恋愛騎士物語4~孤独な騎士のヴァージンロード~

凪瀬夜霧

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19章:建国祭ラブステップ

12話:酔いどれボンボン

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 見慣れないし手に馴染まない宝石箱のようなチョコを手にしたユーインは、とても困って仲間達の所に戻ってきた。

「凄いの貰ったね、ユーイン。『La lune』の宝石ボンボンチョコなんて、我々のような新人では買うのに勇気がいりますよ」
「あの店、無駄に高級感漂ってるよな」
「ジェイソン、あの店は無駄に高級感漂っているのではなくて、本当に高級なんだよ」

 スペンサーが手元のチョコを見て言う。ユーインも街警で表を通りかかった事はあるが、一生縁の無い店だと思っている。

「あの、これ……僕一人じゃ食べら、れない、です。皆さん、で」
「いいのか、ユーイン? 君が頑張った結果だと思うが」

 アーリンが言ってくれるが、ユーインは頷いた。

「僕、じゃ、食べきれない、から。コリーにもお礼、したい、し」
「マジで! ユーインいい奴!!」

 嬉しそうにコリーが笑う。お日様みたいに笑う。キラキラの笑顔がユーインには眩しく映る。

「そーいうことなら、俺の部屋で飲み直さないか? 建国祭の時に父様からいいウイスキー貰ったんだ」
「おっ! いいねぇ。そういうことならジェイソンの部屋にお邪魔するか」
「リーはお酒が好きだねぇ」

 ペロリと唇を舐めるリーが嬉しそうにしている。
 そういうことで、皆でジェイソンの部屋でお酒を飲むことになった。


 ジェイソン、リー、スペンサーはお酒が好きで結構強い。アーリンは普通らしい。コリーは好きだけれど弱くて、ユーインはまったくダメだ。
 小さなグラスに琥珀の液体をちょっぴり注がれたコリーは不満そうだったが、皆からは「これで十分」と言われている。
 ユーインの前に置かれたのはレモン水だ。

「では、ユーインにゴチになります!」

 全員がそれぞれのグラスを持って乾杯をする。そして、宝石箱みたいなチョコを開ける事になった。
 リボンを解くと本当に宝石箱だ。二段の引出しで、両方の段に宝石みたいなチョコが入っている。
 一段で二十個。二段で四十個なんてとても食べきれない量だ。

「すっげーな」
「おそらくこれ一つで、金貨二フェリス(約二万円)くらいしますよ」
「二フェリス!!」

 ちなみに、一年目の給料が十フェリスだったりする。

 ユーインの手は震えていた。こんな高級なチョコなんて食べた事がない。むしろ騎士団に来るまでチョコなんて高級品食べた事がない。
 四十個で二フェリス? 一個で一クレーメ(大きめの銅貨で約五百円)!!

「まずはユーインがどうぞ。頂いたのは貴方だし」
「…………」

 実家はわりと貧乏でした。贅沢なんてしたことがありません。そんなユーインが、こんな指先で摘まめるようなチョコ……一クレーメもするチョコを!

 プルプルして動かないユーインに周囲が首を傾げる。その中で動いたのがリーだった。

「どれ食いたいんだ?」
「あ、えっと……あの、赤いのが」

 小さなカップみたいな形に赤いソースみたいなのがついている。キラキラの宝石みたいだ。
 伝えると、リーがそれを摘まみ上げる。そしてユーインの唇に押し当てた。

「! んっ」

 思わず口を開けて、中に入った少し苦みのあるチョコレートに驚く。口内の熱で柔らかくほどけたチョコの中から酸味のあるクランベリーソースがあふれ出て、チョコの苦みと合わさってとても美味しい。

