【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う

凪瀬夜霧

文字の大きさ
24 / 38
1章

6話 特別な人(1)

しおりを挟む
 アスナ村の事件から二週間。王都に戻って一週間が経った。
 それでもクリスは眠り続けている。今もルークの部屋のベッドで静かに目を閉じている。その側で私服姿のまま、ルークは手を握って俯いている。

 事件は第三の中でとりあえず口止めをし、ウィルフリードには報告をした。神のことや魔王のことも含めてだ。
 あまりに多い情報量に流石のウィルフリードも慌て、最終的にガックリと肩を落として「それは一国の王太子には荷が重すぎる」と嘆いた。
 丸投げされたこっちは一介の騎士なのだが。

 とりあえず保留……というか、何から手をつけていいのか分かりもしない。だが、魔族が相手となれば備えは必要になる。あの人の偉い所は手の届かない高みなど最初から手を伸ばさず、まずは出来るところから始めることだ。
 教皇に「魔族が復活する予兆がある」として、ルークが持ち帰ったローブ男の魔石と角を渡し、備えさせている。
 同時に冒険者にも警戒を促し、宮廷魔術師などには魔王時代の文献を読ませ有効と思われる魔法の再現をさせている。

 だが、秘匿されたこともある。クリスとルークのことだ。
 クリスはおそらく神の加護を得た。それだけで教会からすれば聖人扱いだが……逆に動きが取れなくなる。何よりこいつ自身がその扱いを嫌がりそうだ。
 同時にルークの体に魔王の魔石の一部が入っているなんてバレたら、牢獄か何かに閉じ込められてモルモット確定だ。
 この辺り、ウィルフリードは心得ていて「大丈夫か?」と問いはしたが、問題ないとわかると「それなら今まで通り」となった。有り難いが、いいのだろうか。

『あの王子は器が大きいな』
「魔王様のお墨付きか」

 己の内側でする声にも少し慣れた。そして、この人物が魔王であり神であることは理解できた。

 この魔王はどうやら、元は神だったらしい。しかも一級の神だった。
 だが人を好きになり、お忍びで人界に降りていた。そこを魔族が利用したらしい。
 魔王の思い人を今回のクリスと同じように目の前で残酷に殺し、その憎しみや悲しみ、喪失感で力の源である聖石を穢した奴等は魔法道具と呪いで雁字搦めに縛り付け、魔王にしたそうだ。

「いつ聞いても最低な野郎共だ」

 憤るルークに魔王は苦笑する。今となってはとても穏やかな様子だ。

『私も悪い』
「それはそうだ。反省しろ」
『面目ない』

 まぁ、相当に痛かったのは分かる。身を裂かれるよりも痛かった。それはルークも感じたものだ。

 目の前で懇々と眠り続ける人を見つめ、握る手に力を込める。力の入らない手を持ち上げ、額をそこに押し当てて。

「早く起きてくれ、クリス。お前の声が聞きたいよ」

 そうして、この思いをちゃんと言葉にする。そう、決めたんだ。

◇◆◇

 ふわふわとした空間にずっといた。そこには銀髪の女神がいて、大半が愚痴だった。

 どうやらこの女神は魔王となった元神の妹らしい。お人好しの兄が人の娘に恋をしたあげく、魔族に利用されて魔王に落ちた。その時は人と神の世界も近くて干渉できて、勇者を立てて加護与えまくってどうにか倒したけれど、一度落ちた兄を本当に救う事は出来なかったそうだ。
 砕けた魔王の魔石は世界中に散り、今は眠っている。何もなければそのまま眠って、自然と浄化されれば回収して天界に連れ帰り、戻せたという。
 けれど魔族がその魔石の一部を保有し、穢れはそのまま。それどころか砕けた魔石を人に埋め込み器とし、育てた後に一つに統合。魔王の完全復活を目論んでいるとか。
 その器の一つに選ばれたのがルークだったらしい。

