18 / 38
1章
5話 アスナ村魔物化事件(1)
しおりを挟む
ルークとの町散歩から数日後、無事にクリスは訓練復帰を果たした。
浄化の力が発現した事もあり、今まで以上に訓練は厳しく、体力訓練の強化に加えて剣の鍛錬もよりしっかりとされるようになっている。時にはルーク本人が時間外に訓練を付けてくれる事も増え、有り難くお願いしている。
改めて、ルークは強い。体格的に十センチの優位はそれなりに響く。本来なら大柄であれば動きが重くなりがちだが、この人はものともしていない。おそらく身体強化魔法に長けているのだろう。自分に補正魔法を重ね掛けできる魔法センスも憎らしい。
「大丈夫か?」
今日もしっかり打ち倒されてへばり、息も荒く剣も弾き飛ばされ尻餅状態のクリスに、ルークは何処か甘い視線で手を差し伸べてくる。これが腹が立つ。
ツンとして一人で立ち上がり、弾かれて転がった剣を取って鞘に収めるまでが最近のお決まりで、その度に少しばかり寂しそうな顔をする人を見ると小さな仕返しが出来た気がしている。
なんとも小さな事だ。
「ありがとうございました」
頭を下げて退場しようとすると、今日はその背に声を掛けられた。
「近く、遠征がある」
「?」
重い声音に足を止め、そちらを見たクリスは驚いた。
思えばこの人はどんな時でも多少余裕だ。雑なくせに臨機応変に対応もするし、器用にあれこれこなす。この人が不敵に笑っているから、こちらは緊張はしても焦らずにいられるのかもしれない。
なのにこの日、ルークの目には一切の余裕はなく、紫の瞳は何処か暗く光っていた。
「遠征?」
「ガトイン領の端にある、アスナ村という所だ。行軍だけで一週間以上かかる辺鄙な場所だ」
「そこで、何が?」
「……人を魔物に変える実験が行われている可能性がある」
「!」
想像していなかった言葉に心臓が縮み上がる嫌な感覚がして、クリスは胸元を握る。背が痺れるような嫌悪と緊張に表情も固まった。
だが……なるほど。訓練が過剰だった理由はこれもきっとあるのだろう。
「俺も、同行ですね?」
「……悪い」
「どうしてですか? 俺の浄化の魔法が必要になる可能性があるのでしょ?」
訓練に、浄化魔法が加わった。とは言えここでは誰も教えられないので、週に数回、王太子付の上級神官の元へと赴き訓練をしている。
浄化を使う時の心構えや、コントロール。神への祈りとか、実際に穢れてしまっている呪具や魔石の浄化を行っている。概ね良好だった。
使える力は使えばいい。それが団長であるルークの仕事だ。
自身も強くあれが理想ではあるが、この人の一番の仕事は任務を遂行すること。その為に部下の能力を把握し、最適な人員配備をするのは基本だ。
クリスだって騎士だ、これに否やはない。危険だから辞退したいなんて子供のような事は言わない。そんな腰抜けが騎士になれるわけがない。覚悟はしてきている。
なのに目の前の人はとても揺れている。魔物が関わるなら浄化は有効手段だ。彼らは闇の眷属で、神の威光を嫌う。魔物の穢れを払えるのは浄化だけだ。
その力を求めるのは普通で、堂々としていればいいのに。
それでもこの人はどこか悩んでいるようで、今もクリスを見る目は揺れたままだ。
「お前を危険に晒す事になる」
「俺も騎士ですが?」
「そう、なんだよな。分かっている、お前を特別に扱う事はしないし、人員には必ず組み込む。それでも」
そう言いながらゆっくりと近付いてきた人が前に立って、硬い手で頬を撫でた。
「酷い怪我などないようにとは、願うんだ。俺個人として」
「っ!」
痛ましく目を細め、穏やかな声で伝える言葉は、どう受けとめればいい。
分からなくなる。特別……なんて浮かれたい気持ちはない。むしろ「馬鹿にするな!」と怒りたい部分もある。暗に弱いと言われているのと変わらない。
でも……それが出てこないのはこの人のこれが「弱いから」ではなく「大事だから」と、何か伝わってしまったからだ。
不意に、ドキリとした。だらしなくて……聞けばわりと体の関係も自由らしい人はまったく好みではなくて、むしろ不誠実だと憤る部分もある。母が望まぬ結婚を強いられた事もあって、クリス自身は恋愛にも否定的だし、結婚に希望も抱いていない。
なのにこの人には、不意に心を乱される。
腹が立つ。
「お気遣いなど結構です。俺も騎士ですから」
触れている手を払って睨み付けると、ルークは僅かに目を丸くして、次には目尻を下げる。少し乱暴に頭をクシャリと撫でて、脇を通り過ぎた。
「悪かったな」
それが何に対してなのか分からない。でも、この胸に確かな熱が生まれる。
あの人を失望させる騎士にだけは、なるものかと。
浄化の力が発現した事もあり、今まで以上に訓練は厳しく、体力訓練の強化に加えて剣の鍛錬もよりしっかりとされるようになっている。時にはルーク本人が時間外に訓練を付けてくれる事も増え、有り難くお願いしている。
改めて、ルークは強い。体格的に十センチの優位はそれなりに響く。本来なら大柄であれば動きが重くなりがちだが、この人はものともしていない。おそらく身体強化魔法に長けているのだろう。自分に補正魔法を重ね掛けできる魔法センスも憎らしい。
「大丈夫か?」
今日もしっかり打ち倒されてへばり、息も荒く剣も弾き飛ばされ尻餅状態のクリスに、ルークは何処か甘い視線で手を差し伸べてくる。これが腹が立つ。
ツンとして一人で立ち上がり、弾かれて転がった剣を取って鞘に収めるまでが最近のお決まりで、その度に少しばかり寂しそうな顔をする人を見ると小さな仕返しが出来た気がしている。
