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最終章:最強騎士に愛されて
4話:独身最後の日(ファウスト)
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ランバートの引っ越しも無事に終わり、今は一緒の部屋で生活をしている。だが、あまり変わったという感じはしない。今までも休日前夜などから一緒に過ごすのが当たり前となっていた。
だが、部屋の様子は少し違って見える。ランバートの気配がそこかしこからするのはどこか落ち着く。毎日一緒に眠り、目覚める。それが当たり前になっていくのだと実感が湧く。
結婚式前夜、ランバートは同期のゼロス達に捕まって連れられていった。日付が変わる前には部屋に戻ってくると約束はしたが、気にせず楽しんでこいと伝えている。
会場の設営は今日済んだとオスカルが言っていた。衣装などは明日、シルヴィア達が早めに来て取りそろえてくれる。準備と着替えはルイーズとオリヴァーが完璧に整えると酷く鋭い目で言われた。腹を括った瞬間だ。
他の諸々も準備は出来ている。指輪は、今は部屋の中にある金庫の中だ。
静かな夜だ。夕食を軽く食べて湯も貰って、一人で過ごす夜を少しだけ寂しく感じる。同時に、色々と思い出すものだ。
その時、ドアがノックされてオスカルが顔を出した。
「ファウスト、ちょっと出ようよ」
「ん?」
「独身パーティー、しよう!」
「はぁ?」
ニッと笑うオスカルがファウストの手を引く。案外強い力に立ち上がらせられ、そのまま散歩を強請る犬のように引かれて到着したのは、言わずもがななシウスの部屋だった。
「主役の登場だよ!」
声をかけ、ドアを開ける。それと同時にシャンパンの祝砲が鳴らされ、シウスとラウル、クラウル、エリオットの他、師団長までもが揃っていた。
「お前達……」
「お祝いじゃ」
実に嬉しそうなシウスが更に腕を引いてソファーの真ん中に座らせる。その隣についたのは何故かオリヴァーだった。
「さぁ、お一つ」
「あぁ」
「独身最後ですから、少しくらい楽しんだっていいですよ。ランバートも今頃同じようになっていますよ」
にっこりと微笑むオリヴァーに注がれた酒に口をつけると、彼はにっこりと微笑んだ。
「それにしても、まさか貴方様が結婚だなんて。お会いした当初はまったく思いもしませんでした」
「それを言うなら俺はお前が結婚した事にも驚きだ。騎士団の淫魔とまで言われたのにな」
「おや、意地悪な事を言う。その淫魔と関わりがない清廉な方は、この中でエリオット様、シウス様、ラウル、ウェインくらいなものですよ?」
「頼む、今更波風を立てるな……」
「若気の至り、やりたい盛りの思春期ですしね。それに、出会うよりも前の事ですよ」
本当にこの事に関してはファウストは言い訳ができない。それは他の数人もそうで、オスカル、アシュレーはそれぞれのパートナーに睨まれている。
「でも、本当に良かったよな、ファウスト様」
「ん?」
「一時はどうなるかと思ったんだよ? ランバートに告白された時。ランバートはボロボロだし、ファウスト様もボロボロだし」
「無様の一言でしたね」
「ウェイン、アシュレー……」
これにも溜息ばかりだ。だが、彼らのお陰で纏まったのは確かだ。
アシュレーがランバートの恋人のフリをしたことで、ファウストは焦りを感じた。同時に自分の感情とも向き合った。それがあっての今だ。
「もう、アシュレー意地悪な事言わないんだよ。ファウスト様に助けられた事なんて沢山あるんだから、無様なんかじゃないし」
「上官としては勿論これからも尊敬しているさ。だが、存外面倒くさかったからな」
「まぁ、これに関しちゃ言われてもしかたがないわな」
「まぁまぁ、幸せなお祝いの席なんだからあまり言わないんだよ。アシュレーも、もういいじゃないか」
「別に根に持ってはいない。言いたいのは、もう取り持たないので喧嘩は止めてもらいたいということだ」
「肝に銘じておく」
ニヤリと笑うアシュレーに、ファウストは頭が上がらない思いだった。
「それにしても、こうして周囲が結婚だなんだと話が纏まってくると多少寂しいな」
同じく酒を傾けるクラウルがそんな事を言う。
