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1章
6話:特別な人(6)
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休憩もして店を出ると、ルークはそのままクリスの手を繋いで細い路地を歩いていく。白い石畳の上に猫が寝転んで欠伸して、家々のベランダにある植木鉢の花が綺麗な、そんな通りを抜けていくと、大きな通りにぶち当たった。
とはいえメイン通り程の騒々しさじゃない。歩道と馬車道が分かれているけれど人影は落ち着いている。
「ここは……」
「メイン通りから一本入った所だ」
手は繋いだまま歩いていくルークについていく。視線は感じるが、不思議と今はそれほど嫌じゃない。
食事前までの嫌な気持ちは、所詮気の持ちようだったんだろう。自分に自信がなさ過ぎて、それを引き摺っていたんだろうな。
「平気か?」
気遣わしげに問われて、クリスは笑って頷いた。
「平気だ。あんたの隣なら」
その他大勢からなんて見られても、一番近くにいるこの人がちゃんと見てくれるならそれでいい。今は、そう思えるよ。
彼が連れて来てくれたのは一つの邸宅だった。大きさはそれ程でもないが、綺麗に手入れされている。鉄柵と植え込みの柵があり、アーチ状の門扉の側には人が立っている。
看板に『タルタバ硝子博物館』とあった。
入館料を払って中に入ると、エントランスにはショーケースに入った古い図面のようなものから、この地の硝子細工の軌跡などが説明されている。
そこに置いてあるランプを見て、ちょっと笑ってしまった。
「きのこのランプだ」
魔石をはめ込んでいるのだろう台座が既に苔むした倒木を思わせるデザイン。そこからずんぐりとした軸と、丸っこいフォルムのきのこの傘。オレンジ色の色ガラスはよく見れば所々色が微妙に違い、虫食いの穴や白い斑点も見える。軸には草花も色ガラスで飾られていた。
「技術は高いぞ」
「それは分かるけどさ」
面白くて作ったんだろうな。そんな遊び心が好きだと思った。
一階の他の部屋には色々な硝子作品が展示されている。エントランスの説明によると、ここは最初にこの町に移り住み、庶民のための硝子細工を目指した職人が晩年を過ごした邸宅らしい。
「職人は多くの弟子を好き勝手に育てて、何も否定しなかった。まぁ、そいつが一番得意としてたのがランプだったから、ランプ職人は多いけれどな」
「だからこんな硝子人形や陶器人形も多いのか」
今見ている場所には小さくカラフルな硝子で作られた動物や家、雪だるまなんかの置物が置いてある。側には作っている工房の名前や住所もあった。
「この硝子人形をジュエルケースの中に配置した箱庭作りが、この辺りの貴族では人気だぞ」
「……ちょっと面白いな」
「集めるのか?」
「作る方だよ! 細かい物を作るのは好きなんだ。ジュエリーケースじゃなくて空の酒瓶の中とか……木箱でもいいよな」
例えば箱の中に家と雪だるまを入れて、雪は綿で再現したりして、景色を作って。
そんなことを考えていると、ルークも何か考えているみたいだ。
「そういうのが好きなのか。そういえばお前、器用だよな」
「手を動かすのが好きなんだよ。それで、形あるものが出来たらもっと楽しい」
「そういうものか。俺が作ると何か雑なんだよな」
「あぁ……」
それは分かる。何せ部屋の状態があれだ。呆れたものだ。
納得顔をするクリスを、ルークはムッと子供みたいな顔で見る。拗ねた感じがどこか可愛くも見える。大きな体で、子供だな。
「俺も多分出来る。本気出せば、多分」
「かもな」
そこ、拗ねながら対抗する部分なんだろうか。子供っぽい姿は存外可愛らしくて笑ったら、余計に拗ねられてしまった。
