミッキー先生に話したら今夜中に診てくれるって。引き渡し早いほうが子猫も早くなれるだろうからって」
「あぁ、そうなんだ」
「……ウルバス、なんかあった? 元気ないけど」
歯切れの悪い返答をしていたせいか、ウェインまでそんな事を言う。こういうことに気づかれるとウェインは結構厄介だ。親身になってくれる分だけ断りにくい。
「アリアちゃんにフラれたんだ」
「え!」
苦笑したウルバスに、ウェインが素っ頓狂な声を上げる。そして一人でオロオロして、ちょこちょこと距離をつめて小さな声でウルバスに話しかけてきた。
「あの、何があったの? 二人、絶対にいい感じだったのに。僕てっきり、二人は恋人なのかと思ってたよ」
「違うよ、友人さ。まぁ、もう友人でもないけれどね」
そう、友人だ。そのはずなのに、納得いかない自分もどこかにいる。そこに気づかないふりをしているのだ。
「でも、アリアちゃんは違うと思う。だって、とても嬉しそうな顔してたよ。二人の距離は友人の距離じゃなかったよ」
「ウェイン」
「諦めちゃダメだよウルバス!」
いや、諦めるもなにも恋人ではないし……友人というのも少し違うのだろうか。兄のよう? いや、それも少し違う。もう少し近いと思いたい。
「その子猫、ウルバス様が届けてはいかがですか?」
「え?」
話を聞いていたランバートがそう提案してくる。確かに話をしたいという気持ちはあるし、いいことに口実も出来てしまった。
「明日はちょっと急ですが、明後日なら訓練俺かファウストが代わります」
「いや、でもファウスト様に申し訳ないし……」
「大丈夫です。書類仕事は俺が片付けますし、会議も入っていません。急ぎの書類もありませんから一日手が空きます」
「あぁ……うん」
すっかり全てを把握されている……。ハイスペックな恋人を持つとこういう部分が怖いかもしれない。
「ウルバス様、アリアちゃんと話をしてみてください。アリアちゃんの本音を、聞いてください」
「……それで、何が変わるんだろうね」
結局何も変わらないのではないか。いや、自分は今の結論に不満があるのだろうか。納得していないのだろうか。それすらも分からないのだ。
それでも彼女の泣きそうな顔を思い出すと胸の奥が僅かに軋む。苦しいまで言わないけれど、無視するには大きな違和感でもある。
結局明後日、子猫をアリアの所に届ける事になってしまった。
◇◆◇
真っ暗な、背景もない世界。そこにスポットライトが当たったように、それだけが鮮明に照らし出されている。
歪な円形に広がる真っ赤な血だまり。その真ん中に、紫色のドレスを着た人が倒れている。
膝が、あり得ない角度に曲がっている。首もほぼ直角に折れ曲がっている。痩せた体はこんなに簡単に無残になるのだ。
折れた手足がもがくように動き、起き上がれずに気持ち悪い。
見ているウルバスは逃げたいのに、足が縫い付けられたように動かない。
心臓の音がこの空間全部に広がるみたいだ。これは自分のもの? それともこれのもの? 分からないまま息が浅くなる。吐き気がこみ上げて、口の中が酸っぱくなりそうだった。
やがて立ち上がる事を諦めたそれがバタンと動きを止めた。そして、自分によく似た鳶色の長髪がモゾモゾと動き、折れ曲がった首がウルバスの方を向いた。
この後の展開を知っている。これは子供の頃、よく見た夢だった。大人になって忙しくて、夢など見ない日の方が多くなったのに。今更どうしてこんなものを見せられなければいけないのだ。
ウルバスの方を向いた首は青白くて、なのに真っ赤な唇からは血がべったりとこびりついている。そして突然、閉じていた瞳がカッ! と血走ったまま大きく大きく見開かれた。
『お前はあの男と同じだ! 私を殺したあの男の子だ!』
大きすぎて耳鳴りがしそうな声が幾重にも反響して届く。その後は狂ったように緑色の瞳を見開いたまま高い声で笑うのだ。
◇◆◇
飛び起きたウルバスは全身ぐっしょりと汗をかき、心臓はあり得ない程に早鐘を打ち、喉はカラカラに渇いていた。
自分の手を見ると未だに震えが収まっていない。まだ耳にあの笑い声がこびりついているような気がする。
自分を抱きしめて震えが止まるまで数分。ようやく、詰まっていた息を吐き出す事ができた。
「分かってる……分かってるよ母さん」
自分はあの狂った父の血を継いでいる。きっと、まともではない。大切な者を守るどころか、壊してしまいかねない。
溜息をつき、水を一口飲んで布団に潜り込んでももう、眠れる気がしなかった。
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