この男も変わった。昔は仕事ばかりでプライベートは謎。とにかく常に気を張っている男だった。恋愛なんてもの、そもそもする気もなかっただろう。
それがゼロスにアタックを掛けられ、意識し始めたらドンドン転がっていった。今ではしっかり者の嫁に敷かれている。それもまた、幸せそうだ。
「お前の所は既に顔合わせが終わっているだろ。話はないのか?」
「何度か水を向けてみたが、のらりくらりとかわされてしまってな。しかも、ランバートの結婚式が終わってから考えると言われた」
「……悪い、予定が大幅にずれて」
「いいさ、今更焦らない。だが、どうしたらあいつがちゃんと式を挙げる気になってくれるかが難題だ。お前達の結婚式を見て少しその気になってくれるといいんだが」
そんな事を言い、気苦労の絶えない顔で溜息をつくクラウルは、やっぱり人間変わったようだ。
「オスカルは式を挙げたが、シウスは上げなかったな」
「あぁ、いえ! 実は東の森に赴いた際にエルの方達が挙げてくださったんです」
「エルの伝統的な婚礼の式じゃった」
「綺麗でした」
幸せそうなラウルに微笑みかけるシウス。ここも末永く幸せなのだろう。
「オリヴァーは人前式だったな」
「えぇ。そういえば噂で聞いたのですが、グリフィスもベルギウス家に家族を伴って挨拶に行ったとか。式は挙げないのですか?」
「まだだな。ただ、あちらの兄貴がその気になってるからそんな話が持ち上がるかもしれない」
「受けるのですね」
「まぁ、ケジメは必要だ。俺もお前も相手は一般人で籍は入れらんねぇが、人の前で誓いを立てるのは意味がある。俺はあいつを生涯手放す気はねぇし、何かあれば引き受ける覚悟だ」
「おや、男らしい。見直しましたよ、グリフィス」
「そらどうも」
どうやらあちらもいい具合に話が持ち上がっているようだ。グリフィスの上にあった祖国の問題も片付いたばかり。落ち着けば、きっとそうなっていくのだろう。
「ウルバスはまだだよね? ってか、今抜けられたら第三大焦りだし」
「ですね。まぁ、数年の間とは思っていますが、今の所は穏やかな関係を続けていきたいと思っていますよ」
「ファウストの弟なんて、ウルバスはよく決断したよね。僕なら嫌」
「俺もオスカルが弟というのは勘弁だ」
ウルバスは苦笑し、オスカルは文句を言いたげに口を尖らせる。
ウルバスとアリアの関係は良好なようだ。ウルバスの身の上には色々な事があるし、こいつの中の危うさはまだ完全に消えたわけではない。だがアリアはそれを分かっていて側にいる。
実はあまり心配もしていないのだ。アリアは母に似たのか、毅然とした感じがある。それはシュトライザー家を継ぐと決めた頃からよりはっきりとしてきた。
一方ウルバスは身のうちに闇はあるが、それ以上に優しく穏やかで調和を大事にできる男でもある。これだけの曲者揃いの同期達のかすがいなのだ。これからも、きっとそうなっていくだろう。
「何かずるいな」
「ウェイン?」
「俺も、アシュレーと結婚したい」
ぶーたれたのはウェインだ。確かにこうまで幸せバカの集う中で予定もないのは彼だけだ。
人一倍寂しがり屋で甘えた所もあるウェインだ、アシュレーと恋仲となって話が進まないのは寂しいのだろう。
それを見るアシュレーはあまり表情が変わらない。大きな手で、ポンとウェインの頭を撫でた。
「いいぞ」
「ふぇ?」
「流石に上司の結婚式にぶつける事はできないが、構わない。幸い俺の所は挨拶は不要だ。お前の家族に挨拶に行きたいなら付き合う」
「え? いぃ、の?」
「ダメなのか?」
「ダメじゃない!」
顔を真っ赤にしながらも嬉しそうにアシュレーの首に飛びつくウェインを、オリヴァーがヨシヨシと撫でて「良かったですね」と祝っている。ファウストもこの様子に微笑み、素直に「良かったな」と声をかけた。
「幸せは続くか」
「クラウル?」
「地味婚が希望らしい。俺としてはちゃんとした式を挙げてやりたいんだが」
溜息をつくクラウルを見て、ファウストはふと思い出した事があった。
「ランバートが、ゼロスの結婚式は盛大にお祝いすると言っていたぞ」
「え?」
「ってかさ、クラウルの結婚式でしょ? 絶対、陛下とヴィンセント様が黙ってないでしょ」
「!」
