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1章
5話 アスナ村魔物化事件(1)
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ルークとの町散歩から数日後、無事にクリスは訓練復帰を果たした。
浄化の力が発現した事もあり、今まで以上に訓練は厳しく、体力訓練の強化に加えて剣の鍛錬もよりしっかりとされるようになっている。時にはルーク本人が時間外に訓練を付けてくれる事も増え、有り難くお願いしている。
改めて、ルークは強い。体格的に十センチの優位はそれなりに響く。本来なら大柄であれば動きが重くなりがちだが、この人はものともしていない。おそらく身体強化魔法に長けているのだろう。自分に補正魔法を重ね掛けできる魔法センスも憎らしい。
「大丈夫か?」
今日もしっかり打ち倒されてへばり、息も荒く剣も弾き飛ばされ尻餅状態のクリスに、ルークは何処か甘い視線で手を差し伸べてくる。これが腹が立つ。
ツンとして一人で立ち上がり、弾かれて転がった剣を取って鞘に収めるまでが最近のお決まりで、その度に少しばかり寂しそうな顔をする人を見ると小さな仕返しが出来た気がしている。
なんとも小さな事だ。
「ありがとうございました」
頭を下げて退場しようとすると、今日はその背に声を掛けられた。
「近く、遠征がある」
「?」
重い声音に足を止め、そちらを見たクリスは驚いた。
思えばこの人はどんな時でも多少余裕だ。雑なくせに臨機応変に対応もするし、器用にあれこれこなす。この人が不敵に笑っているから、こちらは緊張はしても焦らずにいられるのかもしれない。
なのにこの日、ルークの目には一切の余裕はなく、紫の瞳は何処か暗く光っていた。
「遠征?」
「ガトイン領の端にある、アスナ村という所だ。行軍だけで一週間以上かかる辺鄙な場所だ」
「そこで、何が?」
「……人を魔物に変える実験が行われている可能性がある」
「!」
想像していなかった言葉に心臓が縮み上がる嫌な感覚がして、クリスは胸元を握る。背が痺れるような嫌悪と緊張に表情も固まった。
だが……なるほど。訓練が過剰だった理由はこれもきっとあるのだろう。
「俺も、同行ですね?」
「……悪い」
「どうしてですか? 俺の浄化の魔法が必要になる可能性があるのでしょ?」
訓練に、浄化魔法が加わった。とは言えここでは誰も教えられないので、週に数回、王太子付の上級神官の元へと赴き訓練をしている。
浄化を使う時の心構えや、コントロール。神への祈りとか、実際に穢れてしまっている呪具や魔石の浄化を行っている。概ね良好だった。
使える力は使えばいい。それが団長であるルークの仕事だ。
自身も強くあれが理想ではあるが、この人の一番の仕事は任務を遂行すること。その為に部下の能力を把握し、最適な人員配備をするのは基本だ。
クリスだって騎士だ、これに否やはない。危険だから辞退したいなんて子供のような事は言わない。そんな腰抜けが騎士になれるわけがない。覚悟はしてきている。
なのに目の前の人はとても揺れている。魔物が関わるなら浄化は有効手段だ。彼らは闇の眷属で、神の威光を嫌う。魔物の穢れを払えるのは浄化だけだ。
その力を求めるのは普通で、堂々としていればいいのに。
それでもこの人はどこか悩んでいるようで、今もクリスを見る目は揺れたままだ。
「お前を危険に晒す事になる」
「俺も騎士ですが?」
「そう、なんだよな。分かっている、お前を特別に扱う事はしないし、人員には必ず組み込む。それでも」
そう言いながらゆっくりと近付いてきた人が前に立って、硬い手で頬を撫でた。
「酷い怪我などないようにとは、願うんだ。俺個人として」
「っ!」
痛ましく目を細め、穏やかな声で伝える言葉は、どう受けとめればいい。
分からなくなる。特別……なんて浮かれたい気持ちはない。むしろ「馬鹿にするな!」と怒りたい部分もある。暗に弱いと言われているのと変わらない。
でも……それが出てこないのはこの人のこれが「弱いから」ではなく「大事だから」と、何か伝わってしまったからだ。
不意に、ドキリとした。だらしなくて……聞けばわりと体の関係も自由らしい人はまったく好みではなくて、むしろ不誠実だと憤る部分もある。母が望まぬ結婚を強いられた事もあって、クリス自身は恋愛にも否定的だし、結婚に希望も抱いていない。
なのにこの人には、不意に心を乱される。
腹が立つ。
「お気遣いなど結構です。俺も騎士ですから」
触れている手を払って睨み付けると、ルークは僅かに目を丸くして、次には目尻を下げる。少し乱暴に頭をクシャリと撫でて、脇を通り過ぎた。
「悪かったな」