「美味いか?」
「むぐっ! 美味しい! 凄い、これ凄いです!」
「ははっ、良かったな」

 ニッと笑ったリーの顔にも見惚れる。なんだか頬が熱くなっていく気がする。

「んじゃ、次!」
「うん、コリーどうぞ」

 テンション上がってるのか滑らかに言葉が出てくる。
 コリーは半円のチョコにレモンの皮を飾りにしたチョコを放り込んだ。

「うんま!! 何これ! 中はオレンジピューレだ!」
「ウイスキーとも相性がいいぞ。チョコの味がしっかりあるから」
「これ、酒入ってるぜ」

 ジェイソンが、リーがそれぞれ口にして笑顔になる。アーリンは赤いハート型のチョコを口にして、トロッとほころぶように笑った。

「苺のドライフルーツだ」
「……アーリン可愛いな」

 幸せそうなアーリンを見るジェイソンは、とても素直に惚気ました。


 何にしても美味しいチョコとお酒は進む。徐々にお酒の方が進んでいって、小さなグラス二杯をコリーが空けたくらいにはちょっと室内に異変が起こり始めていた。

「ジェイソン」

 頬をほんのり桜色に上気させたアーリンが両手でグラスを持っている。明らかに酔っていて、潤んだ瞳も僅かに開いている唇も誘っているとしか思えない隙だらけの妖艶さがある。
 頭が重いのか隣のジェイソンの肩に預けているアーリンに、ジェイソンは穏やかな笑みを浮かべた。

「酔ったの?」
「気持ちいい」
「あはは、それは良かった」

 ジェイソンの方も多少酔っているのだろうけれどまだまだ変わらない。アーリンの肩を抱いて寄りかからせている。

「チョコが美味しくて、お酒も美味しくて、隣にジェイソンがいて。俺、こんなに幸せな新年久しぶりだ」
「うん、そうだね」
「凄く、凄く幸せなんだ」

 気づけばアーリンの目からは涙がぽろぽろ落ちていて、ジェイソンはそっと顔を隠すように引き寄せている。

 アーリンはずっと辛い時間を過ごしてきた。ルースの親族というだけで虐げられ、無理をして生きてきた彼にとって温かく穏やかな場所で、仲間達と美味しいものを食べて酒を飲んでなんて、ずっと無かった事なのだ。

「来年も、再来年も、きっと楽しい新年が待ってるよ」
「!」
「それだけじゃない。誕生日も、祝おうな」
「っ! はい」

 嬉しい涙はジェイソンの服に染みこんでいく。それを温かく見ているスペンサーとリーも、とても穏やかに笑った。

「アーリン、元気出せよ!」
「コリー?」

 元気に立ち上がったコリーの顔は林檎みたいに真っ赤になっている。小さなグラス二杯が彼の限界だったようだ。

「それにしてもこの部屋暑いな」
「え?」
「暑くないの? もう、限界だ!」
「えぇぇ!!」

 言うが早いか、コリーは着ていたチュニックをおもむろに脱ぎ捨てる。それだけじゃない! ズボンも脱ぎ、更には下着にまで手をかけたのだ。

「待ったコリー!」
「なんだよスペンサー。暑いんだよ」
「人間としての最低限のモラルだよ! コリー!」

 どうにかパンツをはいたままにするスペンサーと、脱いでしまいたいコリーの攻防戦。それを、仲間達は生暖かく見守っている。

「コリーの脱ぎ癖、どうにかならんか?」
「ダメじゃないか? だって、スペンサーが散々言っても直らなかったし」

 実はこれ、酒の席で毎回繰り広げられる攻防戦なのである。
 翌日にスペンサーが苦労話をくどくどとするのだが、コリーには記憶がない。知らない間に自室にいて、きっちりと着て寝ているから信じない。実は毎回スペンサーが部屋までどうにか連れて行き、宥め、着せて寝かせているのだ。
 もう、脱いだままでドッキリしかければいいのにとリーなどは思うのだ。

「やだぁ! スペンサーのバカ!!」

 叫びながらぽかぽか叩き、素早く逃げたコリーは男らしく「てぃ!」と下着も脱ぎ捨てる。これで飛び出したものが見た目に似合った可愛いものならまだ「子供だから」と言えるのかもしれない。
 だがコリーの逸物は体型や見た目に似合わず意外とご立派で、ザ★漢!! を感じさせる。そのアンバランス感が一同をもの凄くもにゃッとした気持ちにさせるのだ。

「あいつ、股間だけなら男らしいよな」
「リー、見慣れた感じで言うなって」
「いやよぉ、いい加減見慣れただろ。毎回じゃねーか。そろそろ酒の席でご開帳ないと物足りなく感じるくらいには毎度だぞ」
「人ごとみたいに言うんじゃないよリー。これを回収して服着せるの大変なんだから」
「スペンサーの面倒見の良さに脱帽だ」

 こうなるともう自由にさせたほうが早い。既に脱ぐ物は一つもない。手慣れた感じでスペンサーが酒を注ぐと美味しく飲み始めるコリーに、全員が乾いた笑いを浮かべた。

「そういや、ユーインどうした? なんか静かだな」

 言葉のないユーインをリーが探し始める。いつもこうなるとユーインは恥ずかしがって顔を真っ赤にプルプルするのだ。
 室内を見渡すと、部屋の隅っこに何故かいる。壁を友達にしているのである。