「そうさの、幼馴染みの結婚式じゃ。プライベートじゃお祭り好きな陛下が地味婚など許すとは思えぬ」
オスカル、シウスの言葉も手伝っただろう。途端クラウルの目に輝きが戻ってきた。
その一方でゼロスの目が死んでいく想像が容易にできるあたりが、このカップルの面白さだったりする。
だが、お祝い事は賑やかな方が楽しい事は分かる。こいつらも、生涯連れ添っていくのだろうから。
「ゼロスの説得は大変そうですね」
「僕達も説得しますクラウル様。沢山の方に祝ってもらえるの、とても嬉しかったですから」
「ラウル、エリオットも。すまない、有り難う」
「「どういたしまして」」
団長を恋人(旦那)に持つ会の二人は互いに笑い合い、誓ってくれる。これにランバートも加わるんだ、ゼロスは逃げ道がないだろう。
でも、きっとあれこれ言っても当日その場で幸せそうにする二人を想像する事が出来る。これもまた、近い未来に思えた。
駆け足で過ぎていったのは、多分自分たちばかりではないのだろう。ここにいる皆が大変な時を乗り越えてきた。それぞれ大切な者を得て、失う恐怖も感じて、笑って、泣いて。だがそうしていくうちに強さを手にしてきた。
ファウストも、一区切り。そう、一つの節目でしかない。二人で過ごす時間はむしろこれからだ。
「それにしてもさ、今この騎士団の中にどれだけの恋人がいるんだろうね」
「ん?」
「幸せな報告、まだまだあるんだろうなって。いっそさ、騎士団宿舎の中に礼拝堂作る? 勿論、結婚式の為に」
「予算が下りぬよ」
「でもさ、これからも色んな隊員が結婚とかってなったら、必要そうじゃない? 流石に毎回城のチャペル借りられないし。外で式を挙げるのってけっこう費用面が大変だよ。指輪とか考えたら式場のお金なんて出せないって一般隊員が多いんじゃない?」
「まぁ、確かにそうじゃが……予算がのぉ」
「……クラウルの結婚をダシに」
「おい、俺はいつまで我慢すればいいんだ。建物一つ建つまでなんて我慢する気はないぞ」
ジトリとクラウルが睨み付ける。だが確かにクラウルにそんなに我慢はさせられない。が、オスカルの言うことは間違ってはいない。小さな教会での式だって飾り付けや神父へのお礼金などが発生して割高。
騎士団はそれほど金回りは良くない。おそらく宮中勤めの官吏からしたら屁でもない。その分衣食住を約束され、怪我や病気の治療費もかからないわけだが。
「……いっそ、少額ずつでもカンパを募ってみるか?」
「え?」
「許可が下りれば俺の父親に少し相談してみる。建築はうちの得意分野だ」
「シュトライザー家が取り持つのかえ! 砦や城、貴族の屋敷の建築が主なのに」
「まぁ、この城を設計、建築したのもうちの先祖だしな。土地は陛下に掛け合わなければならないが、小さなチャペルなら」
日々戦いや訓練を頑張り、有事の際には国の剣として、盾として戦う隊員達が少しでも幸せな思い出を増やせるなら。決して、高いものではないのだろう。
「まぁ、クラウルの結婚式は陛下達にお任せしてしまえば誰も文句は言えないだろう。何せ陛下だ」
「新婚初夜からゼロスに正座させられて一晩中説教という可能性も捨てきれないが」
「クラウル様、苦労してるんだね……」
「ゼロスがそういうタイプというのは未だに信じられないが」
ウェインは気の毒そうに、アシュレーは考え込むように。だが、ゼロスは近年めきめきと実力をつけ頭角を現している。同時に本来の気の強さや芯の太さも出て来ている。ファウストも最初は想像ができなかったが、今では容易なことだ。
「まぁ、何にしても明日! ファウストの結婚式、すっごく楽しみだね!」
「はい。明日は私が手ずから貴方を着飾りますのでお覚悟ください」
「ちなみに、ランバートの方はルイーズが担当するって。何でも話したい事があるって」
「まぁ、覚悟はした。お手柔らかに頼むぞ、オリヴァー」
「お任せください。神すらもひれ伏す程の美しい殿方に仕立ててご覧に入れますよ」
「……お手柔らかという意味を知っているか?」
「おや、聞こえませんね」
明日はたっぷりと遊ばれるのだろう。改めてファウストは溜息をついた。
それでも楽しみなのは、きっと皆の祝いの気持ちが伝わるからなのだろうな。