なんとも小さな事だ。
「ありがとうございました」
頭を下げて退場しようとすると、今日はその背に声を掛けられた。
「近く、遠征がある」
「?」
重い声音に足を止め、そちらを見たクリスは驚いた。
思えばこの人はどんな時でも多少余裕だ。雑なくせに臨機応変に対応もするし、器用にあれこれこなす。この人が不敵に笑っているから、こちらは緊張はしても焦らずにいられるのかもしれない。
なのにこの日、ルークの目には一切の余裕はなく、紫の瞳は何処か暗く光っていた。
「遠征?」
「ガトイン領の端にある、アスナ村という所だ。行軍だけで一週間以上かかる辺鄙な場所だ」
「そこで、何が?」
「……人を魔物に変える実験が行われている可能性がある」
「!」
想像していなかった言葉に心臓が縮み上がる嫌な感覚がして、クリスは胸元を握る。背が痺れるような嫌悪と緊張に表情も固まった。
だが……なるほど。訓練が過剰だった理由はこれもきっとあるのだろう。
「俺も、同行ですね?」
「……悪い」
「どうしてですか? 俺の浄化の魔法が必要になる可能性があるのでしょ?」
訓練に、浄化魔法が加わった。とは言えここでは誰も教えられないので、週に数回、王太子付の上級神官の元へと赴き訓練をしている。
浄化を使う時の心構えや、コントロール。神への祈りとか、実際に穢れてしまっている呪具や魔石の浄化を行っている。概ね良好だった。
使える力は使えばいい。それが団長であるルークの仕事だ。
自身も強くあれが理想ではあるが、この人の一番の仕事は任務を遂行すること。その為に部下の能力を把握し、最適な人員配備をするのは基本だ。
クリスだって騎士だ、これに否やはない。危険だから辞退したいなんて子供のような事は言わない。そんな腰抜けが騎士になれるわけがない。覚悟はしてきている。
なのに目の前の人はとても揺れている。魔物が関わるなら浄化は有効手段だ。彼らは闇の眷属で、神の威光を嫌う。魔物の穢れを払えるのは浄化だけだ。
その力を求めるのは普通で、堂々としていればいいのに。
それでもこの人はどこか悩んでいるようで、今もクリスを見る目は揺れたままだ。
「お前を危険に晒す事になる」
「俺も騎士ですが?」
「そう、なんだよな。分かっている、お前を特別に扱う事はしないし、人員には必ず組み込む。それでも」
そう言いながらゆっくりと近付いてきた人が前に立って、硬い手で頬を撫でた。
「酷い怪我などないようにとは、願うんだ。俺個人として」
「っ!」
痛ましく目を細め、穏やかな声で伝える言葉は、どう受けとめればいい。
分からなくなる。特別……なんて浮かれたい気持ちはない。むしろ「馬鹿にするな!」と怒りたい部分もある。暗に弱いと言われているのと変わらない。
でも……それが出てこないのはこの人のこれが「弱いから」ではなく「大事だから」と、何か伝わってしまったからだ。
不意に、ドキリとした。だらしなくて……聞けばわりと体の関係も自由らしい人はまったく好みではなくて、むしろ不誠実だと憤る部分もある。母が望まぬ結婚を強いられた事もあって、クリス自身は恋愛にも否定的だし、結婚に希望も抱いていない。
なのにこの人には、不意に心を乱される。
腹が立つ。
「お気遣いなど結構です。俺も騎士ですから」
触れている手を払って睨み付けると、ルークは僅かに目を丸くして、次には目尻を下げる。少し乱暴に頭をクシャリと撫でて、脇を通り過ぎた。
「悪かったな」
それが何に対してなのか分からない。でも、この胸に確かな熱が生まれる。
あの人を失望させる騎士にだけは、なるものかと。
32
あなたにおすすめの小説
「隠れ有能主人公が勇者パーティから追放される話」(作者:オレ)の無能勇者に転生しました
湖町はの
BL
バスの事故で亡くなった高校生、赤谷蓮。
蓮は自らの理想を詰め込んだ“追放もの“の自作小説『勇者パーティーから追放された俺はチートスキル【皇帝】で全てを手に入れる〜後悔してももう遅い〜』の世界に転生していた。
だが、蓮が転生したのは自分の名前を付けた“隠れチート主人公“グレンではなく、グレンを追放する“無能勇者“ベルンハルト。
しかもなぜかグレンがベルンハルトに執着していて……。
「好きです。命に変えても貴方を守ります。だから、これから先の未来も、ずっと貴方の傍にいさせて」
――オレが書いてたのはBLじゃないんですけど⁈
__________
追放ものチート主人公×当て馬勇者のラブコメ
一部暗いシーンがありますが基本的には頭ゆるゆる
(主人公たちの倫理観もけっこうゆるゆるです)
※R成分薄めです
__________
小説家になろう(ムーンライトノベルズ)にも掲載中です
o,+:。☆.*・+。
お気に入り、ハート、エール、コメントとても嬉しいです\( ´ω` )/
ありがとうございます!!
BL大賞ありがとうございましたm(_ _)m
花街だからといって身体は売ってません…って話聞いてます?
銀花月
BL
魔導師マルスは秘密裏に王命を受けて、花街で花を売る(フリ)をしていた。フッと視線を感じ、目線をむけると騎士団の第ニ副団長とバッチリ目が合ってしまう。
王命を知られる訳にもいかず…
王宮内で見た事はあるが接点もない。自分の事は分からないだろうとマルスはシラをきろうとするが、副団長は「お前の花を買ってやろう、マルス=トルマトン」と声をかけてきたーーーえ?俺だってバレてる?