「ユーインどうした?」

 首を傾げたリーが近づいて肩を叩くと、頬を染めたユーインがとろんと蕩けた目で見上げてきた。

「え?」
「いーひゃん」

 あっ、分かりやすく酔ってる。

 ユーインは唇にチョコをちょっぴりつけて、ご機嫌に微笑んでいる。いつもは俯けている顔をしっかりと上げているだけで、青い瞳がキラキラとろんとしていて可愛さが跳ね上がっている。

 だが、何故だ? 彼が飲んでいたのはレモン水で、アルコールのあの字も入っていない。なんなら爽やかなレモン果汁入りでお口さっぱりな感じだ。
 とうとうレモン水で酔うように……いやいや! 流石にない!

「へへ、いーひゃん」

 当のユーインはご機嫌だ。とても可愛く笑う。手がリーに伸ばされ、大胆にギュッと抱きついてくる。驚いているリーの下唇にむちゅっと自らの唇を押し当てたユーインは、とても嬉しそうな顔をした。

「えへへ、ぼくぅ、いーひゃんにちゅーしちゃいましたぁ。これで、ぼくも大人ひゃんです」
「…………」

 リーの違う部分が大人になっていることを、ユーインは知らない。

「ユーインは大胆で可愛い酔い方なんだね。可愛いねぇ」
「今まで自己申告があったから飲ませた事無かったからな。人前で飲ませられないな」
「狼のど真ん中に無抵抗の小動物放り投げるみたいなものだからね。むさぼり食われてしまいそうだし」

 無責任なスペンサーとジェイソンの会話だが、それぞれアーリンとコリーの相手をしながらだ。

「いーひゃん」
「ん? どうした?」
「おひんひん、はれてます? お病気ですか?」
「お病気ではないので放置でお願いしたい」
「? ひゃい」

 無邪気な顔で「おちんちん」発言は、正直いたたまれなくてダメージでかいです。

「ふふっ、らいちゅきれしゅ」

 ご機嫌なユーインは猫が飼い主にすり寄るように甘えてくる。腰を抱いて頭を撫でて。リーは困ったように笑うのだ。

「いーひゃんは、ぼくのことしゅき?」
「どうかな?」
「いじわゆ」
「酔っ払いには教えてやらないよ。悔しかったら素面で言え」
「よってまひぇん!」
「はいはい」

 チョコレートがいくつか無くなっている。中には純度の高い洋酒のソースが入ったボンボンもあった。それをいくつか口にしたのだろう。
 こんなもんで酔い潰れてしまうくらい、ユーインは酒が飲めないのだろう。

「ふぁ……ぁぁ」

 小さな欠伸をするユーインの目が、更にとろとろとしてまどろみ始める。頭を撫でながら、リーは優しく微笑んでいる。腕の中のこの子を、これでも大事に思っているのだ。

「あら、寝ちゃいそうだね」
「コリーは潰れたか?」
「勿論」

 見ればコリーも酔い潰されて、小さく丸くなって眠っている。しかもお着替え済みだ。
 こうして見ると可愛らしく見えるものだ。さっきまで股間に漢ぶら下げて歩き回ってたとは思えない。

「ユーインも寝てしまったね」

 リーの腕の中ですよすよと眠るユーインを、リーは優しい手つきで撫でた。

「それで? この子の思いに応えないのかい?」

 スペンサーはニッと笑って問いかけてくる。ジェイソンも眠ってしまったアーリンを寝かせながら頷いた。

「まぁ、そのうちな」
「おや、つれない」
「酔っ払いの告白でその気になるほど、俺は軽くないんだよ」

 それに、酔った勢いで散らしてしまうには惜しい子なんだ。

「言わなきゃなんない事もある。隠しておいては騙し討ちみたいになっちまうからな。準備してだ」
「案外律儀な男だね、リーは」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ?」
「酒好きの筋肉バカ」
「……間違っちゃいないな」

 にっこりと笑うスペンサーに苦笑して、リーはユーインを抱き上げる。とても可愛らしい額にキスを一つ。それだけで大事にしている事が伝わってくる。

「さーて、お開きだ。散らかして悪いな、ジェイソン」
「いいって、気にすんな」
「俺もコリーを連れていくからね。では、また休み明けに」
「おう。お疲れ」

 彼らの甘い夜は、こうして更けていくのでした。
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