だが、部屋の様子は少し違って見える。ランバートの気配がそこかしこからするのはどこか落ち着く。毎日一緒に眠り、目覚める。それが当たり前になっていくのだと実感が湧く。
結婚式前夜、ランバートは同期のゼロス達に捕まって連れられていった。日付が変わる前には部屋に戻ってくると約束はしたが、気にせず楽しんでこいと伝えている。
会場の設営は今日済んだとオスカルが言っていた。衣装などは明日、シルヴィア達が早めに来て取りそろえてくれる。準備と着替えはルイーズとオリヴァーが完璧に整えると酷く鋭い目で言われた。腹を括った瞬間だ。
他の諸々も準備は出来ている。指輪は、今は部屋の中にある金庫の中だ。
静かな夜だ。夕食を軽く食べて湯も貰って、一人で過ごす夜を少しだけ寂しく感じる。同時に、色々と思い出すものだ。
その時、ドアがノックされてオスカルが顔を出した。
「ファウスト、ちょっと出ようよ」
「ん?」
「独身パーティー、しよう!」
「はぁ?」
ニッと笑うオスカルがファウストの手を引く。案外強い力に立ち上がらせられ、そのまま散歩を強請る犬のように引かれて到着したのは、言わずもがななシウスの部屋だった。
「主役の登場だよ!」
声をかけ、ドアを開ける。それと同時にシャンパンの祝砲が鳴らされ、シウスとラウル、クラウル、エリオットの他、師団長までもが揃っていた。
「お前達……」
「お祝いじゃ」
実に嬉しそうなシウスが更に腕を引いてソファーの真ん中に座らせる。その隣についたのは何故かオリヴァーだった。
「さぁ、お一つ」
「あぁ」
「独身最後ですから、少しくらい楽しんだっていいですよ。ランバートも今頃同じようになっていますよ」
にっこりと微笑むオリヴァーに注がれた酒に口をつけると、彼はにっこりと微笑んだ。
「それにしても、まさか貴方様が結婚だなんて。お会いした当初はまったく思いもしませんでした」
「それを言うなら俺はお前が結婚した事にも驚きだ。騎士団の淫魔とまで言われたのにな」
「おや、意地悪な事を言う。その淫魔と関わりがない清廉な方は、この中でエリオット様、シウス様、ラウル、ウェインくらいなものですよ?」
「頼む、今更波風を立てるな……」
「若気の至り、やりたい盛りの思春期ですしね。それに、出会うよりも前の事ですよ」
本当にこの事に関してはファウストは言い訳ができない。それは他の数人もそうで、オスカル、アシュレーはそれぞれのパートナーに睨まれている。
「でも、本当に良かったよな、ファウスト様」
「ん?」
「一時はどうなるかと思ったんだよ? ランバートに告白された時。ランバートはボロボロだし、ファウスト様もボロボロだし」
「無様の一言でしたね」
「ウェイン、アシュレー……」
これにも溜息ばかりだ。だが、彼らのお陰で纏まったのは確かだ。
アシュレーがランバートの恋人のフリをしたことで、ファウストは焦りを感じた。同時に自分の感情とも向き合った。それがあっての今だ。
「もう、アシュレー意地悪な事言わないんだよ。ファウスト様に助けられた事なんて沢山あるんだから、無様なんかじゃないし」
「上官としては勿論これからも尊敬しているさ。だが、存外面倒くさかったからな」
「まぁ、これに関しちゃ言われてもしかたがないわな」
「まぁまぁ、幸せなお祝いの席なんだからあまり言わないんだよ。アシュレーも、もういいじゃないか」
「別に根に持ってはいない。言いたいのは、もう取り持たないので喧嘩は止めてもらいたいということだ」
「肝に銘じておく」
ニヤリと笑うアシュレーに、ファウストは頭が上がらない思いだった。
「それにしても、こうして周囲が結婚だなんだと話が纏まってくると多少寂しいな」
同じく酒を傾けるクラウルがそんな事を言う。
この男も変わった。昔は仕事ばかりでプライベートは謎。とにかく常に気を張っている男だった。恋愛なんてもの、そもそもする気もなかっただろう。
それがゼロスにアタックを掛けられ、意識し始めたらドンドン転がっていった。今ではしっかり者の嫁に敷かれている。それもまた、幸せそうだ。
「お前の所は既に顔合わせが終わっているだろ。話はないのか?」
「何度か水を向けてみたが、のらりくらりとかわされてしまってな。しかも、ランバートの結婚式が終わってから考えると言われた」
「……悪い、予定が大幅にずれて」