置物の次はまた違う場所。ティーカップやソーサー、ミルクポットなどの展示だ。
こちらはなんていうか……貴族趣味だ。
白磁のティーカップにはゴテゴテ彩色がしてあって、華美なものが多い。いかにもだ。
その中に一つ、すずらんのような可愛らしいものがあって、それは好きだった。薄作りの生地は白く彩色はなく、ヘラか何かで花の筋をつけている。
「こっちのが断然好きだ」
「俺もだ。なんならマグカップでいい」
「実用的すぎるだろ」
こんな繊細なティーセットは応接室にしかない。食堂では木製ジョッキ。個人で使うにもずんぐりとしたマグカップが第三では主流だ。丈夫なんだよな。
そんなことで、楽しく展示を見て回っている。面白いのがここ、その初代の作品だけじゃなく最近の職人の作品も展示しているらしいのだ。
「職人として独り立ちを許された奴が最初に作った作品を、ここに納めるのがこの町の伝統なんだよ。特に下町はな」
「じゃあ、ここに自分の作品が並ぶのが一つ職人の誉れなのか」
「そういうことだ」
だからこそ、目を引く物が多い気がする。置物、アクセサリー、グラス。王道よりは職人の遊び心が見えている。それが面白い。
そうして最後、一番大きな部屋はショーケースなどはなかった。だが。
「わ……ぁ」
圧倒的な光の洪水に、クリスは息を飲んだ。
天井からは吊りランプが無数にある。鉄枠で星を作り、硝子をはめ込んだもの。色鮮やかな色ガラスに草花を詰め込んだもの。ステンドグラスのような神の姿を模したもの。とにかく形も色も大きさも違うランプがみな、輝いていた。
「綺麗……」
思わず呟いてしまう。暗くした室内に柔らかいオレンジ色の光が灯るのは、見ているだけで心が穏やかになっていく。
その肩をそっと、ルークが抱いた。
「ここが、この博物館のメイン展示だ」
「わかる。綺麗だ」
「俺も落ち着く」
壁際のソファーに腰を下ろして、じっくりとこの景色を見回して。誰もいなければ、キスくらい許せる圧倒的な雰囲気の中、二人で寄り添ってただただ見つめて。
この時間が嫌いじゃない。なんとなく居心地のいい時間を、クリスは心ゆくまで堪能するのだった。
とはいえメイン通り程の騒々しさじゃない。歩道と馬車道が分かれているけれど人影は落ち着いている。
「ここは……」
「メイン通りから一本入った所だ」
手は繋いだまま歩いていくルークについていく。視線は感じるが、不思議と今はそれほど嫌じゃない。
食事前までの嫌な気持ちは、所詮気の持ちようだったんだろう。自分に自信がなさ過ぎて、それを引き摺っていたんだろうな。
「平気か?」
気遣わしげに問われて、クリスは笑って頷いた。
「平気だ。あんたの隣なら」
その他大勢からなんて見られても、一番近くにいるこの人がちゃんと見てくれるならそれでいい。今は、そう思えるよ。
彼が連れて来てくれたのは一つの邸宅だった。大きさはそれ程でもないが、綺麗に手入れされている。鉄柵と植え込みの柵があり、アーチ状の門扉の側には人が立っている。
看板に『タルタバ硝子博物館』とあった。
入館料を払って中に入ると、エントランスにはショーケースに入った古い図面のようなものから、この地の硝子細工の軌跡などが説明されている。
そこに置いてあるランプを見て、ちょっと笑ってしまった。
「きのこのランプだ」
魔石をはめ込んでいるのだろう台座が既に苔むした倒木を思わせるデザイン。そこからずんぐりとした軸と、丸っこいフォルムのきのこの傘。オレンジ色の色ガラスはよく見れば所々色が微妙に違い、虫食いの穴や白い斑点も見える。軸には草花も色ガラスで飾られていた。
「技術は高いぞ」
「それは分かるけどさ」
面白くて作ったんだろうな。そんな遊び心が好きだと思った。
一階の他の部屋には色々な硝子作品が展示されている。エントランスの説明によると、ここは最初にこの町に移り住み、庶民のための硝子細工を目指した職人が晩年を過ごした邸宅らしい。