 壮大すぎて意味が分からない。そしてそれに巻き込まれた自分はなんなのかと思っていると、女神は「丁度良かったのよ」と無責任なことを言った。

 曰く、世界には複数人、不遇な者がいるそうだ。己の努力では抗えない理不尽を課せられている者。その大半が潰れてしまうが、中にはクリスのように抗い、周囲の力を借りながら強く生きようとする者がいる。
 そういう者の中から神は試練を与え、その試練を超えた者に加護を与える。クリスにも与えられたらしく、これから聖属性魔法がバカみたいに使えるようになるという。ただ、魂の性質上回復魔法は無理そうだと。確かに、誰かを癒そうなんて慈悲の心はないだろうな。

『加護を与えた者を通してしか、私達は地上に介入できません。魔族の暗躍と魔王復活は絶対に阻止しなければなりません』

 これが女神の言い分だ。まあ、分からないではない。クリスとしても流石にそんなのは許容できない。
 そしてどうやら、ルーク共々クリスはしっかりとこれに巻き込まれている。おそらく、中心と言って良いほどに。

『あの男は兄様の魔石に取り込まれない強靱な精神を持っている稀な者。そして相性も良かった。あの男の中で浄化された兄様の聖石が守られているうちは完全な復活はありえませんわ』
「では、もう大丈夫なのでは?」
『いいえ。必ず穢そうと魔族はくる。兄様の魔石に耐えられる人間も珍しいのです』

 確かに強靱な精神はしていそうだ。思い出してもあの人はけっこう図太いと思う。

 女神は小さく笑う。そしてチョンと、クリスの頬に触れた。

『惚れてませんの?』
「え?」
『貴方、もっと素直になる方が可愛くてよ? 人の一生など短いのですから、素直に生きる方がよいのです。勿論、邪な欲望に落ちて堕落した生き方はいけないわ。でも、貴方は少し天邪鬼ね』

 そう言われても少し困るし、今更生き方を変えろと言われても難しい。

 でも……思いは少しだけ、動いていると思える。あの人を守りたい、助けたいと思った気持ちの大きさと強さは今考えると驚くべきもので……失う痛みは息が出来ない程だった。
 「殺せ」とあの人に言われた時、クリスは一瞬思ったのだ。この人が死んだら、自分はどうなるのか。きっと、息が止まるほど悲しくて苦しくて辛いだろうと。
 この思いの根を掘ると、そこにはとても大きな気持ちがある。それを認めるのがまだ、怖いんだろう。

「誰かを想うとか、そういうの向いてないですよ。理不尽なものを見過ぎてしまって、本物なんて見つけられる自信はないんです。一方的に渡すことはできても、貰うのは」
『確かに、貴方の人生はそういうもの。偽りと悪意にまみれ、その中で頑なに心を硬くしていくしか己を守る方法はなかったでしょう』

 そうだと思う。それほど、周囲はクリスを理不尽に扱った。
 不遇のまま死んだ母。大好きな人の死を悼む者はなく、ゴミを処理するように雑に埋葬された姿を見て。
 見てくれが綺麗だからと色んな人の欲望に晒され、手を伸ばされて抵抗して、抵抗すれば暴力を受けて。
 抗う努力は全て実力通りに見られなかった。不正などしていないのに、まるで卑しい方法を取ったのだと真実のように広められて嘲笑と蔑みの目で見られて。
 孤独で……いつしか誰も自分を理解してくれないのだと思い、差し伸べられる手を弾き返すようになった。

 不意に手が触れて、頭を撫でられる。無表情なままの女神が「よしよし」と言っているのを見て、ちょっと笑った。

『その顔で笑えるなら大丈夫。あの男の思いを、ちゃんと見ることよ。素直に甘えてみることも大事。そろそろ、心の武装を解いてもいい頃だわ』
「そう、ですかね?」

 でも……会いたいな。会ったら、どんな顔をしているだろう。どんな顔を、したらいいだろう。もうずっと会っていないような気がしている。

『そうね。目覚める頃ね。急激に回復させて、枯渇分を入れたから体に力が馴染むまで時間がかかってしまったわ』
「いえ。女神様がいなければ俺は死んでいました。ありがとうございます」

 素直に頭を下げると、女神がその頭を撫でる。そしてほんのりと笑みを浮かべた。

『大変なことを押しつけたから、気にしないで。これからも見守って、手に余る時には力を貸すわ。大丈夫、もう加護を与えた者だから手遅れになる前にちょっとだけ。修行はしてね』
「はい」