「いいさ、今更焦らない。だが、どうしたらあいつがちゃんと式を挙げる気になってくれるかが難題だ。お前達の結婚式を見て少しその気になってくれるといいんだが」
そんな事を言い、気苦労の絶えない顔で溜息をつくクラウルは、やっぱり人間変わったようだ。
「オスカルは式を挙げたが、シウスは上げなかったな」
「あぁ、いえ! 実は東の森に赴いた際にエルの方達が挙げてくださったんです」
「エルの伝統的な婚礼の式じゃった」
「綺麗でした」
幸せそうなラウルに微笑みかけるシウス。ここも末永く幸せなのだろう。
「オリヴァーは人前式だったな」
「えぇ。そういえば噂で聞いたのですが、グリフィスもベルギウス家に家族を伴って挨拶に行ったとか。式は挙げないのですか?」
「まだだな。ただ、あちらの兄貴がその気になってるからそんな話が持ち上がるかもしれない」
「受けるのですね」
「まぁ、ケジメは必要だ。俺もお前も相手は一般人で籍は入れらんねぇが、人の前で誓いを立てるのは意味がある。俺はあいつを生涯手放す気はねぇし、何かあれば引き受ける覚悟だ」
「おや、男らしい。見直しましたよ、グリフィス」
「そらどうも」
どうやらあちらもいい具合に話が持ち上がっているようだ。グリフィスの上にあった祖国の問題も片付いたばかり。落ち着けば、きっとそうなっていくのだろう。
「ウルバスはまだだよね? ってか、今抜けられたら第三大焦りだし」
「ですね。まぁ、数年の間とは思っていますが、今の所は穏やかな関係を続けていきたいと思っていますよ」
「ファウストの弟なんて、ウルバスはよく決断したよね。僕なら嫌」
「俺もオスカルが弟というのは勘弁だ」
ウルバスは苦笑し、オスカルは文句を言いたげに口を尖らせる。
ウルバスとアリアの関係は良好なようだ。ウルバスの身の上には色々な事があるし、こいつの中の危うさはまだ完全に消えたわけではない。だがアリアはそれを分かっていて側にいる。
実はあまり心配もしていないのだ。アリアは母に似たのか、毅然とした感じがある。それはシュトライザー家を継ぐと決めた頃からよりはっきりとしてきた。
一方ウルバスは身のうちに闇はあるが、それ以上に優しく穏やかで調和を大事にできる男でもある。これだけの曲者揃いの同期達のかすがいなのだ。これからも、きっとそうなっていくだろう。
「何かずるいな」
「ウェイン?」
「俺も、アシュレーと結婚したい」
ぶーたれたのはウェインだ。確かにこうまで幸せバカの集う中で予定もないのは彼だけだ。
人一倍寂しがり屋で甘えた所もあるウェインだ、アシュレーと恋仲となって話が進まないのは寂しいのだろう。
それを見るアシュレーはあまり表情が変わらない。大きな手で、ポンとウェインの頭を撫でた。
「いいぞ」
「ふぇ?」
「流石に上司の結婚式にぶつける事はできないが、構わない。幸い俺の所は挨拶は不要だ。お前の家族に挨拶に行きたいなら付き合う」
「え? いぃ、の?」
「ダメなのか?」
「ダメじゃない!」
顔を真っ赤にしながらも嬉しそうにアシュレーの首に飛びつくウェインを、オリヴァーがヨシヨシと撫でて「良かったですね」と祝っている。ファウストもこの様子に微笑み、素直に「良かったな」と声をかけた。
「幸せは続くか」
「クラウル?」
「地味婚が希望らしい。俺としてはちゃんとした式を挙げてやりたいんだが」
溜息をつくクラウルを見て、ファウストはふと思い出した事があった。
「ランバートが、ゼロスの結婚式は盛大にお祝いすると言っていたぞ」
「え?」
「ってかさ、クラウルの結婚式でしょ? 絶対、陛下とヴィンセント様が黙ってないでしょ」
「!」
「そうさの、幼馴染みの結婚式じゃ。プライベートじゃお祭り好きな陛下が地味婚など許すとは思えぬ」
オスカル、シウスの言葉も手伝っただろう。途端クラウルの目に輝きが戻ってきた。
その一方でゼロスの目が死んでいく想像が容易にできるあたりが、このカップルの面白さだったりする。
だが、お祝い事は賑やかな方が楽しい事は分かる。こいつらも、生涯連れ添っていくのだろうから。
「ゼロスの説得は大変そうですね」
「僕達も説得しますクラウル様。沢山の方に祝ってもらえるの、とても嬉しかったですから」
「ラウル、エリオットも。すまない、有り難う」