それが何に対してなのか分からない。でも、この胸に確かな熱が生まれる。
あの人を失望させる騎士にだけは、なるものかと。
浄化の力が発現した事もあり、今まで以上に訓練は厳しく、体力訓練の強化に加えて剣の鍛錬もよりしっかりとされるようになっている。時にはルーク本人が時間外に訓練を付けてくれる事も増え、有り難くお願いしている。
改めて、ルークは強い。体格的に十センチの優位はそれなりに響く。本来なら大柄であれば動きが重くなりがちだが、この人はものともしていない。おそらく身体強化魔法に長けているのだろう。自分に補正魔法を重ね掛けできる魔法センスも憎らしい。
「大丈夫か?」
今日もしっかり打ち倒されてへばり、息も荒く剣も弾き飛ばされ尻餅状態のクリスに、ルークは何処か甘い視線で手を差し伸べてくる。これが腹が立つ。
ツンとして一人で立ち上がり、弾かれて転がった剣を取って鞘に収めるまでが最近のお決まりで、その度に少しばかり寂しそうな顔をする人を見ると小さな仕返しが出来た気がしている。
なんとも小さな事だ。
「ありがとうございました」
頭を下げて退場しようとすると、今日はその背に声を掛けられた。
「近く、遠征がある」
「?」
重い声音に足を止め、そちらを見たクリスは驚いた。
思えばこの人はどんな時でも多少余裕だ。雑なくせに臨機応変に対応もするし、器用にあれこれこなす。この人が不敵に笑っているから、こちらは緊張はしても焦らずにいられるのかもしれない。
なのにこの日、ルークの目には一切の余裕はなく、紫の瞳は何処か暗く光っていた。
「遠征?」
「ガトイン領の端にある、アスナ村という所だ。行軍だけで一週間以上かかる辺鄙な場所だ」
「そこで、何が?」
「……人を魔物に変える実験が行われている可能性がある」
「!」
想像していなかった言葉に心臓が縮み上がる嫌な感覚がして、クリスは胸元を握る。背が痺れるような嫌悪と緊張に表情も固まった。
だが……なるほど。訓練が過剰だった理由はこれもきっとあるのだろう。
「俺も、同行ですね?」
「……悪い」
「どうしてですか? 俺の浄化の魔法が必要になる可能性があるのでしょ?」
訓練に、浄化魔法が加わった。とは言えここでは誰も教えられないので、週に数回、王太子付の上級神官の元へと赴き訓練をしている。
浄化を使う時の心構えや、コントロール。神への祈りとか、実際に穢れてしまっている呪具や魔石の浄化を行っている。概ね良好だった。
使える力は使えばいい。それが団長であるルークの仕事だ。
自身も強くあれが理想ではあるが、この人の一番の仕事は任務を遂行すること。その為に部下の能力を把握し、最適な人員配備をするのは基本だ。
クリスだって騎士だ、これに否やはない。危険だから辞退したいなんて子供のような事は言わない。そんな腰抜けが騎士になれるわけがない。覚悟はしてきている。
なのに目の前の人はとても揺れている。魔物が関わるなら浄化は有効手段だ。彼らは闇の眷属で、神の威光を嫌う。魔物の穢れを払えるのは浄化だけだ。
その力を求めるのは普通で、堂々としていればいいのに。
それでもこの人はどこか悩んでいるようで、今もクリスを見る目は揺れたままだ。
「お前を危険に晒す事になる」
「俺も騎士ですが?」
「そう、なんだよな。分かっている、お前を特別に扱う事はしないし、人員には必ず組み込む。それでも」
そう言いながらゆっくりと近付いてきた人が前に立って、硬い手で頬を撫でた。
「酷い怪我などないようにとは、願うんだ。俺個人として」
「っ!」
痛ましく目を細め、穏やかな声で伝える言葉は、どう受けとめればいい。
分からなくなる。特別……なんて浮かれたい気持ちはない。むしろ「馬鹿にするな!」と怒りたい部分もある。暗に弱いと言われているのと変わらない。
でも……それが出てこないのはこの人のこれが「弱いから」ではなく「大事だから」と、何か伝わってしまったからだ。
不意に、ドキリとした。だらしなくて……聞けばわりと体の関係も自由らしい人はまったく好みではなくて、むしろ不誠実だと憤る部分もある。母が望まぬ結婚を強いられた事もあって、クリス自身は恋愛にも否定的だし、結婚に希望も抱いていない。
なのにこの人には、不意に心を乱される。
腹が立つ。
「お気遣いなど結構です。俺も騎士ですから」
触れている手を払って睨み付けると、ルークは僅かに目を丸くして、次には目尻を下げる。少し乱暴に頭をクシャリと撫でて、脇を通り過ぎた。
「悪かったな」
それが何に対してなのか分からない。でも、この胸に確かな熱が生まれる。
あの人を失望させる騎士にだけは、なるものかと。
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