「職人は多くの弟子を好き勝手に育てて、何も否定しなかった。まぁ、そいつが一番得意としてたのがランプだったから、ランプ職人は多いけれどな」
「だからこんな硝子人形や陶器人形も多いのか」
今見ている場所には小さくカラフルな硝子で作られた動物や家、雪だるまなんかの置物が置いてある。側には作っている工房の名前や住所もあった。
「この硝子人形をジュエルケースの中に配置した箱庭作りが、この辺りの貴族では人気だぞ」
「……ちょっと面白いな」
「集めるのか?」
「作る方だよ! 細かい物を作るのは好きなんだ。ジュエリーケースじゃなくて空の酒瓶の中とか……木箱でもいいよな」
例えば箱の中に家と雪だるまを入れて、雪は綿で再現したりして、景色を作って。
そんなことを考えていると、ルークも何か考えているみたいだ。
「そういうのが好きなのか。そういえばお前、器用だよな」
「手を動かすのが好きなんだよ。それで、形あるものが出来たらもっと楽しい」
「そういうものか。俺が作ると何か雑なんだよな」
「あぁ……」
それは分かる。何せ部屋の状態があれだ。呆れたものだ。
納得顔をするクリスを、ルークはムッと子供みたいな顔で見る。拗ねた感じがどこか可愛くも見える。大きな体で、子供だな。
「俺も多分出来る。本気出せば、多分」
「かもな」
そこ、拗ねながら対抗する部分なんだろうか。子供っぽい姿は存外可愛らしくて笑ったら、余計に拗ねられてしまった。
置物の次はまた違う場所。ティーカップやソーサー、ミルクポットなどの展示だ。
こちらはなんていうか……貴族趣味だ。
白磁のティーカップにはゴテゴテ彩色がしてあって、華美なものが多い。いかにもだ。
その中に一つ、すずらんのような可愛らしいものがあって、それは好きだった。薄作りの生地は白く彩色はなく、ヘラか何かで花の筋をつけている。
「こっちのが断然好きだ」
「俺もだ。なんならマグカップでいい」
「実用的すぎるだろ」
こんな繊細なティーセットは応接室にしかない。食堂では木製ジョッキ。個人で使うにもずんぐりとしたマグカップが第三では主流だ。丈夫なんだよな。
そんなことで、楽しく展示を見て回っている。面白いのがここ、その初代の作品だけじゃなく最近の職人の作品も展示しているらしいのだ。
「職人として独り立ちを許された奴が最初に作った作品を、ここに納めるのがこの町の伝統なんだよ。特に下町はな」
「じゃあ、ここに自分の作品が並ぶのが一つ職人の誉れなのか」
「そういうことだ」
だからこそ、目を引く物が多い気がする。置物、アクセサリー、グラス。王道よりは職人の遊び心が見えている。それが面白い。
そうして最後、一番大きな部屋はショーケースなどはなかった。だが。
「わ……ぁ」
圧倒的な光の洪水に、クリスは息を飲んだ。
天井からは吊りランプが無数にある。鉄枠で星を作り、硝子をはめ込んだもの。色鮮やかな色ガラスに草花を詰め込んだもの。ステンドグラスのような神の姿を模したもの。とにかく形も色も大きさも違うランプがみな、輝いていた。
「綺麗……」
思わず呟いてしまう。暗くした室内に柔らかいオレンジ色の光が灯るのは、見ているだけで心が穏やかになっていく。
その肩をそっと、ルークが抱いた。
「ここが、この博物館のメイン展示だ」
「わかる。綺麗だ」
「俺も落ち着く」
壁際のソファーに腰を下ろして、じっくりとこの景色を見回して。誰もいなければ、キスくらい許せる圧倒的な雰囲気の中、二人で寄り添ってただただ見つめて。
この時間が嫌いじゃない。なんとなく居心地のいい時間を、クリスは心ゆくまで堪能するのだった。
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