「「どういたしまして」」
団長を恋人(旦那)に持つ会の二人は互いに笑い合い、誓ってくれる。これにランバートも加わるんだ、ゼロスは逃げ道がないだろう。
でも、きっとあれこれ言っても当日その場で幸せそうにする二人を想像する事が出来る。これもまた、近い未来に思えた。
駆け足で過ぎていったのは、多分自分たちばかりではないのだろう。ここにいる皆が大変な時を乗り越えてきた。それぞれ大切な者を得て、失う恐怖も感じて、笑って、泣いて。だがそうしていくうちに強さを手にしてきた。
ファウストも、一区切り。そう、一つの節目でしかない。二人で過ごす時間はむしろこれからだ。
「それにしてもさ、今この騎士団の中にどれだけの恋人がいるんだろうね」
「ん?」
「幸せな報告、まだまだあるんだろうなって。いっそさ、騎士団宿舎の中に礼拝堂作る? 勿論、結婚式の為に」
「予算が下りぬよ」
「でもさ、これからも色んな隊員が結婚とかってなったら、必要そうじゃない? 流石に毎回城のチャペル借りられないし。外で式を挙げるのってけっこう費用面が大変だよ。指輪とか考えたら式場のお金なんて出せないって一般隊員が多いんじゃない?」
「まぁ、確かにそうじゃが……予算がのぉ」
「……クラウルの結婚をダシに」
「おい、俺はいつまで我慢すればいいんだ。建物一つ建つまでなんて我慢する気はないぞ」
ジトリとクラウルが睨み付ける。だが確かにクラウルにそんなに我慢はさせられない。が、オスカルの言うことは間違ってはいない。小さな教会での式だって飾り付けや神父へのお礼金などが発生して割高。
騎士団はそれほど金回りは良くない。おそらく宮中勤めの官吏からしたら屁でもない。その分衣食住を約束され、怪我や病気の治療費もかからないわけだが。
「……いっそ、少額ずつでもカンパを募ってみるか?」
「え?」
「許可が下りれば俺の父親に少し相談してみる。建築はうちの得意分野だ」
「シュトライザー家が取り持つのかえ! 砦や城、貴族の屋敷の建築が主なのに」
「まぁ、この城を設計、建築したのもうちの先祖だしな。土地は陛下に掛け合わなければならないが、小さなチャペルなら」
日々戦いや訓練を頑張り、有事の際には国の剣として、盾として戦う隊員達が少しでも幸せな思い出を増やせるなら。決して、高いものではないのだろう。
「まぁ、クラウルの結婚式は陛下達にお任せしてしまえば誰も文句は言えないだろう。何せ陛下だ」
「新婚初夜からゼロスに正座させられて一晩中説教という可能性も捨てきれないが」
「クラウル様、苦労してるんだね……」
「ゼロスがそういうタイプというのは未だに信じられないが」
ウェインは気の毒そうに、アシュレーは考え込むように。だが、ゼロスは近年めきめきと実力をつけ頭角を現している。同時に本来の気の強さや芯の太さも出て来ている。ファウストも最初は想像ができなかったが、今では容易なことだ。
「まぁ、何にしても明日! ファウストの結婚式、すっごく楽しみだね!」
「はい。明日は私が手ずから貴方を着飾りますのでお覚悟ください」
「ちなみに、ランバートの方はルイーズが担当するって。何でも話したい事があるって」
「まぁ、覚悟はした。お手柔らかに頼むぞ、オリヴァー」
「お任せください。神すらもひれ伏す程の美しい殿方に仕立ててご覧に入れますよ」
「……お手柔らかという意味を知っているか?」
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明日はたっぷりと遊ばれるのだろう。改めてファウストは溜息をついた。
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異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
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※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
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