 そう言って女神が手を振ると、ふわりと意識が浮き上がる。それに任せていると徐々に、クリスの意識に体が結びついて行くのが分かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「隠れ有能主人公が勇者パーティから追放される話」(作者:オレ)の無能勇者に転生しました

湖町はの
BL
バスの事故で亡くなった高校生、赤谷蓮。 蓮は自らの理想を詰め込んだ“追放もの“の自作小説『勇者パーティーから追放された俺はチートスキル【皇帝】で全てを手に入れる〜後悔してももう遅い〜』の世界に転生していた。 だが、蓮が転生したのは自分の名前を付けた“隠れチート主人公“グレンではなく、グレンを追放する“無能勇者“ベルンハルト。 しかもなぜかグレンがベルンハルトに執着していて……。 「好きです。命に変えても貴方を守ります。だから、これから先の未来も、ずっと貴方の傍にいさせて」 ――オレが書いてたのはBLじゃないんですけど⁈ __________ 追放ものチート主人公×当て馬勇者のラブコメ 一部暗いシーンがありますが基本的には頭ゆるゆる (主人公たちの倫理観もけっこうゆるゆるです) ※R成分薄めです __________ 小説家になろう(ムーンライトノベルズ)にも掲載中です o,+:。☆.*・+。 お気に入り、ハート、エール、コメントとても嬉しいです\( ´ω` )/ ありがとうございます!! BL大賞ありがとうございましたm(_ _)m

花街だからといって身体は売ってません…って話聞いてます?

銀花月
BL
魔導師マルスは秘密裏に王命を受けて、花街で花を売る(フリ)をしていた。フッと視線を感じ、目線をむけると騎士団の第ニ副団長とバッチリ目が合ってしまう。 王命を知られる訳にもいかず… 王宮内で見た事はあるが接点もない。自分の事は分からないだろうとマルスはシラをきろうとするが、副団長は「お前の花を買ってやろう、マルス=トルマトン」と声をかけてきたーーーえ?俺だってバレてる? ※[小説家になろう]様にも掲載しています。

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ
BL
 国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。  フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。  生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!

【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます

天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。 広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。 「は?」 「嫁に行って来い」 そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。 現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる! ……って、言ったら大袈裟かな? ※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。

待て、妊活より婚活が先だ!

檸なっつ
BL
俺の自慢のバディのシオンは実は伯爵家嫡男だったらしい。 両親を亡くしている孤独なシオンに日頃から婚活を勧めていた俺だが、いよいよシオンは伯爵家を継ぐために結婚しないといけなくなった。よし、お前のためなら俺はなんだって協力するよ! ……って、え?? どこでどうなったのかシオンは婚活をすっ飛ばして妊活をし始める。……なんで相手が俺なんだよ! **ムーンライトノベルにも掲載しております**

【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない

ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。 元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。 無口俺様攻め×美形世話好き *マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま 他サイトも転載してます。

呪われ竜騎士とヤンデレ魔法使いの打算

てんつぶ
BL
「呪いは解くので、結婚しませんか?」 竜を愛する竜騎士・リウは、横暴な第二王子を庇って代わりに竜の呪いを受けてしまった。 痛みに身を裂かれる日々の中、偶然出会った天才魔法使い・ラーゴが痛みを魔法で解消してくれた上、解呪を手伝ってくれるという。 だがその条件は「ラーゴと結婚すること」――。 初対面から好意を抱かれる理由は分からないものの、竜騎士の死は竜の死だ。魔法使い・ラーゴの提案に飛びつき、偽りの婚約者となるリウだったが――。

冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~

大波小波
BL
 フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。  端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。  鋭い長剣を振るう、引き締まった体。  第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。  彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。  軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。  そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。  王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。  仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。  仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。  瑞々しい、均整の取れた体。  絹のような栗色の髪に、白い肌。  美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。  第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。  そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。 「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」  不思議と、勇気が湧いてくる。 「長い、お名前。まるで、呪文みたい」  その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。

処理中です...