※[小説家になろう]様にも掲載しています。
不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です
新川はじめ
BL
国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。
フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。
生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!
【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます
天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。
広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。
「は?」
「嫁に行って来い」
そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。
現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる!
……って、言ったら大袈裟かな?
※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。
待て、妊活より婚活が先だ!
檸なっつ
BL
俺の自慢のバディのシオンは実は伯爵家嫡男だったらしい。
両親を亡くしている孤独なシオンに日頃から婚活を勧めていた俺だが、いよいよシオンは伯爵家を継ぐために結婚しないといけなくなった。よし、お前のためなら俺はなんだって協力するよ!
……って、え?? どこでどうなったのかシオンは婚活をすっ飛ばして妊活をし始める。……なんで相手が俺なんだよ!
**ムーンライトノベルにも掲載しております**
【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない
ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。
元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。
無口俺様攻め×美形世話好き
*マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま
他サイトも転載してます。
呪われ竜騎士とヤンデレ魔法使いの打算
てんつぶ
BL
「呪いは解くので、結婚しませんか?」
竜を愛する竜騎士・リウは、横暴な第二王子を庇って代わりに竜の呪いを受けてしまった。
痛みに身を裂かれる日々の中、偶然出会った天才魔法使い・ラーゴが痛みを魔法で解消してくれた上、解呪を手伝ってくれるという。
だがその条件は「ラーゴと結婚すること」――。
初対面から好意を抱かれる理由は分からないものの、竜騎士の死は竜の死だ。魔法使い・ラーゴの提案に飛びつき、偽りの婚約者となるリウだったが――。
冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~
大波小波
BL
フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。
端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。
鋭い長剣を振るう、引き締まった体。
第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。
彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。
軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。
そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。
王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。
仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。
仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。
瑞々しい、均整の取れた体。
絹のような栗色の髪に、白い肌。
美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。
第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。
そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。
「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」
不思議と、勇気が湧いてくる。
「長い、お名前。まるで、呪文みたい」
その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる